今、話題の事件
ようちゃんが集めた、今話題の事件。↓
★心配していた(さるさる日記の佐藤立誌さんが 気分がよくなって
11日から記事を掲載されていました、非常に重要な 内容なので
お知らせします.
■2007/06/11 (月) やや復活・読者に知らせたいことかある
●読者に知らせたいことがある
近日中に読者に知らせたいことがあります。自身の病気のことはどうでも
いい。ぜひ知らせたいことがあります。相手があるわけで今日というわけに
はいきませんが、近日にはお知らせします。
最近の諸悪には我慢ならない。コムスンといい、年金といい、言うべき
ことは言う。
●セブンイレブンが最高裁で勝利
コンビニオーナーが本部を相手どって争っていたチャージを巡っての
裁判は、オーナーが敗訴になった。
最高裁の判決はこの頃、ちょっとおかしい。名誉毀損の時効を事実上、
認めなかったり、おかしな判決が結構ある。
まあこれでオーナーは辞めるか借金しても本部のいいなりになるか、の
いずれかになるはず。まかり間違ってもコンビニのオーナーになろうなんて
考えないことです。
<加盟店料訴訟>セブンイレブンが逆転勝訴 最高裁差し戻し・ 毎日新聞
コンビニエンスストアチェーン最大手「セブンイレブン」の加盟店が経営
指導料などとして同社に毎月支払う「チャージ」を巡り、埼玉県内の店主が
「会社側の計算方法は契約書に記載がなく誤りで、多く受け取り過ぎだ」と
して、同社に返還を求めた訴訟の上告審判決が11日、最高裁第2小法廷
(津野修裁判長)であった。小法廷は「詳細なマニュアルや会社担当者の
説明もあったことを総合すれば、会社側の計算方法が正しい」と指摘して
店主側勝訴の2審・東京高裁判決(05年2月)を破棄し、審理を同高裁に
差し戻した。
判決は4裁判官一致だが、今井功、中川了滋の両裁判官は共同の補足
意見で「契約書の記載は明確性を欠き改善が望まれる」と注文をつけた。
http://
●領収証は必要なし・・ええっ??
今日の参議院決算委員会で、大塚耕平議員(民主)は「保険料納付金額は
支払い要件ではないので、国民に領収証を持って来いていうのはまちがい
ではないのか」と追及で、柳沢大臣が「在籍していればいい」と回答した。
なぜかといえば、保険料が入ってくるから保険料の記録はとっていない
という。あー、それで支払い記録がもれたのかがこれでわかった。
始めから保険料納付記録を社保庁はとっていないのだ。それで社保庁が
国民に領収証を出せというのは間違いだと柳沢大臣が認めたので、
明日からはだせということはいえなくなる。
しかも5000万件の支払った年金保険料が単純計算して60兆円にも
なるという。興味のある方は、参議院のビデオライブラリの質疑をご覧ください。
早速、大塚議員に資料をもらってこよう。
■2007/06/12 (火) 保険料のデータは必要がなかったのだ
●保険料のデータは必要がなかったのだ
昨日、投薬で今までの倍量の薬をもらい気持ちが高揚してしまった。
信じられない。逆にいうとこの薬が切れたらまた塞ぎこむようになるのか。
まあ高揚しているうちに書きましょう。
年金の話だが、昨日、大塚議員のところから資料をもらった。正式名称は
「国民年金・厚生年金の納付した保険料の記録が消滅する事案等に
関する予備的調査」(平成18年12月19日厚生労働委員会命令)・
平成19年2月衆議院調査局」ということになっている。
この調査は、民主党が実際の年金もれついて社保庁に確認確認したもの
である。この社保庁の回答は、「回答できない」のオンパレードである。
「年金受給権は、加入期間等法律に基づく一定の支給要件を確認すること
により決定するものであるが、保険料納付金額は支給要件ではなく、
保険料納付金額についてすべてを管理する必要がないため、データと
して保有していない」(同書)
簡単にいうと、年金をもらうためには「いくら納めたか」が必要ではないと
いうこと。だから社保庁の「領収証をもってこい」とは、国民にいえないと
いうこと。
しかも柳沢大臣が、「領収証の対応が間違い」と言っているのに、七時の
NHKニュースでもこんな大事なことを取り上げない。
しかも国民が支払った年金保険料のデータについて「保険料納付金額に
ついてすべてを管理する必要がないため、データとして保有していない」
ってさ。
これで領収証をもってこいと言っていた社保庁の意図がわかった。
1・社保庁が領収証を発行していなかったので、「あるなら持って来い」と
言って、国民を追い返す
2・社保庁が保険料納付記録のデータを保存していないので、それがばれて
責任が問われるのが困る
3・保険金をもらえなくて死亡する人が多数になるので、支払う保険金が浮く
まあ社保庁は完全民営化ではなく、身分は公務員のまま。
こんなんでまっとうになるとは思えん。民主党も比例区に自治労の幹部
なんか擁立するな。とんでもない。小沢君、変えた方がいいよ。
●やっぱりだめか
今日の衆議院総務委員会で民主党の山井和則議員は、領収書がない
ために社保庁で支払いを却下された2万0635人に及ぶ「消えた年金」
の被害者について、第三者委員会で申請を受理してもらえるのかどうか
を質問。菅総務相は平然と「わからない」と唖然とした回答。
昨日、柳沢大臣は領収証がいらないと言っていたのに、こんな二枚舌
内閣は吹っ飛んでいけよw
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ようちゃんの意見。↓
★(さるさる日記の国民年金の花柳な生活) さんが 沖縄の集団自決
を国・軍の指示で自決させれたのだ.教科書から これを削除する事に
反旗を 揚げて左翼が裁判へ 持っていったりでしつこく争ってる事を
書いていますので 読んでください.
