中国 止まらない軍拡化 (The planet earth)
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▼中国 止まらない軍拡化 (The planet earth)
中国の軍事費、初めて日本抜く=世界4位、アジアで最大に-国際平和研
6月11日22時0分配信 時事通信
ロンドン11日時事】スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)
は11日、2007年版年鑑を発表、軍備拡張を続ける中国の06年の軍事費が
前年の為替レートで推定495億ドル(約6兆円)に達し、1970年に統計の
公表を開始して以来、初めて日本を抜いたことを明らかにした。支
出額はアジア最大で、世界では第4位。
最終更新:6月12日0時0分
やはり中国脅威論は正しい。中川(酒)と麻生太郎が日本の核武装の
議論を肯定するのも中国の軍事力が怪しいからだ。
野党は閣僚が核武装の議論を肯定するのは駄目だと麻生外相を
辞めさせようとしたが、TVタックルなどでは国会議員が議論しているの
だから、国会は駄目でTVは問題ないというのは国民を馬鹿にしている。
安全保障は国民の安全に直結するから、国会でもやればいいんだよ。
中川昭一氏「鳩山氏はかつて『核議論で首が飛ぶのはおかしい』と
言っていた」
「核武装論議は容認の姿勢」 西村問題で民主・鳩山代表
8:52p.m. JST October 27, 1999
民主党の鳩山由紀夫代表は27日、東京都内で講演し、核武装を
めぐる発言で辞任した西村真悟前防衛政務次官の問題に絡んで
「核武装してもいいかどうかを国会で検討したらどうかと言った瞬間にクビを
切られるとなると、国会で核をもつべきかどうかなんて議論がなされなく
なる。議題に乗せることすらしてはいけないという発想もいかがなものか」
と述べ、核武装の是非を国会で冷静に議論すること自体は容認する
考えを示した。
現在の鳩山由紀夫は日韓の問題で韓国寄りの発言をするが、昔は
中国が嫌がる発言はしていた。
安倍首相も中国に寄っているが、現在の民主党はそれを上回り、安全保障
で民主党は安倍政権より不安だ。
中国脅威論を言っていた前原誠司の方が国防ではマシだった。
日本は攻撃を受けたり侵略されない限り他国と交戦しないが、中国は
核保有で侵略されないが、いずれ渡航作戦が可能になり、巨大な軍事力
を尖閣諸島と台湾に向ける可能性がある。
日本は中国の警戒が特に必要で防衛省は分かっていて当然だが。
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▼憲法改正・日本の国家像(3) (罵愚と話そう)
「憲法改正・日本の国家像(2)」について
憲法改正の話題は、9条問題が出発点だったと思う。
いやしくも独立国たるものが、自衛権を放棄して成立するものだろうか。
アメリカの属国だからこその“たわごと”ではないのか。
非武装中立なんて政策が成立するものだろうか。
社会主義革命の方便ではないのか、の疑問は充満していた。
後者への回答は、北鮮の拉致事件だった。
130人もの非武装中立論者が拉致事件に加担していた「在日韓国人
政治犯の釈放に関する要望」事件は、この政治勢力の陰謀体質をあから
さまにした。なにが中立のものか。
白旗をかかげて朝鮮人を招きこむ売国奴の謀略ではないか。
前者への回答はアメリカのイラク敗戦だった。
アメリカの国力は、ふたつの危機に同時対処できるという前提があった
からこそ…いいかえるとイラクへの自衛隊派遣は朝鮮半島や台湾の
危機への保険料としての意義を強調できた。
ヴェトナムにつづくイラクの敗戦は、日米軍事同盟の虚弱を証明して
しまった。ホワイトハウスや国務省が中朝にすりよって、日米安保の
信頼性は地に落ちた。
日米安保が日本の安全を保障してくれるなんておとぎ話を信じる人は
いなくなった。つまりは、9条神話の崩壊だな。
日米安保も非武装中立も、この国の安全にはつながらない。
これがスタートラインだったわけだ。
どうして、こんなヘンテコリンな憲法をもっているんだろう?
