シナの新しい規格
特別インタビュー】北京五輪前に占う 今までの中国とこれからの中国
第13回 小林煕直教授に聞く - 地方交付税制度の確立が急務
2005年10月の第16期中央委員会第5回全体会議(16期5中全会)で草案としてまとめられた第11次5カ年規画(対象期間:06-2010年、略称:「十一五」)は、06年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で14部48章からなる正式な「要綱」として採択され、中国の新しい5カ年がスタートした。
従来の5カ年計画に比べて、今回の規画=ガイドラインは拘束性のあるもの、あるいは予測値も含めて、具体的な数値が数多く盛り込まれている。それだけ到達すべき目標、解決すべき課題が多いことを示すものであるが、達成そのものが疑問視される項目は、実は非常に少ない。そこからも今回のガイドラインに込められた一種のメッセージを読み取ることができる。
亜細亜大学アジア研究所所長の小林煕直教授(=写真)は、このガイドラインが、中国が目指す新しい「社会像」を提示したものであり、資源・エネルギー問題、都市・農村・地域格差の不均衡是正、農村部の社会保障問題などにスポットを当て、「胡錦涛・温家宝体制にかかる期待は大きいが、問われるのはその政策遂行能力」とする。(聞き手/構成:有田直矢・サーチナ総合研究所所長)
■06年3月に公布されたガイドラインをめぐって
――「十一五」の研究をされているが。
「十一五」から「計画」という言葉を使わなくなり、代わって「規画」を使うようになりました。これは長期的な計画やガイドラインを意味するものです。その意図は二つあり、1992年に中国が社会主義市場経済を標榜して既に14年が経っており、今更計画経済ではないだろう、という思いがひとつ。
もうひとつは、WTO(世界貿易機関)に加盟したとはいえ、中国はまだ「非市場経済条項」国なんですね。ASEAN(東南アジア諸国連合)や韓国は中国を市場経済国として承認していますが、WTO総会の承認がなければ加盟後15年間は「非市場経済条項」国のままです。これによって被るアンチダンピング価格調査などでの不利益は思いのほか大きい。ここからの脱却をアピールしたいのではないでしょうか。
北京五輪は一種の祭典で、ターニングポイントはむしろ上海万博にあるのではないかと考えています。万博というのはその国の工業水準を世界が認めることにもつながります。中国政府としても万博ぐらいまでには名実ともに市場経済化していきたいはずです。
――「十一五」のガイドラインにおけるポイントは。
特に達成が難しい、根深い問題のものを中心に、二つあると考えています。いずれもよく言われていることですが、エネルギー消費目標と社会保障ですね。まずエネルギー消費目標については、2010年のGDP(国内総生産)単位当たりエネルギー消費量を05年と比べて20%削減するというものですが、これができないとなると環境問題につながるのはもちろん、石油の輸入量は今よりも急増するでしょうし、世界経済にも大きな影響を与えることになります。
01年における中国のエネルギー消費効率を国際比較でみると、GDP1億ドル当たりのエネルギー消費量(標準炭換算万トン)で、米国が3.19万トン、日本が1.77万トンに対して、中国は11.64万トン。米国の3.6倍、日本の6.6倍に相当します。非常に効率が悪い状態といえます。
そもそもここ数年における産業構造の変化が中国のエネルギー消費効率を低下させています。昨今の経済成長はエネルギー消費量の大きな産業がけん引しています。むしろここ3年間、エネルギー消費増加率や電力消費増加率は経済成長の伸び率を大きく上回るような構造になってきています。
――エネルギー消費効率は産業政策に影響を与えるか。
06年1月に「産業構造調整促進暫定規画」が施行されていますね。これは構造調整の過程を通じて、自主技術力の向上やエネルギー消耗率の高い汚染企業を淘汰する目的があることは間違いありません。これより先行して発表・施行された改正「外商投資産業指導目録」(05年1月)にもその考えが色濃く反映されていて、産業構造調整という括りで外資についても適用していく可能性が考えられます。
