歴史再評価、台湾で一歩 教科書刷新 | 日本のお姉さん

歴史再評価、台湾で一歩 教科書刷新

 【台北=長谷川周人】台湾の高校歴史教科書が、今年9月から使われて

いる改訂版で様変わりした。古代王朝に始まる「大中国主義」の歴史観を

貫くこれまでに対し、改訂版では台湾史を中国史から切り離し、系統的に

学ぶ。

日本の台湾統治が「章」として初めて取り上げられ、インフラ整備などプラス

の側面にも言及されている。

史実を客観視しようとする姿勢は、台湾の歴史再評価を促す一歩となりそう

だ。

 改訂版は台湾の独自性を強調する陳水扁政権の教育指針を反映して

いる。最大野党・中国国民党は「中華民国が中国全土の正統政権」という

建前から教科書の改訂について「祖国の歴史を分断するものだ」と反発して

きた。

 しかし、民主化と「台湾化」が進む中、李登輝前総統は1997年、中学1年

の教育課程に「認識台湾(台湾を知る)」という科目を導入。実質的に初めて

授業で台湾史が取り上げられた。この第二弾として陳政権は高校生が必修

科目で使う歴史教科書の抜本改定に踏み切った。

 新しい教科書は8冊が当局検定を通過し、うち5冊が実用化されたが、国民

党政権下ではタブー視されてきた軍による住民弾圧の「二・二八事件」(19

47年)や民主化活動家が弾圧された美麗島事件(1979年)などを詳述。

一方で台湾独立の根拠となる「地位未確定論」にも言及している。

 台湾の主権は一般に「満州、台湾、澎湖諸島は中華民国に返還される」と

した「カイロ宣言」(43年)を踏まえ、この履行を日本が受諾した「ポツダム

宣言」(45年)、さらに領有権放棄を明言したサンフランシスコ講和条約

(52年)などにより、確定的になったと認識されている。

 この解釈が中国が台湾領有権を主張する根拠ともなるが、台湾の研究者

による調査では、カイロでの合意は法的拘束力に欠ける「プレス・コミュニケ

(公報)」であって「宣言」でなく、台湾の帰属は講和条約以降、「未確定」と

いう主張が台湾で広がっている。実際、署名された「宣言文」の存在は確認

されていない。

日本統治時代も「章」に

 これを踏まえ、龍騰文化が出版した教科書は「カイロ宣言は署名がなく、

国際法上の効力を具有しない」と記し、他の4冊も主権帰属にかかわる論争

の存在を明記するようになった。

 日本統治時代(1895~1945年)を扱う章は、5教科書ともB5版で30

ページから54ページのスペースを割き、史実としての植民地時代を直視

しようとしている。

翰林の教科書が「50年の植民統治で台湾は同時に植民地化と近代化を

経験をした」が書き出すように、評価は肯定、否定の両論併記だ。


 公式教材となった新高校歴史教科書の出版社は次の通り。()内は日本

統治時代を扱うページ数。三民書局(30)、南一書局(47)、泰宇出版(48)、

翰林出版(54)、龍騰文化(53)。画数順。


 ≪戴宝村・政治大学専任教授(教育部教科書検定委員会主任委員)≫

 

教育原理にかなう

 歴史教育の原理とは、ある人々のその土地における生活の累積と体験を

教えることだ。にもかかわらず、われわれが行ってきた教育は、政治的な

理由から中国大陸の歴史ばかりを教え、教育原理に背を向けてきた。

しかし、こうして台湾史が正式に教科書に編入された結果、教育原理にかな

うよう変わった。

 さらに新しい教科書では、学生に台湾史を理解させることにより、台湾のア

イデンティティーと歴史を比較できるようになった。

世界的にみても最大脅威であり、密接な関係がある中華人民共和国の歴史

はとても重要だが、台湾人が台湾史を理解することも重要なのだ。

 例えば、国民党政権下の台湾では、一貫して「カイロ宣言」をもって台湾は

「中国に回帰した」と強調されてきた。

だが、多くの研究はあれは宣言ではなく、一種の備忘録であったと指摘し

ている。国民党教育を受けた成人は今だに「カイロ宣言」というが、

(新しい教科書を使う)将来の学生は、これは宣伝のようなもので、サンフラン

シスコ講和条約によって台湾の帰属が日本から離れたことがより明確に

理解できる。

 日本統治時代に関しても、中国的な民族主義の立場に立てば、日本の

台湾統治は搾取と解釈されるが、台湾人からみる日本時代は違う。

日本が行った建設は台湾に大きな影響を与え、進歩につながったことは

肯定するに値する。

これも動員された台湾人による建設であり、台湾人の努力の結果でもある

からだ。

 確かに(日本統治時代をめぐる)評価のあり方はそれぞれだが、審査する

側から言えば、極端に感情的(な表現)でない限り、受け入れられる。

したがって著者は、台湾という自由社会を代表し、一定の個人的な観念を

盛り込むことにもなっている。

(2006/12/21 08:01産経新聞

http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/061221/chn061221000.htm