厳格な躾けで蘇ったアメリカの学校教育 | 日本のお姉さん

厳格な躾けで蘇ったアメリカの学校教育

■■ Japan On the Globe(504)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ Common Sense: 厳格な躾けで蘇ったアメリカの学校教育
■1.対照的な学校風景■

 ある中学校教師が長期自主研修制度を用いて、アメリカの多
くの小中学校を訪問した。その感想を次のように記している。

 アメリカの公立学校の整然としている様子には、先々で
大変感銘を受けました。小中学校を中心に多くの学校訪問
を行いましたが、先生方が声をはりあげて指導される場面
がまったくありません。また、生徒たちが廊下を走り回っ
たり、大声で騒いだりする様子も見受けられません。小学
校一年生でさえ、先生の引率無しで静かに廊下に並んでカ
フェテリアまで移動します。集団で安全に行動する方法が
よく身に付いており、それがごく当たり前で普通のことと
して馴染んでいる様子に驚きました
。[1,p32]

 これと著しい対照をなすのが、平成10年に広島県福山市の
中学校教諭・佐藤泰典氏が国会で語った学級崩壊の実態である。

 始業のチャイムが鳴って教員が教室に行った時、生徒は
ほとんど席についておりません。その生徒たちを教室に入
れて席につかせるのに五分から十分ぐらいかかります。やっ
との思いで授業を始めても、教室の窓から抜け出したり、
もっとひどい時は、廊下を自転車で二人乗りして、「イエ
ーイ」と声をあげながら手を振って他の先生や生徒をから
かったりという状態です。 教室に残った生徒も後ろの方
でボール遊びをしたり、机の上に足を上げてマンガを読ん
でいます。[a]

 教育は子供たち自身の将来、そして国家百年の計に関わる重
要事である。後者のような学級で育った子供は自分勝手な人間
となって、将来の人生を台無しにされ、また国家社会の法秩序
を崩壊させて、国民全体を不幸にする。これ以上の「人権侵害」
はない。

■2.アメリカの教育崩壊■

 アメリカの教育も、1960年代には、この広島の例のように崩
壊の極みにあった。極端な人権主張、反体制・反伝統の風潮が
アメリカ社会を覆い、若者の反抗、麻薬の蔓延、離婚の増加、
フリーセックスなどが蔓延していった。

 教育界においても、一部の急進的な学者たちが「教育の人間
化」を主張した。「学校でのルールの押しつけはいけない」
「生徒への寛容さ(トレランス)が大切」などと、教師の権威
や学校の管理体制を攻撃した。その結果、規律は崩壊し、暴力、
麻薬、アルコール、タバコ、喧嘩、いじめ、教師への反抗が広
がった。学校はまさに「病めるアメリカ」の縮図となっていた。

 こうした状態を国家的危機と捉えて、レーガン政権は1983年
にレポート『危機に立つ国家』を発行して、教育改革を訴えた。
[a]

 続くブッシュ大統領(現ブッシュ大統領の父親)は「国家教
育目標」を宣言した。その第6項には「安全で、規律ある、麻
薬のない」学校づくりを挙げた。翌91年には「アメリカ2000教
育戦略」を示した。その本文にはこう謳われている。

 われわれは進むべき道を知っている。過去の疲れ果てた
うんざりする、古い流行遅れの教育仮説からの脱却を広範
囲に図らなければならない。

「古い流行遅れの教育仮説」とは、60年代の「教育の人間化」
の思想を指す。それは現実に適用されて効果を実証されたもの
ではなく、急進的な教育思想家たちが机上で考え出した「仮説」
に過ぎないのである[b]。そして「われわれは進むべき道を知っ
ている」とは、アメリカでの伝統的な教育への回帰を意味して
いる。

■3.「ゼロトレランス」(厳格教育)■

 こうした政府の呼びかけに呼応して、教育現場で立ち上がっ
た人々がいた。ワシントン州タコマ市のフォス高校の教師たち
である。フォス高校の学区でも、生徒の犯罪や暴力事件が慢性
化し、高校生による暴力事件(殺人を含む)は1989年に132
件、翌年は195件に達していた。

 1991年秋、フォス高校は暴力問題を早急に解決するという声
明を出し、そのために学校内規律綱領規則の整備強化を行った。
全教職員がこれに賛同した。

 その上で生徒たちには「もし、君が喧嘩をするならば、除籍
されるであろう」と宣言した。その結果、1992年には、喧嘩は
12件へと激減した。翌年にはさらに厳しく「喧嘩をすれば必
ず放校にする」と宣言したところ、ただの3件となった。