もともと中国は外資に極端に依存することで経済成長を果たしてきたという側面があります。工業生産、輸出や投資にしても外資が主力です。中国の先端技術の8割が外資に握られているともされています。こうした外資に依存しすぎることに対する不満は現地でも出てきていますが、「外商投資産業指導目録」の施行に伴って、今後外資進出は無条件で認められることはなくなり、技術水準はもちろん、省エネ・環境面なども深く検討されるような、より選択的なものとなる可能性が高いですね。
■社会保障、特に医療問題にメス
――もうひとつのポイント、社会保障は具体的にはどこが問題か。
今回のガイドラインでは農村新型合作医療普及率という指標を挙げています。これは、主に市場主体の自主的活動によって実現される「予測」的なものではなく、政府が行政的責任において実現すべき「約束」指標として掲げられています。03年から普及し始めた「新型農村合作医療制度」を導入している県(日本の町程度に対応する行政単位)は全体の23.5%(05年実績)です。これを2010年の目標値として80.0%を掲げています。達成はかなり困難なのではないか、と考えています。
数値上のことであれば、2010年までの段階で様々な調整を経て、表面的には達成したように繕うことも考えられます。こうした目標値の達成は地方政府にとって自身の「政績」に直結するので、是が非でも実現させようとします。しかし、目標の実現には財源(基金)不足という大きな関門があります。
一応、財源拡大に対する改革も進められています。農民の負担は原則として年間10元ですが、地域の所得水準に応じて標準を変動させることもできるようになっているし、地方政府の財政負担の増加(県が1人当たり5元、省が同15元、05年には県・省で40元へ引き上げ)も実行されつつありますが、高額な医療費の現状からみるととても十分なものとは言えません。
新型合作医療制度の下では農民は年間最高2000-3000元の医療保険を受けることができます。しかし、ここが問題ですが農村でも医療費は非常に高い。ちょっとした入院で2万-3万元(約30万-45万円)かかることも珍しくありません。
04年における農村居民の平均医療費負担は1人当たり130.6元に達しています。その中で農民個人や地方政府から1人当たり30-40元程度を徴収した基金が、高度な医療サービスを提供できるとは到底思えません。
――そうした農村医療の実態について。
全体の23.5%の県が「新型農村合作医療制度」を実施しているとされますが、その実施県における農民の加入率は約73%程度です。ただ、この制度への加入は原則として農民の自由意志に基づくものです。だから、実際の加入率はもっと低いのではないかと考えられています。
加入率を高く装うことで県政府は省政府からの補助金を獲得できます。そのため、加入を事実上強制するような事例もあるようです。加入率をあらかじめ定めて、その分の保険料を幹部が立て替えて先に県に納めるような郷村の存在も報告されています。その場合出稼ぎ労働者に対する徴収も事実上不可能です。制度の運営実態そのものがまだまだ不透明だといえます。
農村の医師の給与が非常に低いのも問題です。そうした医師は都市に逃げ出してしまい、農村の医療サービスが更に遅れたものになってしまいます。農村部だけではなく、都市部の医療サービスも良好なものではありません。中国の医薬代は非常に高いですよね。病院などが独立採算制で、ノルマが非常に厳しく設定されていて、そのノルマを達成するために、通常は必要としない薬まで処方されるというようなケースもあるようです。
■地方交付税制の早急な整備が必要
――農村部の社会保障整備の立ち遅れはやはり深刻か。
医療もそうですし、失業保険や養老保険もほとんど行き渡っていませんね。中国は社会主義だから福利厚生は完備されているというような印象を受けるかもしれませんが、農村部はひどい状態です。農村の社会保障に対する財政的バックアップが必須です。
