福田康夫は「理念」を掲げない。
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▼福田首相の得意技は「無手勝流」の待ちの政治。民主党に仕掛けさせ、技をかけるつもりなのか?(じじ放談)
前任者の安倍晋三を「動の政治家」とすると、福田康夫は「静の政治家」ということができる。安倍晋三が「憲法改正」を初めとする戦後レジュームからの脱却というスローガンを掲げ、「憲法改正国民投票法」や「教育基本法」を強引に成立させたことは記憶に新しい。安倍晋三は国家のあるべき理念の旗を高く掲げ民主党他野党と厳しく対決したのであった。与野党が激突することが多かった。マスコミも「安倍潰し」の宣伝に狂奔した。
福田康夫は「理念」を掲げない。目先の課題を片付けるだけで、外交・内政問題について新しいものを創造しようとする姿勢が見えない。「待ちの姿勢」を貫いているだけといってよい。新テロ特措法問題は「我が国の国際公約であった」から放置することが出来ない案件であった。今回の「日銀総裁・副総裁の人事」も、福井総裁並びに副総裁2人の任期が3月19日に終了するから「やむを得ず取組んだ」といえなくもない。
3月10日付けウエブサイト「ニッケイニュース」は以下の記事を掲載した。
1.福田総裁は首相官邸で記者団の質問に答えた。
(1)日銀総裁に武藤敏郎元財務事務次官を起用する人事案について、「新しい人事案を出す考えはない。ベストと思って国会に出した。」と述べ、候補者を差し替える考えがないことを強調した。
(2)同時に「国会でどうなるか全然分からない状態だが、おそらく理解を得られると思う。今、再提出を考える必要はない。これも愚問だ」とも語った。
(3)「(正・副総裁候補)3人そろって、こんなバランスのいいチームはいない。」と指摘。政府案の同意を得るため、民主党の小沢代表と党首会談を開く可能性では「必要があればやる。状態次第だ」と述べた。
国会に「正・副総裁候補の同意を求める」手続を行っている最中であるから、「正・副総裁候補は最高のチームだ。バランスがよい」というのは当然である。だが、総裁や副総裁の個人的資質を宣伝するのではなく「バランスのいいチーム」という言い方は何を示唆しているのか。
元財務事務次官、インフレターゲット論者そして元日銀マンの3人チームは「バランスがいい」というのだ。「3人で一組」というから、「一人だけ差し替えることはしませんよ」という意味にもとれる。また、一人一人を鑑定すれば、優れた点や弱点などいろいろ課題があるかもしれないが、「3人寄れば文殊の知恵」で日銀の政策遂行に問題は起こらないと言っているようでもある。さらに福田首相は「今、再提出を考える必要はない。」と言った。参議院で否決されていない状況の反応としては当然である。だが「今は、再提出を考えていないが、参議院で否決されれば再考する」ということなのか、それとも「再提出は全く考えていないのか」が明らかではない。
「3人一組のバランスのいいチーム」と考え提出した「正・副総裁案」であるから、これに代わるメンバーを発掘するのも容易ではない。3月12日、参議院で否決された場合、参議院の野党の反対意思を勘案し、政府が再度熟考することになろう。その上で、再度、同じメンバーを「バランスがいい3人」とみなし「国会の同意を求め直す可能性はゼロとはいえない」だろう。
12日に参議院で否決され、木金月火の4日間で「3人組に勝るとも劣らない人材を発掘し、バランスのいいチームを編成することは至難の技」というべきであるから、否決された同一メンバーを再提出する可能性が大きいのだ。国会の同意案件については「一事不再理の原則」が適用されると決まっている訳ではないから、「諸事情を勘案し熟考した結果、同じ結論に達したといえばよい。野党の否決も諸事情に含まれている」といえば、再提出が可能とはいえないか。
衆議院では「同意」、参議院では「同意せず」と両院の意見が異なるから、同意案件に限って「参議院優越の原則」を創造する必要はないのだ。日本国憲法の精神は「衆議院優越の原則」であるから、両院の意見が異なる時は、衆議院の議決を尊重しても問題はない。
