自爆テロ犯の正体が見えてきた
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[自爆テロ犯の正体が見えてきた]世界鑑測
菅原出の「安全保障・インサイド」
*犯人の90%が障害者 社会保障の充実がテロを防ぐ
6月17日、アフガニスタンの首都カブールで警察学校のバスが爆発し、
警官22人と市民ら計35人が死亡する事件が発生した。
負傷者も35人に上り、現地で子供の教育支援などに取り組む
NGO(非政府組織)の活動に参加していた日本人の男女2人も
怪我をした。カブールで起きた爆弾テロでは、2001年のタリバン政権
崩壊後、最悪の事件である。
アフガニスタンでは、タリバンによる治安当局者を狙ったテロが
相次いでおり、今年に入ってのアフガン人治安当局者の死者は
300人以上に上っている。
同国のカルザイ大統領は6月19日、「アフガン治安機関が成長して
反タリバン攻撃が効果を上げているため、タリバン側は不満を募らせ
て都市部でのテロ攻撃へと戦術を変えてきている」と述べ、カブール
での自爆テロなどの急増の原因を、「治安対策がうまくいっている
ことに対する反動」であると説明した。
また米中央軍のウィリアム・ファロン提督も、「私もタリバンはフラスト
レーションからこうしたテロ攻撃に手を染めていると感じている」と
述べてカルザイ大統領の見方を支持した。
タリバンを抑え込んだ「成功例」
確かに、NATO(北大西洋条約機構)軍とアフガン軍によるタリバンに
対する攻勢作戦は部分的には成功を収めているように見える。
タリバンを中心とした反政府勢力によるアフガン全土における攻撃数
は、この5月に前月比で15%減少し、タリバンが進めていた「春の
大攻勢作戦」に一定の歯止めをかけることに成功したように見える。
NATO・アフガン混成軍が「成功例」として挙げる中に、タリバンの
アフガン南部における軍事司令官ムラ・ダドゥラ(Mullah Dadullah)の
殺害というのがある。
混成軍がダドゥラ殺害に成功したのは5月13日のことだが、この作戦
が開始されたのは3月18日だという。
この日、アフガン政府はタリバンに誘拐されていたイタリア人ジャーナ
リストと引き換えに拘束していたタリバンの指揮官5人を釈放。
その1人がダドゥラの弟のムラ・シャー・マンスール(
Mullah Shah Mansoor)だった。NATO・アフガン軍はマンスールの動き
を監視して彼がパキスタンのケッタ(Quetta)から車列を組んで
アフガン領内に戻ったところを、特殊部隊と航空勢力で急襲したの
である。そしてこの攻撃で殺害された中にダドゥラがいたというわけ
である。
しかし、「治安対策はうまくいっている」というNATO・アフガン政府の
大本営発表だけを信じると今後のアフガン情勢を見誤ることになる。
そもそも5月の反政府勢力による攻撃数が15%減少したとはいえ、
それは過去1年間の月当たり攻撃数の比較で2番目に多かった4月に
比べて15%減少しているというだけであり、過去1年間の比較で見れ
ば5月は依然としてワースト4位にランキングされるひどさである。
IED(仕掛け爆弾)による攻撃数を比較してみると前月比50%増加、
前月までの月平均と比べれば90%も増加している。
また地域ごとに見てみれば、それまで比較的平穏だった首都
カブールにおける敵対勢力による攻撃数が過去半年平均の倍以上に
急増しているのである。
しかもカブールからの報告によれば、IEDを身に着けて爆破させる、も
しくはIEDを搭載した車ごと爆破させるいわゆる自爆テロがカブールで
急増し、市民生活を脅かし始めているというのである。
拡大するアフガン麻薬産業
タリバン勢力の拡大と自爆テロの増加は、タリバンの資金源となる
麻薬産業の動向と表裏一体の関係を成している。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)が最近発行した「世界麻薬報告
2007」によれば、アフガニスタンのアヘン生産による収入は年間
30億ドルにも上っており、「タリバンの反政府武装活動の活動資金
となっている」という。
同国でのケシの栽培地は2005年から2006年に59%増加、
世界のケシ栽培に占めるアフガニスタンのシェアは2005年の65%から
2006年には何と82%へ達している。
