TOTOのトイレ技術に見る日本的感性の繊細さ(その1)(その2)
ようちゃん、お勧め記事。↓
TOTOのトイレ技術に見る日本的感性の繊細さ(その1)
*トイレ戦線、死角なし
“あの音”、恥ずかしくありません?
今さらかもしれませんが、我が国の生活のレベルは世界でもトップクラスとなり、日本人は犯罪という意味でも、戦争やテロという意味でも、世界で最も安全な暮らしを営める幸福を手に入れました。寒さをしのぐ衣服、そして空腹を満たす食事がとりあえず確保されると、人間は様々な形でさらに贅沢な欲求を感じるようになります。
その贅沢は、豪華な衣装や食事を追い求める方向がある一方で、恥じらいを感じるという上品な方向にも進みます。「ちょっとした恥ずかしさを隠したい」という気持ち。これは、人間に固有なとても高次な贅沢の1つ。寒さに震え、食うにも困る状況では、どんなことでも恥ずかしいなんて言っていられません。「衣食足りて礼節を知る」なのです。
その贅沢な欲求をストレートに満たすことを狙った「音姫」という有名な商品があります。名前は知らなくても、女性ならば皆さんどこかで使ったことがあるものです。今をさかのぼること約20年前にTOTOが発売した商品で、トイレの個室で水を流す「ジャー」という擬音を発生させて、用を足す時に出る音を掻き消してくれる装置です。恥ずかしさを隠す商品の代表例と言えるでしょう。
江戸時代から続く、“恥ずかしい”を隠すためのものづくり
音姫が発売された1988年はバブル末期、デパートやオフィスビル内のトイレがきれいに整備されてきた頃。当時、女性は恥ずかしい音を消すために、トイレで平均して2.5回程度の水を無駄に流していたのだそうです。ですから、音姫に代表される擬音装置の導入は、オフィス単位やビル単位で見ると大変な節水効果であり、地球環境問題への貢献は計り知れません。
ご存じのように日本のトイレは、世界でも類を見ないほど高機能になっています。1970年代に普及が本格化した腰掛け式の洋式トイレ界では、TOTOやINAXといったトイレ用品大手の優秀なる開発陣の手によって、あれやこれやの改善に次ぐ改善の連続パンチが繰り出されてきました。便座にヒーターを仕込んだり、お尻をシャワーで洗浄してみたり、人を感知して自動で蓋が開いてみたりと、その進化は目を見張るものがあります。
洋式トイレの本家たる欧米のメーカーが、長年の間あぐらをかいてきた便器の世界で日本の“カイゼン”の底力を見せつけてきたわけです。このような細やかな使い勝手の改良にかけては、日本メーカーの強さは他を寄せつけません。ただ、私が今回音姫に注目したのは、こうした環境対策や利便性の向上における日本の強みを論ずるためではありません。背後に技術陣の血のにじむような苦労があるのは重々承知していますが、利便性の追求は、ある意味、技術開発にとっての既定路線で、開発者ならばいずれは思いつくであろう機能強化の域を出ないからです。
音姫の開発には、利便性追求の域を抜けて、さらに一段、高次な次元に足を踏み入れた感覚を覚えます。ちょっとした恥ずかしさを隠すため、便器に擬音機能や脱臭機能をつけるという切り口は、もはや感性の領域としか言いようがありません。あの音を恥ずかしいと感じない開発者に、どれだけ高給を払っても絶対に出てこない、質的に違う機能なのです。私は、ちょっとした恥ずかしさにまで着目し、「こんなことまでする?」という嘆かわしいまでのこだわりで商品を開発するところに日本のものづくりの強さを感じています。
実は、「こんなことまでする?」というこだわりのものづくりは、昨日今日出てきたものではありません。天下泰平な今日の平成期からさかのぼること300年、江戸時代に元禄泰平と呼ばれる穏やかな時代がありました。江戸幕府による統治によって民衆は泰平を謳歌し、爛熟文化が花開いた頃です。あまり知られていない話ですが、その頃の日本では、既に「音姫」的な道具が実用化されていたという事実があります。
