「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 通巻第1778号
新たな3K労働者の密送ルートはベトナム → 広東 → 台湾
なぜか“ボート・ピーポル”(偽ベトナム難民)を思いださせる事態が起きている
1975年、米軍が共産ゲリラに敗北し、ベトナムが共産党に占拠され、海に逃げたベトナム人およそ二百万と推定される。
南シナ海の藻屑と消えるか、海賊に襲われ(陸づたいで逃げた人は山賊に)、あるいはインチキ斡旋業に騙されて身ぐるみ剥がれて殺されたり。
しかし、なぜかあの遠大な海の道をボロ船に揺られて日本にたどりついたグループがいた。
「ベトナム難民」と騒がれ、日本人の同情も集まり、日本の収容所でくらしてフランスへ亡命できた幸運な組もあった。米国には難民担当の国務省大使がいて、小生がインタビューしたとき「日本は難民受け入れが少ない。非人道的だ」などと挑発的だった。
(ベトナムで負けたのが難民発生の原因じゃないの?)
難民は旧サイゴン政権の幹部やその家族、アメリカに味方した「モン族」とその眷属ばかりではなかった。
夥しい華僑が、ベトナムの民族差別政策の犠牲になり、海外へ逃げた。
ベトナムは中国が嫌いなのだ。だから漢字を廃止し、伝来のベトナム言語の発音をフランス文字を宛てて表記した。
中国は、ベトナム難民を産んだ背景を無視し、あれほどの援助を仇で返したとばかり、そのベトナムへの恨みが鬱積して、後年、「生意気なベトナムを懲らしめよ」と中越戦争に発展した。
しかし実際の戦闘では、中国がベトナムに敗北して、人民解放軍兵士、五万人が死んだ。
ベトナムは米軍が遺棄した兵器や、ゲリラ戦で奪ったハイテク兵器をもっていたからで、夜間ゴーグル、最新鋭機関銃、戦車は、はるかに中国製より優れていた。
さて難民である。
陸続きでベトナムの北方は中国広西チワン自治区。国境は小川(川幅20メートルあるか、ないか)。
小生も二年前に行ってみたが、驚いたのなんのって。昼間から小川を渡って堂々の密貿易が展開されている。国門(国境ゲート)は双方を行商で出入りするベトナム人、中国人で長蛇の列。しかも観光客が日帰りでベトナムを見に行く。
東興の対岸はモンカイ、国境の寒村が大都市に変貌していて高級ホテルまで建っていた。
ベトナム難民の一部は、当時国境で官吏を買収して広西省へはいり、同省北の坊城港などにたどりついて船を雇った。
多くは距離的に香港、台湾へたどり着くのがやっとだった。
この例を眺めていて、広西の中国人(漢族)がベトナム難民になりすまし、日本へやってきた。偽ボートピーポルである。
当時の日本は、ベトナム語と広東語の区別が分からず、うすうす偽難民とは知りながらも、国際難民条約の手前、受け入れて手厚く待遇したのだった。
▼ 悪質な仲介業者が広東、台湾を股に掛けて暗躍
脱線が長くなった。
要するに国境警備の管理はそれほど杜撰、密入国も問題ない。だから中国の治安当局は、この地点で警戒を厳重にしている。
麻薬、偽札、おんな、武器など。
“中国のマンデラ”といわれる王丙章博士(「中国民主党」主席)も、このルートから広西省へ密入国し、運悪く公安に逮捕された。無期懲役、米国の釈放要求を北京はまだ袖にしている。
中国の凶暴マフィア、蛇頭が、この黄金ルートを活用しない手はないだろう。
3K労働者不足に湧く中国広東省へ、人材派遣の闇ルートが構築されていた。ワンサカ、繁栄に酔う広州へ、ベトナム人がやってきた。
広州で黒人が3K現場で働いている。フィリピンのメードが広東でおそらく数万は働いているだろう。
この二月にも小生は現場で目撃してきたばかりだ。
だから好景気に沸く広東へ不法入境し、中国各地で働くというベトナム人が出現したわけだが、その裏には高額の斡旋機関のルートが存在することが分かった。
台湾の有力紙『自由時報』(4月13日付け)によれば、マフィアがかすめる仲介料はひとり10万台湾ドル(およそ35万円)、かれらが一年働いて貰える額は5000人民元(つまり年収7万5000円)。
それでもベトナムから大量の労働者が「輸出」され、最近はマフィアが漁船を買って、広東から直接、台湾へも労働者を運んでいることが判明した。
台湾はベトナムと親しく、とくに南ベトナムが反共を掲げてベトコンと闘っていたときは「同盟国」。
このため外省人と結婚したベトナム女性が意外に多く、そうした因縁も手伝って、広東から台湾を目ざす長旅も躊躇しない。
嘗てのベトナム難民ルートはいまも健在である。
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(読者の声1) 貴誌1777号の「核武装の拡散」・・・。
世界の当然の動きを一向に書く気配のないマスメディアに痺れを切らして、ついに先生が書いてくれました。
「アラブ湾岸諸国が一斉に各技術の入手へ動き出した」はまこと時宜を得た警告です。
コーカサス地方からトルクメン、ウズベク、タジクなど中央アジア諸国への露・中の介入、そしてイラクに続くイラン攻撃の可能性など、いずれも石油エネルギーをめぐって大国の恣意が横行し、世界動乱の様相が日々刻々と顕になっています。大国の恣意と受身にならざるを得ない小国との差異は何か。
”持たざる国”といえばかつては開発途上国を表現しましたが、北朝鮮のような最貧・最悪の専制国が6者協議でも列強を手玉にとって実利を得る現実を見て、まさに核武装こそが最短最大の国益だと、日本以外の世界が再認識するに至ったのでしょう。
日本は核武装どころか核論議そのものすらタブー視され、そのあまりにも非常識さに隣国などからは「必ず隠れて核開発をやっているはず」と疑われる始末です。
以前、先生ご指摘の如く今の日本が核開発に手をつける環境は国際的には整っていても、肝心の国内情勢はからっきしダメ国です。実効的な手としては次善策ではあるけれど、まず核論議を政策論として始める以外にありません。日本の持つ原発技術と管理力、これとアメリカの核武力との組み合わせを模索するとして動き始めれば、このこと自体が取り敢えずの核抑止力としても機能すると思います。
世界で独立国として生きていくには、核を抜きにしては語ることさえできないのではないでしょうか。
(HS生、豊橋)
(宮崎正弘のコメント) 80年代だったと思いますが、当時の流行作家ポール・アードマン(有名な銀行家だったが、疑獄に連座、刑務所で次々とベストセラーを書いた)が未来小説『1989年の大逆転』を出版し、一晩でドイツが核武装するシナリヲを展開しました。
詳しい筋は忘れましたが、(本も手元にないので)、ドイツが当時のソ連の核脅威に対抗するために、米国をうまく騙してドイツに搬入させる核ミサイルを突如、ドイツの管理下におき、事実上一晩で核武装するというやつ。
日本が迅速に核保有を実現する方法は、パーシング!)の導入か、ポール・アードマン方式でしょうね。
平成19年(2007年) 4月17日(火曜日) 貳
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