 フォス高校は、コミュニティと協力して「ゼロトレランス地
域」を宣言し、秩序と安全の確保を謳った。前述のようにトレ
ランスとは「寛容」で、それがゼロということは、ルール違反
を見逃さない厳格教育というところであろう。

 フォス高校のゼロトレランス方式の成功は、全米に伝わり、
各地に広まっていった。ブッシュ大統領の後を継いだクリント
ン大統領は、97年には教育に関する「クリントン大統領の呼び
かけ」を発し、その中で「規則を整備し、ゼロトレランス方式
を確立すべきである」と呼びかけた。

■4.「段階的躾け(progressive discipline)」■

 ゼロトレランス方式が全米に急速に広がるにつれ、暴力や麻
薬などの犯罪的な問題行動は急速に沈静化していった。それに
つれて、ゼロトレランスの概念は、欠席・遅刻、怠学、授業中
の態度など、日常的な規律立て直しにも拡大されていった。

 ごく小さな規律違反にも、教師は直ちに注意を与え、あるい
はごく軽い罰を与えて、問題の芽を小さなうちに摘み取ってし
まおうとする「段階的躾け(progressive discipline)」という
考え方である。逆に良い行いをすると、誉められたり、ご褒美
を与えられたりする。

 たとえば、小学校で一般的な指導方法は次のようなものだ。
生徒が授業中におしゃべりをしたり、宿題をやってこなかった
ら、教師から注意を受ける。逆にゴミを拾って教室をきれいに
したり、友達に親切にしたら、担任の先生から褒められ、特に
良い行いに対しては、全校の朝の放送で表彰され、ご褒美が与
えられる。

 生徒には一人一人行動記録カードを持たせ、褒められたり叱
られたりしたら、記録させる。各人毎の善悪の集計が行われ、
これが行動評価一覧表として掲示板に貼り出される。誰が「善
い子」か「悪い子」か、一目瞭然となる。子供達は競って「善
い子」になろうとする。特に「悪い子」は、教師が父母を呼び
出して、反省を促す。

 破れた窓を放っておくと、また次の窓が破られ、それが徐々
に拡大し、ついに街全体が荒廃する、という「破れ窓の理論」
があるが、これを教育現場に適用したのが「段階的躾け」であ
る。

■5.お仕置き■

 中学や高校になると、「お仕置き(detention)」が多用され
る。放課後の居残りや土曜日登校による補習、放課後の教室清
掃、校長の横での昼食、などの方法がある。かつての日本でも
廊下に立たせるというやり方があったが、まさに同様の「お仕
置き」である。

 最近では、お仕置き部屋(detention room)を設ける学校が多
い。ブースで仕切られた席があり、遅刻や宿題を忘れた生徒は、
教師の監督のもと、孤独な環境の中で、自分の行為について反
省させられる。戦前の日本でも、悪さをすると土蔵や物置に閉
じこめて反省させる、というお仕置きが行われたが、その近代
版と言える。

 こうしたお仕置きでもなかなか立ち直らない問題生徒は、オ
ルタナティブ(代替)・スクールという各教育管区内に設置さ
れている特別指導用の学校に送られる。手のつけられない問題
生徒を正規の学校に放置しておくと、大多数の善良な生徒たち
の規律正しい教育環境を乱すし、また、こうした問題生徒は、
別の環境で立ち直らせる必要がある、という考えからである。

 また不登校や引きこもりの生徒も、オルタナティブ・スクー
ルに強制的に出校させて、専門家の指導も加えて立ち直らせる。
ちなみに、不登校は親の責任という考え方があり、たとえば
キサス州では、一日の不登校に対して保護者に500ドル、約
6万円の罰金を課す。

 最近では、通常の学校に適応できない生徒が、自ら希望して
入学できるオルタナティブ・スクールも増加している。

■6.真面目な生徒たちが転学・退学を希望する問題校■

 ゼロトレランス方式は日本でも紹介され、導入して効果を上
げる学校が出てきた。その一つに愛知県立日進高校がある。同
校に着任した若山和彦先生は、当時の様子を次のように語って
いる。[1,p145]

 それは驚きの光景でした。転任した年の始業式。新転任
紹介時に舞台に上がり、整列している(はずの)生徒たち
を見ると、なんと、3年生男子が大きな円になって座って
いたのです。教師の注意に「ハイ、ハイ」と返事をするも
のの、結局整列することはありませんでした。・・・

 茶髪金髪がまだ珍しい時代でしたが、本校には多くの茶
髪・金髪の生徒がいて、校則は有名無実になっていたと言っ
ても過言ではありませんでした。

 生徒の自由や人権を過剰に意識する風潮があって、教師が指
導すると「厳しすぎる」とか「冷たい」という批判を浴びた。
職員室も「あきらめ」と「空虚感」が支配していたが、少数の
情熱ある教師たちが、なんとか学校の完全崩壊を防いでいた。

