おすすめ記事3 | 日本のお姉さん

おすすめ記事3

ようちゃん、おすすめ記事。↓

▼沖縄県民大会の規模を2・5倍も誇大に報道する朝日新聞

(株式日記と経済展望) ↓

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/2da4fc677eb56c3dd16bc199558f6793

(引用開始)
「これで11万人?? 会場は25000平米で4万人前後ではないか?」

沖縄県民大会の規模を2・5倍も誇大に報道する姿勢は、戦時中に
大本営発表を垂れ流し続けた朝日新聞の過去とだぶってしまいます。
◆【産経抄】10月3日 産経新聞

拝復 朝日新聞論説委員室さま。9月28日付夕刊の「『産経抄』の良心」と題されたコラムを拝読しました。安倍退陣について「靖国神社参拝や村山、河野談話の見直しを求め続けたあなた方の身びいきこそ、(安倍氏に)重荷だったのではないか」とご指摘いただきましたが、物は言いようだとつくづく感心致しました。

 ▼「事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく」ともご忠告をいただきましたが、その言葉はお返ししなくてはなりません。そう、先月29日に開かれた沖縄戦での住民の集団自決をめぐる教科書検定への抗議集会の報道ぶりです。

 ▼貴紙は1面で「沖縄11万人抗議」と大見出しをとり、きのうも「県民大会に11万人が参加した」と書いておられます。でも、11万人は主催者発表の数字です。記者は何の疑問も持たなかったのでしょうか。

 ▼抄子は宜野湾市内にある会場を何度か訪ねていますが、会場の面積は約2万5000平方メートル、つまり160メートル四方に過ぎません。当日の航空写真を見ると空きスペースもあり、どう数えれば11万人にもなるのでしょう。

 ▼もったいぶってすみません。関係者によると、参加者は最大で4万3000人だそうです。沖縄の警察は、主催者の反発を恐れてか真実を発表できないのです。江藤淳先生が生前、指摘された「閉された言語空間」がなお存在するようです。

 ▼主催者発表通りに集会の規模を2・5倍も誇大に報道する姿勢は、戦時中に大本営発表を垂れ流し続けた貴紙の過去とだぶってしまいます。そうそう、貴紙は論調の異なる読売、日経とネット事業や販売部門で提携されるそうですね。思い切った決断に拍手を送りますが、新聞でもネットでも事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく。 敬具


◆【正論】現代史家 秦郁彦 沖縄集団自決をめぐる理と情 7月6日 産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/070706/plc0707060503014-n1.htm

報道は冷静な検証の姿勢忘れずに ≪情緒過剰な記事が並ぶ≫

6月23日は、62年前に沖縄本島南端の摩文仁(まぶに)の洞穴で、牛島軍司令官が自決、沖縄戦における日本軍の組織的抵抗が終わった日である。 沖縄県は、この日を「慰霊の日」と定め、軍人・軍属、一般住民がそれぞれ9万余人、米兵をふくめると20万人の全戦没者を追悼する式典を挙行してきた。しかし今年は、住民の集団自決をめぐる高校用日本史教科書の検定で「軍命令による強制」が削除されたことについて、県議会が検定意見の撤回を求める意見書を採択したこともあり、騒然とした「慰霊の日」となった。 ほぼ全面無視した読売新聞を除き、主要各紙は社説や社会面記事で大々的にこの問題をとりあげた。これまでは「沖縄の心」という目に見えぬ壁への配慮が働き、マスコミも識者もハレものにさわるような扱いをしてきたが、今年も同じトーンで生き残りの体験談を軸に情緒過剰な詠嘆調の記事が並んだ。今や生き残りといっても、当時は10歳前後だった人たちが主だから、要領をえないあやふやな証言ばかりになってしまった。

