「中国人」といってもいろいろある  | 日本のお姉さん

「中国人」といってもいろいろある 

「中国人」といえば、留学生や研修生として日本にやって来たあと、ビザが切
れてもそのまま不法滞在し、集団でデパート、団地、店舗、住宅街で泥棒す

るやっかいな人々というイメージがある。

一家まるごと、子供までも大人と共に手錠に繋いで、生きたまま海に沈めた

り,

お世話になったはずの保証人まで襲って殺すような、残忍な強盗殺人者

たちというイメージが強い。

横浜の一家殺害事件も主犯はどうも「中国人」だったらしい。

しかし、「中国人」といってもいろいろある。

「中国人」の94%は漢族である。政府が認定している民族が56あって、漢
族の他の55民族が少数民族なのだ。

支那人は、戦後次々と他民族を侵略し、指導者を殺害し彼らを「中国」に取り
込んできたので、今や、満州族も朝鮮族もモンゴル族もチベット族も、東トル
キスタンのウイグル族もみな今では漢人の支配下にある。彼らが文句を言う

と政治犯とされて投獄されるし、そこで拷問を受けて、牢から釈放された瞬

間死ぬ人もいる。

(刑務所で死なれると中央政府に注意されるので、死にかけたら出所させる)

少数民族は一人っ子政策に縛られていないが、地方の支配者は支那人で

ある。
人口を増やさないでいると奨励金が出るという支那の政策もあって、担当者

が自分の出世と奨励金確保のため、地方の民族に二人目の子供ができると

無理矢理女性を捕まえてお腹の子供を堕胎させ、避妊手術もしてしまう。

支配者層と特別に仲が良いと、何人でも子供が持てる。二度目の出産の

後に、医者に金を払って堕胎手術済みの証明書を書いてもらうとか、

子供を戸籍に入れないという方法で、庶民は対処している。

全ては金次第のようだ。

また、ウイグル族の子供は強制的に「中国本土」に連れ去られたり、ウイグル
の歴史を捏造して教えられたり、ウイグル語が好まれず、職と資源が支那人

に独占されたりしている。

チベットも、豊富な森林資源が支那人によって奪われ森林が無くなった。

強制堕胎や子供の待遇のことなどは、アメリカに亡命したチベット人や

ウイグル族の女性たちが証言している。

アメリカにおいても、アメリカに逃げて「支那人の他民族に対する人権問題」
を訴える女性を、中国のエージェントたちが執拗に追いかけて、家を探して車
で轢き殺そうとしたりしている。

抑圧は、9・11テロの後はさらに強化され、支那は「対テロ戦争」を利用し
て何千人もの平和的なウイグル人をテロリストとして監獄へ送った。今年には
多くの少数民族の政治犯、人権のために戦う弁護士、キリスト教やその他の

宗教家たちが支那人によって迫害にあっている。

少数民族の子供には、大学入学に特別なワクがあって、試験でそんなに

高い点が取れなくても、コネが強力な順に大学に入れるようになっている。

「中国人」といっても、人々は自分たちを○○人と呼び、郷土によって区別し
ている。同郷意識が強くて、都会で同郷の人に出会うと赤の他人でも助ける。

実際、同じ支那人でも、北京の人間と上海の人間は違う。主食も違うし料理も
違う。話し言葉も違うので、田舎の人はヘタな普通語(支那語)を話す。上海人
が上海語をしゃべると、日本人は意味がわからない。まるで小鳥がさえずって
いるように聞こえる。

広東語のほうが日本人にも分かる発音が多い。食べ物の名前など、日本語に

なっているものもある。発音は広東語のほうが支那語よりも日本語に近い。

言葉だけではなく、見かけも違う。

北京の人は色がやや白く(といっても、白人から見ると黄色いのだろうが)背が
高く、顔が細くて鼻が長い人が多い。目もやや細い。

上海や南京の人は、本当に色が白くてもち肌で、背はあまり高くなく、北京よ
り目がぱっちりしていて顔は卵形で、可愛らしい顔の人が多い。外国人の血

が混じっているのか、時々ものすごい美人がいてびっくりする。

服装のセンスが良く化粧も上手い。足が長くて華奢[きゃしゃ]な感じの人が多
い。細い骨に筋肉質でない肉がついた少女のような様子は、いかにも日本人

が好きそうな容貌だと思う。(‥‥わたしは女性ですが‥‥)

上海人といっても、今は農村から出稼ぎに来た女性がたくさんいて、本当の上
海人は少なくなっている。それでも上海の人は、女性に限らずなんとなく垢抜
けていてプライドがあって、商売が上手い。北京の人たちのように普段は政治
の話ばかりしているということはない。