先月から財布にねむっている一万円札を、だれからうけとったものかを
思い出すような、非生産的な精神作業がはじまって、得た結論は占領軍に
よる押しつけ憲法論だった。
占領政策の遺物という、国際法違反の出生記録をもつ平和憲法は、
のこしていったアメリカでさえも、いまでは、その存在を迷惑がっている。
まさしく、日本の常識は世界の非常識の代表的な実例が、この憲法なん
だろう。
エリザベス・サンダースホームの混血孤児のような汚辱な出生の原因は、
憲法自身の記憶によれば日本の侵略戦争だった。
パンパンガールとしての母親の妊娠から話しはじめると、否定せざるを
得ない自分の来歴の理由は、自分自身の侵略戦争だった。
ヒロシマ・ナガサキだって、あれは侵略戦争の早期終了のために、アメリカ
さんがふるってくれた愛の鞭だった。反省すべきは日本人だ。
二度と過ちは犯しませんの反省文に主語は、恥ずかしくて、書けないと
教えられて育った。
しかし成長した孤児が、客観的、科学的な検証をすれば、するほど、記録に
残る実像は聞いて育ったおとぎ話とはちがっている。
母親としての日本の近代史は清廉潔白、世界に誇れる歴史物語だ。
西欧の近代による地球奴隷化戦争に、敢然と抵抗して独立を守りぬいた
祖国の近代史は、一度や二度の敗戦では打ち消せない正義感と倫理観に
いろどられている。
つまりは、人類史に燦然とひかる日本の近代史を再評価する、歴史認識
の問題だな。すなおに歴史的事実だけを並べてながめれば、侵略軍は
欧米の近代、植民地主義、奴隷制度、帝国主義、コミュニストの革命の
押し売りであって、この国の外交と軍事は祖国防衛を目的とした自存自衛
の国民戦争だ。
けっして、一部の軍国主義者の狂気とはいえない。
それと、植民地化された近隣アジアの独立解放戦争の手助けだった。
正邪の関係は勝敗と一致するとはかぎらない。
開戦の理由と原因が、戦勝国の言いわけにおきかえられていた。
反省と贖罪にあけくれてプライドを失った戦後レジュームからの脱却が
憲法改正論議に加わった。
正しい歴史認識のうえにたった戦後レジュームからの脱却を主張した
安倍内閣の誕生が、憲法改正論議の第2ステージだった。
多くの日本人の脳細胞のなかで、現在進行している改憲論議はここまでの
議論だ。議論は第2ステージを進行中なんだが、ここで護憲論者が提出した
反論は、戦後半世紀、この国に定着した民主主義は、いまでは否定しがた
いほどに成長して、国民生活に密着している。
9条には欠陥があって、改正するとしても、国民主権、基本的人権、
国際平和主義の原則は変更する必要はあるまい、というものだ。
なるほど、国民の大多数は9条の欠陥を知っている。
戦後左翼の歴史認識のまちがいにも気づきはじめている。
しかし、さらにその根底にある、この国の成り立ちについては、まだ気づいて
いないし、議論にもなっていない。
いいかえると、それは民主主義への疑問。この国の歴史のなかで、
民主主義をどう位置づけて評価するべきかの、いままでにはない論点から
の議論だ。つまり、話題は憲法を形成する原動力としての国家観は、
従来どおりの戦後民主主義でいいものだろうか?の疑問だ。
どこから話しはじめればいいのか迷うのだが、たとえば平和憲法の
第一章は天皇ではじまっている。
天皇は国民の総意にもとづく統合の象徴だという。
しかし、民主主義体制下の国民というのは、統合されない存在ではないの
か?統合されてはいけないのではないのか?
民主主義体制下の国民とは自由が保障されていて、ゆたかな個性が
尊重された、統合されない異物の混合体ではないのか?ま
してや、総意なんて、あるはずがない。そんなものがあれば、
民主主義は否定された全体主義体制だろう。
憲法で保障された基本的人権には、職業選択やいろいろな自由があり、
出生や門地で差別されないし、なによりも14条で貴族制度が禁止さ
れている。憲法できめられている、これらの戦後の諸原則に、天皇制は
あきらかに違反して、矛盾している。
しかも、この平和憲法が制定された過程をみてみると、この天皇制を
維持して残すために、天皇制以外のあらゆる新規の制度を受容した。
憲法だけではない。国際法違反の報復裁判も、侵略戦争の汚名も、
ポツダム宣言違反の領土分割や戦後改革も、すべては天皇制の維持
保存と引きかえを条件にして、いわば無理やり飲まされた苦汁だった。
日本国民が自由な討論の結果、選んだ選択とは、ほど遠い制定のいき
さつがあった。
国土を占領して、天皇を人質にした連合軍の無理難題に、いやいやながら
従わざるをえなかった結果、押しつけられたのが、この平和憲法だったと
したら…ここでいちど、憲法問題をはなれて、むしろ、明治憲法を犠牲にし
てまでも、当時の日本人が守りたかった天皇制とは、なんだろうか?
の話題に帰る必要がある。
戦後60年、独立したこの国は、やっと守った天皇制を、本当に返して
もらったのだろうか?あるいは、天皇制は、本当に守られたのだろうか?
あるいは、戦前の天皇制とはどんなものだったのだろうか?
それはこれからも守り続ける意義があるものだろうか?
そして、それはなぜか?
