チャイナ出張組にはうつ病になる人が多いのか? | 日本のお姉さん

チャイナ出張組にはうつ病になる人が多いのか?

連載 【メンタルリスクと中国】 「うつ」の誤解編(4)― 佐野秀典 (MD.ネット代表取締役社長)

 私はこの連載で、あまりにも安易に「うつ」という用語が使用される最近の風潮を何度か槍玉にあげてきた。状態を表すにすぎない「うつ」が、あたかも「うつ病」という疾病であるかのような誤解を助長しているからだ。しかし、そもそも「うつ病」とはいったいどんな病気なのかを正しく理解していただかなければ、誤解は解きようがないことに気づいた。というわけで、今回は、多少専門的な話にはなるが、「うつ病」そのものについて述べることにしたい。

◆そもそも「うつ病」とは?

 実は「うつ病」は、原因不明の疾患なのである。「発症機序(なぜ発症するのか?)」はいくつも推定されているが、今のところはまだ特定には至っていない(しかし、脳内のセロトニンという物質の、神経と神経をつなぐシナプス周辺の変化によって起こるというメカニズムは概ね分かっている)。

 一般の人には意外かもしれないが、実は、メンタルクリニックで結果的に「うつ病」と診断されるケースの初診時の主訴は、必ずしも憂うつな気分とは限らない。むしろ、慢性の体調不良、不眠、不安、イライラ、出勤困難という訴えのほうがはるかに多いのが実態なのである。はっきり言えることは、「うつ病」とは、「うつ」=「抑うつ状態」を呈する原因のひとつである感情障害だということである。多弁で動き回る、浪費や電話、口げんかが増えるというハイ(躁)な状態と「うつ」が交互に見られる感情障害は「躁うつ病」というが、「うつ病」は「うつ」だけを反復する。

 深刻さを軽減するために「うつ病は心のかぜ」という説明をすることはあっても、本心からそう信じている精神科医はいない。上に述べたように「うつ病」は反復するからである。逆に典型的な「うつ病」は、あたかも治ってしまったかのようにみえる時期(寛解期―かんかいき―という)があるため、その出現によって、はっきりと「うつ病」と診断できる。ビジネスマンだけでなく子どもや高齢者にもよく見られる「仮面うつ病(masked depression)」という病態は、ゆううつな気分、意欲の低下、思考の停滞はほとんど目立たず、身体症状だけが顕著なタイプの「うつ病」のことだが、この場合も、1年の間に1―2回の反復があり、寛解期を持つことでそれと診断できるのである。

◆完全に治ってから・・・?

 このように反復を特徴とする「うつ病」は、したがってその後の症状の再発を予防するための薬物療法を続ける必要がある。私たちは企業の担当者との話の中で、しばしば「完全に治ってから出社させてほしい」という要望を聞くが、それに応えることがいかに難しいかは、この反復性という「うつ病」の特徴を考えていただければご了解願えるかもしれない。精神科医としては、寛解を完治と考えるわけにはいかないのである。しかし、治療を工夫することで、再燃してもほとんど気づかないくらいの軽度な症状にとどめ、支障をきたさずに仕事を続けさせることは可能だ。

 「うつ病」の患者さんに特徴的なのは、「みんなに迷惑をかけて申し訳ない」という自責の念である。そういう思いにもかかわらず、体は思うように働かない。初期に見られるそんなジレンマも、抑うつ状態が悪化するにしたがって薄れてくる。最低の状態では、何も考えられず、悲しくもなく、ただじっとしていることになる。したがって、死にたいという「希死念慮(きしねんりょ)」や自殺は、このような最低の状態ではむしろ起こりにくい。思考そのものが抑制されているからだ。

◆気をつけたい「手続きうつ」

 だから自殺という行為は、むしろ抑うつ状態の「なりかけ」と「治りかけ」に多いのである。抑うつ状態に陥りかけながら、あるいは回復しながら周囲の状況がはっきりと認識されている状態では、改めて複雑な感情が意識され、葛藤が強まるのである。

 ところで今の時期は、中国をはじめとする海外への赴任あるいは任地からの帰任が多い。企業関係者にとって注意しなければならないことは、私たちが「手続きうつ」と呼ぶ、事務手続きによる抑うつ状態の悪化である。

 赴任や着任をはじめ、長期休暇や職場復帰の手続きのプロセスで、急激な現実への直面化が本人の葛藤を深刻化させ、死に追いやることは多い。本人の複雑な心理変化を察しながら、過度で急激な直面化や速やかな判断を迫ることなどは絶対に避けなければならない。自殺は、病気の症状というよりも、このような人為的な要因が絡むことが多からである。

5月10日12時56分配信 サーチナ・中国情報局

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070510-00000013-scn-cn