2007/06/11 (月) 沖縄慰霊の日を前に
ある政治座談会で司会者が産経新聞の記事を取り上げると、某政党の
委員長が眉をしかめて「産経なんか新聞じゃない」と言った。
日頃批判される事が多いので思わず本音を漏らしたのだろうが、ではこの
政党の出す「しんぶんナントカ」は何なのだと言いたくなる。
嫌いなものを見ないのは自由だが反対意見には耳を傾け、何故なのかを
知らなければならない。評判の悪い朝日新聞も読んで初めて批判出来る
ので、読みもしないでゴチャゴチャ言うのは単に尻馬に乗っているだけの
事だ。
「沖縄集団自決冤罪訴訟」の被告大江健三郎氏の「沖縄ノート」はどの
部分が訴訟の対象になるのか訴状に詳しいので、それを読めば原告の
主張は分かる。しかし、「沖縄ノート」がどういう本なのか知る為にそれだけ
では十分ではない。訴状とは別に自分なりの意見を纏める為にはどうしても
「沖縄ノート」を読む必要がある。読みもしないで批判するのは軽薄の謗りを
免れない。
以前、実家で「沖縄ノート」を読んだ時、その表現の難しさと内容の堅苦し
さから数ページ読んだだけで眠気に誘われ、結局2晩で20ページ位しか
読めなかった。渡嘉敷島の集団自決が出て来るのはもう少し後の頁である。
もう一度読み直す為に図書館で借りようかとも思ったが、限られた貸し出し
日数の中で完全に読み切れる自信は無い。私はこの作者の顔写真を見る
度にある動物を連想する位嫌いだが、先入観は捨てて買う事にした。
書店には幾らでも有った。もう「51刷」というベストセラーである。
訴訟のニュースが書名をPRし売れ行きを伸ばしているのだろう。皮肉な話だ。
プロローグは1969年、沖縄返還運動に尽力していた古堅宗憲氏を
不慮の失火で失った所から始まる。その死は一酸化炭素中毒によるもの
であったが、メディアは「焼死」と報じた事を非難しているのは後の
「集団自決」に対する対応を考えると矛盾している。
大江氏は朝日新聞のコメント欄「定義集」で『私は渡嘉敷島を訪れてい
ません。それはあの沖縄戦で、時には自分の手を血で汚してさえして、
苦しみつつ生き延びた島の人たちに、直接聞きただす勇気がなかったから
です』と記述している。
随分お優しい方である。現地を見ず、島の人にも誰にも会わずに想像で
あれだけの本を書くのだから流石ノーベル賞作家と言わざるを得ない。
沖縄慰霊の日も近い。暫くの間この問題に拘る事にする。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2007/06/12 (火) もう1冊の本(1)
「沖縄ノート」の対極にあるのが曽野綾子女史の「ある神話の背景」だ。
私はこの作者も嫌いだった。食わず嫌いに近い感情だが、女流の作品は
余り読みたくない。曽野氏が週間ポストに間歇的に連載している「昼寝して
いるお化け」を読んでいると、或る時「男はつらいよ」の寅さんを「ああいう
依頼心の強い男は嫌いだ」と書いているので益々嫌いになった。
花柳界を知らないお嬢様の作品など読みたくないと思っていたのだが、
今回図らずも彼女の著書を手にする事になった。
「ある神話の背景」は「沖縄ノート」に後れる事2年で世に出たが今は絶版に
なっている。しかし改題されて新しく出版された「集団自決の真実」があった
のでそれを読んだ。
読み進む内にこの作家がありふれた女流ではなく、したたかな信念に
裏打ちされた行動派である事を知ったのである。
曽野氏がこの本を書こうと思い立った動機が面白い。
赤松隊長がそれ程極悪非道の人なら後学の為に一度会ってみたいと思った
というのだ。この作家精神が行動の原動力になっている。
彼女は現地を訪れただけではなく、当時未だ多数生存していた関係者に
片端から会って巷間噂されている事象の調査を行っている。
人を訪ねて全国を飛び回っているのだ。
集団自決が軍の命令によって行われたと断じた古典的資料は
1950年8月、沖縄タイムス社によって刊行された「沖縄戦記・鉄の暴風」で
ある。早く言えば沖縄戦を論評する時のバイブルであり、大江氏を初め殆ど
の筆者が作品の拠り所としている。