トイレで用を足す音のような「ちょっとした恥ずかしさを隠したい」という欲求は、人間にとってとても高次な贅沢。そうした欲求を「そこまでやるか」というこだわりで商品に昇華させる技は、日本のお家芸という話でした。擬音装置に限らず、温水洗浄機能や、暖房便座、自動でふたが開く機能など、日本のトイレは世界でも類を見ない高機能化が進んでいます。 それでは、なぜ日本のトイレ業界はそうした高次のものづくりに踏み込むことができたのでしょうか。それを解き明かすため、今回も、引き続きトイレの話題におつき合いいただければと思います。ヒントは、前回も登場していただいたTOTOの技術主幹、林良祐さんが教えてくれました。林さんによれば、「トイレの個室は、最後に残された究極のプライベート空間」だというのです。 独りで用を足せるようになってから、トイレの個室に自分以外の人がいるという体験のある方は、よほど特殊な事情のない限り、ほとんどいないと思います。トイレの使い方について、誰かにアドバイスを受けることもなければ、干渉されることもありません。個室内では、自分がルールブックであり、各人が自分流の営み方を作り上げているというところに、他の空間とは全く異なるトイレの特殊性があります。
当時の裕福な家の厠、つまりトイレには、「音消し壷」というものが備えつけられていたそうです。水を蓄えた壷の下部にある栓をひねると水がチョロチョロと流れ出す仕掛けになっていて、この音で用を足すときの恥ずかしい音をカモフラージュしたと言います。まさに現代の音姫と全く同じ思想であり、直系のご先祖様に当たる道具です。
そればかりか、今より進んでいると思われる道具もありました。外出用に携帯型の「厠土瓶(かわやどびん)」という道具まであったというから驚きです。現代なら、携帯電話にでもつけてほしい機能ですね。
さらには、“大”の方にまで備えは万全だったそうです。当時は水洗式ではありませんから、“ポッチャン”という音が周囲に鳴り響くわけで、当時の姫君も恥ずかしかったのでしょう。「厠団子(かわやだんご)」と呼ばれる土でできた団子状の玉が準備されていて、それを落とし続けることで、どの音が本物か分からないように紛れさせたということです。
中世に、ここまで贅沢な恥ずかしいという悩みを抱えていたということは驚愕に値します。当時の世界を横にらみしても、恐らくずば抜けた上品さだったのではないでしょうか。17世紀の欧州では、道端に人や動物の汚物が散乱し、それを踏まないようにハイヒールが生まれたという説があるくらいです。花の都パリも、し尿にまみれた街だったと言います。栄華を誇ったブルボン朝の太陽王ルイ14世が建立した、ベルサイユ宮殿でさえも、そこここに汚物が散乱し悪臭で耐えられない状態だったという逸話が残っているそうです。
海外でも一度体験すると離れられなくなる
では、「欧米の人々は、用を足す音に恥ずかしさを感じないのか」と言えば、決してそんなことはありません。TOTOで技術主幹を務め、トイレ空間のあらゆる事情に精通している林良祐さんはこう話してくれました。
「海外の事務所に音姫を設置すると、最初は“何だこれは”という反応をしていた現地の女性たちも、やがて使い始めます。一度慣れ親しむと、もうそれなしでは済まなくなってしまうのです」
レベルの差こそあれ、あの音が恥ずかしいのは万国共通なのでしょう。それでも海外では、類似の商品は生まれませんでした。その背景には、日本人の「恥ずかしい」感度が、海外に比べて明らかに高いことがありそうです。
最近は、小学校の女子トイレにも、女の子の強い要望で擬音装置の導入が始まっています。女性だけでなく、成人男性であっても青年層では、“大”の時に臭いや音が漏れることを気にして水を流しながら使う人が、既に3分の1ほどもいるというデータがあるそうです。さすがニッポン。擬音装置が世界の乙女市場に進出する間に、国内では児童や青年男性に先行進出する気配なのです。
「恥ずかしい音」という観点で開発された日本の商品は、トイレの擬音装置にとどまりません。私を含め、男性諸氏には不案内な領域ですが、米P&Gやユニ・チャームが販売している生理用品には、恥ずかしい音が出ない工夫がなされた商品があります。
生理用品は個別にビニールの小袋で密封されています。この袋を開封する時に“パリパリッ”という音がしてしまうのですが、この音がトイレ内に漏れてしまう。個室から出る際に、女性同士とはいえ会社の仲間とばったり出会って、生理中だということがばれるのが恥ずかしいわけです。
