石原壮一郎の『大人のお悩み教室』
【大人力】の元祖&本家!石原壮一郎の『大人のお悩み教室』
~ 第18回 自分の運の悪さがイヤ ~
◎● プ ロ ロ ー グ
人生には、さまざまな悩みが付きもの。そして悩みには、さまざまな回答が
存在します。仕事にまつわる定番の悩みに、作家、タレント、スポーツ選手
などは、どんな解決策を示してくれているのか。見比べながら、自分なりの
乗り越え方を探ってみましょう。
□■ 第18回
~ 自分の運の悪さがイヤ ~
運がいいとか悪いとか、人は時々、口にします。そ
ういうことは確かにありそうな気もしますが、よくな
いことが続いたからといって、運のなさを嘆いても事
態の改善にはつながりません。「自分の運の悪さ」を
どう受け止めて、どう立ち向かえばいいのか。いろん
な角度から考えてみましょう。
最初の会社が倒産し、以後、転々と職を替えたもの
の、どこともソリが合わず、結局自営業を始めたとい
う42歳の独身男性。しかし、「それも借金で火だるま」
「今年ダメだったら野垂れ死にします」という状態だ
とか。「自分にはツキがなかったような気がしてなり
ません」という相談に、元日本海軍のパイロットで、
「撃墜王」と呼ばれた坂井三郎さんは、こう答えてい
ます。
… … … … … … … … … … … … …
生まれながらにして、優れた才能を天から与えられたご
く少数の恵まれた人ならいざ知らず、平均的人間は仕事
に自分を合わせる心掛けが大事だ。(中略)私たち戦闘
機パイロットが命を賭けて空戦を行なっていた時も、苦
しくて何度も「もうダメだ」と思うことがあった。(中
略)その苦しさの絶頂で「なにくそ」と頑張った時に勝
利があった。また、そこが生死の分かれ目でもあった。
以来、人間は七分の努力に三分のツキと考えて現在に至
っている。(光人社『大空に訊け!』より)
遠まわしに「その七分の努力さえしないで、ツキを
期待するんじゃない」と叱られている気も……。さす
が、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた方だけに、言葉
に重みがあります。
大学2年のときに父親が急死したという21歳の男性。
「同じ大学生でも車を乗りまわしていたりするのもい
ます」「ぼく以上に不運な人はたくさんいると思いま
すが、先生の運の良し悪しについての考えをお聞かせ
ください」という相談者に、作家の半村良さんは、こ
んな慰めの言葉をかけます。
… … … … … … … … … … … … …
ご安心ください。みんなみんな運が悪いのです。世の中、
運の悪い人のほうが圧倒的に多いのです。もし、運のよ
すぎる人が多かったら働かない人がいっぱい出てしまう
に違いありません。ただ、運が悪いなと、ふだんよりも
より強く感じるときは、自分の生活があまりうまくいっ
てないときです。(中略)そうかといって、極端に運が
悪いわけでもないでしょう。本当に運が悪かったら、死
しかないからです。(集英社『人生ごめんなさい』より)
確かに、生きてるってことは、それほど運が悪いと
は言えないと考えられます。「些細な違い」を気にし
始めたら、誰もが「自分は運が悪い」と思うことがで
きるでしょう。
意気投合した男性が海外転勤になったり、旅行に行
ってもずっと雨だったりなど、「就職にしても男にし
ても懸賞の類にしても(笑)、運がよかったためしが
ない」という女性。「助けてください」と訴えますが、
作家の中村うさぎさんは、「これくらいの『運の悪さ』
なら、私はむしろ歓迎だな」と軽く受け流します。
… … … … … … … … … … … … …
「運」なんてものに左右されるのは、日常のささやかな
ひとコマでいい。思いがけない人に出会えた、とか。電
車に乗り遅れて遅刻した、とか。(中略)だって、本当