集団自決の資料はこの外に「渡嘉敷島における戦争の様相」(渡嘉敷村、
座間味村共編)「慶良間列島、渡嘉敷島の戦闘概要」(渡嘉敷村遺族会)
などがあるが、曽野氏はこれらを比較照合して、文章上の類似点が多い事
を発見し、更に三つの文書が全く同じ間違いをしているところから
情報源は一つであると喝破している。
こういう手法は文学的というより冷静な科学者の眼を持っていなければ
出来ない。他人の話を鵜呑みにし、勝手な想像で赤松隊長を極悪人に
仕立て上げた大江氏と比較してどちらの結論が正しいか論評するまでも
ない。
事実に対峙する両者の姿勢は大きく異なる。
■2007/06/12 (火) もう1冊の本(2)
大江氏が『慶良間列島においておこなわれた、七百人を数える老幼者の
集団自決は』守備隊が長期戦に備えて食糧を確保し、作戦の足手纏いに
なる島の老幼男女に自決命令を出したという従来からの風説をいとも簡単
にそのまま採用し『この事件の責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひと
つあがなっていない』と断じているのに対し、曽野氏は『巨きい罪の巨魂」と
いう最大級の告発の形を使うことは、私には、二つの理由から不可能
である、と書いている。
第一に、一市民として、私はそれ程の確実さで事実の認定をすることが
できない。なぜなら私はそこにいあわせなかったからである。
第2に、人間として、私は、他人の心理、ことに「罪」をそれほどの明確さ
で証明することができない。なぜなら、私は神ではないからである』と
言っている。
その場に居合わせた人も当時は相当数生きていた。
会って話を聞く事は出来たし、曽野氏は積極的に実行した。
しかし大江氏は『自分の手を血で汚してさえして、苦しみつつ生き延びた
島の人たちに、直接聞きただす勇気がなかった』と東京の書斎でジッと
していたのである。
そのくせ作品には『慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己
欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたことであろう。
人間としてそれをつぐなうには、あまりに巨きい罪の巨魂のまえで、かれは
なんとか正気で生き伸びたいとねがう。
かれは、しだいに希薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を
相対化する』『かれはじつのところ、イスラエル法廷におけるアイヒマンの
ように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったであろう』と最大級の
非難の言葉を並べる。
イスラエル法廷に引き出されたアイヒマンは絞首刑になるのである。
大江氏もそこまで言う以上は綿密な調査を重ねた上で発言するべき
であった。現地に行く事すらしなかった大江氏が幾ら言葉巧みに弁解
しても醜い言い逃れでしかない。
『この事件は、調査を進めるに従って、その多くの部分が推測の範囲で
断罪され、しかも推測の部分ほど断罪の度合いも激しくなっている』
『繰り返すようだが、神と違って人間は、誰も完全な真相を知ることはでき
ないのである』
『私は「直接の体験から《赤松氏が、自決命令を出した》と証言し、
証明できた当事者に一人も出会わなかった」と言うより他はない』
曽野綾子さんの謙虚な言葉は心に沁みるものがある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ようちゃんの意見。↓
★大江健三郎はノーベル賞作家でもあるし 我が母校の先輩だけれど
唾棄すべき嫌味な男です. 身障者の長男の音楽活動を通して
極左集団と親交がり、(朱に交われば赤くなる)の典型です.
私は曽野綾子氏のこの小説も読みましたし、曽野先生が、あのペルー大統
領だった 日本人人質解放を軍隊でもって救出したフジモリ氏を 自宅に
起居させて始終フジモリ氏の弁護に奔走されたりで、とても素晴らしい方だ
と上坂冬子氏と同じようにファンとして尊敬してます