おすすめ記事4 | 日本のお姉さん

おすすめ記事4

ようちゃん、おすすめ記事。↓

▼胡錦濤をチベット国旗で迎えよう!(ネットゲリラ)
日本人がデザインしたという伝説のあるチベットの国旗なんだが、コレです
●チベットの国旗は、日本軍の日章旗をもとに作られた。
日本のスパイ矢島保治郎がデザインしたものだ。 戦時中、日本とチベットは中国を挟み撃ちしようと企んだ。 今日でも、ダライ・ラマとオウム真理教の関係など、怪しいことが多い。 北京オリンピックが面白くない日本が黒幕と見たほうが筋が通る。 守屋武昌の一族にも、関係者が多い。
http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/02/p006.html#page69 まぁ、「だったらいいね」というレベルの話なんだが、日本にそんな上等な工作員はいません。昔は確かにいたんだけどね。ここで名前が出ている矢島という人は、チベットの陸軍大将だった日本人で、明治から大正にかけての、日本の意気軒昂たる時代を象徴する人物だ。

■矢島 保治郎(やじま やすじろう、1882年(明治15年)8月23日 - 1963年(昭和38年)2月13日)は日本の探検家、軍人。四川省からのルートで初めてチベット入りした人物であり、ダライ・ラマ13世の厚遇を受けてチベットの軍事顧問に就任した。矢島はもともと旅順攻撃で金鵄勲章まで貰った軍人だったんだが、剣術に優れ、冒険心が旺盛だった。で、エリート養成校の戸山学校に入学するのだが、 しかしこの頃になると矢島は、当時ベストセラーとなっていた河口慧海『西蔵旅行記』に大きく刺激され、アジア横断無銭旅行を志すようになっていた。そこで、チベット人に変装できるようになるため髪を伸ばし始め(チベット人は男でも長髪にする風習があった)、同時に、長髪は規律違反だとして切るように言う同僚や上官に対し「神武天皇だって長い髪をしているではないか。俺は神武天皇の従者になってロシア征伐に行くんだ」などと抗弁するなど狂人のふりをするようになる。これが功を奏し、1907年(明治40年)12月に除隊。翌1908年(明治41年)、上京し、キリスト教伝道師島貫兵太夫が設立した渡米支援団体「日本陸行会」に入会。会の中に「冒険倶楽部」という部を設けて、アジア横断無銭旅行の同志を募った。当時は寺本婉雅のチベット入国が話題になっていた時期であり、矢島の計画は好意を持って迎えられ、賛同者は30名に達した。まぁ、そういう時代だったのだ。ところが、いざ出発となると、横浜港から出立したのは彼一人だった。で、モンゴル人に変装して日本人としては初めて、中国側からのルートでチベットに潜入するが、日本人である事がバレそうになってインド経由で日本に戻る。

日本には二日しか滞在しなかったんだが、川島浪速の資金援助でふたたびすぐにチベットを目指す。今度はインド経由で入り、 7月23日、ラサに着いた矢島は政府高官たちに接触し、日本とチベットの提携を説いたが、当時のチベットは親英路線が強く、これは成果をあまり上げなかった。また、この頃チベットと清はラサで戦闘をしている最中であったが、矢島はこれを直接目撃した唯一の日本人である。翌1913年(大正2年)の正月には、新年を祝うために日章旗を宿舎の屋根に掲げ、これを役人に咎められるという事件が起きたが、この事件はチベットにも国旗が制定されるきっかけとなった。この国旗をデザインしたのは矢島とも青木文教ともいわれている。同年、ラサの地図を制作したことがきっかけでチベット軍の参謀総長と知り合いになり、軍事顧問として迎えられ、兵舎の設計や部隊の教練も依頼された。さらに、矢島の訓練した隊の演習成績が特に良かったことがダライ・ラマの目にとまり、近衛兵の編成と訓練を頼まれるようになる。その後、矢島はダライ・ラマに絶大な信用を得て、親衛隊長となり、現地の娘と結婚するが、イギリスの圧力で日本への帰国を余儀なくされる、という波瀾万丈のストーリーがあるわけなんだが、チベット人というのはDNA的にはもっとも日本人に近い人種であり、顔もよく似ている。今回、80人が死んだというんだが、ラサには観光客も多く、日本人を含めて500人の観光客が暴動に巻き込まれたというんだが、500人、観光客がいたとしたら、そのうち200人くらいは日本人だろう。現地では海外への通信が遮断されているため情報が入らないんだが、二、三日のうちにはインドに戻った日本人から何か情報がもたらされるだろう。
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クリックするとプリント用の大きなサイズ画像にリンクしています。まぁ、ご覧のように、旭日旗(自衛隊の軍艦に掲げられてるヤツ)と似ているわけだ。似ているはずで、日章旗及び旭日旗を元にアレンジして作られた。で、話としては、胡錦涛来日をチベット国旗で迎えようというわけで、人の嫌がる事は進んでやろう、小さな事からコツコツと、というわけで、ネットでは胡錦涛来日をチベット国旗で迎えるオフなんてモノも企画されているようです。
胡錦濤来日時に日本中をチベット旗だらけにするOFF
http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1205835062/

このOFFのコンセプトは

* 日本をチベットの旗だらけにする
* 出迎え時などは無言
* デモ行進の類ではない ←重要

です。

そのため、以下のことは 絶対 辞めてください。

* 投石,投トマト,投餃子など
* 冷凍餃子問題を絡めない
* 中国国旗を破ること
* 暴れること

まとめwiki
http://www8.atwiki.jp/tibet_wiki/

犠牲者の写真
ttp://www.tchrd.org/press/2008/pr20080318c.html
それを動画にしたもの
ttp://jp.youtube.com/watch?v=S_aBNq3oF50

※ショッキング画像です。
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ようちゃんの意見。↓
★日章旗に日本人は 誇りを持ちましょう!この日章旗には双子の 月章旗があるのです。 

パラオ共和国の国旗は 日本の日章旗に尊敬して創設されました。 パラオ人を1名の犠牲者も出さないでこのパラオ諸島を守って戦った日本兵士の報恩の心で作られました。
白地に辛苦の太陽 に模して 青地(太平洋の海の色)に 太陽の光でもって輝く事が出来る満月の 金色丸の国旗です。 グーグルでこのパラオ国旗と物語を検索して読んでください。 皆日本人として生まれた誇りを感じ取れます。