電子新聞の対談1
平成19年新春文化座談会 国家再生と日本文化の発信(上)
経済繁栄で文明の危機 美徳見直し「戦後」克服を
東アジア情勢が緊迫の度を増している中、わが国が歴史的に果たしてきた役割や文化的特質を再確認し、「国家再生」を図っていくことが肝要といえる。進むべき道筋を明確にし日本文化を世界に発信するために、どのような価値観、歴史観に立った視点が必要か、中西輝政・京都大学教授、木村治美・共立女子大学名誉教授、笠谷和比古・国際日本文化研究センター教授と木下義昭・本紙主筆(社長)に話し合ってもらった。教基法改正の評価 |
国民の「精神的な覚醒」がカギ 中西
「損得抜き」の心を取り戻せ 笠谷
欠陥をそのまま反映した日本 木村
改正は憲法改正への一里塚 木下
――新しい政権が教育再生を掲げながら国家再生を推し進めていこうとしています。サッチャー英政権の時も教育改革を実現して国を立て直したとされていますが、今の教育・国家再生への取り組みをどう見ておられますか。
中西 思い返してみると、サッチャー政権の時代に教育改革が非常に声高に叫ばれ、ほぼ同じ時期、一九八〇年代のアメリカでも大変重要な教育改革の時代を迎えていました。当時のレーガン政権は教育問題についての深刻な現状を率直に訴えた白書を出したわけです。その報告書のタイトルが『危機に立つ国家』、つまり、国家がおかしくなっていますよと、国の指導部がその問題をはっきり国民に訴えました。
サッチャー改革も、急激に社会の崩れ、国民のモラル面でのさまざまな問題の噴出が社会を脅かし、国家の将来まで見えないという状態を何とか食い止めようとするものでした。当時のイギリス人の常識から言うと、学校選別の話などタブーの話ばかり並べていました。指導者がそれまでは口にできなかった方針を出したということで、国民が問題意識に目覚め、到底、受け入れられないだろうと思っていた教育面での重大な決定が進められていったわけです。
それは、豊かな社会が、ある段階を迎えた時に直面する精神的な崩れであり、ひとつのプロセスを経て乗り越えなければいけない問題だったと思います。日本も今、そういうところに差し掛かっていると思われます。
――木村先生も、イギリスでの経験がおありですが。
木村 サッチャーさんが登場する前は、労働党が政権を持ち、労働者階級の価値観が社会の価値観となり、「平等化」「社会主義化」が進められていました。「英国病」といわれてストライキばかりしているという状況でした。サッチャーさんは「努力した人がそれだけの報酬や報いや業績を手に入れられない社会はおかしい」という方針を打ち出し、それが教育方針にも反映されていったと思います。
笠谷 日本は外国文化と接した時、近代において二度、大きな変化があったわけです。一つは明治維新、二つ目は戦後改革です。この改革で天皇中心という国家のありようが、すべて解体され、アメリカ型のシステムが戦後民主主義という形で取って代わりました。
確かに高度経済成長を果たし、技術立国としてはそれなりにうまくいきましたが、道徳や心の問題を置き去りにした形での実利一辺倒の成功だったように思います。バブルが崩壊し、経済における日本の優位性が崩れてきました。そこで価値・伝統的美意識の問題が問われているわけですが、これは反省のための良い機会だと考えればよいと思います。
木下 先ほどのサッチャーの教育改革に関してですが、あのころはイギリスももう一度強くならなければいけないし、アメリカもレーガンが強いアメリカの復活を主張、日本は中曽根首相で、それぞれ、いわゆる民主主義の国のリーダーたちがきちんと総括して、本来の心の強さを取り戻さないと国を守っていけないという流れがあったと思います。
アメリカは、良い意味での『個の心の強さ』、ピューリタン精神を復活しようと、ベネット教育長官らが指導力を発揮します。子供はきちんとしつけをしなければ堕落していくのだという基本的なキリスト教的価値観が国としてあったと思います。
その点を強力に推し進め、アメリカは何とか立ち直っていったことを日本と比較すると、日本は残念ながら相変わらず『モノ中心』の考え方でずっと来てしまいました。そういう中で昨年、初めて教育基本法が改正された意義は大きいと思います。もちろん、まだ改善すべき点は少なくないですが。
――教育基本法改正をどう評価しておられますか。
中西 一言で言えば「改正することに意義があった」と意義付けられると思います。内容的には、昭和二十二年の旧教育基本法の焼き直しの部分が多々あり、今後大幅に改善していかなくてはならないと思います。
今回の改正案で焦点になった「愛国心」に関する部分も、日本というものを前面に置かない、日本の文化・伝統、日本の個性というものを立法の中にはっきり書き記さないものです。本来「文化と伝統を重んじ」という最初の文言があり、それをはぐくんだこの国を愛する、ということでしょう。それはやはり「心」でなくてはならない。「態度」ということではいかにも中途半端で、政治的妥協みたいな感じが教育の基本となる法律に残ってしまったのは残念です。