 そうした中で、真面目な生徒たちが、授業中に騒いで好き勝
手な行動をとる生徒がいることに嫌気がさし、転学や退学を申
し出るようになった。これは教師たちにとって衝撃だった。こ
れが転機となって、教師たちが立ち上がった。

■7.教師たちの一体となった指導体制■

 こうした「真面目な生徒が損をしないため」には、「ダメな
ことはダメ」という毅然とした指導が必要だが、教師によって
言うことが違うと「ほかの先生は何も言わなかった」「違反し
ているのは自分だけではない」などと生徒に不信感や反感を抱
かせる。

 そこで具体的に指導をやりきれる項目として茶髪と服装とに
絞り、その基準を明確にした。例えば、茶髪の指導においては、
茶髪の程度ではなく、それが生まれながらの髪の毛の色かどう
か、で判断する、という具合である。

 それでも、当初は生徒の反発が強かったので、指導できない
教師が少なからずいた。そこで、指導すべき生徒に対して、最
低限「声かけ」はするように申し合わせて、教師全員で取り組
んでいることを生徒に感じ取らせるようにした。

 また、主義主張の異なる教師もいたが、これは方法論の違い
であって、「生徒の成長を支援する」という目的は同じである
ことを確認し合った。同時に、廊下など、生徒の目に触れる場
での口論は避けるように申し合わせた。

 当初、厳しい指導を受けた生徒は、指導内容を理解する前に、
指導されたという事実だけに反発しがちだった。そこで「厳し
くも暖かみのある指導」を心がけ
、さらにA先生が厳しく指導
した生徒には、後でB先生が改めて教え諭す、という連携体制
を組んだ。

■8.「挨拶の声が響く明るい学校」■

 教師集団の協力体制が確立するとともに、事態は好転し
ていきました。反発する生徒はいたものの、「悪いことは
悪い」という当たり前のことの前には素直になるしかあり
ませんでした。指導の積み重ねによって、教師が生徒のわ
がままに対しては一歩も引かないことや教師の「暖かみの
ある厳しさ
」が生徒の中に浸透することにつれて、指導の
困難さは急速に薄れていきました。

 現在では茶髪は見られず、校内喫煙はほとんど皆無で、
年間1件程度あるかないかです。一般的に指導は容易にな
り、「少しくらいの規則違反ならいいだろう」という考え
方についても「少しでも規則違反は規則違反」と指導でき
るようになっています。[1,p149]

 授業中も静かになり、全体集合でも5分前には確実に集合す
るようになった。

 規律が向上した現在では、「人を思いやる心の育成」に
取り組んでいます。校内の環境整備(校内緑化、トイレの
ペンキ塗り、校庭の溝掃除など)、地域の小学校や保育園
に出向いての読み聞かせ活動や、学校周辺や最寄りの駅で
の清掃活動を行っています。参加生徒はすべてボランティ
アです。多いときには約80名が集まります。挨拶の声が
響く明るい学校になっています。

■9.「われわれは進むべき道を知っている」■

 まずは守るべき規律を教え、「悪いことは悪い」と厳格に守
らせる。そこから子供達は互いにルールを守ることで、気持ち
の良い共同生活が実現されることを体験していく。「人を思い
やる心」は、この過程で育つ。

 今では、生徒たちが小学校や保育園の読み聞かせなどにボラ
ンティアで参加していく、というのは、それこそ人間らしい真
の「自由」の姿である。社会の善悪や規律を学ぶ前に、子供達
に好きなように振る舞えと言ったら
、授業中に廊下を自転車で
走り回ったりするような動物的な「放縦」に陥るだけである

「教育の人間化」というアメリカの急進的教育思想家の夢想は、
こうした児童教育の基本を無視して、アメリカの教育を崩壊さ
せ、無数の青少年たちの人生を台無しにした。日本のゆとり教
育、人権教育も同罪である。ブッシュ大統領の言ったとおり、
日本においても「古い流行遅れの教育仮説からの脱却」が必要
だ。

 そして我が国においても、長い歴史を通じて形成されてきた
躾やお仕置きを含む規律教育の伝統がある。

「われわれは進むべき道を知っている」のである。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(131) 学力崩壊が階級社会を招く
 「結果の平等」思想は、貧しい家庭の子どもたちの自己実現
の機会を奪い、愚民として平等化することである。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog131.html
b. JOG(442) 「科学から空想へ」 ~ 現代日本の教育思想の源流
 「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など の教育思想
の源泉にある「空想」。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog442.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1. 加藤十八『ゼロトレランス 規範意識をどう育てるか』★★★、
学事出版、H18
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