『史上空前の黒字』の東京都だが(前編)」 | 日本のお姉さん

『史上空前の黒字』の東京都だが(前編)」

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[MM日本国の研究459]「『史上空前の黒字』の東京都だが(前編)」
                    都市・情報研究室代表 塚田博康

 東京都は7月31日、2006年度一般会計決算が1366億円の黒字に

なる見込みだ と発表しました。

05年度の黒字543億円から2倍半も増えたのです。

 これまで最高の黒字は、バブル初期の1986年度に計上した930億

円でした から、「史上空前の黒字」だというので、浮かれる気分が

都庁内や東京都議会 にただよっています

なかでも石原慎太郎知事の三選に大いに貢献したと自負 する自民党

などの都議会議員のなかには、2008年度予算で公共事業や福祉への
大盤振る舞いを期待する声が聞かれます。

 東京都は青島都政末期の1998年度、一般会計決算で1068億円と、

東京都始まって以来という大赤字を出してしまいました。

 バブル経済の破綻後、各種基金の取り崩しをはじめ、さまざまの

やりくりで ごまかしてきた財政の窮状が、どうにも隠しきれなくなった

のです。(注1)
 
 この財政難を引き継いだ石原都政は、職員定数の削減、人件費の

抑制といっ た節約の“定番”だけでなく、全国で初めて調布市にある

東京スタジアムの「命名権」を味の素へ売るとか、都バスの車体に

広告をのせるなど、収入を増 やす工夫もしました。

 命名権の売却は手軽な増収策だというので、その後全国各地の

自治体に広が ったのはご存じの方も多いと思います。
 
 遅きに失したという批判はありますが、臨海副都心関連の赤字第三

セクター の整理など、バブル期の後始末も手がけました。
 
 2006年度の大幅な黒字は、主として企業業績の回復による税収増の

おかげで す(2006年度4兆9236億円、前年度比3240億円の増加)が、

こうした工夫や努 力の積み重ねも無視するわけにはいきません。

●徴税率97.8%への道

 なかでも、徴税率の向上は、東京都主税局職員の地味な努力の

結果として評 価されてよいと思います。

 バブル最盛期の1989年度に95.9%あった徴税率(賦課された税額に

対する、 実際に収納された税額の割合)ですが、バブルの崩壊後、

急激に低下し、1995 年度には90.2%にまで落ち込みました。

 95年に青島幸男知事が就任し、さまざまの支出削減や収入増加の

方策が実施 に移されましたが、徴税率の向上もその一つでした。

 この方針は石原都政になってからも「財政再建推進プラン」に引き

継がれ、 差し押さえ物件のインターネットによる公売といった新しい

工夫(これも他の 自治体でまねるところが増えています)を重ねた結果、

2006年度には97.8%と、 バブル期を超えるところまで来ました。

 徴税率が上がったせいで、翌年度に繰り越される滞納額も1994年度

末の2478 億円から2006年度末には422億円まで、劇的といっても

よさそうな減り方を 示しました。

 ちなみに、東京都の徴税率が97.3%だった2005年度に国税の

徴収率は94.8%、 地方税の全国平均は94.5%でした。

この事実からも、東京都の努力ぶりが察せ られるというものです

(国などの努力が足りない、ともいえますが、ね)。

 徴税率の向上には、年貢のあこぎな取り立てをする悪代官的な

イメージがつ きまといますが、自分たちの自治体を運営する費用は

住民である自分たちで分 担、拠出するという原則からすれば、

徴税率の向上は、きちんと納税している 住民からは、むしろ歓迎され

るべきではないでしょうか。

 大きな問題で残っているのは、東京都が都内の区市町村に徴収を

ゆだねてい る個人都民税です。

 個人都民税の徴収率は2006年度に93.7%と、都税全体より4.1%も

低いので す。


これは区市町村民税についてもいえるわけですが、まじめな納税者が

バカ にみえないように、区市町村当局は東京都並みの徴税努力を

すべきです。

 区市町村の手に負えないような滞納者については、都主税局自身が、

これまで以上に、積極的に乗り出すことも避けるべきではないでしょう。

●広がってきた暗雲

「史上最高の黒字」に浮かれる気分へ水をさすようですが、黒字をもた

らした環境は長続きしそうにありません。

 まず、東京都を取り巻く経済情勢です。

 東京都の税収の二本柱は、都内の企業から上がる法人住民税と

法人事業税で す。

これらは、景気の動向によって乱高下する傾向があります。

例えば、2001 年度4兆3793億円あった都税収入が、ITバブルがはじ