農村部の改革で一時期は農村の都市化が積極的に進められました。「小城鎮」と呼ばれる町をどんどん造るんですね。数年前ぐらいまでそれこそがむしゃらに進められました。それが農業の産業化にもつながり、失業対策にもなると考えられたからです。ただ、その実態はただ看板を「小城鎮」に付け替えただけ、というようなケースが目立つようになって、現在は計画そのものの見直しを進めています。
浙江省あたりの農村部では農民の失業保険制度のテスト的な運用が始まっているようですが、それが全国規模で普及するのはまだまだ先ですね。西北地域の農村部は本当に貧しく、特に早急な改善が必要でしょう。
――そうした農村部の改善には何が必要か。
土地収用の問題がありますね。農村の土地は集団所有制と呼ばれ、地方政府が所有権者で、農民が使用権者です。従って土地を活用したい開発業者は所有権者である地方政府と土地使用権に関する折衝を行うわけです。そこで取り決められた金額を100とすると、元の使用権者である農民に振り分けられるのはわずかに20ほどです。
残りの80は農民に関係ないところで動くことになります。多くの地方政府が莫大な財政赤字を抱えて悩んでいますので、その補填に使用される。またこうしたからくりの中で一部には当然、汚職も存在しています。
実際の農地の取引に関して、その60%以上、県によっては90%以上で違法行為が行われていると報じられています。最近特に問題視されているのが「以租代徴」という違法行為です。農地を開発区などに転用する場合には、「土地管理法」(第43条)では上部機関に申請して、先ず用地転換をし、それから他用途に使用することが可能となるわけですが、この転用という煩わしい手続きを避けるため「以租代徴」という違法行為が行われているのです。
地方政府が農民から農地(使用権)を低料金で借りを受け、それを転用手続きを行わないまま開発業者などに高値で売るわけです。つまり名目は農地借用ですが、実質上は農地収用です。
これにより地方政府と開発業者は、行政上の諸手続きから逃れられるばかりでなく、土地増値税、営業税、企業所得税などをごまかすことが可能となるわけです。最大の問題は、登記上は農地でありながら実は多くの農地が転用されているということです。このままでは耕地面積1.2億ヘクタールという目標が維持できなくなるため、最近国土資源部が大々的な調査に乗り出しているところです。
この問題に示されているように、基本的には地方政府の財源の欠乏が元凶です。地方財政が豊富であれば、先に説明した医療問題も大きく改善されるはずです。農村部における失業・養老保険の整備も進みます。そのために何が必要かといえばやはり地方交付税制の充実でしょう。
1994年1月の税制改革を通じて、中国では地方の取り分を少なくし、中央の取り分を多くする制度へと切り替わりました。そのために地方財政が逼迫することになったわけです。中央の徴税を強化する一方で、地方交付税制の制度を定着させて、地方への分配機能を強化しなければ、地方の活性化は難しいといえます。
■農村義務教育には期待、今後の中国社会と経済
――お話からでは中国は課題ばかりだというイメージだが。
期待できそうなものとしては、農村義務教育制度ですね。今までは郷鎮・村などのレベルでまかなわれてきた農村の義務教育が02年から県の管理に移されました。注目されるのは教員給与です。今までは管理がばらばらな状態で、不払いも珍しくなく、教員がそうした農村を離れてしまう、ひどい場合になると広西チワン族自治区の郷鎮・村では教員が隣国のベトナムに逃避してしまう事例も確認されたといいます。
教員がそのような状態では、教育そのものの質が懸念されるのは当然ですが、一連の改革を経て、県政府が直接個々の教員の銀行口座に給与を振り込むような形態へと移行しました。今までがひどすぎたともいえますが、これは大きな前進ですね。
中国の教育には学費と雑費の問題もあります。義務教育でなぜ学費がかかるのかというのは日本人的な感覚ではなかなか理解できませんが、より深刻なのは様々な名目で徴収される雑費ですね。学費よりもこの雑費のほうが高額という場合も珍しくありません。少なくとも学費を無料に、雑費も極力低減させるような改革も進められています。