に欲しいものは、自力で勝ち取りたいじゃないか。「運」
で成功した人は、その「運」にすがりつきたくなっちゃ
うから、変なオカルトに走ったりしがちなんだよ。(中
略)自分に自信のない者が、「運」なんてものにすがり
つく。もちろん誰だって自分に自信なんて持てないけど
さ、だからって、あやふやな「運」なんてものにすがっ
て自分を支えようとすると、ますますそこから一歩も歩
けなくなっちゃうよ。(マガジンハウス『生きる』より)
多少のことなら「よかった、この程度で」と思って
しまうことの大切さや、「男運が悪い」と「男を見る
目がない」を混同する危険性についても、熱く説いて
くれています。
最近、仕事もプライベートもギャンブルもさんざん
だという24歳の営業マン。「雀鬼」の異名を持つ雀士
の桜井章一さんに、「ツキや運とは何なのでしょうか。
いったいどうすればツキや運を取り戻すことができる
のでしょうか」と尋ねています。
… … … … … … … … … … … … …
俺にも運やツキはある。まあ、20年のあいだ麻雀で勝ち
続けてこられたのだから、運は太かったとは思う。しか
し、その俺が思うには“最悪最低の状況に自分が置かれ
たときこそ真の実力なり”。(中略)ところが、君は違
うだろう。俺と正反対じゃないかい。売り上げが伸び、
麻雀にも勝ち続け、彼女にも愛されているときは、「こ
れが俺の実力だ」と考えるし、それらの状況が一転して
悪化していくとたちまち、「運が悪い、ツキが回ってこ
ない」と嘆くのだろうよ。(中略)少なくとも運が悪い、
ツキがないと考えている限り、君の実力はさらに落ちる
一方だから、日頃の努力で地力をつけるしかないんだよ。
(青春出版社『悪戯の流儀』より)
長くギャンブルの世界に生きてきたからこそ、運や
ツキがいかにアテにならないかを痛感しているようで
す。そりゃ、「運がなかった」のではなく「実力がな
かった」と認めるのは勇気がいりますが、それができ
ない限り、ますます運に見放されるでしょう。
□■ 石原の結論!
人生の中で「運が悪かった」としか言いようがない
事態に遭遇するケースは、とてもたくさんあります。
自分がどうしようもないことに対して、運に理由を求
めたり責任をおっかぶせたりするのは、一種の生活の
知恵と言えるでしょう。ただ、同じ状況でも、それを
不運ととらえることもできれば、別の解釈をすること
も可能です。強引にでも「自分は運が良かった」と言
い張ってしまえば、不運は幸運に早変わり。運とは、
何とあいまいなものなのでしょうか。
いっぽうで、自分がしたことに対して「運の悪さ」
を持ち出してくるのは、どうやらズルイことだと言え
そうです。失敗や間違いを運のせいにするのは、便利
で楽チンです。だからこそ、その誘惑に負けてしまう
のは、大人として恥ずかしいという認識を持ちたいと
ころ。そして、「運」のせいにしたいのを我慢して、
「実力が足りなかった」と自分に言い聞かせたり人に
言ったりすることが、不運を乗り越える近道でもあり
ます。
私たちはどうあがいても、運に振り回されるという
宿命からは逃れられません。大人のテクニックを多彩
に駆使しながら、運という強敵にしたたかに立ち向か
いましょう。きっとそれが、運を味方に付ける必須条
件です
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■□◆ 石原壮一郎プロフィール
1963年三重県生まれ。コラムニスト。雑誌編集者を経て、1993年に『大人
養成講座』(扶桑社サブカルPBで復刊!)でデビュー。 以来、大人モ
ノの元祖&本家として日本の大人シーンを牽引している。5~6年前から
人生相談本や記事の収集&分類に没頭している。個人サイト「大人マガ