たとえば、県の意見書のまとめ役になった当時8歳だった議員の体験談は「200人ほどの住民と壕に隠れていたところ、3人の日本兵が来て、泣き続けていた3歳の妹といとこに毒入りのおむすびを食べさせるよう迫った。敵に気づかれるのを恐れたため」(6月23日付朝日)というのだが、記者は不自然さに気づかなかったのだろうか。 激戦のさなかに毒入りおむすびを作る余裕があるのか、毒と告げて親が食べさせるものか、食べたとしても、苦悶(くもん)の泣き声に変わるだけではないのか、そんなことをしなくても、200人も入っている広い洞穴なら奥へ移ればすむのではないか、と疑問の種はつきない。問題はそうした検証をいっさい放棄して、記事に仕立てた記者の資質にある。

 ≪攻撃用武器の手投げ弾≫

ついでに記すと、県議会では「集団自決の軍命令はあったはず」と主張する野党と「なかったらしい」と主張する与党の議員が対立、妥協のすえ意見書は「日本軍による関与なしに起こり得なかった」という争点を外した表現におちついたとのこと。 関与」とは一部で日本軍の手投げ弾が自決用に使われたのを指しているらしいが、兵器不足に悩み、兵士に竹槍まで持たせていた日本軍にとって、手投げ弾は貴重な攻撃用武器だった。現地召集の防衛隊員(軍人)に持たせていたものが家族の自決に流用されたのに、16歳だった語り部の元短大学長が「手投げ弾は自決命令を現実化したものだ」と語るのを、朝日が社説(6月23日付)で「悲惨な証言」と信じ込み、引用しているのはいかがなものか。

 ≪軍命令見つからない理由≫ さすがに社説ともなると冷静なタッチが多いなかで、朝日だけは突出した情緒論で終始している。他にも日本軍は住民が捕虜になることを許さず、「敵に投降するものはスパイとみなして射殺する」と警告し実行していったとか、捕らえられれば「女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた」と書いているが、いずれも事実無根に近い。 牛島軍は、県当局と協議して住民を予想戦場から遠ざけるため本土や本島北部への疎開を命じ、戦闘末期には米軍の保護に委ねるふくみで戦場外の知念半島への避難を指示している。

その結果、米軍記録によると28万余人の住民が投降した。そのなかには日本軍陣地へ投降勧告に出向く志願者がいて、スパイと疑われ処刑された例もあったが、例外的事件にすぎない。 そのころ12歳の軍国少年だった筆者も「鬼畜米英」への憎しみと恐怖を抱いていた記憶はあるが、誰が吹きこんだのか覚えていない。親や先生ではなかったと思うし、ひょっとすると、わが家で取っていた朝日新聞か主婦の友かもと考えたりもするが、少なくともこの種の流言、浮説を記した政府・軍の公文書はなかったと思う。 ところが、研究者でも集団自決や慰安婦の強制連行を証する軍命令が見つからないのは、終戦時に焼却したからだとか、個々の命令はなくても戦前期の天皇制や軍国主義教育に起因すると強弁する人が少なくない。 集団自決が起きたのに「いまさら『日本軍は無関係』と言うのなら、それは沖縄をもう一度裏切ることになる」としめくくった朝日社説も同類項なのだろうか。(はた いくひこ) (引用終わり)
全文はこちらで読んでくださいね。↓
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071003/edc0710030254001-n1.htm
<< ▼貴紙(=朝日新聞)は1面で「沖縄11万人抗議」と大見出しをとり、きのうも「県民大会に11万人が参加した」と書いておられます。
でも、11万人は主催者発表の数字です。記者は何の疑問も持たなかったのでしょうか。

 ▼抄子は宜野湾市内にある会場を何度か訪ねていますが、会場の面積は約2万5000平方メートル、つまり160メートル四方に過ぎません。当日の航空写真を見ると空きスペースもあり、どう数えれば11万人にもなるのでしょう。

▼もったいぶってすみません。関係者によると、参加者は最大で4万3000人だそうです。沖縄の警察は、主催者の反発を恐れてか真実を発表できないのです。江藤淳先生が生前、指摘された「閉された言語空間」がなお存在するようです。