また、日教組の教育支配がまさに「不当な支配」で、国民の意思が教育の場に反映されない形で、日教組の教育現場の支配があったわけです。その不当な支配が逆転して、それを乗り越えられる立法的手だてを、一六条で確保したことは大きいでしょう。
木下 第一五条「宗教」の部分には「宗教に対する寛容の態度」とありますが、「寛容」というと上からものを見たような表現で、これは宗教心をベースにしている世界の民主主義国家から見たら考えられないことですね。しかも当初の案にあった宗教心を「涵養(かんよう)」するという文言が無くなっています。
中西 これは物質主義に偏した二十世紀型リベラリズムですね。それは文明観としても遅れていると思います。個人主義的リベラリズムをまだ乗り越えられない日本ですね。第二次世界大戦の、戦争による呪縛(じゅばく)が日本の場合は特別にあるのに対し、イギリスやアメリカなど他の国はそこからかなり自由に変えられるので、国民精神の覚醒(かくせい)や再生も早かったのではないかと思います。
木村 二十三年前、中曽根総理により臨教審が設置され「二十一世紀の教育の方向性」を諮問されたわけですが、なぜか教育基本法には触れないという前提でした。それを出せば国民のすごい反発が出て教育問題すら論じることができないであろうという見方からでした。実際、二十数年前はそういう時代でした。それを考えると、社会の受け止め方が変わったなという感慨があります。新しい教育基本法は、いろいろ欠点はありますが、非常に前進したと思います。
また、改正によって私たちは何がまずかったのかということを学んだわけです。例えば、制定当時、日本側起草委員が「伝統の尊重」をうたってGHQ(連合国軍総司令部)に持って行ったのに駄目だと言われたということが知られたわけですね。宗教的情操にしても然(しか)りで、そういう駄目だと言われて抜け落ちたものが今の日本人から抜け落ちているのです。
木下 いわゆる反対勢力は、教育基本法改正は憲法改正につながると考えていますから、改革に着手できたということは大きなことです。教育基本法改正は憲法改正への一里塚という意味を持っています。
木村 臨教審が発足したころ、学校が荒れるという現象がありました。それを論じるべきかどうか意見が分かれたのですが、結局それに触れました。偏差値教育による個性無視の流れを打破しなければ学校の荒れは止められないとの判断で、「個性重視」という二十一世紀の教育目標が出てきてしまいました。
今回、改正を論じている時、「いじめ」の問題が出てきたので、これによってまた誤った方向に進まなければよいがとはらはらして見守っていましたが、不完全ながらこれに引きずられない人間全体の在り方を規定する内容になってよかったと考えます。
――近世以降の価値的尺度では、どうとらえることができますか。
笠谷 戦後教育の矛盾は、社会が経済主導型になる中で「何が得か、何が損か」という損得の考え方が支配し、「何をすべきか、すべきでないか」という議論が後ろに追いやられてしまったために生じていると思います。
「すべきでない」というのは、武士道的に言うと「たとえ首をはねられてもすまじきことはせず」という固い信念、決意です。また「なすべきこと」「しなければならないこと」は、いかに困難、不利益が待ち受けていようとも、あえて損得を抜きにして頑張るという精神態度です。その感覚を今日の社会にもっと回復できないかと考え、紹介しています。
日本の弱体化政策 |
占領統治に『菊と刀』を利用 木村木村 その指摘は、公私のバランスの取り方のことだとも言えます。「公」のために「私」を捨てて尽くさなければいけない時もあるというのは重要なことです。
天皇攻撃で左派知識人連動 中西
根本に三二年テーゼの存在 笠谷
ハル・ノートにKGBの影 木下
中西 八〇年代になると日本経済の独り勝ちが際立ってきた上、冷戦構造はまだ続くと思っていたため、何か問題が生じれば戦後に改革したことをもっと突き進めればいいのだと考え、教育荒廃があると「個性尊重」という方向に行ったのでしょう。その底流にあるのは、経済至上主義と人間性に対する非常に安易なとらえ方ですね。
木下 「子供は干渉せずそのまま自由に育てれば、個性がどんどん伸びていく」という間違った個人主義を増長させるデューイの教育哲学、非管理教育が蔓延(まんえん)していましたね。子供には自由だけでなく、義務や責任を教えなければならない。
木村 私は、学生のころ、個人主義という言葉に憧(あこが)れた世代です。でもよく学んでみると、現代の日本は、相当、マッカーサーの方針に影響を受けていると思います。
