1・17阪神大震災追悼という欺瞞
1・17阪神大震災追悼という欺瞞
http://blog.goo.ne.jp/mkj2/e/78aa5dcc17204f3a96ae2ad8f77532b2
(略)
地震っていうのはいつ起こるかわからない。
防災グッズ程度のものは、常に身近に存在していて当たり前に目に付いてみんながいつでも購入できなくてはいけないし、どこに売っているのかも把握できていないといけない。
どれくらいいますか?
どこにどれくらい防災グッズが売っているかきちんと把握できてる人。
ほとんど居ないでしょ。
おそらく神戸市民ですら把握できていないと思う。
だって、売ってないんだもの。
どこぞで、歌歌うだの、楽器演奏するだの、ドラマや映画作るだの、そういうくその役にも立たないイベントやる必要性を俺はまるで感じない。
それよりも、学校や町内会単位で毎年全員が家の防災グッズを持ち寄り、消費期限が切れた保存食は無いか、ラジオや懐中電灯はきちんと動くか、点検する日にするべきだろう。
避難経路、避難場所の地図を各家庭に確実に配布。
学校でも災害時の対応を誰もがすらすらと口にすることが出来るくらい、教育を行うべきではなかろうか。
震災の体験談を教室で体験者に語ってもらうより、対応マニュアルを丸暗記させるほうがよほど実用的というものだ。
テレビでも、つまらない追悼イベントなんぞ放送する暇があるんなら、丸一日かけてでも、防災グッズ点検や対応マニュアルを流し続けるくらいのことをしたっていいと思う。
年に1回くらいそういう日があってもいい。
それこそが、過去の事実を忘れずに語り継ぎ、緊急時の対応をうまく機能させるために必要なことなんじゃないのかと思うわけですよ。
(略)
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1・17阪神大震災追悼という欺瞞
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