費用負担に耐えられないことと、自家の労働力を確保することもあって、「輟学(不登校)」も貧しい地域になればなるほど深刻です。学童に補助金を給付するような動きもみられ、法整備も進められています。9年制の最低の義務教育を定着させることも、「十一五」のガイドラインでは明記されています。
――今後の中国社会のポイントは。
2020年までに小康社会を目指す、という目標を掲げていますね。現在の1人当たりGDPは1800ドル程度、これを2020年には3000ドル程度にまで伸ばす予定です。数値的には全く問題なく実現できるでしょう。ただ実態はどうなのか、ということになると、まだまだ注視しなければなりません。「和諧社会」がポイントになりそうです。
そもそも「小康」という言葉はトウ小平氏が使い始めました。その時は「小康水準」と言っていましたね。数値的な目安というニュアンスが濃厚でした。これを「小康社会」として表現し始めたのが江沢民氏です。更に胡錦涛氏の世代になって「和諧社会」が盛んに言われるようになりました。
「和諧社会」は直訳すれば「調和の取れた社会」ということですが、この調和というのは社会と自然環境、経済、政治、文化などとの間の調和や、社会それ自体の各構成部門、各種要素、組織や制度間の調和のことともされます。もともとは、共産党の執政能力の強化に不可欠な要件として「和諧社会」というものが位置付けられたようですが、現在では小康社会実現の重要な前提として考えられています。
05年2月19日に行われた胡錦涛講話では、今現在中国が直面している重要な矛盾として8項目を掲げていますが、これらの諸矛盾を解決するためにも調和の取れた経済成長、社会主義民主政治の発展、思想・道徳的素地の強化、社会的公正の実現などが求められているといえます。端的に言えば、「分配が公正で、差別がなく、選択が自由で、格差の小さい安定的社会」を目指すということでしょう。
――「十一五」における中国経済の成長率については。
「十一五」の目標として、GDP成長は年率7.5%に設定されていますが、今までの成長率から考えてもいかにも低い。これは、中央が高い目標を定めれば地方が更に高い成長を追い求めて投資過熱が再発することを懸念したともいえますが、中央は今必死で内需型経済成長方式への転換を図っていて、その転換による反動も踏まえて、若干低めの設定をしているとも考えられます。
ただ普通に考えれば、2010年以降も年率9%近い成長が見込めるのではないでしょうか。中国政府としても成長率を落とすわけにはいかない事情があります。一番分かりやすいのが失業問題です。中国全体の求職者数は2400万人にも達するとされますが、現在の新規就業創出力はせいぜい1100万程度。残りはあぶれてしまうわけです。雇用機会を創出するためにも、財政支援をしてでも成長を維持しようとするでしょうね。
■2015年の中国
――2015年、あるいはそれ前後の中国はどうなっているか。
大きくは変わっていないと思います。都市部では国有企業改革がひとつの焦点です。国有企業の国による持株比率は60-70%程度で、これがいわゆる非流通株ですね。この多くが流通株へと転換され、株式市場に流通することになるなどの変化が考えられますが、問題はやはり農村部です。
農村・農業における産業化が進み、日本でいうところの農協のような組織ができているでしょう。教育や医療サービスが大きく改善しているとは思われませんが、何らかの保障が整備されていなければならないはずです。最低生活保障制度ばかりでなく新しい失業・養老保険制度も試行されているでしょう。
高齢化も深刻になってくるでしょうし、関連の基金がパンクしかねません。財政負担はさらに重くなります。「税費改革(農民の税金と経費負担を軽減する改革)」が進展していますが、それによって租税収入が減少して、郷村政府の財政が更に苦しいものになっているということもあります。そうした郷村政府が新たな名目で租税負担を強いるなど、改革との逆行現象も考えられます。中央による地方への財源移譲、あるいは地方交付税制度の早急な確立が求められます。
第13回 小林煕直教授に聞く - 地方交付税制度の確立が急務