実際に北京にある支那人の会社や工場は、軍人や政府の官僚たちによって

政治的な見解で商売の運営をするため、あまり儲けを出していないところが

多い。毎月、僅かなお手当てをもらって家で待機している半失業者も多い。

上海、杭州、蘇州、寧波、無錫とそのあたりの経済圏では、中国全体のGDP
の3分の1を稼ぎ出している。上海では北京の政治の力が届きにくく、昔から
ずば抜けて金持ちが多い。また汚職事件も多い。金持ちは日本では考えられ

ないほどの金持ちで、詐欺や汚職も大胆で、額も大きい。

上海は治外法権的なイメージがあって、政府が商売に適さない変な法律を

作っても、上海ではコネとか知り合いの高級官僚などの偉い人に頼んで

何かと融通を効かせてもらう。

豊かな上海は、他の地域の人から妬みの目で見られがちで、上海人は

冷たいとかいわれて嫌われているようだ。

最近は、胡錦涛他、北京の清華大学出身者で固まった現在の支那の指導者

達が自前の査察部隊を上海につかわして、汚職している上海の要人を一斉に

逮捕しだした。

いい気味だと思っている支那人もいれば、ビクビクしている上海人や外国企業
の人もいるだろう。今年は国民にデモをさせなかったので、現政府が昔の政

権の関係者を汚職で裁き、人民に政府も頑張っていると見せつけたかったの

かもしれない。

今年は、支那人は「東京裁判」という映画と、有名な上海要人の逮捕で、よい
鬱憤晴らしになったことだろう。上海の大物汚職要人を逮捕して、清華大学出
身者が政治をやりやすくなったので一石二鳥だ。

北京には昔から住んでいる北京人と、全国から集まってきた政府関係の人々

が住んでいる。外から来た人は、北京に住む人とは性格も見た目もどうも

違う。

元から北京に住んでいる人は、東京の浅草の人のように義理、人情に篤く

人なつっこい。

伝統的な庭をまん中にして建物を建てる四合院は、どんどん取り壊されて、

昔の良き時代の面影は無くなっていっている。追い出された住民は、逆らう

こともできずに、わずかな補償金をもらって出ていくだけだ。

最近では、四合院を金持に4千万円から5千万円で買わせ、金持に修理と

管理をまかせて保護する方向に変えたらしい。

政府関係にコネがある不動産屋が、四合院を売って儲けている。

政府関係にコネがある人は、チャンスを掴んでどんどん金持ちになっている。

農民たちは、金持がもっと儲けるために、住まいも土地も奪われ、抗議をする
と地元の権力者と軍隊に殴られている。抗議活動をする弁護士が捕らえられ、
暴行を受けている。支那では、農民に生まれるとアンラッキーで沿岸部の都

会に生まれるとラッキー。政府の高官の子供に生まれると、もっとラッキーだ。
そうして貧富の格差は広がるばかりだ。

支那人は近代化イコール美しい街と思っているようで、昔からある史跡や歴

史的に重要な場所も、石垣を直すより壊してコンクリートの土台に変えたり、

しぶい歴史の遺物をつまらないものに変えていっている。

天津でも、昔からあった骨董品の市場の門を、けばけばしい新品の門に変え

るなど、観光地もどんどん人工的で味気ないものに変わっている。天津は

また、北京とは違って昔の北京の雰囲気を残している。昔の租界の建物が

多く残り、雰囲気は上海、広州っぽい。美人や男前が多い。

河北省の承徳は、清朝の避暑山荘が残るのんびりとした都市で、肌の色が

浅黒く眉毛もまつげもたっぷりある美人や男前が多い。北京から少し外れ

ても、何となく顔が違う。

福建省や広州の人は、ちょっと肌の色は浅黒いほうで、背は低め。鼻は

キティちゃんのように横に丸い人が多い。顔は丸顔が多い。

ジャッキー・チェンは香港。ジェット・リーは旧満州の瀋陽。チャン・ツィイーは

北京出身。コンリーは遼寧省出身。美人が多いと現地でいわれるのは西安、

武漢、成都、重慶、ハルピン

個人的には、大連やハルピンの人は、瓜実顔で鼻が長くて美人だと思う。
チワン族の住む桂林などの人は、肌がかなり浅黒く、細くて小柄で目がくりく
りしていてベトナム系の顔立ちだ。

毛[もう]とか馬[ま]、胡[こ]などの名前が付く人の先祖はモンゴルの先祖の鮮
卑[せんぴ]族系で、王[おう]・孫[そん]・魏[ぎ]・曹[そう]・劉[りゅう]・李
[り]・張[ちょう]などの名前が付く人の先祖は漢族で、黄[こう]は福建省など
の南の人だ。余り聞いたことがない名前は南方に多い。

