日本社会のルール、卑弥呼の社会と今 | 日本のお姉さん

日本社会のルール、卑弥呼の社会と今

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▼日本人が知るべき事(23)

日本社会のルール、卑弥呼の社会と今<4>知る、知らす (三島明)

http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/257963/  


中国や朝鮮半島では、ライバルを引き摺り下ろして、上になろうとするそうだが、日本人は努力して自分を高めて上になろうとする。この習慣も、前回の説明から卑弥呼時代の社会が作った習性だと判るだろう。和の国は、高天原の指導によって、やっと作り上げた理想郷だったのだ。

卑弥呼の元にいた、「奴婢」は、奴隷ではない。日本には奴隷がいない。従って、1000人もの奴婢はいない。これは、学生だったと解いている。この子達を選んで高天原に知らせたのは、この卒業生である各地の女神だ。(後に山姥にされる)この連絡係が、神社の、「鳥居」に象徴される、「鳥」サンである。鳥居は、「鳥が居る」と書いてある。だから、神社には、必ず、高天原と連絡を取る、「鳥」が居たのだ。この話も古事記にあるが皆さんは気付かない。これは、まだ書いてないので、いずれ書く事になろう。

古事記と倭人伝を主体に、合理的解釈で見直した革命の古代論、宇摩説で卑弥呼の社会を概略で紹介したので、日本の現状も大まかに書いておこう。

戦後の米国の日本弱体化政策、日教組の反日、蔑視、弱体化、教育によって、日本人は罪な人種だと教えられた。これが若い人々に蔓延している。だから、日本の歴史と実態を知らない人々が多くなった。東大の教授が、「騎馬民族が渡来して、天皇家になった」などという説を出したり、「古事記は、天皇家の権威を高めるために作られた創作」とされて、廃棄された。だから、騎馬民族説も、古事記の証明が不要になった。つまり、騎馬民族、、、説は、論証が無い(出来ない)論ということだ。論証できない論は、誰が書こうと単なる小説だと、私は思う。しかも、この論の為に、韓国や在日の悪意ある攻撃(天皇家は朝鮮半島出身)を信じ状況生まれている。東大の古代史は左翼思想によって、日本の古代を小説にしただけでなく、本居宣長の解釈を引き継いで、現実にありえないから、創作と言う事にしたのだ。これは、西洋のシュリーマン以前の古代史に戻したのである。

つまり、1871年にシュリーマンが、トロヤ神話(トロイの木馬)の発掘を開始した。この発掘によって、西洋の古代史は、「神話は物語(創作)」から激変して、神話に史実を求めるようになった。だから、日本の戦後の古代史は、西洋の1871年より前の原始的とも云える水準になった。こうして、教授は自分の主義に合わせた小説(創作)を作ったのだ。これが、東大の教授である。前野徹氏の著書で、紹介した、法学部の教授といい、つい最近まで、東大は共産主義と、社会主義一色の大学になった。このトップクラスが、高級官僚として就職し、別に書いたとおり、官僚の腐敗に尽くしたのである。

今日のニュースで、高円宮典子様が、韓国訪問という。反日教育を続ける国に若い宮様が行かれるのには、東大官僚の影が見えてならない。おかしな映画など、最近、天皇家を利用する行動が増えている。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/koushitsu/74065/

しかも、これ等を援助、協力する労組、政党、朝日・毎日・NHKなどにも、次のクラスが就職して、現在の左翼一辺倒の報道がある。一時は、「進歩的文化人」と敬称されたが、今は敬称とは誰も思ってない。公務員や会社では労組が個人主義を掲げて、闘争した。この労組が加わり、これに呼応した在日、総連などが加わって、払い続けた金が、前野氏の本には、1000兆円を超える現状になっている。しかも、これ等左翼グループが呼応して、報道で一大攻撃をかけた参院選は、残念ながら、これ等グループの勝利となった。これらは重複するが、報道が重複の効果を教えてくれたので、私も何度も重複しておこう。このような状況なのに、誰も、この対策を打ち出す人が居ない。起こった出来事に反発したり、事実を明かしたりは出来ても、これらを撲滅して、将来の為に今の日本をどうするかという論議が無い。

  日本の将来をどうするのか?
  将来の夢をどのように作るのか?
  子供たちの為に今、何を倹約し、何処を伸ばすのか?

これらに堪えるには、日本人が共通して、明日の日本を総意で決める必要がある。これは、共通した日本人の自覚が無いと無理である。この共通した自覚とは、日本人の古代(最初)から現在に至る状況を共通認識である。シッカリした共通の土台立って、話し合わないと、夢や希望を述べ合っていたらきり無く多くなり、混乱するだけだ。夢や理想は、現実の状況を知って、そこからどのように達成するかである。

戦争は嫌だから、兵器はいらない、原爆はいらない、と言う、。理想論と現実論を混在させてはならない。特に、核の問題は夢と現実を区別して論議しないと平行線になろう


平行線で進まない内に、周辺国では着々と進んでいる


この現実が見えない論議は、夢の中でやればよい。夢と現実は違うのだ。原爆は日本で多大の犠牲を出した。だから,禁止だと言う。禁止を訴えれば、中国や北は止めるのか?やめない以上夢の論でしかない、「寝言は寝て言え!」である。夢の論に乗っていて、何年か後には中国や北の無理難題を断ったら、核が飛んでくるだろう。飛んでこなくとも、脅されて、アジアの苛められっ子になっていることは確かだ。


これが現実だ。現実と夢を混同してはならない。カルタゴを思い出せ!誰かに三段論法を教わった。子供のマッチ遊びで火事になり、一家5人が焼け死んだ。マッチがあるから悪い。マッチの廃絶を訴え様、と言う論法だ。マッチはダイナマイトでも、ガスでも、核でも置き換えればよい。

マッチも、ガスも、火薬も、これらに罪があるのか?また、社会に不要なのか?左翼の論理は、ほとんど、この論法である。頭の良い人は直ぐに乗せられる。頭が悪いと、思考より直感で、ガス・火薬・マッチは必要だと思うから騙されずに済むのだ。


私も頭が悪い方だから、ちょっと待て、と思ってしまう。頭で論を展開する(机上論だ)と、如何に上手く導き出しても、現実世界では穴がある。前回に、「ヤオヨロズノカミ」で書いたとおりである。特にマルクスが始めた共産主義のように、平等という理想から始めると、過去の歴史が生きず、多くの粛清という犠牲を出しながら、共産国は倒壊した、この二の舞は、アホのする事だろう。


2000年に及ぶ日本社会の「和」を生かしつつ、日本の存続と、発展を目指して、その上で、世界平和に貢献できる日本を構築するには、現在のように、現実と遊離した夢を基礎にしてはならない。宇摩説が解いた、卑弥呼の社会から判る日本人を基礎にした、確かな日本を構築することが全ての面で、大切なのである。