2005年10月の第16期中央委員会第5回全体会議(16期5中全会)で草案としてまとめられた第11次5カ年規画(対象期間:06-2010年、略称:「十一五」)は、06年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で14部48章からなる正式な「要綱」として採択され、中国の新しい5カ年がスタートした。
従来の5カ年計画に比べて、今回の規画=ガイドラインは拘束性のあるもの、あるいは予測値も含めて、具体的な数値が数多く盛り込まれている。それだけ到達すべき目標、解決すべき課題が多いことを示すものであるが、達成そのものが疑問視される項目は、実は非常に少ない。そこからも今回のガイドラインに込められた一種のメッセージを読み取ることができる。
亜細亜大学アジア研究所所長の小林煕直教授(=写真)は、このガイドラインが、中国が目指す新しい「社会像」を提示したものであり、資源・エネルギー問題、都市・農村・地域格差の不均衡是正、農村部の社会保障問題などにスポットを当て、「胡錦涛・温家宝体制にかかる期待は大きいが、問われるのはその政策遂行能力」とする。(聞き手/構成:有田直矢・サーチナ総合研究所所長)
■06年3月に公布されたガイドラインをめぐって
――「十一五」の研究をされているが。
「十一五」から「計画」という言葉を使わなくなり、代わって「規画」を使うようになりました。これは長期的な計画やガイドラインを意味するものです。その意図は二つあり、1992年に中国が社会主義市場経済を標榜して既に14年が経っており、今更計画経済ではないだろう、という思いがひとつ。
もうひとつは、WTO(世界貿易機関)に加盟したとはいえ、中国はまだ「非市場経済条項」国なんですね。ASEAN(東南アジア諸国連合)や韓国は中国を市場経済国として承認していますが、WTO総会の承認がなければ加盟後15年間は「非市場経済条項」国のままです。これによって被るアンチダンピング価格調査などでの不利益は思いのほか大きい。ここからの脱却をアピールしたいのではないでしょうか。
北京五輪は一種の祭典で、ターニングポイントはむしろ上海万博にあるのではないかと考えています。万博というのはその国の工業水準を世界が認めることにもつながります。中国政府としても万博ぐらいまでには名実ともに市場経済化していきたいはずです。
――「十一五」のガイドラインにおけるポイントは。
特に達成が難しい、根深い問題のものを中心に、二つあると考えています。いずれもよく言われていることですが、エネルギー消費目標と社会保障ですね。まずエネルギー消費目標については、2010年のGDP(国内総生産)単位当たりエネルギー消費量を05年と比べて20%削減するというものですが、これができないとなると環境問題につながるのはもちろん、石油の輸入量は今よりも急増するでしょうし、世界経済にも大きな影響を与えることになります。
01年における中国のエネルギー消費効率を国際比較でみると、GDP1億ドル当たりのエネルギー消費量(標準炭換算万トン)で、米国が3.19万トン、日本が1.77万トンに対して、中国は11.64万トン。米国の3.6倍、日本の6.6倍に相当します。非常に効率が悪い状態といえます。
そもそもここ数年における産業構造の変化が中国のエネルギー消費効率を低下させています。昨今の経済成長はエネルギー消費量の大きな産業がけん引しています。むしろここ3年間、エネルギー消費増加率や電力消費増加率は経済成長の伸び率を大きく上回るような構造になってきています。
――エネルギー消費効率は産業政策に影響を与えるか。
06年1月に「産業構造調整促進暫定規画」が施行されていますね。これは構造調整の過程を通じて、自主技術力の向上やエネルギー消耗率の高い汚染企業を淘汰する目的があることは間違いありません。これより先行して発表・施行された改正「外商投資産業指導目録」(05年1月)にもその考えが色濃く反映されていて、産業構造調整という括りで外資についても適用していく可能性が考えられます。
