昨日、日露戦争に関する本を読んだ。 | 日本のお姉さん

昨日、日露戦争に関する本を読んだ。

昨日、日露戦争に関する本を読んだ.。日本軍が南下してくるロシアと


満州で戦った時、大勢の日本兵が犠牲になったそうだ。


ロシアは上手に撤退したので、損害は日本軍よりも少なかった。


世界の目には日本が勝っていたので、日本は有利にロシアと講和条約を


結べた。薩摩藩の戦争経験者がまだ生きていたので、少ない軍勢でも


ロシアに勝てたらしい。ドイツから購入した武器も役に立ったようだ。


当時の日本人にしてみれば、満州はロシアの土地であったし、日本人の


命で買い取った鉄道の利権だったので、支那人が日本が中国を侵略したと


言う言い草はまるで理解できなかったのだと思った。あくまでも自衛の


戦いだったのだ。


満州はもともと支那人の土地でもないし、清国の故郷だっただけでロシアの


領土になっていたのだ。


その頃、「中国」なんて国はなくて弱い清国とその他の勢力が内紛に明け


暮れる、さながら戦国時代のような混沌とした状態だったのだ。


まともな国ができたのは、日本がアメリカとの戦争に負けて中華民国が


できてからのことだ。(南京を首都とした臨時国家を国としないならばそうだ。)


満州人の支配する清国を支那人が倒して、ついでに支那人は満州人や


モンゴル人や朝鮮人やチベット人や東トルキスタン人やその他の弱小民族を


軍の力で押さえこんで、中華民国とそれにつづく支那人の国、中華人民


共和国を作ってしまったのだ。


他民族を力で押さえ込んで自国に取り込むのを侵略というのだが、それは


「内政問題だ。」の一言で押さえこんでいる。


支那の人民には日本軍にばかり、文句を言うように教育してしまって、


他の時代に内戦で殺された人々の骨が出てきても全部、日本軍のせいに


している。文化大革命で殺された人間のことは、みんな口を閉ざして


無かったことにしている。歴史を捏造しているのは、支那人の方だ。


日露戦争は、アメリカも否定できず、東京裁判ではその件については何も


裁こうとはしていない。


どうやら、アメリカは、日本人が他の街に住んで商売をしていたのが


気にいらなかったようだ。各街に住む、日本人を守るために日本の護衛


部隊が日本の街に駐屯していることが、気に入らなかったようだ。


どこの街にも大きな街には外国人が住む場所(租界)があり、外国の部隊が


そこを守っていた。外国の部隊は、自由に訓練をすることが許されていた。


日本の治安部隊だけが、支那軍に狙われて争いになったのだった。


支那軍に日本軍とイザコザが起きるように、ソ連のコミンテルン、支那の


共産党、またアメリカ、イギリスの影の力が働いていた。


支那事変は、支那での利権を求めるアメリカとイギリス、支那を共産国に


仕立て上げようとするソ連と支那の共産党の思わくの中で、調子に乗った


国民党と、自衛を目的に突っ走った日本軍がぶつかった結果、起こった


出来事だ。