チベットプレスツアー
ようちゃん、おすすめブログ記事。↓
北京趣聞博客 (ぺきんこねたぶろぐ)福島香織さん
(産経新聞中国総局記者。)
■7月末にいったチベットプレスツアー、とりあえず本紙に原稿がでたので、ブログでもご報告いたします。
■その前に、チベット報道について基本的なことをご説明。もうご存じの方も多いでしょうが、新聞記者はチベットに自由に行くことができません。とくに、J1ビザ(ジャーナリストビザ)がパスポートに張っている中国特派員は、普通の外国人旅行者のようにツアー会社経由で観光用の入境許可証をもらうことすら、できません。直接、チベット自治区政府に取材申請して許可を得なければならないのです。この場合、チベット自治区政府の外事弁公室(外弁)の人が2人くらい見張りにつくのが一般的です。その人たちの旅費も、こちらもちなので、お値段のはること確実です。もちろん、許可がでないこともあります。
■しかし、それ以外に記者がチベットに行く方法があります。それが、年に一度催される外交部(中国外務省)主催のチベット・プレス・ツアーに参加することなのです。このプレスツアーも、もちろん外交部新聞司、チベット自治区政府外弁から〝お目付役〟が随行するのですが、大勢の記者が大挙していくので、けっこう融通がききます。また、公式会見もふんだんに用意されていて、一応、普通では取材できないところも入れてくれたりするので、実に得難い機会です。さて、私は在北京歴5年でありながら、今回、初めてこのチベット・ツアーに参加することができました。それまでなぜ参加しなかったか、と? ま、いろいろです。6カ国協議とスケジュールが重なったり、同僚記者の出張や一時帰国と重なったり、去年の場合は、参加枠が異常に小さくて、抽選もれしたり。在北京記者にとってチベットは近くて遠い国、そうサイタマより遠い国なのでした。
■では、なぜ、中国はチベットに関してこうまで新聞記者の入境に敏感になるのでしょうか。それはチベット問題が外国メディアによって自由に報道されると、中国が大いにこまるからです。
■チベット問題については、このブログの読者の中に、私よりも詳しい方がいらっしゃるようですし、歴史の話はいろいろ書籍がでているようなのではしょります。早い話が、中国は1950~51年、チベットを武力侵攻し完全支配下にいれました。中国側は、これをチベット解放、つまり僧侶と王族に支配されていた封建社会を覆し、農奴を平和解放した、としています。ま、実際に、チベットが僧侶と王族に支配され、貧しい農民、遊牧民から富を吸い上げ、世界の屋根にポタラ宮みたいな荘厳な宮殿を建てたのですから、それまでのチベットが封建社会で、厳しい農奴制があったのは本当。これはチベット人学者も認めるところです。
■しかし、中国共産党の場合、支配のやり方が非常に悪かった。つまり、チベットの社会風俗、とくに宗教にぜんぜん理解がなかったのです。チベット族は言語、日々の暮らしの中にびっちり宗教が入り込んでいる人々です。たとえ封建制で搾取されようと、宗教に対しては絶対的な信仰がありました。ところが51年以降の宗教弾圧はここで書くのもはばかれるようなえぐさ、残虐さで、チベット族の漢族、中国共産党に対する激しい怒りと猛抗を招きました。この抵抗運動がピークを迎えたのが1959年、世界史でいうところの「チベット動乱」です。ダライ・ラマ14世はこの年チベットから脱出、インドに亡命しました。
■北京でも、チベット王族の末裔がいて、「おばあさんが殺された」といまだに、一族の恨みを心の底にめらめら燃やしている人は結構います。こういったチベット族の恨みは、私が知る限り、東北地方の中国人が旧日本軍に家族を殺されたと恨む以上のすごみを感じます。思うに、旧日本軍の中国侵略は過去の戦争の歴史。おまけに日本は敗戦し、あやまってもいるし、中国人民としては不満に思うところはあっても政府同士としては戦後処理は完全にすんでいる。今の日本は戦後60年の平和の記録を延長し続けているところです。いまさら恨んだところで、という諦めの境地に入っている方が多い。