商品企画担当者は、ここに改良のチャンスを発見しました。不織布という柔軟性の高い素材を外装に用いることで、開封時のパリパリ音がしないようにしたのです。例えば、P&Gは世界に展開する日用品のグローバル企業ですが、消音型の生理用品は、日本の商品企画グループが日本市場向けに開発したもの。豊かになりつつあるアジアの国や地域では、この仕様が日本と同じように好感されるようで、香港や台湾などでも広がっているそうです。
そもそも欧米では、生理用品の一つひとつを個別に包装するという発想すらなかったといいます。清潔志向の高い日本市場では、肌に触れる物には使う直前まで新品の清潔さが求められるのです。ちなみに、女性は生理の時に生理用品を約30個消費するそうです。この取り替え回数は世界で最も多いとのこと。ちょっとでも汚れていると新品に交換する日本人の潔癖な清潔気質を表しています。さらには、生理用ナプキンを初めて三つ折り型にして、コンパクトにしたのも日本のオリジナルです。
P&Gの日本法人の創成期に大活躍し、米国本社副社長に日本人で初めて登用された経歴を持つ和田浩子さんは、こう言います。
「会社で小さなポーチに入れて持ち歩くことができるので、人に知られる心配がない。これも、恥ずかしさを感じたくないという心情がそうさせたのでしょう」
言うまでもないことですが、生理用品の基本機能は、漏れる心配のない吸収性や装着感、あるいは清潔性であって、消音性能のプライオリティは決して高くありません。基本性能で改善が求められる間は、基本性能が機能の主役で、「恥ずかしい」という感性が入り込む余地はないのです。しかし、ある段階で主役は“感性”へと変わります。そして、最初から音のしない包装で育った若者にとっては、それはもはや当たり前となり、何かの拍子に旧型の商品を使った時には違和感を覚えることになるのです。これは、トイレの擬音装置が登場したのと同じ背景と言えるでしょう。
一見嘆かわしいテーマを真剣に議論する強さ
音姫の話に戻りましょう。音姫の成功は、女性の企画チームを編成した成果の1つです。日本のオフィスの女子トイレには独特な井戸端的な空気があります。時間をかけて女性の本音を調べた結果、「できることならトイレの個室内にいる自分の気配を消してしまいたい」というニーズが分かったそうです。オナラや鼻をかむ音はもちろん、服を脱ぐ時の衣ずれのような音や、ジッパーを上げる音まで、とにかく中にいる自分が何をしているのか想像できそうな情報は一切外に出したくない。これが日本のトイレ空間の女性心理なのだそうです。何か、SF的なまでに高次で贅沢な要求です。
まだ埋もれているかすかなポイントに気づく企画者のテーマ発見力。そして、普通に考えると一見嘆かわしいテーマを大真面目に商品企画として議論する上司やチーム。これらが揃って初めて、消費者は新しい機能を享受できるのです。これは、「恥ずかしい」という話だけでなく、日本のものづくりに共通した強みです。同時に、こうしたメーカーの提案に鋭く反応し、それを評価して買い求める厳しい選別眼を持つ消費者が、日本メーカーの競争力を鍛え続けているのでしょう。
前回、製品開発が心の領域に入りつつあるという話をしました。今回は、恥ずかしい音対策の先駆け的な商品を考察しましたが、これらもまた、商品に求められる機能が、基本要件の充足期から、利便性の開拓期を経て、心の領域に入りつつあることを示唆しています。「トイレの音が恥ずかしいから、それを消す商品を開発しよう」というのは、いかにも日本人的な感性です。一見すると嘆かわしく捨てさられがちなこうした繊細な感性こそが日本のものづくりの強みであり、グローバル競争時代に勝ち残るための大事な資産ではないかと、私は思っています。
各人各様のミステリアスな使い方であるが故に、トイレの個室は人間の本性があらわになる空間です。個室の隣人は何をしているか、知る術はありません。暖かい便座を枕にして居眠りする酔客がいるかもしれないし、フタの上によじ登って、戸棚のロールペーパーを取ろうとジャンプする子供がいるかもしれません。もっともっと想像を絶するシーンがあるそうですが、企業秘密ということで林さんには教えてもらえませんでした。
TOTOのトイレ技術に見る日本的感性の繊細さ(その2)
トイレメーカーの神髄は“人間の本質”に迫るものづくりにあり
