華僑と華人
ウィキペディアを読むと、華僑(かきょう)は、
中華人民共和国政府の定義では、
「中国以外の国家・地域に移住しながらも、中国の国籍を持つ漢民族」を指す
呼称だそうだ。
東南アジア(シンガポール含む)、アメリカ、日本、朝鮮半島、イギリス、オーストラリアなどに多い。主に広東・福建系が多いが、最近は上海や北京系も増加している。出身地の言語および居住地域の言語を用いるが、最近では北京語・英語が広く用いられるようになっている。
東南アジアにおいては華僑は華南地方出身が多いとされる。華僑はマイノリティながら現地の経済・政治に大きな影響力を持つことが多い。
華人(かじん)は、移住先の国籍を取得した中国系住民をさす。国籍を取得していない華僑と区別される。
上記は中華人民共和国政府の定義であって、華僑と同一概念として使われることや、国籍に関わらず中国以外に在住する中国系住民全体を指すこともある。
今のタイ人と王室は、言語から見てチュウゴク系の血を引いているらしい。
タイの王様はまだ9代目で、タイでは王様は時代ごとに変わっている。
日本の天皇のように、ずっと昔から同じ家系の天皇ということはない。
タイ華人は、華南地方の中国人の血を引いているので、
目は大きく、鼻が低く、タイ人ほど彫りは深くない。
肌は土着のタイ人よりわずかに白いが、タイでは、華人とタイ人の混血が
進んでいるので、「華人」は、ほぼ自己申告。混じりけの無いタイ人を
探す方が難しい。
タイの華人は、タイの政策のおかげで
同化の傾向が大きく、タイ人であると言う意識の方が強い。
華人でも3世代目、4世代目などになると、ほとんどタイ語を話すようになり、
チュウゴク語は、できたとしてもほとんど、祖父母と挨拶す程度。
アメリカの日系3世が日本語を話せなくなっているように、
タイにおける華人はおおむねタイ人になっている。
タイのトンブリー王朝のタークシン王も華人である。
トンブリー地区に潮州人コミュニティーがあったらしく、
タークシンは、タークシン両親の故郷である潮州を中心とする地域から
大量の華人をタイ国内に招きこんだ。
次の王ラーマ1世は、アユタヤの王朝の血を引くということだが、
タークシンと同じく、漢字の名前を持ち、朝貢貿易を行った。
ラーマ5世のころに、タイは、華人に対し厳しく対処するようになった。
清国は滅んで中華人民共和国になってからは、華人の帰化をうながし、
華人がタイ人と同してタイ人になるよう、努力した。
タイでは、第二次世界大戦後、2006年までに発覚した未遂を含めて
16回ものクーデターが実行されている。
軍上層部の政治志向は強い。
2006年9月に起きたタイ王国陸軍のソンティ・ブンヤラガリン大将は、華人。
率いる陸軍と警察による無血クーデター以降、陸軍が中心となった
「民主改革評議会」が指名した元陸軍司令官で枢密顧問官を務めたことも
あるスラユット・チュラーノン暫定首相率いる、
事実上の軍事政権によって国家運営が行われている。
でも、タイの国民は、王様と王妃が健在なら落ち着いたもので、
ワイロで腐敗した政治家のトップがクーデターで失脚しても、
国は混乱しない。
タイ族75%、華人14%、その他マレー系、インド系、モン族、カレン族などがいる。華人は経済・政治面において大きなリーダーシップを握っており、王室系のサイアム・セメントを除くタイの主な財閥はほとんどが華人系。これと反対にインド系は静かなマイノリティーと呼ばれ、経済で大きな進出を果たすも、政治的な発言力は非常に少ない。
深南部三県では一部のマレー系住民が以前から離反の動きを見せていたが、近年に入ってさらに状況が悪化し、パタニ解放戦線などの組織がパタニ王国の復興を大義名分にして、テロ活動を行う動きが出ている。
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余談:コラソン・アキノ元フィリピン大統領も華僑の血を引いている華人。