理想の恋人 | 日本のお姉さん

理想の恋人

携帯電話がズズズ、、、という音をたてて机の上で震えた。退社時間


ぴったりに祐也が迎えにきたようだ。祐也の会社は完全週休二日制だが、


わたしの会社はそうではない。今日は土曜日なのだ。


「すみません。お先に失礼します。」とわたしは女の上司に挨拶してトイレに


駆け込んだ。トイレから祐也にまだ着替えていないと連絡してから、更衣室に


向かった。祐也とは、もう10年もつきあっている。誕生日やクリスマスには、


ちゃんと花束とプレゼントをくれる。いろんなイベントを探してきては、連れて


いってくれる。しし座流星群が日本から見ることができた年は、車で遠くの山


まで出かけ、一晩中一緒に山の上で寝転んで星が流れるのを見て過ごした。


会社の女の上司は、「いいね~。そんな風に夜中に連れ出してくれる人がいて。


理想の恋人やね~。」と言うが、たしかにその時はわたしもそう思っていた。


女の上司は、しし座流星群が見たくて夜中の3時に起きて近所のグランドに


行ったけど、曇っていて全然見えなかったと言っていた。やはりあの日は山の


上まで行かないと見えなかったらしい。


女の上司は、独身で一人住まい。ボーイフレンドがいるような雰囲気ではない。

猫を何匹も飼っているらしくて、たまに病院に行くと言って会社を休む。


しかし、わたしは知っている。彼女はめちゃめちゃ健康だ。たまに病気になる


のは彼女の猫で、彼女は猫の病院に行くために会社を突然休むのだ。


みんな知っていて知らぬフリをしている。もう40歳なのに、すごく子供っぽくて


お歳暮などのいただきもののクッキーなどが1階から回ってきたものが台所


にあると、勝手に食べたりする。おやつを分ける係はわたしの仕事で、3時


に、みんなに配ることになっている。勝手に食べられると数が足りなくなって


困るのだ。それで注意すると、それ以来わたしに対する態度が冷たい。


「台所に置いてあったから、自由に食べていいヤツだと思ったんや!」なんて


言い訳する。たしかに隠しておくのを忘れたのはわたしだが、「ご自由に


どうそ。」と書いたポストイットを貼り付けていないお菓子には、普通手をつけ


ないだろう。


今日は、わたしの誕生日なので、祐也が調べたおいしいレストランで食事をす


ることになっている。会社の玄関の階段を下りると、祐也が車を玄関横に付


けてくれた。女の上司が会社の窓からわたしたちを見ている。


うらやましがっているのだろう。


海の近くのホテルのレストランで一人1万円のコース料理を食べて、近くの


ショッピングモールのクリスマスツリーを見に行った。


祐也のプレゼントは携帯電話だった。二人で同時に携帯電話を新しくした。


こうして何度も携帯電話を一緒に買い換えてもらった。


古い携帯のデータを新しい携帯に入れてもらっている間、二人で海の近くを


散歩した。ロマンチックなクリスマスのライトアップに感動していると、唐突、


祐也がひざまずいて結婚を申し込んできた。どこに仕込んでいたのか、手に


大きなバラの花束を抱えている。


「真紀!結婚してください!」一瞬嬉しかったが、祐也に貸している金額が頭を


よぎった。祐也にはこの10年で、170万円以上貸している。ときどき返して


くれるのだが、いつもいろんな緊急の用事でお金を貸すことになってしまう。


今日のホテルの食事も携帯電話も全部カード払いだ。ボーナスは全部車の


ローンや42型薄型テレビのローンや新しパソコンのローンの支払いで消えたと


言っていた。ボーナスが入っても右から左に消えるのだ。


この間「早くお金を返してよ。」とせかすと、「絶対返すから、ちょっと待って。」


と泣きそうな顔で頼んでくる。「借金、いくらあると思ってんの?179万875


円って、覚えてるの?」と言うと。「え~。そんなにあるんだ~。」などと言って