トイレメーカーにとって最も大事なポイントは、こうした人間の本質を理解すること。「小さい頃、自分がトイレメーカーに就職するなんて想像すらしませんでした。なんか格好悪い感じでしょ。でも、トイレほど人間の本質に触れられる商品はない。これほど楽しい仕事はありません」。林さんは、こう言い切ります。 “人間の本質に迫るものづくり”―― ここに日本のトイレメーカーが、より高次なものづくりへと踏み出せたカギがありそうです。 「それにしても、暖房便座や温水洗浄便座、擬音装置などのトイレ技術は、海外では広まっていないではないか」という読者の鋭いツッコミが聞こえてきそうです。実際、前回のコメント欄にも、同様の趣旨の指摘をいただきました。確かに、日本が誇る高機能トイレは海外でも人気、とは言い難い状況です。日本人からすれば、こんなに便利で快適なものが普及しない。なぜでしょうか。
理由はいくつかあるようです。
日本では現在、温水洗浄便座の国内普及率が既に65%を超えています。この高い普及率に一役買ったのがテレビCM。特に、タレントの戸川純さんを起用した1982年のTOTOのテレビCMはセンセーショナルでした。コピーライターの仲畑貴志さんによる「おしりだって洗ってほしい」という当時としては斬新なキャッチコピーを、覚えている方は多いのではないでしょうか。 温水洗浄便座の魅力は、実感しなければ分からない類のもの。使い心地の素晴らしさを知り合いから口コミで聞くか、実体験しなければ、消費者は財布の紐を緩めないでしょう。その最初のハードルを越えるために、テレビというメディアが、とても効果的だったことは想像に難くありません。 これに対して海外では、便器のCMをテレビで流せない国が少なくありません。これが、最大の文化的障壁となっています。日本に比べると「まずは消費者に知ってもらう」というハードルが極めて高いのです。 それを象徴していたのが、1998年開催の長野五輪でした。日本では発売から18年が過ぎ、そう珍しいものではなくなっていたにもかかわらず、海外メディアは温水洗浄便座に驚き、日本の伝統文化とセットで報道したそうです。使い心地に感激して、商品を購入して帰国した人々も少なくなかったと言います。それから約10年。地道な啓蒙活動で、海外でもようやく、温水洗浄便座の認知度が高まってきたという段階のようです。
文化的障壁のほかにもう1つ、規格という障壁もありました。電装部品を組み込んだ便器には、火傷や火災などの危険が伴いますから、便器の開発では様々なシーンに対応できる安全システムの完備が宿命づけられています。今年4月、TOTOが発煙・発火事故の可能性がある温水洗浄便座の無料点検・修理を発表したことは、慎重な安全確保の大切さを浮き彫りにしたと言えるでしょう。 これは海外でも同じで、便器に限らず、商品を各国の規格に合わせる関門は、必ず通り抜けなければなりません。便器の場合は、さらにハンディキャップがありました。暖房便座一つ取ってみても、もともと海外にはなかったものですから、日本メーカーは各国に働きかけて規格を策定したそうです。特に、世界中の規格をまとめて国際標準化する作業は大変で、1990年代半ばから着手して、2002年にようやく規格がまとまったと言います。
言うまでもなく、新しい規格の策定作業は、既に存在する規格に合わせる作業よりも格段に大変です。例えば、赤外線センサーで人を検知し、自動で水を流す機能は日本発で世界に広まったトイレ技術の代表例ですが、国によっては当初、黒っぽいガラス状のセンサー窓部分にカメラが仕込んであるに違いないという勘違いが物議を醸すこともありました。それでもうまく普及したのは、手が不自由で水をうまく流せない人のための技術として高く評価されたことが大きかったようで、自治体などが補助や規制まで設けて後押ししてくれたそうです。
世界レベルで技術の標準化を主導する“うまみ”は、技術的に自社が優位な方式にまとめこむことにあります。これは、今日の製造業にとって極めて重要な定石なのですが日本企業があまり得意としない作業の1つ。その意味では、お国柄の違いを超え、長中期的な視点で粘り強く定石通りに規格策定を進めてきた日本のトイレ業界は、もしかすると日本人離れした戦巧者なのかもしれません。
トイレは、最初の家庭用ロボット?