民主党は「直近の国民の審判が下った参議院の議決を尊重すべきだ」というかもしれぬ。だが、参議院選挙は参議院議員の2分の1だけの選挙である。それをもって国民の意思というのはおこがましい。牽強付会(けんきょうふかい)といわねばならぬ。
という訳で、福田康夫は「民主党の出方待ち」ということだろう。民主党が党首会談に応じて「チーム3人組」を了承するのもよし。民主党がかたくなな態度を捨てず、参議院で否決した場合は「衆議院の同意が得られている」として、再提出してもよし。後は、民主党の出方によって「対応策を考えればよい」と思っているのではなかろうか。
「民主党に喧々諤々の議論をさせ、民主党が採用する戦術を逆用する」つもりかもしれぬ。柔道では「相手が仕掛けてくる技」を逆用する技があるらしいが、福田康夫もこの戦法ではあるまいか。自らは手を汚さないで、相手の仕掛けを利用して相手を倒す「無手勝流の戦法」である。安倍晋三は「攻めの政治家」であったが、福田康夫は「守りの政治家」である。いっこうに「攻めない」からゲームを見ていても面白くない。相手が攻めてくるのをじっと待っているだけだ。相手は、次第にジレテくる。多彩な技を仕掛けてくる。これを待っているのだ。福田康夫という男は。
安倍晋三が大病で突然降板したから、福田康夫は「ショートリリーフ」でなければならぬ。ショートリリーフであれば「守りの政治」であってもやむを得ない。国家非常時であるから「緊急避難措置」と考えるならばハラは立たない。
ショートリリーフ役が「のんべんだらりん」とした態度で、対野党対策に特化した「守りの政治」を続けるのは如何なものであろうか。中国毒入りギョウザ事件でも「中国当局の見解を鵜呑みにする」「オランダ・英国・豪州の政府と環境保護団体と称する暴力集団に断固たる対応をとれない」福田首相は、日本国家にとって「人畜有害な人物」とはいえないだろうか。
自民党中川昭一元政調会長が「南極捕鯨調査船並びに同乗組員に対して暴力・破壊行為を繰り返す暴力集団は武力で鎮圧せよ」と主張したのも、政府の無策に憤慨しているからだ。国家・国民のために積極的施策は何もせず「守りの政治をだらだらと続ける」福田康夫にハラを立てているのだ。筆者は、福田康夫の「無手勝流」が民主党対策にとって有効な手段であることは認める。だが、総理大臣たるもの「国会対策」に専念してもらっては困るのだ。国家・国民は諸外国の圧力に対して「ただ沈黙を守るだけの福田政権」に辟易しているのだ。「いい加減にしろ」と怒っているのだ。
以上、福田康夫は「小沢一郎の政略」への対抗上、無手勝流を選択していることが分かった。我が国の政治を堕落させ政略中心という不毛な存在としたのも、小沢一郎と福田康夫が共演して織り成す「田舎芝居」と断定せざるをえない。「政略に明け暮れる」政治は、国家存亡の危難を打開することはできない。国益が益々毀損されつつある。世界大恐慌の足音も近づいている。今日、「政治の堕落」は腐臭を放っている。我々国民大衆が、政治家を監視し、厳しく注文をつけるべきである。現状を続けるならば「政治家を標的としたテロ」がいつ発生してもおかしくない。テロを煽るつもりはないが、現状に不満を抱く若者は増えている。油断できない。
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▼中川昭一「発言」一考(博士の独り言)
調査捕鯨妨害、武器で威嚇か撃沈を・中川元政調会長が強調
自民党の中川昭一元政調会長は9日のフジテレビ番組で、南極海で調査捕鯨中の母船が米環境保護団体「シー・シェパード」から薬品入りの瓶などを投げつけられた事件に関して「海賊行為だ。日本人も負傷している」と批判した。中川氏は「(海上保安官は)正当防衛として武器を使い、威嚇するなり撃沈するなりして助けるべきだ」と強調。公海上で活動する船舶の安全確保のため、新たな法整備が必要との認識を示した。Nikkei Net 3月10日付記事より参照のため引用/写真は「南極海で「日新丸」に薬品などを投げ込むシー・シェパードの活動家たち=7日(日本鯨類研究所提供)」産経新聞3月10日付記事より参照のため引用。
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中川昭一氏の発言は「過激」か?