■しかし中国共産党によるチベット侵略は現在進行形、ダライ・ラマはインドで亡命政府を樹立しており、今なおチベット自治区を含む中国国内のチベット族の精神的支柱であり続け、少なくとも中国側は「ダライ・ラマ14世にはまだ独立派鼓舞するだけの影響力を持っている」と考えている。実際、1989年のダライ・ラマ亡命30周年の年には、世にいう「ラサ暴動」が起きてます。このときラサに戒厳令をしき、暴動を鎮圧したのは、あの胡錦濤君です。チベット問題は、中国にとってもチベットにとっても、過去の歴史ではなく今ここにある危機。しか~も、ノーベル平和賞受賞のダライ・ラマ14世のカリスマ性、というのはただごとではなくて、世界の自由国家の多くが彼に極めて同情的。ということで、外国メディアがチベット問題を自由に報道して国際世論が盛り上がると、チベット族600万人(中国外も含む)の恨みの熾火が再び燃え上がる、なんてこともまったくないとはいえないわけです。
■この中国側の危機感は、民主国家体制が既成事実化しいる台湾問題や、カリスマ的指導者がおらず、911テロによって東トルキスタン独立派討伐を国際社会から正当化されているウイグル問題に対するものとは、まったくレベルがちがうと思います。正直、今の状況でチベットが独立出来る可能性はゼロに等しいとしても、中国がまたもややりたくもない大虐殺をせざるを得ない状況に追い込まれることもあろうか、というくらいの危機感はありそうです。
■ですから、中国の対外報道政策およびインターネット政策の中枢を司る国務院新聞弁公室には、わざわざ「チベット・人権局」というチベット問題専門の部局があるほどです。どういうことをやっているかというと、国務院新聞弁公室傘下の「五洲メディア」という対海外向けテレビ、雑誌、新聞制作部門に、チベット旅行番組とかつくらせて、海外チャンネルで流したりしています。例えば、男女2人のアメリカ人にチベット旅行させてチベット族庶民宅に訪問させたりして「チベットってすばらしわね~」「アメリカ人はすぐチベット独立問題を口にするけど、ここにきて初めてわかったわ。チベット族は中央政府の政策のもと、満足してくらしているのよね~」「米国人はチベットを誤解しているわ」みたいな、って、すごく白々しいセリフを言わせたりしています。段ボール肉まん報道がやらせなら、これもやらせちゃう?取り締まったら?と私などはツッコミをいれたくなりましたが。
■ちなみに、こういった番組を米国で流した場合、米国人は信じるのでしょうか?この番組をみた米国の方、教えてください。チャイナ・ディリーのある記者は「やっぱり無理ですかね?」みたいな発言をしていたので、中国人記者ですら、このしらじらしい旅行番組の効果を疑っているみたです。
■こんなベタな旅行番組では国際社会の目はだませないよな~と内心思う中国の次なる作戦が、ホンモノの外国メディアに、中国にとって都合のよいチベット報道をさせることなのです。それが、この外交部主催プレス・ツアー。というわけで、われわれは、中国共産党のチベット統治がいかにすばらしいか、を宣伝するために、新聞記者が勝手に入れないチベット自治区に招かれたのでした。
■ちなみに外交部主催のチベット・プレス・ツアーのアレンジは次のようなものでした。(赤字は中国が取材させたいこと 青字は私たちが取材したいこと)
7月26日夕ラサ入り
7月27日ラサ
①中国科学院青蔵高原研究所の専門研究員・康世昌氏らを招いたチベット環境問題に関する記者会見
(チベットに環境汚染はほとんどないのだ。このすばらしい自然をみよ。氷河減少は地球温暖化という全世界的な問題だから中国のせいじゃないよ)
(青蔵鉄道って絶対、環境に悪影響でているよ。観光地化進みすぎてチベットにゴミふえてんじゃないの?)
②ラサのラル湿地の保護状況視察
(都市部にある湿地帯としては世界最大!どうだ!すばらしいだろっ)
(「湿地の見える別荘」なんて不動産屋の看板たててるよ、湿地保護というより観光地開発じゃないの?)
③ラサ経済技術開発区の視察
(中央政府の支持のもとラサはこんなに経済発展しています!外国企業の投資も歓迎だよ!)
(漢族とチベット族の給料、どのくらい違うの?)
④ジョカン寺取材
(中央政府は文化財保護に力いれてまーす!宗教の自由もあるよっ!)
