Younghee Ahn の韓国レポート
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Younghee Ahn の韓国レポート』 第21 4回
「華麗な休暇」
夏だ。今日のタイトルだけを見ると、夏休みにちなんでまた豪華な夏休みにつ
いて 書くと思われる方もいらっしゃるだろう。だが、今日のタイトルは私の
夏休みで はな く、映画のタイトルである。
この映画が7月25日に封切られてからすでに8月10日現在、観客400万
人を 動員している。数年間韓国映画の最盛期が続いた後、昨年あたりから
韓国映画は ハリ ウッド映画におされ気味になっていた。
それを一気に払拭しているかのようだ。
「華麗な休暇」は、韓国人にとっては忘れられない1980年5月18日に起こ
った 「光州事件」別名「5.18事件」を映画化したものだ。報道資料によると、実
在人 物からモチーフを得て、架空の人物をつくり出したが、史実に基づいて
事件を再 構成 しているという。映画のタイトルになった「華麗な休暇」は、
光州事件の作戦名 だ。
事件の発端は、クーデターで政権を掌握した全斗煥(チョンドゥファン)大統
領が 80年5月17日、全国的に戒厳令を出した。翌日、光州の全南大学前に
戒厳令 のた め配備されていた軍隊が登校してきた学生たちを中に入れさせ
なかったため、大 学生 たちが街頭デモを始めた。
これが過激になり、軍は「華麗な休暇」という作戦名 で鎮 圧に乗り出した。
学生たちは武器を持っていないのに、軍隊は実弾を許可されていた。
近くで倒 れて いく学生たちを見ながら、またはただデモ隊の近くにいたという
だけで殺されて いく、 狂気の沙汰に市民たちは学生たちと一緒になって
混乱の事態になっていったよ うだ。
10日間韓国軍と市民との戦いが続いたという。この作戦には、47の大隊
所属 の将 校4727名、兵士15590名と計2万人の韓国軍が投入された。
犠牲者は、 死亡 207名、負傷2390名、その他の犠牲者987名と集計
されている。だが、 あく までも推定値であり、具体的な統計はない。
この事実について、言論統制されていた国民は長く知ることはなかった。
ただ 、光 州に北朝鮮のスパイたちが市民を扇動して何か悪巧みをしている
とだけ知らされ てい たのだ。だから、筆者も光州事件については、未だに
はっきりと本当はどんなこ と だったのか知ることができない。
この事件は、韓国の386世代(60年代生まれで、80年代に大学生を経験
した 人たちの総称)が青春をかけて解き明かそうとした部分だと思う。
5月18日に なる と、光州事件関係者たちが葬られたマンウリ共同墓地に
集まる彼らを見ると、未 だに 事件は解決していないような気もする。
軍を指揮した全元大統領は未だに生き延びて国民から強奪したお金は自分
の息 子た ちに分け与え、自分は29万ウォンしかないといい、世界を豪遊して
いる。彼の 姿を テレビで見るたびにどれだけの人たちが苦虫をつぶしたような
気持ちで画面をみ てい るのだろうか。
映画を見て、光州事件を知らなかった世代たちも全元大統領が嫌いに
なったと いう 感想を述べていた。だが、もっと光州事件を知るには不足して
いると酷評してい る人 たちもいる。
映画がすべてを伝えることはできない。哀しい事実は折り曲げられ、事実を
知 って いる者たちは死んだか、口をつぐんでいる。
筆者は、光州事件を知るためにもぜ ひ見 ておきたいと思うのだが、哀しい
事実が辛く心に残りそうで見たくない気持ちの 方が 強い。
だが、予告編での「光州市民のみなさん、私たちを覚えていてください」と
い う叫 びは、筆者の耳に残り続ける。
Younghee Ahn(アン・ヨンヒ)
韓国生まれの韓国人。小学4年から高校1年まで、大阪在住。韓国外国語
大学同 時通 訳大学院日本語修士課程卒業。同時通訳からスタートして、
現在は会議通訳、及 び、韓国梨花女子大で、日本語の講師も務める。
著書に『シナブロ(知らぬ間に少し ずつ )』(小学館)<
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