もともと中国は外資に極端に依存することで経済成長を果たしてきたという側面があります。工業生産、輸出や投資にしても外資が主力です。中国の先端技術の8割が外資に握られているともされています。こうした外資に依存しすぎることに対する不満は現地でも出てきていますが、「外商投資産業指導目録」の施行に伴って、今後外資進出は無条件で認められることはなくなり、技術水準はもちろん、省エネ・環境面なども深く検討されるような、より選択的なものとなる可能性が高いですね。
■社会保障、特に医療問題にメス
――もうひとつのポイント、社会保障は具体的にはどこが問題か。
今回のガイドラインでは農村新型合作医療普及率という指標を挙げています。これは、主に市場主体の自主的活動によって実現される「予測」的なものではなく、政府が行政的責任において実現すべき「約束」指標として掲げられています。03年から普及し始めた「新型農村合作医療制度」を導入している県(日本の町程度に対応する行政単位)は全体の23.5%(05年実績)です。これを2010年の目標値として80.0%を掲げています。達成はかなり困難なのではないか、と考えています。
数値上のことであれば、2010年までの段階で様々な調整を経て、表面的には達成したように繕うことも考えられます。こうした目標値の達成は地方政府にとって自身の「政績」に直結するので、是が非でも実現させようとします。しかし、目標の実現には財源(基金)不足という大きな関門があります。
一応、財源拡大に対する改革も進められています。農民の負担は原則として年間10元ですが、地域の所得水準に応じて標準を変動させることもできるようになっているし、地方政府の財政負担の増加(県が1人当たり5元、省が同15元、05年には県・省で40元へ引き上げ)も実行されつつありますが、高額な医療費の現状からみるととても十分なものとは言えません。
新型合作医療制度の下では農民は年間最高2000-3000元の医療保険を受けることができます。しかし、ここが問題ですが農村でも医療費は非常に高い。ちょっとした入院で2万-3万元(約30万-45万円)かかることも珍しくありません。
04年における農村居民の平均医療費負担は1人当たり130.6元に達しています。その中で農民個人や地方政府から1人当たり30-40元程度を徴収した基金が、高度な医療サービスを提供できるとは到底思えません。
――そうした農村医療の実態について。
全体の23.5%の県が「新型農村合作医療制度」を実施しているとされますが、その実施県における農民の加入率は約73%程度です。ただ、この制度への加入は原則として農民の自由意志に基づくものです。だから、実際の加入率はもっと低いのではないかと考えられています。
加入率を高く装うことで県政府は省政府からの補助金を獲得できます。そのため、加入を事実上強制するような事例もあるようです。加入率をあらかじめ定めて、その分の保険料を幹部が立て替えて先に県に納めるような郷村の存在も報告されています。その場合出稼ぎ労働者に対する徴収も事実上不可能です。制度の運営実態そのものがまだまだ不透明だといえます。
農村の医師の給与が非常に低いのも問題です。そうした医師は都市に逃げ出してしまい、農村の医療サービスが更に遅れたものになってしまいます。農村部だけではなく、都市部の医療サービスも良好なものではありません。中国の医薬代は非常に高いですよね。病院などが独立採算制で、ノルマが非常に厳しく設定されていて、そのノルマを達成するために、通常は必要としない薬まで処方されるというようなケースもあるようです。
■地方交付税制の早急な整備が必要
――農村部の社会保障整備の立ち遅れはやはり深刻か。
医療もそうですし、失業保険や養老保険もほとんど行き渡っていませんね。中国は社会主義だから福利厚生は完備されているというような印象を受けるかもしれませんが、農村部はひどい状態です。農村の社会保障に対する財政的バックアップが必須です。
農村部の改革で一時期は農村の都市化が積極的に進められました。「小城鎮」と呼ばれる町をどんどん造るんですね。数年前ぐらいまでそれこそがむしゃらに進められました。それが農業の産業化にもつながり、失業対策にもなると考えられたからです。ただ、その実態はただ看板を「小城鎮」に付け替えただけ、というようなケースが目立つようになって、現在は計画そのものの見直しを進めています。
