日本社会が生み出した「若者の危機」 | 日本のお姉さん

日本社会が生み出した「若者の危機」

東京・秋葉原で起きた通り魔事件の衝撃は、海外へも広がっている。各国メディアは、「オタクが集まる街アキバ」で起きた事件の背景を、日本社会が抱える教育や格差問題に焦点を当てて分析している。

 「あまりにも多くを要求し競争を求める教育が原因で、日本の若者は(容疑者と)同様の圧迫感に直面している」と指摘したのは、9日付米誌タイム(電子版)だ。タイムは、静岡大の間庭(まにわ)充幸(みつゆき)名誉教授の談話を引用し、教師や親が子供に失敗に対する責任を持つよう求めるため、「若者は逃げ場のない立場に追い詰められてきた」と教育の在り方に疑問を投げかけた。

 若者が感じている重圧を8日付英BBC放送(電子版)は、日本社会が個性に不寛容であるという側面から分析している。
 「人々が圧迫感を抱いているのは、日本社会が失敗や他人との違いを認めないせいでもある。社会に適応できず、職もなく、他人と同じように行動しないと疎外されるのだ」

 こうした疎外感は、最近の日本社会の変質とも関係があるようだ。9日付英紙インディペンデント電子版は「加藤智大(ともひろ)容疑者(25)が犯行場所に
秋葉原を選んだのは、偶然ではないかもしれない。日本が急速に終身雇用制から脱皮し、核家族化していく中で、伝統的な男性の役割に対する不安定感の増大が、オタク現象に拍車をかけていると専門家は分析している」と報じた。また、インディペンデントは、「(これまで通り魔事件に関与した)男たちの人物像を見ると、パートタイマーや職が不安定な人であることが多い。こうした男性が、社会から疎外されていると感じ、鬱積(うつせき)した怒りを爆発させる」との社会学者の見方も紹介している。

 疎外感は、社会に根ざす格差によっても助長されている。9日付英紙ガーディアン(電子版)は、「日本の若者の危機」と題する分析記事を掲載。その中で、立正大の小宮信夫教授は、「孤立を打ち破ろうとして極端な行動に出る若者の下層社会を、日本で拡大し続ける収入格差が作り出していることが事件の要因の一つ」と述べた。

 しかも問題が深刻なのは、こうした事件を予防するためのシステムが社会に欠落していることだろう。ガーディアンは、「日本には、切れそうになった若者のための安全弁がない」と指摘する。「カウンセリング・サービスが欧米に比較してかなり遅れている。精神的な疾患に付随する個人的な問題や恥ずかしい事情については話さないという日本文化の中の強い抵抗感がその理由の一つだ」という。

 この点で情報化社会は、若者をさらに殻に閉じこめさせようとしている。「インターネットは、人々を他人とまったくかかわらなくてもやっていけるし、人生で探しているものをみつけられると思いこませ始めている」(小宮氏)。加藤容疑者も実際、犯行前、携帯サイトに頻繁に書き込みを行っていたことが明らかになっている。

 各国のメディアは、「日本は相対的に犯罪率の高い国ではない」(9日付
韓国紙中央日報・電子版)との認識でほぼ一致している。しかし、繰り返される凶悪事件で日本の信用を傷つけないために、何か打つ手はないのか。日本社会のありようが改めて問われている。(国際アナリスト EX)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/152383/

日本のお姉さんの意見。↓

ちょっとでも、一般人の規格に外れていたら自分で自分を

負け犬と思っていじけてしまうのがいかん。

彼女がいなくて借金だらけで、派遣をやめさせられそうでも

キレて他人を殺すのはいかん。直ぐに物事を悪くとって

被害妄想っぽくなって、火の玉のように怒って物や他人に

当たるのはいかん。単に誤解している場合があるからです。

何のために「言葉」があるのか。文句があった時に、抗議しに

いけば、誤解が解ける場合もあるのではないか。

わたしは、会社がいつも4月に給料を少しあげてくれる決まりが

あるのに、ある年、給料があがってなかったので、

誤解して「わたしの仕事が至らなかったって事なのかな!?

まじめに残業もして一生懸命仕事をしていたのに!!

