『マサイマラ・レポート』 第2回 | 日本のお姉さん

『マサイマラ・レポート』 第2回

『マサイマラ・レポート』 第2回
■ 滝田明日香 :家畜獣医(ケニア在住)
■ 『マサイマラ・レポート』   第2回


「なぜ国立公園や他の保護区が悲鳴をあげていない中、

マラコンサーバンシーはたった1ヶ月の観光客激減で悲鳴を

あげるのだろうか?」そんな疑問を抱く読者もいるだろう。

それは彼らが国立公園のように政府のサポートや

ドナーファンドを受けずに観光業からの収入のみで野生動物

管理を試みている団体だからである。

 実は、私達が「マサイマラ」と呼び親しんでいる面積

1500平方キロメートルの野生動物保護区は3つの地域に

分かれており、それぞれが違う管理施設によって運営され

ている。一つはナロック州の州政府が管理している、

「ナロック」と呼ばれる地域。もう一つは、マサイが所有する

土地を野生動物保護区と指定したグループランチ

(共同所有の土地)の「コイヤキ・レメック」と呼ばれる地区。

そして、最後がトランスマラ州にある、面積510平方キロ

メートルの「マラ・トライアングル」と呼ばれる地域である。

そして、このマラトライアングルが、州政府によって雇われた

非利益団体「マラコンサーバンシー」

http://www.maraconservancy.com/ )が管理する
エリアなのである。

「政府のサポートやドナーのお金に頼り続けることなく、

観光業からの利益だけで野生動物保護区を守れるか?」

 これは、ケニアの野生動物保護に関わる人たちの中で

ずっと口論されてきた問題で、マラコンサーバンシー以外の

団体で管理費を100%観光業で支えることに成功した

ところは、ケニアで未だにない。保護区管理費のすべてを

観光客が払う一日40ドルの入園料でまかなっているのだが、

そのうち55%は州政府にいくので、保護区管理にあてられ

ているのはわずか45%(近年保護区へのお金は40%に

落とされる動きが見られている)となる。

 さらに他のマサイマラ地区に比べるとマラトライアングル

内のロッジの数は、圧倒的に少ない。他の地区が3000人

以上宿泊可能な60件以上のロッジを持つ中、マラコン

サーバンシーの活動を支えているロッジは、252人宿泊

可能の5件のロッジだけなのである。それだけに今回の

観光客激減のダメージは、マラコンサーバンシーにとって

大きい。

 マラコンサーバンシーがマラトライアングルの管理をする

前は、トランスマラの州政府がこの地域の管理をしていた。

入園料のほとんどは州政府のお偉いさんのポケット

マネーとして消え、保護区管理やセキュリティー強化

対策など野生動物や観光客のプラスになることに対しては、

一切お金は使われなかった。

レンジャー達は半年近く給料が払われていなく、当然のこと

ながら彼らのパトロールに対するモラルはお世辞にも高い

とは言えなかった。車も配置されていないレンジャーポスト

では、食料がなくてレンジャーがレイヨウ類を撃って食べて

いたこともあり、パトロールはあってないに等しくので、

密猟者は、やりたい放題。

 隣国タンザニアでは野生動物の肉を市場に下ろす

「ブッシュミート・トレード」なるものがあり、その肉を確保

する為の密猟は捕まった時に刑が軽くなることから、
もっぱらケニア側のマラトらアングルで行われていたので

ある。ワイヤー罠は動物の通り道に仕掛けられ、夜になると

そこに向かってたいまつの光と猟犬を使ってレイヨウ類を

罠に飛び込ませる。いわゆる「追い込み猟」である。

そのように殺されていたレイヨウ類の数は、年間に

1000頭から2000頭の間だと言われている。保護区内に

は密猟者が建てた掘建て小屋がいくつもあり、殺した

インパラなどのレイヨウ類の肉は干した後、ロバで市場まで

輸送されていた。マラトライアングルは、まさに密猟者の

天国だったのである。

 さすがの州政府もこのままではマラトライアングルの野生

動物の将来が危ういと感じたが、自分たちの管理体制では

保護区を守っていけないのは一目瞭然だった。話し合いの

結果、保護区管理だけを「野生動物保護のスペシャリスト」

に任そうということになり、マラコンサーバンシーに任せら

れることになったのである。私も96年にマラトライアングルで

働いていたことがあったが、当時、州政府が管理していた時の
状況とマラコンサーバンシーが来てからは、比べものに

ならない。

 2002年のマラコンサーバンシー創立からの6年間、密猟

対策、パトロール体制、スタッフのモラル向上、セキュリティー

メインテナンスなど、いろいろな面で保護区が目に見えて

向上してきた。以前はゲートを入っても道なき道を進み、

雨期には往復3時間もかかった道も、今ではたった30分の

道のりになった。密猟によってレイヨウ類が全くいなくなって

しまったタンザニア国境付近にも、沢山の動物達が戻ってきた

姿が見れる。

 そして、ワイヤー罠の回収に力を入れたことで、罠にかかっ

てビッコを引きながら歩くゾウなどもあまり見なくなったし、

セキュリティー面の強化で強盗団が出現することで有名だった

国境近くのエリアでも観光客がサファリを楽しむことが可能に

なった。マラトライアングルにとって、マラコンサーバンシーは

救世主だったと私は思う。