浙江省あたりの農村部では農民の失業保険制度のテスト的な運用が始まっているようですが、それが全国規模で普及するのはまだまだ先ですね。西北地域の農村部は本当に貧しく、特に早急な改善が必要でしょう。
――そうした農村部の改善には何が必要か。
土地収用の問題がありますね。農村の土地は集団所有制と呼ばれ、地方政府が所有権者で、農民が使用権者です。従って土地を活用したい開発業者は所有権者である地方政府と土地使用権に関する折衝を行うわけです。そこで取り決められた金額を100とすると、元の使用権者である農民に振り分けられるのはわずかに20ほどです。
残りの80は農民に関係ないところで動くことになります。多くの地方政府が莫大な財政赤字を抱えて悩んでいますので、その補填に使用される。またこうしたからくりの中で一部には当然、汚職も存在しています。
実際の農地の取引に関して、その60%以上、県によっては90%以上で違法行為が行われていると報じられています。最近特に問題視されているのが「以租代徴」という違法行為です。農地を開発区などに転用する場合には、「土地管理法」(第43条)では上部機関に申請して、先ず用地転換をし、それから他用途に使用することが可能となるわけですが、この転用という煩わしい手続きを避けるため「以租代徴」という違法行為が行われているのです。
地方政府が農民から農地(使用権)を低料金で借りを受け、それを転用手続きを行わないまま開発業者などに高値で売るわけです。つまり名目は農地借用ですが、実質上は農地収用です。
これにより地方政府と開発業者は、行政上の諸手続きから逃れられるばかりでなく、土地増値税、営業税、企業所得税などをごまかすことが可能となるわけです。最大の問題は、登記上は農地でありながら実は多くの農地が転用されているということです。このままでは耕地面積1.2億ヘクタールという目標が維持できなくなるため、最近国土資源部が大々的な調査に乗り出しているところです。
この問題に示されているように、基本的には地方政府の財源の欠乏が元凶です。地方財政が豊富であれば、先に説明した医療問題も大きく改善されるはずです。農村部における失業・養老保険の整備も進みます。そのために何が必要かといえばやはり地方交付税制の充実でしょう。
1994年1月の税制改革を通じて、中国では地方の取り分を少なくし、中央の取り分を多くする制度へと切り替わりました。そのために地方財政が逼迫することになったわけです。中央の徴税を強化する一方で、地方交付税制の制度を定着させて、地方への分配機能を強化しなければ、地方の活性化は難しいといえます。
■農村義務教育には期待、今後の中国社会と経済
――お話からでは中国は課題ばかりだというイメージだが。
期待できそうなものとしては、農村義務教育制度ですね。今までは郷鎮・村などのレベルでまかなわれてきた農村の義務教育が02年から県の管理に移されました。注目されるのは教員給与です。今までは管理がばらばらな状態で、不払いも珍しくなく、教員がそうした農村を離れてしまう、ひどい場合になると広西チワン族自治区の郷鎮・村では教員が隣国のベトナムに逃避してしまう事例も確認されたといいます。
教員がそのような状態では、教育そのものの質が懸念されるのは当然ですが、一連の改革を経て、県政府が直接個々の教員の銀行口座に給与を振り込むような形態へと移行しました。今までがひどすぎたともいえますが、これは大きな前進ですね。
中国の教育には学費と雑費の問題もあります。義務教育でなぜ学費がかかるのかというのは日本人的な感覚ではなかなか理解できませんが、より深刻なのは様々な名目で徴収される雑費ですね。学費よりもこの雑費のほうが高額という場合も珍しくありません。少なくとも学費を無料に、雑費も極力低減させるような改革も進められています。
