ようちゃんの選んだ「読んでおくべき」記事
米国をまねる日本企業の落とし穴。
日経有料会員誌「MBA型リーダーは企業を破綻させる」
ヘンリー・ミンツバーグ((Henry Mintzberg)
1939年カナダ生まれ。61年マギル大学工学部卒業後、65年米マサチューセッツ工科大学スローン・スクールにてMBA(経営学修士)取得。68年同大学院にて博士号を取得して以来、マギル大学で教鞭を執る。経営学の世界では故ピーター・ドラッカーに並ぶ論客として知られる。政府にも様々な提言を行っており、98年にはカナダで最も栄誉ある勲章「オーダー・オブ・カナダ」を受賞。
著書はThe Nature of Managerial Work、邦訳『マネジャーの仕事』(白桃書房)、Mintzberg on Management、同『人間感覚のマネジメント』(ダイヤモンド社)、Managers not MBAs、同『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP社)など多数)
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企業買収やリストラなど派手な戦略で目先だけの利益を追い、法外な報酬を手にする米国企業経営者が後を絶たない。
今や米国経済は、株主価値至上主義に毒され危機にある。
こう指摘するのが論客ヘンリー・ミンツバーグ氏だ。
日本企業が今後も長期的に競争力を維持しようとするなら、米国の経営手法に翻弄されることなく従来の強みを貫けと説く。
組織を発展させるマネジャーはMBAコースでは育成できない。
経験を重視し、「内省」など5つのマインドセットの習得を提案する。
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米国の企業経営はかつてない危機的状況にあります。早晩、米国経済はそのために破綻するのではないかとさえ私は危惧しています。なぜか。今の米国企業のトップの多くが、経営者として、リーダーとして本来、果たすべき役割を果たしていないからです。必要な資質を持ち合わせていない。
株主価値至上主義が蔓延し始めて以来、短期で業績を伸ばす経営者ばかりが持てはやされるようになりました。特に最近は、大型の企業買収や大規模なリストラをぶち上げるなど、派手なパフォーマンスを繰り広げることでアナリストの注目を集め、株価の上昇を狙う経営者が後を絶ちません。
多くは、その派手な戦略を策定、実行した(この場合の実行とは単に下に命令を下すだけ)という“実績”を武器に、高い報酬を約束してくれる新たな企業へと移っていく。その戦略が、実際にもう少し長い目で見た場合、その企業にどんな結果をもたらしたかが検証、評価されることはほとんどありません。にもかかわらず、法外な退職金を手にして去っていく。
しかし、ご存じの通り、企業合併で成功したケースなどほとんどありません。クライスラーを買収したダイムラーなどは好例でしょう。業績不振の企業があると、アナリストはすぐにリストラをもっと進めればよいと指摘します。しかし、実は人員削減をしたことが原因で会社が経営不振に陥っているケースが少なくない。つまり、米国で言われるところの「生産性の向上」は実はすべて生産性の悪化を招いている、と私は見ています。特に1990年代以降、こうした破壊的とも言える経営によって米国企業は確実に競争力を失い、企業価値を失ってきたと思います。
経営に責任を持つ立場にある者は、自分の会社について深く思いを致すべきです。どれほど真剣に考えているかは、その経営者が自分の報酬額についてどんな主張を展開しているかを見ればすぐに分かります。例えばこの1月、小売り大手ホーム・デポのCEO(最高経営責任者)だったロバート・ナルデリは、2億1000万ドル(約246億円)の退職金を受け取って退任しました。こんな要求をする経営者に、「リーダー」と呼ばれる資格はありません。
日本でも、生産性を上げるべく株主価値や成果主義といった米国型経営の考え方を導入する企業が増えたと聞きます。そうならば米国の経営者たちは大歓迎でしょう。同じ土俵で戦えば、自分たちの企業がそれほど劣って見えることはありませんからね。
しかし、日本の経営者には、自社の事業を米国経済と共倒れにならないようにすると同時に、米国の経営スタイルなど絶対にまねるなと言いたい。そもそも経営に、絶対に成功する方程式のようなものなどありません。むしろ、「お互いが協力する」という戦前から根づいている日本の企業ならではの強さをこのグローバル時代でも追求し続けることが、長期的に企業としての競争力、高い生産性につながると強調したい。
経営とは何か、マネジメントとは何かということを改めて考えてほしいと思います。経営とは、企業をより強固な組織へと導くことです。もちろん、経営にはトップとして意思決定を下すという技能としての側面もあるでしょう。しかし、本来のマネジメントで一番大切なのは、人を導く能力です。
マネジメントの本来の仕事とは、組織を構成するメンバーの活力と一番いい部分を引き出すことであり、メンバーの意思決定能力を高めることで、組織を発展させていくことです。つまり、マネジメントの成功とはトップ個人が成功することではなく、他者を成功させることを意味するのです。
全体像をつかんで戦略を策定するには、思考と行動、具体論と一般論の間で絶えずフィードバックを繰り返すことが欠かせません。状況に応じて戦略を調整することも必要です。ですから、今の米国の多くの経営者のように本社の立派な社長室に座って指示しているだけでは、まともな経営ができるわけがない。初めから完璧な戦略などありません。戦略とは双方向のプロセスで、経験を通じて進化させていくものです。
もちろん、経験さえあればよいというものではありません。クラフト一辺倒のマネジャーは、自分の経験にないことに踏み出そうとしないので、「退屈型」のマネジメントをしてしまう。ですから経験に加え、従来の枠組みにとらわれることなく創造性を発揮して、直観やビジョンを生み出すアートの要素も備えていることが必要です。そして、同時に必要なのが、データなどの体系的な分析を重視するサイエンスの要素です。
