OJINの感想文
元上海総領事、杉本信行氏の遺著となった「大地の咆哮」を読みました。
さすがにチャイナスクールのキャリアだけあって、豊富な情報と経験を
基に、中国のことを知り抜いて、中国の対する厳しい見方も書かれてい
て、 OJIN などの、市井に暮らして群盲が象を撫でているような情報で
はなく、広範な視野から俯瞰する過去と現在の中国に対する造詣の
深さには虚心より脱帽させられました。
しかし、やっぱりこれがチャイナスクールの限界なのか、と落胆させら
れたのは、巻末に「付録」としてまとめられている、
「1)日中を隔てる五つの誤解と対処法」中の「日本と中国の対立点」の
中の、
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しかし、一方で中国がこの問題に神経を尖らせるのにも理由はある。
靖国神社の首相参拝で中国が問題としているのは、「A級戦犯が祭ら
れている神社」であることだ。国のために戦った兵士をその国の最高
指導者が慰霊することには中国共産党の指導者たちも理解を示し
ている。少なくとも現状ではB・C級戦犯について問題にする動きもない。
中国がA級戦犯にこだわる理由は、72年の日中国交正常化の際、
当時の中国国民には認め難い条件で交渉が進められたことと密接に
結びついている。とくに、賠償放棄は、戦争犠牲者の親族・縁者が
まだ多く生き残っていた中国で、本来ならば国民の指示を得ることは
難しい問題だったと考えられる。
しかし当時は、毛沢東や周恩来といった強烈なカリスマ指導者が
それを可能にしたのだが、この時周恩来が国内に向けて行った説得
が「先の日本軍による中国侵略は一部の軍国主義者が発動したもので
あり、大半の日本国民は中国人民同様被害者である」という理屈だった。
この一部の軍国主義者であるA級戦犯を首相が参拝するとなれば、
「72年当時のロジックが崩れてしまう」というのが中国の主張である。
つまり、靖国への首相の参拝を見過ごせば国内向けに行ってきたこれ
までの説明が破綻し、政府が苦しい立場に追いやられるというわけだ。
この中国政府の訴えには日本も耳を傾ける必要はあるだろう。
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まず、「現状ではB・C級戦犯について問題にする動きもない」と述べて
おられますが、これは明らかに認識が甘過ぎるのではないか。
現状で動きがなくとも、では、A級戦犯問題で譲歩したらその先では
どうなるのか。
尖閣諸島問題にしたところで、以前は何の争点にもなっていなかった
ものが、付近に海底資源が存在することが明らかになってから、領有
権を主張し始めたのではないのですか。
外交の最前線に在る者なら、これらは同列の対応に繋がる可能性を
考えておくべきではないか。
そもそも、所謂「A級戦犯」についての認識でも、一貫してA級戦犯は
現在も存在するという立場で書かれていますが、では、サンフランシス
コ講和条約によって日本が敗戦の占領状態を脱し、独立主権を回復
してから「主権国家」の国民意志の代表機関である国会において
「戦犯の名誉回復決議」が採択されているのはご存知ない?
外務公務員上級試験を突破されたエリートがまさか。
ーーー「名誉回復」ということは、中国においても「過去の罪状を免罪」
することをいうのではないのでしょうか?
トウ小平が名誉回復した後も「走資派・実権派」と言われ続けていたの
でしょうか?
しかし、そんな論議よりなにより、そもそも国家の行為である「戦争」に
おいて、勝者が「敗者の指導者個人」を弾劾することに、如何なる
妥当性が存するのか?
さらに、それよりなにより、近代法曹の基本たる「実行時に犯罪と
されていなかった行為を、事後において制定された法によって訴追され
ることはない」を無視する行為=極東国際軍事裁判)が有効であるのか?
―― 無効なものであるなら、何故それに拘束されなければならないのか。
屁理屈とコジツケ、人治の国中国では有効とされるのかもしれませんが、
対する立場にある日本の外交官としては、こうした国際常識に則った
主張を展開して相手の理解を促す努力こそ、その職位における責務で
はないのでしょうか。
根源を蔑[ないがし]ろにして相手の論理の土俵にあがってでは、いくら
頑張ってみたところで、日本の国益に適う結果に至らせることはできな
いでしょう。
「瞎子摸象(群盲象を評す):硬派的題目」 ▼ に収載。
http://chinachips.fc2web.com/repo/001000.html#DSK1
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わたしも、この部分だけは納得できなかったぞ。