(お坊さんたちは、ダライ・ラマ14世のことどうおもっているの?)
⑤チベット族企業集団 哈達集団
(チベット族による企業集団もあるのだ、別に漢族が搾取しているわけではない!)
(ま、それはいいんだけど…)
7月28日ラサ
①ポタラ宮取材
(中央政府は文化財保護に力入れてマース!)
(ダライ・ラマ不在のポタラ宮ってどうよ!?)
②チベット政府自治区ニマ・ツレン副主席記者会見
(中央の支持によるチベット自治区の発展ぶりを紹介しマース!)
(ダライ・ラマ14世との対話、どうなってんの?ニマ少年(もう一人のパンチェン・ラマ11世)はどうしてんの?宗教都市、観光都市になんでこんなに公安と軍人が多いのだ!?昨年9月のチベットからネパールに亡命中の巡礼者射殺事件、どう落とし前つけたの?)
③青蔵鉄道貨物駅取材
(青蔵鉄道でチベット豊かになりました!)
(物質文明の流入で、チベットってどれだけ漢化したのかい?)
7月29日シガツェ
①中央政府支援の安居政策(貧困地位に政府支援で家屋を立てる政策)モデル地区取材
(中央政府の支持で、貧しいチベット族にりっぱな家をたててあげました!)
(チベット族管理強化のための遊牧民・農民の強制移民というウワサもありますが?)
②シガツェ・タシルンポ寺取材
(中央政府は文化財保護に力入れマース!宗教の自由もありマース!)
(ニマ少年と今のパンチェン・ラマ11世、どっちが本物と思う?なんで今のパンチェンラマ11世はずっと北京にいるのよ?)
7月30日シガツェ
①サキャ寺取材
(中央政府はサキャ寺修復にいっぱいお金使っていマース!)
(サキャ派的にダライ・ラマ14世ってどんな存在?)
7月31日
①青蔵鉄道客車駅取材
(青蔵鉄道で観光産業発展!)
(青蔵鉄道でチベット文化破壊加速?)
②チベット伝統医薬取材
(すばらしいチベット伝統医療!)
(冬虫夏草の乱獲問題?)
8月1日北京へ
■おお、前書きが長くなりました。本編は次エントリーから、おもいっきり中国共産党のチベット統治のすばらしさを喧伝したいと思います。
■その前に、チベット報道について基本的なことをご説明。もうご存じの方も多いでしょうが、新聞記者はチベットに自由に行くことができません。とくに、J1ビザ(ジャーナリストビザ)がパスポートに張っている中国特派員は、普通の外国人旅行者のようにツアー会社経由で観光用の入境許可証をもらうことすら、できません。直接、チベット自治区政府に取材申請して許可を得なければならないのです。この場合、チベット自治区政府の外事弁公室(外弁)の人が2人くらい見張りにつくのが一般的です。その人たちの旅費も、こちらもちなので、お値段のはること確実です。もちろん、許可がでないこともあります。
■しかし、それ以外に記者がチベットに行く方法があります。それが、年に一度催される外交部(中国外務省)主催のチベット・プレス・ツアーに参加することなのです。このプレスツアーも、もちろん外交部新聞司、チベット自治区政府外弁から〝お目付役〟が随行するのですが、大勢の記者が大挙していくので、けっこう融通がききます。また、公式会見もふんだんに用意されていて、一応、普通では取材できないところも入れてくれたりするので、実に得難い機会です。さて、私は在北京歴5年でありながら、今回、初めてこのチベット・ツアーに参加することができました。それまでなぜ参加しなかったか、と? ま、いろいろです。6カ国協議とスケジュールが重なったり、同僚記者の出張や一時帰国と重なったり、去年の場合は、参加枠が異常に小さくて、抽選もれしたり。在北京記者にとってチベットは近くて遠い国、そうサイタマより遠い国なのでした。
■では、なぜ、中国はチベットに関してこうまで新聞記者の入境に敏感になるのでしょうか。それはチベット問題が外国メディアによって自由に報道されると、中国が大いにこまるからです。