米国では長年、「経験」や「創造性」よりも客観的であるという理由で、サイエンスを重視する計算型マネジャーが幅を利かせてきました。しかし、ハードデータはその集計過程で、「顧客の表情」や「工場の雰囲気」といったマネジャーにとって貴重なソフト情報が大量にこぼれ落ちてしまう。そのため、サイエンス重視の経営は、視野が狭く、硬直的な発想に陥りやすいという問題を常に抱えてきました。
そこへ80年代以降、「株主価値」という概念が強調されるようになり、ある意味、問題はさらに深刻になった。株価を上げてもらおうと、株主たちはかつてない権限と報酬をCEOに与えるようになり、CEOは前に述べたように目先の数字を飾り立てるべく大型の企業買収や大規模なリストラといった劇的な戦略を展開し、「ヒーロー」のごとく話題を集める。その手法は従来の枠組みを越えている点で一種のアートですが、当然、本来の「アート」の域には達しない。多くが腰を据えて実務に取り組み経験を蓄積してきた経営者ではないからです。
ここに私がかねて米国企業がMBA(経営学修士)を安易に重用することを批判してきた理由があります。MBAプログラムはマネジメント教育のコースと思われていますが、全く違う。
どの学校のコースもケーススタディーを中心に据えているものの、数千人、数万人以上の社員を抱える企業のケースをたかだか数十ページの資料にまとめ、そうした企業の戦略を数多く議論、検討したからといってマネジメントを体得したなどと言えるでしょうか。紙の上で読んだだけで、授業で導き出された結論が実行に移されることもない。茶番です。MBAとは「Management By Analysis(分析による経営)」の略だというジョークがありますが、せいぜい身につくのは分析テクニックで、これこそが米国で計算型、ヒーロー型マネジャーの量産を助長してきた理由にほかなりません。
マネジメントが成功するのは、アートとクラフト、サイエンスが揃った時です。3つの要素のバランスが取れすぎると特徴がなくなり、うまくいかない恐れがありますが、成功するマネジメントは、前ページ左側の図にある2番目の三角形の中で分類されるパターンで、その比重の軽重によって「ビジョン型」「問題解決型」「関与型」といくつかスタイルがあります。
中でも、私は知的活動の生産性が問われる昨今にあっては、経験を重んじる関与型(engaging)こそ求められるべきマネジメントであると考えています。リーダーシップとは、組織の構成員が持っているやる気を引き出すことを指す。管理したり、権限を委譲したりするのではなく、部下のモチベーションそのものを高めることが知的活動では何より重要だからです。
しかし、問題はどうやってそうしたマネジャーを育成していくかです。これに対し、私は海外の大学と協力し、マネジャーに必要な5つのマインドセットというものを身につけてもらうIMPM(International Masters in Practicing Management)というプログラムを展開しています。それは右下に示す「内省」「分析」「広い視野」「コラボレーション」「行動」という5つの発想の仕方、ものの見方と捉えてもらってよいでしょう。狙いは、熟慮のうえ、行動する能力を育てることにあります。
簡単に説明しましょう。マネジャーに何よりまず求められるのが内省です。立ち止まって自分の経験を振り返る、一歩下がって自分の経験を見つめ直す姿勢です。どんな出来事も、改めて深く考えてこそ初めて経験として身につくものです。よく内省するマネジャーほど、過去から学ぶ力を備えていると言えるでしょう。素晴らしいビジョンは突然、思いつくものではありません。過去の経験をベースに少しずつ描かれていくものです。
マネジャーに求められる5つのマインドセット
自己のマネジメント=「内省」のマインドセット
組織のマネジメント=「分析」のマインドセット
全体のマネジメント=「広い視野」のマインドセット
人間関係のマネジメント=「コラボレーション」のマインドセット
変革のためのマネジメント=「行動」のマインドセット
2つ目に必要なのが分析への理解を深めることです。分析は、複雑な現象を様々な要素に分解することですが、だからといって、複雑な問題を簡素化することではありません。複雑な問題を複雑な問題として、そのまま受け入れられる組織としての対応力を高めることだったり、分析によって自分たちの組織が抱える「思い込み」や「思考の偏り」を自覚して、新たな視点を持つことにつなげる、といったことが重要なのです。
広い視野が必要であることは言うまでもありません。広い視野に基づいた内省、分析を土台にマネジャーは「変革」に向けて行動を起こすことが求められるわけですが、その時に大事なのが関係する人々とのコラボレーションです。
メンバーの言うことに耳を傾け、組織のために献身的に尽くせる姿勢です。優れた実績を上げるには、この5つのマインドセットを折り合わせながらマネジメントに取り組むことです。
私たちは、この5つをモジュールにして、英国、カナダ、インド、日本または韓国、フランスと場所を移していきながら、各国の提携大学で現役のマネジャーだけを対象に研修プログラムを開催してきました。1996年に始めて以来12年間、日本からは毎年、松下電器産業と富士通から数人のマネジャークラスが参加しています。
ただ、このプログラムはモジュールごとに、海外に滞在する期間を含め通算16カ月を必要とします。そのため昨年、「CoachingOurselves.com」というオンラインから教材をダウンロードすれば、マネジメント実務に関心のある者同士で手軽にスキルを磨くことができるプログラムも立ち上げました。今年か来年には、日本語版も立ち上げる予定なので、ぜひ、日本のマネジメント層にも活用してもらいたいと思います。
今の米国は、一部の経営者たちの個人的な野心のためにまさに憂うべき事態に突入しています。繰り返しになりますが、絶対に成功するマネジメントの方程式などないのです。日本企業が、これまで強みとしてきた従来のロジックを貫いて、米国に翻弄されない独自の経営スタイルを築いていくことを願っています。