巧妙偽装核輸出の中国 | 日本のお姉さん

巧妙偽装核輸出の中国

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巧妙偽装核輸出の中国
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 7月31日(火曜日) 
通巻第1870号  (7月30日発行)
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 イランへ核技術関連部品を巧妙に偽装して輸出し続ける中国

   国連の制裁対象品目が多数含まれていると米国が北京に警告

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中国の港をでたイラン向けカーゴには「核技術関連部品から、

大陸間弾道ミサイル部品まで」。

いずれも国連がイラン向け輸出を禁止しているものばかりだ、と米国務省は言う。中国政府は「証拠を示せ」と言うばかりで、一切の疑問を封じ込めてきた。

中国からイラン向け輸出は過去1年間で70%増大しており、そのうちの32億ドル分が「疑惑」品目。なかには明らかにウラン濃縮技術関連の部品が含まれている。(ウォールストリート・ジャーナル、7月27日付け)。

シンガポールに寄港した中国のコンテナ船には「ミサイル打ち上げ用の固体燃料」が、シンガポール税関によって摘発された。
これらの会社はすでにブラックリストに掲載された中国企業ばかりで、

SHAHID BAGHER IINDUTIRIAL
BEIJING ALITE TECHONOLOGIES

CHINA NATIONAL PRECISION MACHINERY

CHINA GREAT WALL INDUSTRY CORP
などである。

英米欧は、イランの海外資産を凍結したほか、多くの禁輸措置を選択しており、イラン問題を秋の国連総会で重要課題と位置つけている。
しかしながら 中国外務省は「根拠のない、言いがかりに近いもので、証拠がない」と言い張っている。

米国の軍事専門家は、「テヘランの地下鉄工事を中国の北方集団公司グループが請け負った。これは通称NORINCO(ノリンコ)と言われる中国を代表する武器輸出企業だが、地下鉄工事プラントに偽装して大量の核技術、ウラン濃縮、ミサイル部品が中国からイランに持ち込まれているだろう」と分析している。

ま、世界中に毒入り食品から欠陥玩具、花火などを売って、世界各国ではいまや、「MADE IN CHINA」は毒と不良品の代名詞となった。

もうひとつの「MADE IN CHINA」は軍需物資だった。
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(読者の声1) 安倍政権の惨敗は予想されていたとはいえ、無残の一語に尽きます。大部分の官邸スタッフと一部閣僚、それから教育関連のブレーン以外に問題はなく、通した法案は国家の背骨になるまっとうなものばかり。
今回選挙の争点になったといわれる年金問題は安倍政権のせいではなく、社保庁の下級官僚と「彼ら」らが加わる組織組合に巨悪の根源があります。しかし国民の納まらない怒りを受けとめるアンチ体制の適当な受け皿がなく、巨悪の根源である組織組合に支えられた民主に票が流れてしまいました。ナンミョーが票と議席を減らしたことは選挙結果を見ての少ない歓びです。

小泉・竹中・秀直ら前政権の推し進めた改革という名の破壊政治に国民はノーを突き付けたと理解すべき結果でしょう。

それには途中で職場放棄した福田某も加担していました。
望み通り安倍首相は小泉前政権が遣り残した法案を通し成立させまくり、自爆に近い形で潰えました。

しかしそれらは不完全ながらも将来の糧として残りました。
大幅に議席を増やした民主の大将は、燃え尽きてしまい勝利宣言も出せない消耗ぶり。負けたとはいえ安倍首相には八月十五日靖国神社にご参拝頂き、九月上旬の外交日程をこなしその後「解散、総選挙」に向かう余力はあるでしょう。今回、自民は負けましたが、民主が勝ったとは云えません。民主に政権担当能力はなく、国政を安心して任せられない主義思想の輩が満ち満ちています。

真の国民の審判は次の総選挙(衆議院選挙)で下されることでしょう。
                      (NH生、品川)
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美しい仕草が美しい国を作る
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             伊勢 雅臣

先々週に発行したJOG(506)「花のお江戸の繁盛しぐさ」には、多くのお
たよりをいただいたので、本誌面でご紹介したい。


中山善照さんより

「江戸しぐさ」読みました。とても気持のちいい、うれしくなるお話しで
すね。私は常々、こんにちの日本は文明レベルは高いが、文化レベルで
は江戸時 代の方がはるかに高いと思っておりました。

大森貝塚を発見したことで知られているモースが以下の手記を残してい
ます。ラフカディオ・ハーンも同じようなことを語っています。明治時
代は、まだ江戸時代が濃厚に残っていた時代です。「美しい国」とは、
伊勢雅臣氏が言われように、すでに日本の歴史の中にあったのです。


大森貝塚を発見したモースの日本人観察記
(エドワード・モース1838~1925)

外国人は日本に数ヶ月いた上で徐々に次のようなことに気がつきはじめ
る。

即ち彼は日本人にすべてを教える気でいたのであるが、驚くべきことに、
また残念ながら、自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっ
ている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいい
ことである。

衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべての自然物に対す
る愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙動の正しさ、他人の感情につ
いての思いやり…これらは恵まれた階級の人々ばかりではなく、最も貧
しい人々も持っ ている特質である。(1877年明治10年6月下旬)

ラフカディオ・ハーン著・「日本一つの試論」より
(1904年 明治三七年)

町や家や身辺はいつも清潔で塵ひとつ落ちてなく、住民はいつもニコニ
コと上機嫌で、大声で喧嘩する者はだれもなく、どんな難儀なことがお
こっても明るい笑顔でていねいにお辞儀をしあい、とんまな犬やひよこ
などの動物にもきわめて親切で、わたしがかつて住んだことがある、あ
る町では何百年間も盗難事件もなく、新しく建てられた刑務所もしじゅ
うがらがらで用がなく、町民は昼夜も戸に錠と いうものを閉めたことが
なく…

じーこむらさんより

小生は(昭和30年福岡県生まれ)小学校に上がる前後の物心付く頃(昭
和30年代中ば)に母親(大正15年生まれ)から、人通りの多いところ
(商店街、繁華街)では自転車は降りて押していくこと。

親子でも手を繋ぐと通行する人の邪魔になるから、子供は後ろからぴっ
たりくっついて歩くこと。電車バスでも、元気な子供は席に座ってはい
けないことなど、躾けられています。

「傘かしげ」など江戸しぐさなる言葉は知りませんが、子供の頃から何
故か身についています。
美しい国は過去にあったと思います。今の世の
中、ほんとにどうしちゃったんでしょうね?

戦後GHQが推し進めたジャパン・プログラムにより、自由と民主という言
葉の裏で、日本の統制されていた部分の中の礼儀道徳観まで剥ぎ取られ、
正に現代のように属国化が成功したということでしょうか?

梟翁さんより

今週の「花のお江戸の繁盛しぐさ」は最近の若者ばかりでなく、団塊の
世代も含めた「学ばず教えられなかった世代」すべてに参考になったこ
とと思います。

数々のよいしきたりが江戸文化として語られていますが、江戸に限らず
日本人のマナーとして明治から昭和初期ごろまでは 守られていたのでは
ないかと思います。

私の祖母は明治20年代の生まれ(宮崎県)でしたが、これらのしぐさ
を自ら実行し子供や孫たちに折に触れて教えていました。

安倍首相の「美しい日本」は何を以て「美しい国」と評価するのか基準
が不明な単なるスローガンに終っている嫌いがありますが、小学校で日
本人の伝統的な美しいしぐさを教え、その底に流れる他人を思いやる心、
集団の中で暮らす心がけを教 えて欲しいものです。

Geraosanさんより

この江戸の繁盛しぐさの表現は知りませんでした。しかし、私が居住し
ている当地欧州でもこのような江戸の繁盛しぐさは当たり前のように行
われています。とくにスイスとかドイツでは普通です。

逆に日本に行くたびにそのような習慣、親切心が殆ど見られない驚きの
ほうが多いのです。たとえば現在の東京でそのようなしぐさを経験する
ことは残念ながら殆ど皆無に近いです。むしろ、欧州の一部ではいまだ
にこのようなしぐさが連綿として 続いています。

Yutakaさんより

20年ほど前に米国でしばらく生活したのち帰国したとき一番ショックを
受けたことは人ごみで肩や体がぶつかっても、皆何も言わずに行ってし
まうことでした。

米国ではほんのちょっと接触しただけでもEXCUSE MEと言葉を交わしま
すが、日本ではまったくそ知らぬ顔で通り過ぎて行くのには驚きました。

また混雑した電車から降り る場合も何も声を掛けずに人を押しのけて降
りてゆくのが一般的なのにもがっかりした記憶が あります。

さらにアメリカではエレベータなどに一緒に乗り合わせると、まったく
知らない同士 でもにっこりと笑顔を見せます。

多民族・多文化の米国ではお互いに敵意がないことを積極的に示すこと
が 必要だと言う事情があるのでしょうが、日本人の無作法さにはがっか
りしました。

今日本人に必要なのは自分の権利のみを声高に主張することではなく、
江戸しぐさに代表されるような他人の立場を思いやり、少し譲ると言う
ことではないでしょうか? 

戦後権利の主張に急なあまり義務をわすれ、さらには全共闘世代に代表
される、秩序や規制に対する異常な反発心が現代の若者のモラルの荒廃
をもたらしたと考えます。

人間が一人で生きてゆけない限り、自らの権利を主張するのと同様に他
者の権利も尊重する必要があるのは言うまでもありません。ちょっと譲
り合うだけで社会がどれほど住みやすくなるか真剣に考えるべきと思い
ます。


■リンク■
a. JOG(506) 花のお江戸の繁盛しぐさ
 江戸っ子たちは粋なしぐさで、思いやりに満ちた共同体を築
いていた。
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/108781815.html