いる。「ちゃんと返してくれるの?」と言うと、「僕はずっと真紀の側にいる。


それが僕の真実だ。」なんて、わけのわかんない事を言う。


そんな話をしたあとで、まだ借金を返してないのにプロポーズされてもねぇ。


バラの花束を抱えてひざまずいている祐也を見ていると、ちょっと可愛そうに


なってきた。このまま結婚すれば借金は帳消しだと思っているのだろうか。


結婚して、わたしがお金を管理すれば、借金もちゃんと返してもらえる。


このバラの花束もカードで買ったのかなあ。でも、今、プロポーズを断れば


もう一生結婚できないような気がする。わたしも、もう28歳。若くは無い。


祐也は、中小企業のデザイナーだ。ちゃんと真面目に仕事はしているし、


給料もわたしより、ずっと多いのだ。でもローンばっかりしているので、給料


日が来ても使える現金が無い。それでも男友達とスノボに行ったりして結構


遊んでいたりする。そして骨を折って入院したりして、特別な出費がかさむと


「真紀ちゃん、お願い。20万貸して!」と頼み込んでくる。


バンビのような大きい目をうるうるさせて頼まれると断ることもできない。


祐也は、きれいな男なのだ。会社の女の上司に祐也と一緒にバリに行った


ときの写真を見せたら、「うあ~っ!男前やね~!!」とマジでびっくりして


いた。祐也と並ぶとわたしの方が顔も大きいし、体の幅も倍ぐらいある。

これでも昔、80キロあった体重を68キロまで落としたのだ。


でも、いつも祐也は「真紀は可愛いね~。外人顔だね。」と言って褒めてくれる。


「10年付き合って結婚してくれない男は、待ったらあかんよ。」と、友達も


言っている。結婚ってタイミングが重要だ。今がその時なのだ。


「はい。結婚する。祐也と結婚します。」と、わたしは答えた。


祐也はほっとしたような顔をした。


「でも、まず結婚式の費用を貯めてね。」と、わたしが言うと、


裕也は「そのことなんだけどさ、とりあえず真紀の貯金が600万円あるからさ、


それでまず結婚しちゃってさ、それからボチボチ返していくってのはどう?


結婚式はハワイで内輪だけですませたら費用もそんなにかからないっしょ。」


なんて言い出す。なんて調子がいいんだろう。


祐也は確かに理想の恋人だけれど、理想の夫にはなれそうにもない。


ここ数年、裕也の親はリストラされてから次の仕事につけずにいる。


祐也は、親が年取ってからできた子供なので、親の年はまともに仕事をして


いたとしても定年まじかだ。なかなか仕事がみつからないはずだ。


裕也はリストラされた親のために実家のローンの支払いを担当しているそうだ。


親は、母親がパートで稼いだお金を生活費にしている。今月は、親戚の結婚


式にいくからお金が必要だと言ってきたので、こずかいを送金したらしい。


祐也だって、もう30歳。2月の誕生日がくれば31歳だ。


でもわたしより若く見えるのだ。細身でスタイルがいいとホントに得だ。


祐也が自分でデザインしたウエディングドレスの絵を見せてくれた。


シンプル&ゴージャスなデザインで気に入ったが、ちょっと太めちゃんに


描いてあるのがイヤ。


「真紀は可愛いから、きっと似合うよ。」


「ここのホテルの2階のウエディングドレス専門の店で特注すると、借りるのと


あんまり変わらないぐらい安いんだよ。」と、あくまでも明るい祐也だった。


そのドレスは、カードで買ってくれるんだよね。ハワイ旅行の費用は、わたしが


払うのかなあ。


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この話は、5人ほどの経験を組み合わせたものです。特定の人物の話では

ありません。でも、中に出てくる女の上司は、わたしだ!
でも、他人をうらやましがって、窓からのぞいたりはしません。