このように海外への布石を打ってきたとはいえ、TOTOやINAXのようなトイレメーカーにとって、洋々たる前途が開けているとは簡単には言えません。松下電器産業や東芝といった日本の大手家電メーカーが、トイレ市場を虎視眈々と狙っているからです。 背景には、トイレ空間における電装技術の急速な進化があります。
例えば、最近の高級便器では、温水洗浄用のシャワーノズルの最適位置調整、便座やフタの自動開閉、水量を高精度に制御する機構から、最新型では内蔵タンクから水を流すための加圧ポンプまで搭載され、今や20個を超える駆動モーターがトイレには内蔵されているのです。これはオフィスにあるコピーやプリンターなどを一体にした複合機並みの数。一般的な家電品の水準を遙かに超えています。 メカニカルな機構だけでなく、便座や温水の温度調節や、脱臭装置や擬音装置の制御など、アナログ情報を高速で高精度に制御しなければなりません。何しろ相手が人間の肌の中でも最もデリケートな部分ですから、ハイレベルな制御が必須なのです。中には、高性能マイコンを2つ搭載している機種もあります。しかも、使っているのは、家電製品の設計では、お目にかかることのないような性能を持つ、自動車の制御に用いるクラスの高級品だというから驚きです。もしかすると、日本のトイレは、世界で最初の実用的な家庭用ロボットなのかもしれません。
人を感知する赤外線センサーは、最新型ではマイクロ波方式に進化しています。人を感知するだけでなく、おしっこが出始めた瞬間から途切れるまで、その軌跡をずっと追い続けており、毎回どれくらいの量が出たのかを算出できるそうです。これは、高級車に搭載されている車間距離を測る機構とほぼ同じです。 日本のトイレ業界は、目立たないながらも、実力は自動車並みの制御システムを設計する実力をいつの間にか蓄えていたというわけです。自動車も、メカの塊に電装部品がどんどんと装備され、高級車では原価の半分くらいが電子部品になりつつあることはよく知られています。同じようなパラダイムシフトがトイレ業界でも起きているわけです。
トイレメーカー最大の強みとは
今後、便器は予防医療の端末としての機能が開花すると言われています。インターネットにつながった便器が私たちの体調の異常をいち早く察知して、取るべきアクションを指示してくれるというのは、あながち夢物語とも言えなさそうです。こうした市場に電器製品の使い勝手を知り尽くした家電メーカーが目をつけないはずがないわけで、短い新製品サイクルの戦いに持ち込んで専業メーカーに挑戦しています。 それでは、トイレメーカーの最大の強みは何でしょうか。
「それは、陶器を焼けることです」とTOTOの林さんは言います。製品の寿命を20年単位でとらえる商売を守り続けようとする時、プラスチックではなく、タフな衛生陶器を作れるという企業の原点が強さの源なのだそうです。 「陶器を1つだけ焼き上げることは難しくありません。しかし、便器のように大きな陶器を、何千、何万個と寸分違わず焼き上げるノウハウは一朝一夕には真似できないのです」と林さん。便器は、焼き上げる時に土の状態から13%も縮むそうです。これに対して便座の部分は寸分違わぬ精度でできるプラスチック成型品ですから、境界線を合わせ込むには高い量産技術が求められます。TOTOの社是の中に「良品と均質」という面白い言葉がありますが、陶器という暴れ馬をなだめすかして乗りこなす難しさを結晶化した言葉なのでしょう。
もちろん、これは逆の視点から見ることもできます。家電メーカーの技術陣が、表面処理などの技術を駆使して、性能や耐久性で陶器と同等の素材を開発すれば、ゲームのルールが変わるかもしれません。ただ、今のところ日本のトイレメーカーは、日本企業が本来強いところを確実に生かしつつ、弱点と思われる分野でも着実な仕事をしています。もはやトイレは“洋式”ではありません。「和風洋式トイレ」とでも言えそうな新しいジャンルでしょう。 土選びに始まるアナログ技術、電装部品をいち早く取り込んでデジタルとアナログを摺り合わせるセンス、ブランド構築や技術の標準化戦略で定石通りの手を打つしたたかさ、そして「人の本性」を知り尽くした人間観と道具観・・・。 まさに「トイレ戦線、死角なし」といったところでしょうか。日本のものづくりの隠れた見本は、“人類最後のプライベート空間”にあったというわけです。