けた02年度には3兆96 36億円と、4157億円も減ってしまったことが

ありました。

 07年度の日本を取り巻く経済状況は、これまでのところ順調に来て

いるよう に思われ、日本銀行による公定歩合の引き上げさえ時間の

問題とされてきまし た。

ところが、ここへきて雲行きが怪しくなってきたのです。

 このメルマガの読者の方々には、おそらく釈迦に説法だと思いますが、

一つ はアメリカのサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅

融資)をめぐる 信用不安をきっかけに各国の金融、証券市場の不安

定ぶりをあぶり出してしま ったことです。


アメリカの連邦準備制度理事会は0.5%の利下げを打ち出して事態

の沈静化をはかりましたが、市場の不安がアメリカ人を消費の引き

締め に走らせるようなことがあれば、国内消費の停滞を輸出でカバー

してきた日本 には大きな打撃になる可能性があります

 第二に、やはり日本の大きな輸出先であり、投資先でもある中国の

動向です。
このところ相次いで明るみに出ている食品汚染や鉛入り玩具などが

中国製品へ の各国消費者の目を厳しいものにしています。

それでも2008年北京オリンピッ クまでは、中国政府がメンツにかけて

経済情勢の安定に努めるでしょうが、さ て、その後はどうなるでしょう

か。中国の景気後退が世界経済に影響を与えう ることは、上海証券

市場の暴落がたちまち世界に波及した例を思い起こせば十 分でしょう。

 第三は、少子化、高齢化、産業基盤・都市基盤の老朽化、地球温暖

化などに 対応するための社会的費用の増加です。

 第四に、団塊世代の退場と後継者難、職人気質の衰え、海外への

生産拠点の移転に伴う現場での改良や改善の努力の低下で日本

製品の質的劣化が懸念され ていることです


一例ですが、ソニーと松下という二大家電メーカーで起きた リチウム

イオン電池事故が「メード・イン・ジャパン」への信頼をどれだけ傷 つけ

たかを考えていただければおわかりいただけるでしょう

 中国などに較べて高コスト体質の日本製品が売れるのは、一にも二に

も品質 への信頼です。それが怪しくなったらどうでしょうか
 
 第五として指摘しておかねばならないのは、先端科学・技術の研究

開発力を 育てる環境が整備されているか、外国の優秀な人材を迎え

入れて厚遇する心構 えはできているか、人材の海外流出を食い止め

るだけの条件を提供できるか― ―ということです。

 第六に、東京がグローバル化の進むなかで、世界都市たりうるのか。

そのためのハード、ソフト、コンテンツは整っているのか、です。

空の便一つとって も、成田空港の滑走路が事実上1.5本しかない。


羽田空港との連絡が悪く、 時間がかかりすぎる。

横田基地の軍民共用化が進んでいない……など、上海や ソウル、

香港などと較べて見劣りがすることは否定できません。

 第七は、東京都庁や外郭団体、補助金支出団体の“贅肉”が、徹底

してそぎおとされたのか、都内区市町村についてはどうか、ということ

です。

 こうした問題点は、今すぐ東京都の税収にはねかえるわけではない

かもしれ ません。

しかし、そう遠くない時期に「税収減」という暴風になって都民を脅 かす

おそれは大いにあります。

 そうした暴風の被害を最小限に食い止めるには、黒字分を各種の

基金に積む なり、2007年度以降の都債発行を抑えるなり、都市開発

用地や防災用空地の購 入に充てるなり、道路や橋梁、学校や病院な

ど公共施設の減価償却制度を設け るなりすべきです。

 東京都は、愛知県を除く45道府県と違って、政府から地方交付税

交付金をも らっていません。

それどころか“富裕”だというので各種の国庫補助金を減額 されている

くらいです。いざというとき、政府は助けてくれないと覚悟しなけ れば

なりますまい。

 東京都の財政を脅かす暗雲は、これだけではありません。
                                (続く)

(注1)東京都の一般会計実質収支は、鈴木都政3期目の1989年度に

239億円 の黒字を計上したあと、90年度から青島都政3年目の

97年度まで8年間、赤字 もないが黒字もないゼロとなっている。


98年度に1068億円の赤字を出したあと、
石原都政2期目の2004年度まで赤字が続き、

05年度にようやく543億円の黒 字になった。

■著者略歴■
塚田博康(つかだ・ひろやす) 1961年、早大第一文学部卒。

東京新聞社会部 記者、都庁キャップ、論説委員を経て、

現在、都市・情報研究室を主宰。早稲 田大学理工学部非常勤講師。

主な著書に『2001年の東京』(岩波新書)、『自 治体の国際政策』(

学陽書房)、『東京都の肖像~歴代知事は何を残したか』
(都政新報社)などがある。