日本と台湾の「戦後体制」 | 日本のお姉さん

日本と台湾の「戦後体制」

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No.336 平成20年 3月24日(月) 西 村 眞 悟

 台湾の総統選挙に関して、先に現地からの報告として謝長廷氏が、僅差で当選するとの予測を述べた。見事はずれた。残念だ。投票率が予想以上に低かった。そして、それ以上に八年にわたる陳水扁政権に対する台湾人の失望と批判の多さを見落としていた。この陳水扁氏に対する批判は爆発的に選挙結果に反映したともいえる。しかし、報告したとおり、台湾現地ではきわめて静かで平穏な選挙だった。
 今までの政権に対する批判がでて、それが選挙結果に影響して政権が入れ替わる、というのは民主主義のサイクルである。この意味で、政権を自ら返上して二〇〇〇年の総統選挙に出馬せずに民主主義のサイクルをさらに動かした李登輝前総統にとっても自らが敷いた路線内のことが起こったといえる。
 しかし、投票の二日前に謝長廷氏に自分の一票を投ずると言明した李登輝前総統は、選挙結果に痛恨の思いで一夜を過ごしたはずだ。
 台湾国家建設の歴史的な歩みが、その路線上に生まれた政権の腐敗によって頓挫したのである。陳水扁政権の腐敗は誠に残念である。台湾にとって、そして、日本にとっても。

 そのうえで、前回と前々回の台湾総統選挙に関する時事通信を踏まえ、馬英九新総統を前提にして次の通り述べておきたい。
 まず、マスコミ論調の中には、「一中」つまり中国と台湾は一つを掲げる馬氏当選を、中国は歓迎し中台対話が進み中台関係が正常化すると述べるものがある。
 これはとんでもないことである。中国が歓迎するとは中国が台湾を呑み込みやすくなったということである。気長にじわりじわりと中台宥和が進められ、眠りから覚めて気がつけば台湾はチベットと化している。その時騒いでも多数の中国人が既に台湾に住み着いており、中国政府はチベットのように「内政問題」と強弁したうえで安心して武力を行使して台湾を封鎖し台湾人を鎮圧するであろう。そして、私たちの知っている我が国やアメリカにいる台湾の愛国者たちは「祖国分裂のテロリスト」とされるであろう。
 中台関係の正常化とは以上のようなことである。
 次に、馬英九氏は、尖閣諸島は中国の領土として学位論文を書いた人物である。中華民国意識を持ち反日的といえる。従って、中台の対話が進むとのんきに安心している場合ではない。日台関係は極めて微妙な局面を迎える。

 さて、李登輝氏は、十二年間台湾の総統を務めた。そして、一九九六年に総統の直接選挙を実施して台湾に民主主義の大道を敷いた。このとき中国はミサイルを台湾周辺に発射して威嚇した。そして、李登輝後も八年の台湾派の政権が続いた。つまり、二〇年間、台湾は李登輝氏が敷いた台湾化への道を進んできた。陳水扁政権の腐敗があったが、国民党時代の巨大な国家私物化的腐敗と比べれば子供じみたものである。この間、台湾の国民意識が急速に育ち、今や国民のほとんどが自らを台湾人と答えるようになった。
 従って、自分は中華民国だと思っている中国国民党の馬英九陣営でも、中国という言葉を使わず、「台湾」という言葉を使って自国を語っていた。国民党の選挙事務所でも「台湾」という国名のみが掲げられていた。そして、経済人には一貫して中国との経済交流の実利が説かれていた。この為に、国民党の馬氏が台湾人の票を集めることができたのである。よって、「一中」を言う馬英九新総統も「台湾の総統」であるといえる。
 そこで、二〇一二年の総統選挙を中止するのならともかく、継続するならば、国民党も台湾の民意を無視して進むわけにはいかない。仮に中国の圧力で次の総統選挙が中止される事態になれば、台湾国内が収まるはずはない。ここに中国が手を出せば、中国に対する国際的非難が巻き起こる。
 ここがチベットと違う。従って、台湾は総統選挙を行う民主的国家であり続けることができる
 この意味で、台湾に総統の直接選挙の道を敷いた李登輝氏の功績はまことに偉大である。近頃のノーベル平和賞であれば百個分に匹敵する。

 ところで、何故台湾の選挙はあのように平穏で、国民党の馬氏が勝ったのであろうかと考えていた。すると、漠然と、台湾にも一種の「戦後体制」があって、それは国民党支配と不可分であり、未だ台湾はこの「戦後体制」から脱却していないのだと思えてきた。
 日本にも「戦後体制」があり、未だに脱却する気もない。この我が国の「戦後体制」は、中国も含めて周辺は「平和を愛する諸国民」と思っている体制である。従って、未だにこの次元の平和主義に漬かっている我が国が、「一中」など地獄への道だと台湾に言う資格はないのだと思える。この平和主義のおかげで、我が国の経済人も、国家の存立よりも日中友好の実利に群がるではないか。
 要するに、他国の選挙に一喜一憂することなく、我が国と東アジアの安定は、我が国が「戦後体制」から脱却して国家を取り戻すか否かにかかっていると覚悟を決めねばならない。これが、友邦である台湾国民の安泰を確保する道でもあるのだ。
このことを、台湾の総統選挙が教えてくれた。
総統選挙の期間中に、台湾の将来と日本との友好を熱心に語ってくれ、我々の台北滞在を有意義なものにしてくれた日本への好意あふれる台湾の人々に感謝する。