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ここからは、クリスチャンの日本のお姉さんの意見。↓
聖書によると、歩いているときに、建物が崩れて下敷きになって死んだ人は
何か悪いことをしたから何かの罰を受けたというわけのではないと
書いてあります。
ある日、起こるべくして起こった事故に巻き込まれただけで、彼らのせいで
はないということです。古い建物や、手抜き工事の建物は崩れやすい。
たまたま、それが崩れたときに、下を歩いていただけです。
人間の罪の犠牲者だということです。世界に悪がはびこるのも、戦争がある
のも、人間の心に罪が入っているからです。
物事には、理由があって、結果がある。世の中は、人間が罪を犯したときに
のろわれており、災害や事故が起きるのは、世界がのろわれているから
です。最初の人間、アダムが罪を犯したときに、世界はその罪によって
のろわれてしまったので、病気やケガや事故や災害が人間の周りに
存在するようになったのです。
運が悪いとかいいとかいうのは、人間の主観で、どの人にも事故にあったり
病気になる確率はあるのです。ただ、条件によっては確立が高かったり
低かったりするけれども、どんな人にも、運の悪いと言われる人に自分が
なる可能性があるのです。
だから、他人に対しても、「運が悪いね。」とか、「ひどい人生だね。」とか、
「今まで辛い目に会ったのだから、その分幸せになってね。」とか、
いい加減なことを言ってはいけないのです。
その人がそういう嫌な目に会いたくて会ったわけがなく、たまたまそういう
事件や病気や災害に会ってしまったダケなのですから、運ということばで
片付けてはならないのです。
自分も、同じ立場になる可能性があるのだから、人間は、他人の不幸を
自分もそうなりえたし、これからも、そんな目に会うかもしれない同じ立場
の人間として、不幸な目に会った人に対して同じ立場で同情するべき
だと思います。
自分は、運がいい人。あなたは運が悪い人。と、別の場所にいるような気持ち
で、簡単に人に物を言わないようにしてほしいと思います。
弱い立場にいる人間に、自分がもしそうなったら、どんな気持ちになるだろ
うかと想像力を働かせて、必要な援助をするべきです。想像力が無い人は
動物以下です。
同じ国の同じ民族の中の1人が、苦しんでいたら、なんとかして助けて
あげようとするのが、人間として正しい。
そして、その苦しみの原因を取り除こうと、みんなで努力するべきなのです。
古い話ですが、昔、イタイイタイ病という変な病気が流行った地域があった。
その原因は公害だった。そんな公害で苦しむ人がでないように、
日本人は頑張った。だから、公害問題は減ってきた。
川もきれいになってきた。
そういう努力をみんなでしないと、同じ苦しみに会う人が増えるのです。
何でも運という言葉で片付けていると、本当のその苦しみの原因が
分からなくなります。
たとえば、交通事故にあった人には、いろんな偶然といろんな理由が
重なってそういう目に会ったのです。
●暗い道を暗い色の服を着て歩いていた。
●運転手は酒を飲んでいた。
●運転手を酒に誘った人がいた。
●運転手は酒に酔って、自分が運転できないという考えにいたらなかった。
●酒という飲み物があった。
●一緒に酒を飲んだ人は、運転手が酒飲み運転するのを止めなかった。
●車は酒飲みが乗れない仕組みにはなっていない。
●道の幅が狭く、歩道が無かった。街灯もたまたまランプが切れていた。
●被害者はたまたま、残業をして帰宅が送れその時間に加害者にであった。
●被害者は、その道はいつもは通らないが、残業でお腹が減ったので、
遅い晩御飯を食べようして、その道に入った。などなど、いろんな理由が
あるのです。その理由を考えず、解決しようとせず、原因を取り
除こうと努力せず、
全てを運が悪かったからという言葉でかたずけていいのだろうか?