▼主催者発表通りに集会の規模を2・5倍も誇大に報道する姿勢は、戦時中に大本営発表を垂れ流し続けた貴紙の過去と
だぶってしまいます。そうそう、貴紙は論調の異なる読売、日経とネット事業や販売部門で提携されるそうですね。
思い切った決断に拍手を送りますが、新聞でもネットでも事実の確認だけはくれぐれもお忘れなく。 敬具 >>

*「百人の会 」より提供
=教師が生徒に参加呼びかけ、午後の行事を中止した学校も…実は約4万2千人だった沖縄11万人抗議集会=
9・29検定撤回沖縄県民大会 「11万人参加」 実は4万強 事実歪曲で「県民総意」演出、6月大会は4倍で発表
http://www.worldtimes.co.jp/special2/okinawa929/main.html

■2007/10/04 (木) 沖縄県民に対しいいにくいのですが、あえて・・・ 寺内淑晃氏からの以下のご意見、ご紹介いたします。
<<終戦末期の沖縄における集団自決に,日本軍が直接関与したかしなかったかを巡る,最近の沖縄での騒ぎの背景に,お金も関わっているようです。かつて,日本軍の直接関与があったと証言した沖縄県民が,後にその証言を翻したが,最初の偽証は,関与があったとすればなにがしかの補償金?」が出ると聞いたから,と弁解した,という報道(NHK)を数日前に聴きました。今回の騒動が,なんらかの扇動によることは明らかです。背後に中国があるかも知れない,というのはかなり信憑性のある推理でしょう。今回の騒動も,一連の「日本の現代史教科書に対する介入」の延長と見れば理解できるからです。中国は,ネコにもトラにもなれる国です。自分たちの(直接的金銭勘定としての)利益になると思えば,ためらいなくネコになり,また,節操なく瞬時にしてトラにもなってしまいます。この辺が,日本人の理解を超えているところでしょう。大変誤解を招くかも知れない発言と承知していますが,敢えていわせて頂ければ,沖縄,広島,長崎,これらの都市は一体いつまで被災都市としての負の遺産を引きずって行くつもりでしょう。(因みに,私の伯母夫婦と,私をかわいがってくれた伯父は,1945年3月10日の東京大空襲で爆弾の直撃を受けて即死しました。)悲惨な戦争を忘れるな,という主張は当然ですが,半世紀以上前の体験をいつまで「売り物」にするつもりですか,と問いたいものです。私が,いまだに沖縄を訪れたことがないのは,基地反対を叫びながら,いまだに基地の補償金に依存する沖縄県民,戦争体験を売り物にしていつまでも本土人を怨嗟の対象にしている沖縄県民に我慢がならないからです。寺内淑晃 拝>>

■2007/10/03 (水) 若者の情報収集はネットがテレビと拮抗
私がPCを利用し、わがHPを開いたのは一九九八年十一月。かれこれ八年前のこと。「さるさる日記」は二〇〇一年十一月だから五年前に遡る。
加えて「さるさる日記」をメールマガの登録したのが二〇〇二年五月。お陰さまで、「さるさる日記」のアクセスは現在約620万強。
これにメールマガを野読者を加えますとアクセス数1千万は越えているのではないかしら?最初ネットに挑戦するにあたって、かなり迷いました。なぜなら、器械オンチなものですから、必ず、失敗するだろうと、びびっていたからです。ところがラッキーなことに、仲良しのBサンがヘルプするから挑戦しろと、わたしの背中を強く押してくれたのです。こで最初は、おっかなびっくり、原稿300枚が消えてしまったり、変換手続きが分からず、そのまま変な文字が出ても打ってしまうという、そんな恥や失敗を何度も繰り返しつつ、、諦めないで継続したところ、今では、PCなしではいられないマニアになってしまいました。何しろ便利重宝なのです。情報も世界中から、簡単に収集できますし、人との交流もメールを通して一瞬のうちに可能になりました。そこで考えたこと。これはまもなく、ネットはテレビや新聞を追い越してしまうな・・・