しかもそのアフガニスタンのケシ栽培の62%は、タリバンの影響力が
強い南部地域で行われている。
2006年の世界のアヘン生産は全体で43%増加しているが、アフガ
ニスタンはその世界のアヘン生産の92%を占めているというから
驚くべき数字である。
さらにはアヘンからヘロインやモルヒネを生産する実験所もアフガニス
タンで急増しており、同国で生産されるアヘンの90%が自国内でヘロ
インやモルヒネに転換され世界に輸出されているという。
アフガニスタンは麻薬の原料を栽培・輸出する国から、より付加価値の
高いヘロインやモルヒネを精製、製造する国へと構造転換を遂げている。
つまりタリバンが支配するアフガニスタンの南部は、今や世界最大の
麻薬生産拠点に急成長しているわけである。
今や世界の麻薬王として潤沢な活動資金を誇るタリバン勢。
しかし彼らがいかにして自爆テロを決行するテロリストたちをリク
ルートし、養成しているかについては謎に包まれていた。
カブールで過去に起きたすべての自爆テロ犯の死体もしくはその身体
の一部を検査した鑑識官Yusuf Yadgari氏が以下の驚くべき結果を
発表するまでは・・・。
同氏が今年の5月に発表した報告書によれば、「自爆テロ犯の90%は
何らかの障害を持っている人たちだった」というのである。
NATO・アフガン軍とタリバンの戦闘が激化する中で、タリバンは社会
から隔絶され最も社会的に脆弱なグループに自爆攻撃をやらせていた
のである。
30年以上内戦状態にあったアフガニスタンにおいて、対人地雷で
足を失ったり、失明した人は膨大な数に上る。
首都カブールにおいてはそれでもある程度の社会保障サービスがある
ものの、田舎に行けば最低限の保障すら受けられないことがほとんど
だという。健常者であっても職を得るのが大変な中で、身体的・精神
的な障害を持つ者が職を得ることは極めて困難である。
誇り高きアフガン人は家族を養うことができない自分の無力を恥じ、
絶望感に浸る。こうして将来に対する希望と展望を失い、社会
から孤立する障害者たちに、タリバンのメンバーが悪魔のささやき
をするのだという。
「君は生涯何もできない役立たずだ。家族を食わしていくことさえ
できないではないか。天国に行ったらどうだ、そうすれば我々が
家族の面倒を見る・・・」と(『Globe and Mail』 2007年5月7日付)。
自爆テロ実行者の家族に支払われる報酬は、数年前までは250ドル
程度だったものが、現在では麻薬による収入増を受けて10000ドル
から15000ドルにまで上がっているという。
アフガニスタンの経済事情からすればそうそう稼げる額ではない。
わが国で住宅ローンを抱え、家族を養うすべをなくしたリストラ
されたサラリーマンが、自殺する心理状態と似ていると言えるかも
しれない。つまり自爆テロ犯は「タリバン」などではないということ
である。将来に対する希望を失い、そうすることでしか家族を養うこと
ができない社会的弱者たちによる、命を捨てた最後の仕事が
「自爆テロ」の正体だったわけである。
社会保障の充実こそが急務
拡大する麻薬産業により懐が潤うタリバン。
膨大な数の身体的・精神的な障害を抱える人たちの存在を考え合わ
せると、アフガニスタンの今後はカルザイ大統領や米中央軍司令官
が言うような楽観的な状況ではないことが分かるであろう。
麻薬というタリバンの資金源を取り除き、身体的・精神的な障害を
抱える人たちに対する社会保障を早急に充実させない限り、今後も
アフガニスタンで自爆テロは増え続けることになるだろう。
菅原 出(すがわら・いずる)
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1969年東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェローを経て、現在は英危機管理大手アーマーグループ社の安全保障アナリスト。米国を中心とする外交、安全保障、インテリジェンス研究が専門で、著書に『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(2002年、草思社)、『日本人が知らないホワイトハウスの内戦』(2003年、ビジネス社)、『外注される戦争 民間軍事会社の正体』(2007年、草思社)などがある