費用負担に耐えられないことと、自家の労働力を確保することもあって、「輟学(不登校)」も貧しい地域になればなるほど深刻です。学童に補助金を給付するような動きもみられ、法整備も進められています。9年制の最低の義務教育を定着させることも、「十一五」のガイドラインでは明記されています。
――今後の中国社会のポイントは。
2020年までに小康社会を目指す、という目標を掲げていますね。現在の1人当たりGDPは1800ドル程度、これを2020年には3000ドル程度にまで伸ばす予定です。数値的には全く問題なく実現できるでしょう。ただ実態はどうなのか、ということになると、まだまだ注視しなければなりません。「和諧社会」がポイントになりそうです。
そもそも「小康」という言葉はトウ小平氏が使い始めました。その時は「小康水準」と言っていましたね。数値的な目安というニュアンスが濃厚でした。これを「小康社会」として表現し始めたのが江沢民氏です。更に胡錦涛氏の世代になって「和諧社会」が盛んに言われるようになりました。
「和諧社会」は直訳すれば「調和の取れた社会」ということですが、この調和というのは社会と自然環境、経済、政治、文化などとの間の調和や、社会それ自体の各構成部門、各種要素、組織や制度間の調和のことともされます。もともとは、共産党の執政能力の強化に不可欠な要件として「和諧社会」というものが位置付けられたようですが、現在では小康社会実現の重要な前提として考えられています。
05年2月19日に行われた胡錦涛講話では、今現在中国が直面している重要な矛盾として8項目を掲げていますが、これらの諸矛盾を解決するためにも調和の取れた経済成長、社会主義民主政治の発展、思想・道徳的素地の強化、社会的公正の実現などが求められているといえます。端的に言えば、「分配が公正で、差別がなく、選択が自由で、格差の小さい安定的社会」を目指すということでしょう。
――「十一五」における中国経済の成長率については。
「十一五」の目標として、GDP成長は年率7.5%に設定されていますが、今までの成長率から考えてもいかにも低い。これは、中央が高い目標を定めれば地方が更に高い成長を追い求めて投資過熱が再発することを懸念したともいえますが、中央は今必死で内需型経済成長方式への転換を図っていて、その転換による反動も踏まえて、若干低めの設定をしているとも考えられます。
ただ普通に考えれば、2010年以降も年率9%近い成長が見込めるのではないでしょうか。中国政府としても成長率を落とすわけにはいかない事情があります。一番分かりやすいのが失業問題です。中国全体の求職者数は2400万人にも達するとされますが、現在の新規就業創出力はせいぜい1100万程度。残りはあぶれてしまうわけです。雇用機会を創出するためにも、財政支援をしてでも成長を維持しようとするでしょうね。
■2015年の中国
――2015年、あるいはそれ前後の中国はどうなっているか。
大きくは変わっていないと思います。都市部では国有企業改革がひとつの焦点です。国有企業の国による持株比率は60-70%程度で、これがいわゆる非流通株ですね。この多くが流通株へと転換され、株式市場に流通することになるなどの変化が考えられますが、問題はやはり農村部です。
農村・農業における産業化が進み、日本でいうところの農協のような組織ができているでしょう。教育や医療サービスが大きく改善しているとは思われませんが、何らかの保障が整備されていなければならないはずです。最低生活保障制度ばかりでなく新しい失業・養老保険制度も試行されているでしょう。
高齢化も深刻になってくるでしょうし、関連の基金がパンクしかねません。財政負担はさらに重くなります。「税費改革(農民の税金と経費負担を軽減する改革)」が進展していますが、それによって租税収入が減少して、郷村政府の財政が更に苦しいものになっているということもあります。そうした郷村政府が新たな名目で租税負担を強いるなど、改革との逆行現象も考えられます。中央による地方への財源移譲、あるいは地方交付税制度の早急な確立が求められます。
(サーチナ・中国情報局) - 8月28日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060828-00000000-scn-cn