同じ目に会う人が増えないように、日本政府は飲酒運転に対して
厳しい罰を与えることを決定した。
同じ不幸な目に会う人が増えないように、人間は頭を使わねばならないので
「運が悪かったね。」で、終わらせてはいけないし、そんな言葉も使っては
ならないと思うのです。
病気に対しても同じことです。
予防できる病気には、予防する方法や、早期発見できる仕組みを考え、
病気の治療法や新薬を開発し、病気になった人がなるべく快適にすごせる
ような取り組みをきちんと考えないといけない。
お金を儲けている人は、その一部を政府に税金としてわたし、政府はそれで
弱い立場に陥った人を助け、そんな不幸が起きないように予防対策をする。
そういう福祉に金を使うのがいい国だし、日本人が求める国です。
あんまり福祉を充実させると横着な人が出てきて働かなくなる人が
出るから、ちゃんと本当に困っている人を助けるようにしないといけない。
国が、国民を助けないと、国民が不安になって消費をしないで、貯金ばかり
して金が動かない。適当に金がスムーズに動く国がいい国だ。
わたしの会社で、病気になったり事故にあったり立て続けに嫌なことが
重なった人が社長にお願いして有給休暇をとり、先祖の墓参りに行くと
言っていた人がいたが、運が悪いのを厄年(やくどし)のせいにしていた。
でも年をとったら体が弱るのは当たり前。
年をとってきたのに若い人と付き合って夜更かしばかりして変な生活を
したり、ちゃんと栄養をとらずに酒ばかり毎日飲んでいたら具合が悪く
なるのは当たり前だし、事故に会うのも注意力散漫になっているからか
もしれない。
生活を立て直せば、スランプから抜け出て元気になるかもしれないのに
厄年(やくどし)のせいにするなんて、変だと思った。
原因があるから結果があるのだから、原因を突きとめて改善していくのが
人間だ。ただ、気分を変えるため、旅行に行くのはいいことかもしれない。
ただ、原因を考えずに、運や厄年のせいにしていたら、何をするにも、
オカルトやまじないや神仏に頼る人生になってしまう。
自分に金を使わず、霊媒師や宗教に金を使う人生になってしまう。
それでは人生を他人に乗っ取られたようなもので努力して生きることを
忘れてしまいます。不幸になったら全部、運や他の何かのせいにして、
それから逃れるために、霊媒師や宗教に金を使うのです。
人によっては、遺伝子的に弱いところがあって、病気になる場合もある。
そんな人に対して、「運が悪かったね。」というのは酷だ。だれも、好きで
病気になる人なんていない。
人間は、病気や事故や災害が起きないように、予防したり、治療したり
対策をとったりしていかねばならない。ひとりの人間では無理かもしれない
が、みんなで、頑張って研究していけば克服できるかもしれない。
神さまは、人間が自然界にあるものを使っていろんな苦しみを克服するよう
に、薬になる材料を与え、考える頭をくださっている。
努力して生きるのは当たり前のことだ。鳥だって、頑張って食べ物を集めて
子供を育てている。
神さまは、苦しみを通しても人間に何が必要なことかを教えておられる。
神さまを信じる者は、苦しみも何かの神さまのメッセージだと考えている。
嫌なことが起きても、自分の思い通りにいかない人生でも、
これを通して何を神さまは教えてくれるのかと考える。
理由がなしに、神さまは試練を与えない。
「苦しみがあったことは幸せでした。
それでわたしは神さまのおきてを知ることができました。」と
ソロモン王も書いている。
人間には、苦しみに会うことから逃れられない。思いどおりにいかない場合が
多いのが人生である。全てにおいて順調な人間は、神さまを信じることが
不可能なぐらい高慢で、他人を軽蔑するような人間になる場合がある。
自分が神さまになってしまうのだ。最初の人間も神さまを無視して自分の
判断が神さまの言葉よりも正しいと思ったから、神さまに逆らったのです。
神さまは、自分の弱さと罪を知って悔い改めなさいと言われます。
どんな人間にも避けられない死の問題があります。
死ぬ前に、自分の創造主である神さまに出会う用意はできていますか?
人間は生きている間に神さまと和解できるチャンスがあります。
どんな人間にも罪がある。罪がある人間は、死後にその罪を裁かれる。
その罪を生きている間に、神さまに赦していただける方法がある。
神さまが罪を赦す方法は、罪が無い者が身代わりに罰を受けることです。
神さまのひとり子のイエス・キリストは、神さまの右の座からこられた方な
ので罪が無い。その方が、十字架の上で人間の罪の身代わりに罪の裁き
を受けて血を流したので、その血を見て神さまは人間への裁きは
終わったと認められました。
イエス・キリストが十字架にかかったのは自分のためであったと、認める者
は、罪が赦されて罪の捌きから救われます。
神さまの愛を信じるものは、罪が無い者と認められて、死後は神さまの元に
帰ります。天国に行くことが許されます。
信じない者は、神さまの愛を認めないということなので、自分の罪の裁きを
受ける場所に行きます。
聖書には、全ての悩みや苦しみは人間の罪の結果だけれども、
神さまが与えている試練だと書いてあります。
苦しみの原因を解決すると同時に、人間の弱さや罪について考えるチャンス
であり、いつか全員におとずれる死について考えて準備をするチャンスでも
あります。神さまの願いは、あなたが生きている間にチャンスをつかんで
救い主のしたことを受け入れて天国に行くことです。