で、そのテレビや新聞が生き残る唯一の方法は何か?ネットでは収集しきれない「深さ」であり、その原点を忘れてはならないということでした。ドイツの場合の危機感も同様だったと思います。ところが、ラッキーなことに、早速そのことに気が付き、「深さ」がいかに重要であるかを認識しここ三~四年間。クリアしどん底状態から脱け出し、立ち直りつつあります。さて、日本は?目下、混沌としていますね。
何よりもレビも新聞も、ますます内向きになって、視野が狭くなっている。とりわけ世界的な視野の欠如が気になります。日本人同士で、ままごと的報道ごっこをしているからで、これではますますテレビも新聞も、視聴者と読者から見放されてしまうでしょう。
とりわけ昨今の朝日や読売新聞のようにプロパガンダ紙化に精を出し、狂奔しているようでは・・・・そこでこうしたギャップをなんとかして埋めようと懸命に努めている産経新聞は早速ネットにて、<<大学生の情報入手先、「テレビ」と「PC」並ぶ
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/media/071003/med0710031306001-n1.htm >>

■ 2007/10/03 (水) ミャンマー軍恐怖政治に、日本よ目をそらせるな
ミャンマー支援削減で人材センター凍結 高村外相
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071003/plc0710031419007-n1.htm
ということだが、これでも日本の制裁は軽すぎる。中国がミャンマー軍政の背後に控え、援護射撃をしているから日本としても、中国の顔色を窺って、この程度で丸く治めたいと思っているからだろう。日本人のカメラマンがその軍政府の手によって殺されたというのに何という、弱虫なのだろうと思うのは私だけではあるまい。今回そのビルマでは人権を無視し、長年恐怖政治を行ってきた軍政府糾弾に民衆が立ち上がった。
ところが、10万人規模のデモから1週間が経った九月三〇日、およそ2万人の治安部隊が出動し、僧侶や民衆のデモを一蹴し、現在町は見た目には静けさを取り戻しているとのこと。ミャンマー軍政が夜間外出禁止令・集会禁止、芸能人連行
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200709260001.html
だがこれは国際社会の非難を巧みにかわす巧妙な官憲による作戦で、昼間は、彼らを弾圧する治安当局の人間は、静かにしている。
ところが日が暮れたころから彼らの動きは俄然、活発になる。夜陰に紛れてデモに参加した僧侶や民衆を片っ端から検挙し投獄したり、人目につかないところで、拷問に掛けた上、殺害しているとのこと。その数は何百人に及んでいる。これら目撃者による情報が、密かに欧米ジャーナリストに提供されている。発覚すれば、即拘束もしくは殺害されるので、彼らの情報提供は命がけとのこと。
参照:
「天木直人のプログ」  ビルマと人権と日本外交
http://www.amakiblog.com/archives/2007/09/28/#000548

(株式日記と経済展望)

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/2da4fc677eb56c3dd16bc199558f6793


◆朝日が「肉弾3勇士は新聞が仕立てた英雄」と自白  6月14日 

(台湾春秋) ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/kim123hiro/archive/2007/6/14
上海事変で「肉弾三勇士」という国民的英雄が生まれた。自爆で進撃路を開いた美談、朝日と毎日は三勇士を称える歌を競作した。6月13日の朝日紙上で、藤森研・編集委員は、「肉弾三勇士は、新聞が断片情報から美談を仕立て上げ、戦争を煽った」と書いている。「第1報は、1932年2月24日の新聞に載った。朝日新聞上海特派員発だ。“自己の身体に点火した爆弾を結びつけ、身をもって深さ4メートルの鉄条網中に投じ、自己もろともこれを粉砕して勇壮なる爆死を遂げ、歩兵の突撃路を切り開いた3人の勇士がいる”。大阪朝日は27日、たたみかけるように“日本精神の極致”と題する社説を掲載、大和民族の特質をたたえ、“肉弾3勇士の壮烈なる行動も、実にこの神ながらの民族精神の発露だ”と書きたてた。頂点は、歌の競作だ。朝日は28日の紙面で“肉弾3勇士の歌”の懸賞募集を発表する。同じ日に毎日も、同様の懸賞募集を発表した。1等の賞金額500円まで、同額で張りあった。朝日は、12万余の応募から選んだ1等の歌詞作曲を、山田耕作氏に委嘱した。