会社に貢献しているはずなのに!!」と、めっちゃいじけて

家で泣いていたのだが、次の日、朝から本社に出かけて

どうして給料が上がらなかったのか理由を聞きに行ったら

単なる会社側のミスで、ちゃんと給料をあげてくれたよ。

危うく、ずっといじけているところだった。

わたしは、いろんなところで規格外の日本人だが、それが

個性だと思っているし、自分の長所だとも思っている。

もちろん、直さねばならない箇所はたくさんあるのだが、

それでも、自分はおもしろい人間だと思っている。

しつこい所も、ブログを書き続けるためには役に立っている。

意地悪な言い方をする所も、不正を曖昧にしたままでは納得

できない部分も、ブログを続けるにはいいと思う。自分の

きつい部分を最大限に使っている。すごくダメな所もあるけど

すごくいい所もあるのさ。日々、神さまに喜ばれる生活が

できるように上を目指して頑張っているなら、きっと神さまも

助けてくださる。諦めきって停滞しているのはいけない。

「どうせわたしは、、、。」とか、「わたしは最低なヤツさ。」などと

言うのは間違っている。人間は、自分が口にした言葉にも

影響される弱い生き物なのだからね。

デザイナーの友達が言っていたよ。

名刺を作って、自分はデザイナーだと、世の中に向かって

宣言したら、本当にデザイナーなのだって。そうしてあちこちで

宣言し続けていたら、仕事も入ってくるようになるんだって。

同じことを、スタイリストの知人も、言っていた。

だから、自分は世界でひとりだけの貴重な人物なんだって、

苦しい時も、楽しい時も、全部が自分にとって益となるんだって

前向きに考えて、素直に泣いたり笑ったりしていたらいいと思う。

神さまは、一人一人を愛しておられると聖書に書いてある。

愛してなかったら、自分を無視する人を天国に入れるために、

自分のひとり子のイエス・キリストをこの世に遣わしては

くれないです。十字架の上で人間の罪の罰を身代わりに

受けさせないです。

人間は神さまを無視しているから、本当は裁きを受けるのが

ふさわしいのです。でも天国に行きたいと願う者には、

神さまは、無償の愛で罪を赦して天国に入れてくださいます。

生きている間というのは、神さまと出会うためにあるのです。

生きている間に神さまに出会い、神さまが一人々に与えた

タレント(才能)を生かしてできることをしていたらよろしい。

どんな仕事でもいいのです。自分にとって簡単な仕事ならね。

たとえば、絵を描く才能が無いのに、絵を描く仕事をしていたら

苦しいし、売れないし生きるのが大変!自分が比較的楽だと

感じる仕事でお金を稼げたらいいのだと思う。楽ってことは

才能があるってことだから。どんな仕事もそれなりに嫌な事が

あるし、それなりに楽しい事もある。会社で失敗して

怒られるのも、給料の内。みんなの前で虐められて怒られて

ナンボって事もある。人間、常に完璧なんてありません。

失敗することもあります。もちろん、うまくいくこともあります。

体調が悪いときも、いいときもあります。生活が乱れて

いるときも、生活のパターンがいいときもあります。物や金を

失う時も、人を失う時もあるし、逆に手に入れる時もある。

大事なのは、どんな時も、希望を持って生き続けることです。

そして何度も書くけど、生きている間に神さまに出会うこと。

罪を赦していただいて、悪い習慣から足を洗って、なるべく

規則正しい生活をして、神さまに祝福される生き方ができたら

ベストですね。もちろん、死後は天国に行きます。神さまに

罪が赦されていたら、どんな人でも天国に行けます。

天国に行く者にふさわしく生きることができたら、神さまの

栄光も現されます。クリスチャンでもむちゃくちゃな生活を

していると、その人の生活からは、神さまの栄光は現さ

れません。残念。神さまの祝福もあまり無いかもしれません。

調子に乗っている時も、困った時も、神さまのことを忘れずに。

神さまを信じるってことは、どこかに参拝しにいくことでも

何か犠牲を払うことでも無い。神さまはいつでもどこにでも

存在されるユビキタスな方(かた)から、直接語りかければ

よろしい。素直に自分の心の中の罪を「ごめんなさい。」と

言って赦してもらって、毎日、神さまに助けをもらって

元気に生きて欲しい。この世界と全ての物といのちを

創られた神さまが、本当に生きておられる神さまです。