北極海域での熱い争奪戦
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▼北極海域での熱い争奪戦(iza)
【The Economist 2007年8月11日号掲載記事について】今、北極圏が、新たな領土争奪の闘いの場になっている。ことの起こりは、つい最近、ロシアの小型潜水艦が北極点の海底にチタン製のロシアの三色旗を設置したことによる。
ことの重大性に気付いたカナダのハーパー首相が急遽、北方海域を訪問し、同軍隊の訓練基地を作る計画を発表する一方、グリーンランドの主権を持つ、デンマークが調査団を派遣したり、米国も北極の海底地図を作るために沿岸警備船を派遣するなど、周辺各国の動きがにわかに慌ただしくなっている。こうした事態が持ち上がったのは、地球温暖化の影響で、氷が溶け出し、船で北極海域に到達することが容易になったという物理的な理由もさることながら、石油価格の高騰で、同海域のそこに眠っているとみられる石油、ガス、鉱物資源などの「領有権」を各国が狙いはじめたというのが真相のようだ。日本近海でも、隣国の中国が勝手に海中の境界線ギリギリでガス油田の掘削を行っているが、このように「主権国家」の資源獲得の熱意は、激しいものがある。
わが国も防衛省の事務次官人事のゴタゴタなどつまらないことにばかり熱を上げないで、もっと「主権国家」のあるべき本来の姿を、こうした記事を読んで見つめるべきだと思うのであるが…。(EIS編集長 中村晃生)
北極海の欲望をそそる富の分け前をめぐって見苦しい争奪戦があっている。だがどの国も、単独ではこの地域を支配できない
北極地方はこの夏、目的地として大盛況だ。スウェーデンの砕氷船に乗って北進するデンマーク人の調査団は、ノルウェーから出帆したばかりだ。一方、科学者のグループを乗せた米国沿岸警備船は、巨大な海底の地図を作るために別の探検旅行に乗り出した。
以上は今週だけのニュースである。その直前には、カナダの首相スティーブン・ハーパー氏がカナダ最北端のレゾリュート湾に猛烈な訪問を敢行している。彼は、氷深の深い港[訳注:外洋航海船が寄港できるような港]と軍隊の訓練基地の建設について新たな発表を行い、「北極の主権に関する第1原則は、使うか、失うかである」と宣言した。さらに人目を引いたのは――モスクワのテレビで放送された幾つかの場面が実は映画『タイタニック』のものだとしても――ロシア政府が後援する航海で小型潜水艦がチタニウム製のロシア3色旗を海底に置いたことだ。
大勢に従うところを見つけられた有名人のように、すべての北極旅行者たちが、彼らの計画は何年も前から立てられており、こんなに多くの極地探検が同時に起こるのは全くの偶然であると主張している。そうした言葉を信じてはならない。北極海の大きな分け前――海と氷と何であれその下に横たわるもの――を要求するための見苦しい突進のように見えるものはまさに、そのものズバリなのだ。しかしなぜそれが今起きているのだろうか? 明らかに、エネルギーと商品価格の急騰が、石油、ガス、鉱物などの困難な調査に対する経済的意味を変えたのである。地球温暖化の結果としての北極の氷原の絶え間ない縮減が、これまで接近できなかった埋蔵物の入手を容易にしている――そして、かつては氷に閉ざされていたいくつかの航路を切り開く手助けをしている。
ロシアの国旗を沈めるという突出が歴史的な響きを持っているにもかかわらず、現在の北極海へのこの突進劇は、「地上での既成事実」確立といった単純な競争ではない――いずれにせよ、現在のところは。既成事実であれば、固められ、必要なら軍事力で防衛される。現在はどちらかというと、法的な議論の確立に関することであり、それは科学的データで支えられる必要がある。
北極海の一部の領有権を主張するすべての国家は、1982年の国連海洋法条約――漁業から鉱業に至るまでほぼ人間の公海利用のすべてについて規制することになっている――の条項に熱烈な関心を持っている。この条約の下では、各国政府は自国の海岸から200海里(370km)の経済水域に対して権利を主張できる――もしその国が、問題の区域が自分たちの大陸棚の延長線上にあると証明することができればさらに遠くまで。まさにそのような主張は、ロモノソフ海嶺――ロシアの海岸からグリーン・ランドにまで広がる――に関してロシアが行っている。そして今週のスカンディナビア人の探検旅行は、この海嶺はグリーン・ランドにつながっており、デンマークの主権下にあるという同国の主張を強化することになるかもしれない。同国の科学技術相、ヘルゲ・サンナー氏が熱心に述べるように、「デンマークに北極点が与えられる可能性を示唆する事実がある」のだ。カナダ人はその点について、その海嶺は自国のエルミズア島の延長線上にあると言う。
そのような議論の不協和音は、法律家や地理学者を何十年にもわたり、忙しくさせるかもしれない。でも、なぜ急ぐのか? 理由は、海洋法条約のもとで権利を主張しようとする国は、批准後10年以内に主張しなければならないからである。ロシアの最終期限は2009年である。カナダは2013年、デンマークは2014年までに主張しなければならない。
米国に関して言えば、実際には条約を尊重しているもののまだ調印していない。なぜなら数人の上院議員が米国の主権を失うことを恐れるからである。この条約によってつくられた機関――国際海底機構や国際海洋法裁判所など――は、グローバルな官僚支配を恐れるヘリテージ財団のような、保守的な米国人の団体を心配させている。