憲法論議は、こちらの議論を決着させてからでもいい。あるいは、
こちらを決着させなければ、憲法論議をはじめても、いずれまた
、ここに戻ってきてしまうのではないか。
憲法改正論議は、これから4年間、じっくりと時間をかけて議論することに
なった。国内には、国民の関心を瑣末な余題にふりむけて、無駄に時間
を消費しようとする陰謀があるかのごときだ。
陣笠やこっぱ役人の話題をもち込んで、この議論の進行と深化をはばむ
政治勢力は、たしかにあると思う。浅薄な政治やメディアや学界は、
その陰謀にうかとのせられるだろうが、時代はITの時代だ。
ブロガーの良識は、それをのりこえて、この話題をリードするべきだと思う。
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▼【国内】自衛権の解釈は限界に来ている
新聞記事・ニュース批評@ブログ
皆さん今まで何度も感じたかもしれませんが、集団的自衛権の解釈が
どこまでと議論するのは、当然現状では意味があります。
しかし、そうやって国防論議を解釈で済ませようという時期はとっくに
過ぎ去っていると思います。
・集団的自衛権、憲法解釈見直しが大勢…有識者の第2回会合
(読売新聞)
政府は11日、集団的自衛権に関する個別事例を研究する有識者
会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の第2回会合を
首相官邸で開き、公海上での米艦船への攻撃に対する自衛隊の
応戦の可否について集中的に議論した。
応戦を可能にするため、集団的自衛権の行使を認めていない政府の
憲法解釈を改めるべきだとする意見が大勢を占めた。
安倍首相は冒頭、「日米同盟の重要性の観点から、
我が国艦船の近くにいる米艦が攻撃を受けた場合の対応を検討する
ことは極めて有益だ」と強調した。 会合では、
〈1〉平時
〈2〉周辺事態や武力攻撃予測事態などの情勢緊迫時
〈3〉日本への武力攻撃発生時――の三つの事態について、自衛艦と
米艦との距離が近い場合と遠い場合に分けて議論。自衛艦が洋上で
米艦に補給活動をしているケースなどについては、「米艦への攻撃を
自らへの攻撃と見なし、自衛隊法に基づいて応戦できる」という見方で
一致した。
一方、平時の遠距離の場合や情勢緊迫時の米艦防護は、
「集団的自衛権の行使」と見なさざるを得ないとしたうえで、行使できないと
する憲法解釈を見直すべきだという声が多く出た。 柳井俊二座長は会合
後の記者会見で、「個別的自衛権の拡大や自衛隊法での説明には限界が
あるという意見が多数だった」と述べた。
*一応基本的な話をさせてもらうと、集団的自衛権にかかわらず
「解釈」という話をすることに何のメリットがあるでしょうか。
あるとすれば、その当時の世論を反映した「政府解釈」によって運用出来る
というメリットでしょうか。 しかし、自衛隊や在日米軍の存在が日々移ろい
やすい「日本の世論」によって運用方法の変更を余儀なくされるのは決して
効率的ではないし、日本の防衛を全う出来るかも怪しくなってきます。
というのも、日本の防衛を担当する自衛隊に「手足を縛った状態」で防衛
しろというのは酷な話だからです。
だからといって自衛隊に全く行動の制限を求めないというのではありません。
そもそも「解釈」の問題は常に政治的に進められており、自衛隊が
「侵略行為」に進まないためのミニマムの運用方法という部分から
議論されているわけではないのです。
もっと簡単に言えば、世論が「米軍を支援するのは違憲だ」といえば、
自衛隊の運用方法や戦力の位置づけを全く考慮せず制限されてしまう
のです。 だからこそこんな議論をしても意味はありません。
自衛隊の運用をきちっと分かった制服組(もちろん防衛省の官僚の方々も)
も含めた議論をすべきではないでしょうか。「有識者」だけで話し合っても
あまり国防にとって意味は薄いと思います。
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ようちゃんの意見。↓
★軍とはワ冠に車と書くのです. 文字の意味は成り立ちに秘められている.
問答無用です!車、すなわち機動力が無いなら軍ではありません.
憲法が破綻してるのです.
それは以前に書いた事がありますが.、
婚姻法が刑法の 青少年の処遇と一致して運用できない事から
露呈してる.光市の母子殺人での判決で犯行当時、加害者が未成年
だった事から、判決が二転三転してるのです.婚姻法では男子18歳以上、
女子16歳以上は両性の合意の下に婚姻できるのです.1
9歳の男子なら立派に家庭が有って、子供も持ってるのが現実なのです.
今日の交際相手が子供を虐待死の当事者の女性は、
16歳で結婚し、17歳で長女、19歳で長男と二児の母親だったし所帯を
持っていたのです.
子持ちの所帯持ちが法律で認めれてるのですから、未成年扱いで、
死刑を免れるなどと言う矛盾は可笑しいのです.
自衛軍として位置ずけてるのですから、憲法解釈も何も無い、