■チベット問題については、このブログの読者の中に、私よりも詳しい方がいらっしゃるようですし、歴史の話はいろいろ書籍がでているようなのではしょります。早い話が、中国は1950~51年、チベットを武力侵攻し完全支配下にいれました。中国側は、これをチベット解放、つまり僧侶と王族に支配されていた封建社会を覆し、農奴を平和解放した、としています。ま、実際に、チベットが僧侶と王族に支配され、貧しい農民、遊牧民から富を吸い上げ、世界の屋根にポタラ宮みたいな荘厳な宮殿を建てたのですから、それまでのチベットが封建社会で、厳しい農奴制があったのは本当。これはチベット人学者も認めるところです。
■しかし、中国共産党の場合、支配のやり方が非常に悪かった。つまり、チベットの社会風俗、とくに宗教にぜんぜん理解がなかったのです。チベット族は言語、日々の暮らしの中にびっちり宗教が入り込んでいる人々です。たとえ封建制で搾取されようと、宗教に対しては絶対的な信仰がありました。ところが51年以降の宗教弾圧はここで書くのもはばかれるようなえぐさ、残虐さで、チベット族の漢族、中国共産党に対する激しい怒りと猛抗を招きました。この抵抗運動がピークを迎えたのが1959年、世界史でいうところの「チベット動乱」です。ダライ・ラマ14世はこの年チベットから脱出、インドに亡命しました。
■北京でも、チベット王族の末裔がいて、「おばあさんが殺された」といまだに、一族の恨みを心の底にめらめら燃やしている人は結構います。こういったチベット族の恨みは、私が知る限り、東北地方の中国人が旧日本軍に家族を殺されたと恨む以上のすごみを感じます。思うに、旧日本軍の中国侵略は過去の戦争の歴史。おまけに日本は敗戦し、あやまってもいるし、中国人民としては不満に思うところはあっても政府同士としては戦後処理は完全にすんでいる。今の日本は戦後60年の平和の記録を延長し続けているところです。いまさら恨んだところで、という諦めの境地に入っている方が多い。
■しかし中国共産党によるチベット侵略は現在進行形、ダライ・ラマはインドで亡命政府を樹立しており、今なおチベット自治区を含む中国国内のチベット族の精神的支柱であり続け、少なくとも中国側は「ダライ・ラマ14世にはまだ独立派鼓舞するだけの影響力を持っている」と考えている。実際、1989年のダライ・ラマ亡命30周年の年には、世にいう「ラサ暴動」が起きてます。このときラサに戒厳令をしき、暴動を鎮圧したのは、あの胡錦濤君です。チベット問題は、中国にとってもチベットにとっても、過去の歴史ではなく今ここにある危機。しか~も、ノーベル平和賞受賞のダライ・ラマ14世のカリスマ性、というのはただごとではなくて、世界の自由国家の多くが彼に極めて同情的。ということで、外国メディアがチベット問題を自由に報道して国際世論が盛り上がると、チベット族600万人(中国外も含む)の恨みの熾火が再び燃え上がる、なんてこともまったくないとはいえないわけです。
■この中国側の危機感は、民主国家体制が既成事実化しいる台湾問題や、カリスマ的指導者がおらず、911テロによって東トルキスタン独立派討伐を国際社会から正当化されているウイグル問題に対するものとは、まったくレベルがちがうと思います。正直、今の状況でチベットが独立出来る可能性はゼロに等しいとしても、中国がまたもややりたくもない大虐殺をせざるを得ない状況に追い込まれることもあろうか、というくらいの危機感はありそうです。
■ですから、中国の対外報道政策およびインターネット政策の中枢を司る国務院新聞弁公室には、わざわざ「チベット・人権局」というチベット問題専門の部局があるほどです。どういうことをやっているかというと、国務院新聞弁公室傘下の「五洲メディア」という対海外向けテレビ、雑誌、新聞制作部門に、チベット旅行番組とかつくらせて、海外チャンネルで流したりしています。例えば、男女2人のアメリカ人にチベット旅行させてチベット族庶民宅に訪問させたりして「チベットってすばらしわね~」「アメリカ人はすぐチベット独立問題を口にするけど、ここにきて初めてわかったわ。チベット族は中央政府の政策のもと、満足してくらしているのよね~」「米国人はチベットを誤解しているわ」みたいな、って、すごく白々しいセリフを言わせたりしています。段ボール肉まん報道がやらせなら、これもやらせちゃう?取り締まったら?と私などはツッコミをいれたくなりましたが。