 マラコンサーバンシーがマラトライアングルにやって来て、

一番始めにやったことは、州政府が半年間滞納していた

レンジャーたちへの給料の支払いからだった。

確かにレンジャーたちのモラルは低かったが、給料も払われ

ていない、住む場所もスラムのような場所、さらに食料も底を

ついている状態で、「保護区のパトロールに誇りを持って

精を出せ」と言っても無理な話である。

 よって、これから野生動物を守っていくレンジャーたちの生活

環境の向上が一番始めに重視されたのである。

そして、ボロボロのユニフォームを着てみすぼらしい姿
だった彼らには、新しいユニフォームやパトロールブーツが

買い与えられ、彼らが住む宿泊施設も水道やトイレなどの

衛生面の向上された。友達のレンジャーたちに当時の話を

聞くと、「新しいユニフォームを着て最初のパトロールに出動

した時は、自分たちは大事な仕事を任されているので気合い

を入れ直さないといけないなと感じた」と語っている。

 このレンジャーたちのモラル向上に一番大きな影響を与えた

のは、まぎれもなく現在のマラコンサーバンシーのチーフ・

エグゼキュティブのブライアン・ヒース氏である。

マラトライアングルの管理職の前は、60年代後半から様々な

僻地で家畜マネージメントや野生動物管理などの仕事をして

いた英国系ケニア人のヒース氏。ケニアで禁猟令が出るま

では敏腕ハンターでもあり、ケニア政府のレンジャーが害獣と

なった人食いライオンなどを仕留めるのに失敗した時に

ヒース氏が呼ばれるというほどの抜群の射撃スキルを持った

人材だった。

 そんな彼は、レンジャーたちのモラル向上の手として、密猟

パトロールに自ら同行するという型破りな手段を取った。

今まで州政府のお偉いさんは、「このエリアのパトロールを

しろ」などの指令を出すだけだったが、新しくやってきたボス

には、レンジャーたちもびっくりだった。

何しろ、自分たちと同じに徒歩でブッシュを歩いてパトロールに

ついて来て、平気でブッシュで何日も寝泊まりしながら

密猟者を追跡するのである。

 おまけにブッシュでの密猟者のトレッキング(足跡などを

読みながらの追跡)は抜群だし、射撃となるとヒース氏は

レンジャーたち誰よりも明確だった。これでは、レンジャー

たちも「いい加減なパトロール」は出来ないし、言い訳や

ごまかしも効かない。仕事をしないレンジャーたちは徐々に

居なくなり、寡黙で生真面目なヒース氏についてこれる、

真面目で腕のいいレンジャーだけがマラコンサーバンシーに残

ったのである。

 現在でもヒース氏は、毎日パトロールに出て、どこのエリアに

密猟者が罠をかけそうだとか、どのエリアにライオンのプライド

群れ)がいるなど、保護区の細かいところまで自分の目で

チェックしている。そして、このヒース氏のパトロールスタイルを

受け継いだレンジャーたちは、この6年の間で1005人の

密猟者の捕獲に成功し、彼らが回収されたワイヤー罠は

何千個にもなる実績を残しているのである。

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滝田明日香(たきたあすか)
 1975年神奈川県藤沢市生まれ。

2000年、アフリカで獣医になりたい一心でナイロビ大学
獣医学部に編入。2005年、めでたく獣医になる。
 卒業後、マサイマラ国立保護区の回りに住むマサイを

対象にした「マサイマラ巡回
家畜診療プロジェクト」を立ち上げ、家畜診療以外にも野

生動物へのジステンパー感染などを防ぐ為、保護区の外の

マサイの犬2700匹にワクチンなどを投与している。
現在は愛犬6匹、愛猫4匹と一緒にマサイマラに住む。
 なぜアフリカへ来たかの詳しいエピソードは、『晴れときどき、

サバンナ』『サバンナの宝箱』(滝田明日香・著/共に幻冬舎)を!
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●マサイマラ国立保護区を守る為のキャンペーンや資金集めに

協力してくださる団体があったら、マラコンサーバンシーまで

連絡ください。

Mara Conservancy
P O Box 63457
Muthaiga 00619
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Tel : +254 20 3749 632/6, 3749655/1/4/6/8
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Email:
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大森支店 普通預金
口座番号: 1299787

郵便振替口座:
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口座番号 00100-0-667889
JMM [Japan Mail Media]  No.466 Extra-Edition
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
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募金は個人でもいいそうです。日本の口座に

「Mara Conservancy」と書いておいてください。