福建省の人は、「台湾にいる支那人」の先祖らしい。福建語の一部と台湾の支
那人の言葉は似ているそうだ。台湾の山地の現地人は、また違う言葉を

持っているらしい。

福建省の福州やアモイでは、日本人が台湾人と組んで仕事をする会社が

多い。

福建省の人は外国に出るのが好きで、15年から10年前は日本に来て、金

を貯めては福建で300万円ぐらいの豪華な家を建てるのが流行りだった。

今では福建人はヨーロッパに出るのが好きで、スペイン、イタリアに大勢

密入国している。

今の豪邸はヨーロッッパにいる人々が建てているものらしい。

福建の蛇頭が、どんどん支那人の売春婦をヨーロッパ、ロシア、ドバイに送り
だしている。貧乏だから出国するのではない。彼らは金を親戚から集めて

蛇頭に頭金を払って出かけている。相場は大体ひとり400万円。

本人が外国に着いたら、親戚が頭金を蛇頭に払う。残りは本人が外国で

働いて返す。

彼らは金はあるのだが、チャンスを求めて外国に飛び出すのだ。法を犯し

ているという感覚はあまり無いようだ。

温州人は特ににイタリアが好きで、コルシカ島経由で大量に密入国している。
温州人は他にも、大勢で金を出し合って支那の都市部のマンションを買って

は転売し、大儲けをしているので有名だ。郷土の仲間同士、強く結びついて

いて、外国でも助け合っている。ーーー日本人が、外国で出会うと足を

引っ張り合うのとは違う。

広州人は広東語を話す。香港人も広東語を話す。商売上手な人々だ。

秦の始皇帝の頃は、福建と広州は「南越」と呼ばれていたそうだ。

秦の始皇帝の頃の漢人は、自分の国を中原と呼び、周りの国を土人の国だ

として失礼な名前を付けて呼んでいた。最近では、四川に秦の始皇帝以前

から漢人とは異なる別の農業大国があったことが遺跡などから知られるよう

になった。

日本の佐賀の吉野ヶ里遺跡に似た埴輪が出るなど、昔四川にあった稲作

文化は日本の埴輪文化とよく似ているそうだ。

「中国四千年の歴史」などというが、実は四川省に、一万二千年から

五千年前に稲作文化があったのだが、山東から河北の、中原にいた漢人が

南下して四川の稲作民族を滅ぼしたのだった。

当時の人々は漢字を書いて交易を行っていた。いろんな民族があったので

読み方が全部違ったが、商売をする記号として漢字は用いられていた。

支那人は、日本に漢字を教えたのは「中国人」だと常々威張っているが、

漢字を作ったのは秦の始皇帝ではなく、彼はいろいろあった漢字をひとつの

読み方に定めてほかの書物を焚書にした

だけだ。紀元前221年のことだ。

だから漢人の歴史なんてたかだか

二千二百年。四千年というのは、始皇帝が捏造した歴史だ。

四川で滅びた農耕民族は、もしかしたら東の島に逃れていたのかもしれ

ない。そして、佐賀でよく似た埴輪を作って埋めたのかもしれない。

「中国人」とは、当時の漢人が滅びてしまっているので、「文化上の漢人」で
あって、実際は中原の四方にいた土人や蛮族がお互いに滅ぼしたり征服

したりを繰り返し、ミックスしてできあがった別の人種だ。「元」が日本に

二度も攻めてきた(侵略しようとした)歴史は、モンゴル人がしたことにしている

が、モンゴル人の王朝「元」も、支那大地を征服し支配した正当な「政権」だ。

地域意識が強く、「日本で犯罪を犯しているのは○○人であって、わたしたち
□□人ではない」と支那人が言うのは、「中国人」という定義が支那ではぼん
やりとしているからだ。

東トルキスタン人は、東トルキスタンが支那人から新彊[しんきょう]と称され
ているのを、嫌っているそうだ。新彊[しんきょう]という呼び名は

「新しい辺境地方」という意味なのだそうだ。
「新彊ウイグル自治区」と呼ばれるのは、例えば日本が支那に滅ぼされて

「東京」が「辺京」になり「日本」が「辺境自治区」と呼ばれるような侮辱なの

だそうだ。

「中国人」といってもいろいろあるのだ。

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支那の少数民族(漢人に支配された民族)↓
http://www.allchinainfo.com/ethnic/minority.html

参考にした本「出身地でわかる中国人」宮崎正弘著 PHP研究所 820円
ほんの一部しか引用していないので、ぜひ本屋で買って読んでください。