読者から教えていただいた報道情報だ、感謝する。小ブログでは、メディア報道を題材にした記事も多い。報道の行間に「事実」を見出す。報道を参照して今後の日本を考える、または報道の矛盾を指摘する、等々。数多の識者と同様に、小ブログでもまた、記事の主眼はあくまで「論考」に置いている。報道をソースにして何だ。オリジナリティに欠けるとのご批判をいただくことがあるが、しかし、論考、指摘内容は筆者の声で書いており、「オリジナル」である。まして、独自取材による記事も少なからずアップしているので、総合的に観てただければ幸いである。
中川昭一氏のコメントが、一部で報じられているように、本当に「過激発言」なのだろうか。小稿で少々考えてみたく思う。表題の「フジテレビ番組」とは『報道2001』であると、同系列の産経紙(3月9日付)は伝えている。 その番組の中で、中川氏は、当該の日本調査船が、件の「シー・シェパード」の抗議船から、酪酸入りの薬品ビン等を投げ込まれたことについて、『「海賊行為だ。日本人も負傷しており(海上保安官は)警告弾だけでなく、正当防衛として武器を使い、威嚇なり撃沈するなりして、助けるべきだ」と指摘した』(同記事)とある。ただし、この発言は中川氏がとうとうと述べた言葉ではなく、要旨を編集したものだ。
たとえば、「撃沈」については、『司会の黒岩祐治キャスター(53)が冗談交じりに「撃沈も…」と質問すると「もちろん。正当防衛として武器を使い、威嚇なりして助けるべきだ」と主張した』(報道)とあるように、キャスターとのやり取りの中で登場している。この中川氏の発言について、別記事では、『政治評論家の三宅久之氏(78)は「大臣の立場では絶対にできない過激なもの」と指摘する』(同記事)とあるが、果たして、真に過激なものなのだろうか。
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ごく「当たり前」の議論ができる日本を
攻撃停止を呼びかけても止めない。特に、3月3日の襲撃では、延々と約1時間にわたって攻撃を続ける。そして、調査船の乗員に負傷者まで出した。このような襲撃を受けても防衛措置を講じることができない。「できない」足元を見透かして再びテロ行為を仕かけて来る。この危険な悪循環は放置すべきではない、法整備が必要ではないか、と指摘したのが中川氏の論旨ではないのか。襲撃を受ける側の船が、たとえば、米英や支那(「中国」の敬称)船籍であればどのような防衛措置をとるだろうか。およそ武力による反撃に出ていたであろうことは推察に難くない。
また、それらの国の船に対しては、テロ攻撃を仕かけるようなことはしない。それが、「反撃しない」相手を選ぶ「エコ・テロ」集団の行動に観られる特徴と謂えよう。ごく当たり前のことを述べて「過激発言」であるかに報じられる。謂い換えれば、ごく「当たり前」の発言に対してすら「過激」と反応する。この報道スタンスの脆弱さは、外国の侵害行為に対して「何もできない」日本の一面を象徴している。そろそろ、こうしたスタンスは卒業し、現在、および日本の次世代にとって必要、且つ重要な事項がごく「当たり前」に議論されるような「日本」へと、良識が力を会わせで歩を進めるべき時ではないか。短稿にて。
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【筆者記】
いつもコメントをくださるbingoさんから、次の提案をいただいた。云く、『福田首相を筆頭に、古賀誠、二階俊博、河野洋平、山崎拓ら自民党の媚中派。ならびに公明党議員、特に冬芝、北田などの媚韓国、北朝鮮派など、日本国の主権と国益をなんと考えているのか、はなはだ疑問。彼等の売国的行為を常に監視し、国民ネットワークの拡大を広げる必要があると思います。それには次期選挙までに博士のブログと同じ思いのブログ管理者との連携強化も必要かも知れません』と。ご提案に感謝する。
実は、この3月に、主旨を同じくする国思うブログ連盟を形成する。アジアの真実殿をはじめ、かねてより尊敬している方々と連携をとりながら、bingoさんが指摘くださる項目に対処していく。新たに国思うブログを立ち上げた方々の参加も歓迎する。情報と活動のベクトルを共有しよう。お目にかかり、ブログ有志との間で勉強会等を開くことが出来ればと思う。 一方、国思うフォーラムについては、NPOの活動のように専念は出来ないが、しかし、時々、あるいはたまに活動を手伝ってくださる有志、読者の参加による協力機構と謂うべきだろうか。これまでに、2度、勉強会を開催している。博士の独り言のためではなく、日本のために、何か貢献できる地道な活動を共有できればと考えている。月に1時間でもいいのなら、と。ご参加いただける方は、いつでも遠慮なくお知らせいただきたい。
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日本のお姉さんです。↓
日本のお姉さんはかなり無知なので、
討論会に参加しても何にも言えないですから参加しても
ねえ。みなさんの記事を紹介するだけで、精一杯だね。
でも、紹介する人も必要かな。ようちゃんに、参加してもらって、
ようちゃんの報告を紹介したらいいんだね!
河野洋平がチュウゴクに大判振る舞いしていた頃、
わたしは、まだ、日中友好派だったので河野洋平と同じぐらい
阿呆だったんです。2004年から、チュウゴク人の暴動を見て
チュゴク政府は裏切り者だったのだと分かったのです。
日本に偉そうにして、金をもらいながら、チュウゴク国民に
反日教育をしやがって。裏切り者。何が日中友好だ。