こうした反対は間もなく克服されるかもしれない。――ブッシュ政権は、リチャード・ルーガー氏のような穏健派の共和党上院議員たちと共に今では、条約に調印した上で米国の言い分を主張しようとしている。
しかし、海洋法条約のもとで要求を提出してから所有権の果実を楽しむまでには、歩むべき長い道のりがある。大陸棚限界委員会と呼ばれる機関は、本案につき決定はするが強制力は何もない。裁定は、他国によって逆の主張を招くかもしれない。最終的には、2国間の話し合いが必要になるかもしれないし、それは何十年も続くかもしれない。何年もの間、北極海を分配するもっと賢明な方法に関しての呼びかけがあった。しかし、目的物がさらに欲望をそそるようになるにつれて、このゲームに関するルールを作ることは多分さらに難しくなるだろう。今のところ、この地域における発言権を持つ政府間団体は、北極評議会だけである。その権限は環境問題に限られている。「わざと足かせがはめられているのだ」と、カナダ・カンガリー大学の北極専門家、ロブ・ヒューバート氏は言う。
北極を、資源ではなくその美しさのゆえに愛する人々は、うらやましそうに南極大陸――冷戦が南下するのを食い止めるべく立案された条約体制によって念入りに区分された――を見つめている。「ここでは、境界線をめぐって国々が争うことは許されない」と、北極点へのレースで最近勝利した英国人、ジェイク・モーランド氏は主張する。
もし各国政府が、いつまでも北極海を分割するまでに至らないとすれば、それは部分的に、厳しい環境がほとんどの経済活動を妨げているからであろう。もちろん、現在の北極海の黄金郷説はいくらか誇張されているにしても、その算定は変化している。
しばしば提示される数値――この地域が、世界で未発見の石油とガスの25%を含んでいるというもの――は一般的に、米国の地質学調査所がネタモトとされている。その機関で働くドン・ガーター氏は、同調査所は北極海の体系的な調査を1回も行っていないし、エネルギー資源についての数値を算定したこともないと反論している。しかし、米国と他の北極圏諸国は現在、調査を行っており、より明確な像が間もなく現れるかもしれない。
ガーター氏が言うには、少なくとも短期的には、北極における政府の活動は、海底の資源に関してよりも輸送航路についての活動に重きを置いている。しかし、石油業者や鉱山業者と同様に船荷主にとっては、素早い利益の期待は誇張されているのかもしれない。
北西の航路を取ってみよう。新たに宣言されたカナダのナニシビック港に向かい、そこが東の玄関口になるだろう。今のところ、カナダの群島を通るこの航路は、短い夏の一期間に航行できる最もよい場所である(この航路をめぐる主権は、北極の多くの未解決問題の1つである――カナダはそれを主張しているが、米国はこの海域は国際的なものであると言っている)。理屈上は、北西航路が完全に開かれると、欧州からアジアまでの旅を2,500マイル短縮できる。しかし、アラスカに本部を置く米国北極圏研究委員会のローソン・ブリガム氏は、経済上の利益がめざましいものとなるとは確信していない。「経済学を学んだものがいるのか?」と元沿岸警備隊長は尋ねる。実際には、彼や北極評議会の同僚調査員たちは現在、いくつかの計算をしている――彼らは、来年の海運業に対する地球温暖化の影響について、評価書を完成することにしている。
表面的には自由競争に見えるけれども、各国政府や科学者たちは北極海をめぐっていまだに協力体制を敷いている――たいていは選択の余地がないのである。今週、デンマークの調査団がスウェーデンの砕氷船に乗って出港したが、さらに大型のロシアの砕氷船「50年の勝利」号によって北方へ導かれている。そしてカナダとデンマークの小さなハンス島をめぐるいさかいにも関わらず、カナダ人はその海嶺のいくつかのデータを提供することでデンマーク人を助ける予定である。
世界最大の砕氷船を建設する計画を中止した(1990年にさかのぼる)ため、カナダ人たちは、ルートを切り開いて北極点を目指す必要がある次の機会には、ロシア人の協力を求めなければならないかもしれない。今月、ハーパー首相が発注した巡視船でさえ、ロシアの巨大な船には匹敵しないだろう。
そしてスラブ人の誇りの全体的な感情の高まりにも関わらず、モスクワの最近の北極海への進出は、全ロシア人の関心事となるにはほど遠かった。その乗組員の1人はスウェーデン人のフレドリック・ポールセン氏で、彼は自分の切符に300万ドルを支払った。もう1人はオーストラリア人の実業家、マイケル・マクドウェル氏である。「この探検におけるロシアの役割は、裕福な外国人観光客たちに交通手段を提供することである」と不満をもらすのは、北極・南極研究所のレフ・サバチュージェン氏である。また彼は、この探検の科学的な価値についても懐疑的であり、海底面から集められた砂利は、長期間の地質学的運動についてほとんど証明していないと言っている――そのためには、もっと深く掘る必要がある。他のロシア人たちがすでにそれをやっている。
当分の間、どの国も独自では北極圏を征服できないという事実は、おそらく安心感の源であろう。国家主義的な主張や反対の主張が氷原の上で今のところ鳴り響いているとしても、この地域の扱いにくさは、自称征服者たちが何とかうまくやっていくように強いるだろう。