戦後・49年8月15日に発行された“真相 特集号”に、“新聞が捏造した爆弾3勇士”なる記事が載った。当時、上海特派員だったという匿名のY氏の談話が記事の中心だった。大筋は、次のような内容だった。32年2月22日夜、日本人クラブで食事をしていた東京朝日や東京日(現毎日新聞)の上海特派員は、前線から帰った将校の口から、“今朝、3人の工兵が爆弾を抱いて鉄条網に飛び込み、突撃路を作った”という話を聞いた。興奮した特派員は、23日、現場に行かぬまま、とにかく第1報を東京本社へ送った。特ダネ競争の最中、爆弾の形も、突撃状況もわからないまま、“点火せる爆弾を身体に結びつけ”などど、壮烈な自爆物語を作り上げたのだ。現場の記者が大きなニュースに接する。事実確認が不十分なままに、第1報を書いたことは想像に難くない。それが予想以上の反響を呼んだため、もう後から“針小棒大”とは言い難いので、そのまま押し通したというところだろう。上海事変には、田中隆吉少佐らが仕掛けたという謀略説がある。新聞は本来、そうした謀略の真相を追及し、国民に知らせるべきだった。しかし実際は個人的、組織的な競争にとらわれ、美談作りに血道をあげた。こうした自己犠牲の美化が後の特攻の素地となった。」これを読んで、私は南京事件の百人切り報道を思い浮かべた。あれも新聞の過当競争が生んだ捏造記事だ。だが朝日も毎日も、中国が取り上げた問題には、自らの罪を告白しない。その遺族が今もその汚名に泣いているとき、新聞はその責任を進んで取るべきである。

(私のコメント)
つまり4万に前後の沖縄県民大会を11万人と3倍近くも誇大に報道して国民を煽る行為は戦前と全く変わりがないということだ。さいわい現在にはネットがあるから新聞記事やテレビ報道も検証しておかしければそれをネットで訴える事ができる。沖縄の会場は25000㎡の会場であり、1㎡で一人か二人として計算してみても4,5万人がいいところなのだ。ところが新聞テレビはどれもが11万人と報道している。
国会議員たちもそれを信じて、福田総理なども驚いていたようですが、新聞の誇大報道で政治家達が右往左往する様子はみっともない。この調子では第二の河野談話が発表されて日本の歴史はゆがめられてしまう。「株式日記」を読んでいる中学生や高校生は歴史の時間になったら教科書に書かれた事は本当なのか先生を問い詰めて欲しい。私が小学校の頃、教科書に書かれたデタラメな事を指摘して、先生を右往左往させた記憶があります。大学の頃もゼミで左がかった教授と論争した事があります。それくらいの意気込みで勉強すれば新聞やテレビもコテンパンにやっつけるだけのメディアリテラシーがつくと思う。
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◎クライン孝子の日記 ↓

http://www2.diary.ne.jp/user/119209/
■2007/10/03 (水) 「沖縄11万人抗議」犯人は朝日新聞だった!
■2007/10/04 (木) 沖縄県民に対しいいにくいのですが、あえて・・・
■2007/10/03 (水) 若者の情報収集はネットがテレビと拮抗
■ 2007/10/03 (水) ミャンマー軍恐怖政治に、日本よ目をそらせるな

集団自決県民大会11万人参加、を報じたのは朝日新聞だったと、早速産経新聞が、慇懃無礼というか皮肉っぽく、犯人を指摘して下さいました
この誤報にいっぱい食わされた文科相が、早くもぶれています。
これでは大臣という肩書きが泣くというもの。子供たちに示しがつきません。教育の長としての資格なしといっても、言い過ぎではありません。
それに氏には政治とカネ問題も問われています。自ら不適格者としてお辞めになるのが、筋ではないでしょうか?
そこで、*【産経抄】10月3日