■ちなみに、こういった番組を米国で流した場合、米国人は信じるのでしょうか?この番組をみた米国の方、教えてください。チャイナ・ディリーのある記者は「やっぱり無理ですかね?」みたいな発言をしていたので、中国人記者ですら、このしらじらしい旅行番組の効果を疑っているみたです。
■こんなベタな旅行番組では国際社会の目はだませないよな~と内心思う中国の次なる作戦が、ホンモノの外国メディアに、中国にとって都合のよいチベット報道をさせることなのです。それが、この外交部主催プレス・ツアー。というわけで、われわれは、中国共産党のチベット統治がいかにすばらしいか、を宣伝するために、新聞記者が勝手に入れないチベット自治区に招かれたのでした。
■ちなみに外交部主催のチベット・プレス・ツアーのアレンジは次のようなものでした。(赤字は中国が取材させたいこと 青字は私たちが取材したいこと)
7月26日夕ラサ入り
7月27日ラサ
①中国科学院青蔵高原研究所の専門研究員・康世昌氏らを招いたチベット環境問題に関する記者会見
(チベットに環境汚染はほとんどないのだ。このすばらしい自然をみよ。氷河減少は地球温暖化という全世界的な問題だから中国のせいじゃないよ)
(青蔵鉄道って絶対、環境に悪影響でているよ。観光地化進みすぎてチベットにゴミふえてんじゃないの?)
②ラサのラル湿地の保護状況視察
(都市部にある湿地帯としては世界最大!どうだ!すばらしいだろっ)
(「湿地の見える別荘」なんて不動産屋の看板たててるよ、湿地保護というより観光地開発じゃないの?)
③ラサ経済技術開発区の視察
(中央政府の支持のもとラサはこんなに経済発展しています!外国企業の投資も歓迎だよ!)
(漢族とチベット族の給料、どのくらい違うの?)
④ジョカン寺取材
(中央政府は文化財保護に力いれてまーす!宗教の自由もあるよっ!)
(お坊さんたちは、ダライ・ラマ14世のことどうおもっているの?)
⑤チベット族企業集団 哈達集団
(チベット族による企業集団もあるのだ、別に漢族が搾取しているわけではない!)
(ま、それはいいんだけど…)
7月28日ラサ
①ポタラ宮取材
(中央政府は文化財保護に力入れてマース!)
(ダライ・ラマ不在のポタラ宮ってどうよ!?)
②チベット政府自治区ニマ・ツレン副主席記者会見
(中央の支持によるチベット自治区の発展ぶりを紹介しマース!)
(ダライ・ラマ14世との対話、どうなってんの?ニマ少年(もう一人のパンチェン・ラマ11世)はどうしてんの?宗教都市、観光都市になんでこんなに公安と軍人が多いのだ!?昨年9月のチベットからネパールに亡命中の巡礼者射殺事件、どう落とし前つけたの?)
③青蔵鉄道貨物駅取材
(青蔵鉄道でチベット豊かになりました!)
(物質文明の流入で、チベットってどれだけ漢化したのかい?)
7月29日シガツェ
①中央政府支援の安居政策(貧困地位に政府支援で家屋を立てる政策)モデル地区取材
(中央政府の支持で、貧しいチベット族にりっぱな家をたててあげました!)
(チベット族管理強化のための遊牧民・農民の強制移民というウワサもありますが?)
②シガツェ・タシルンポ寺取材
(中央政府は文化財保護に力入れマース!宗教の自由もありマース!)
(ニマ少年と今のパンチェン・ラマ11世、どっちが本物と思う?なんで今のパンチェンラマ11世はずっと北京にいるのよ?)
7月30日シガツェ
①サキャ寺取材
(中央政府はサキャ寺修復にいっぱいお金使っていマース!)
(サキャ派的にダライ・ラマ14世ってどんな存在?)
7月31日
①青蔵鉄道客車駅取材
(青蔵鉄道で観光産業発展!)
(青蔵鉄道でチベット文化破壊加速?)
②チベット伝統医薬取材
(すばらしいチベット伝統医療!)
(冬虫夏草の乱獲問題?)
8月1日北京へ
■おお、前書きが長くなりました。本編は次エントリーから、おもいっきり中国共産党のチベット統治のすばらしさを喧伝したいと思います。