教育基本法もそうですが、アメリカは日本を弱体化するために日本人の集団主義をなくして、個人主義化する必要を感じ、そのために宣教師を戦後たくさん送り込んだようです。欧米の個人主義の背景には神と一対一で向かい合うキリスト教があるわけですから。それでも、マッカーサーは日本をキリスト教化することはできませんでした。
木下 アメリカ経由のキリスト教は、勤労が美徳で、神から祝福された者は成功するという、ある意味で非常に実利的な面があります。日本人はお金儲(もう)けがメーンというより、もっと心を求める部分があったわけで、それもキリスト教化されなかった要因の一つかもしれません。
木村 面白いのは、ルース・ベネディクトが、戦前、日本を統治するために日本を知らなければいけないというので、当局から日本研究を頼まれ『菊と刀』を著したことです。
中西 『菊と刀』が占領政策に及ぼした影響は非常に大きいです。GHQは、とにかく日本人の集団性を打ち砕くという目的を持ち、一つは農民が対象で、農地改革は日本人の精神構造の転換という意味で非常に重要視されていました。
木村 ただ最後に、文化人類学者として「いかなる国も他の国の文化を力で変えることはできない」という意味の、マッカーサー占領政策を批判した言葉が加えられています。
笠谷 私は、この本は比較文化論の名著だと思っていますが、誤り、誤解も少なくない。ただ、あまりに名声を博したので、その誤りまで含めて、日本人の自己認識のスタンダードにすらなってしまいました。日本人自ら『菊と刀』に呪縛されてしまっています。日本人が集団主義的であるとか、「恥」の文化は外面的で、「罪」の文化に比べて低いレベルであるといったような思い込みです。
中西 問題は、占領政策を考える部局に戦時中からソ連のコミンテルン系統のマルクス主義者が潜入していたことです。このニューディール左派が、農地改革、財閥解体の実施の必要性を、皆『菊と刀』的な日本人論で正当化するのです。これだとマルクス主義が出てこないので、上の部局もホワイトハウスもみんな受け入れてしまうのです。
笠谷 実際には、スターリンが天皇制打倒を日本共産党に指令したコミンテルンの三二年テーゼがその根本になっているわけですね。
中西 アメリカ国内の地下でコミンテルンとつながっているような人たちが、ルーズベルト政権にたくさん入り占領政策を決めたりしています。戦前、戦中の取り締まりで怨念(おんねん)を持っていた左派の知識人たちも同じ三二テーゼが根っこです。
彼らは、天皇攻撃をすればアメリカ軍に非常に好意的に受け止めてもらえると考えたので、これが相乗効果を生むのですね。東京裁判も進行中であり、日本国民の多くは、天皇陛下が裁判に掛けられるよりは、新憲法も改革も受け入れた方がよいと判断し、全部受け入れたわけです。
木下 そもそも戦前の当時の日本の指導者たちに最終的に米国との開戦を決意させたのは、当時の米国・国務長官コーデル・ハルが日本に突き付けた要求「ハル・ノート」でしたが、今日このハル・ノートの事実上の作成者は、ソ連KGB(国家保安委員会)の協力者であったハリー・デクスター・ホワイト財務省特別補佐官(当時)であったことが明らかとなっています。米国と日本を戦わせ「漁夫の利」を得て、世界制覇を企んでいたソ連の姿が浮き彫りになってきました。こうしたイデオロギーの「底流」を見逃してはならないと思います。
――最近は採用した優秀な学生が二、三年で辞めてしまう傾向があるようです。こうした若者の行動を個人主義、リストラとの関係でどう理解できるでしょうか。
木村 現代の日本および日本人を考える時、アメリカとの関係だけでなく技術文明の問題を考えなくてはならないと思います。何でもちょっとボタンを押せば一人でできる時代になりました。
これで誰にもかかわらなくても暮らせるようになりました。そうすると「個人重視」と言われなくても、皆「煩わしい人間関係を排除して独りで生きていこう、その方が気楽だ」となりがちです。
笠谷 私はリストラこそ日本の社会を弱体化させた最大の原因だと思います。企業で就労しながらスキルアップするというのは、日本の基本的な考え方で、先輩が技術を伝授するという仕組みがあるから組織全体に優秀な労働力が育つのです。
しかし若い人に技術伝授してしまったら、「おまえは給料が高いから要らない」とリストラされる不安があるとなると伝授できなくなりますね。そこで「伝授障害」が起こり、各人、自分の立場を守るので精いっぱいになってしまいました。人は委縮し組織は沈滞してしまったのです。それが九〇年代のいわゆる「失われた十年」の根本原因だったように思います。
(つづく) http://www.worldtimes.co.jp/special2/zadankai2007/070101.html
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