プリンで一悶着
わたしの会社のフロアーには、女子が3人。男子が13人いる。
何か、会社で取引先の方から頂き物があると、数が少ない場合
女子だけいただく場合がある。「数が無いから女子だけで分けて。」と
わざわざ男子が持ってきてくれるのよね。しかし、男子は本当は
おやつが大好き。机の中におやつを用意していて、残業の時は、
それで飢えをしのいでいるのだ。5時半終業で6時まで残業しても
残業費はでない。残業手当は6時から始まる。多分、食事時間として
30分あけてあるのだろうが、そんな時間に食事に行く人などいない。
残業するわけだから忙しくて食べに行く時間もないし、食糧を買いに行く
時間もないのだ。
先日、会社の上司が、お得意先の方にプリンを10個いただいた。
上司は「う~ん。ちょっとこれの分け方は○○さんに、まかすわ。
適当に配って。」と言ってわたしに回してきた。
事務所を見ると、うまいぐあいに10人しかいない。チャンスだ。
わたしはいそいで配り始めた。あみだくじなんて作ってられない。
もうすぐ5時半になろうとしている。プリンは生ものなので、今日中に
食べなければならない。
配り始めると、3人事務所に帰ってきた。
「あれ~!足りないわ~。どうしよう。」と騒いでいると、他の上司二人が
「足りないの?じゃ、ボクのあげるわ。」「はい。他の子にやって。」と、
提供してくれた。でもひとつ足りない。そこでわたしのプリンを提供し、
無事に配り終えた。
ところが!女子のNさんがプリンを二つ持っているではないか。
「あれ~。Nさん。プリン二個ある。もらったの?」
「一個は上司の分です。」事務所には机が三つのかたまりに分けてあり
一つの机の島に一人の女子が付いている形になっている。
Nさんの島には上司が3人いる。Nさんは、その内の一人にプリンを
もらっていたのだ。Nさんは会社で何かもらうと、家に持って帰って
自分の子供にあげるのだ。みんな、Nさんには「子供に持ってかえり。」と
言ってお菓子をあげたり、自分がもらったおやつをあげたりしている。
そこで止めておけばよかったのだ。でもわたしは、
プリンが足りないというのに、この人は子供に持って帰ろうとしていると
勝手に判断し、その上司に
「わたしにくださいよ。プリン、足らないからわたしの分がないんですよ。」
と言ってしまったのだ。Nさんは、「これプリンに付属のスプーンを
セロテープで貼って冷蔵庫に入れておいてって頼まれたんです。」と
言っている。もらったのではないようだ。
そこで止めておけばよかった。
でも、上司が「普通、配る者は無いんちゃうん?」と言ったので、わたしは
むっとしたのよね。そこであきらめておけばよかったのに、つい
「いつも女子は優先なんです。男子は無くても女子はいつもあるんです。」
なんて言っちゃたのよね。その上司は「じゃ、あげるわ。」と言ってくれたの
だが、そこでわたしはちょっと後悔して「やっぱりいいです。だって課長、
プリン好きだし。おやつ、好きな方だし。」と、言ってしまったのよね。
上司はいきなり大声で「おれ、そんなに口が卑しくないわ!」と叫んだの。
気を悪くしてしまったのよね。Nさんは、「わたし、プリンいらないです!
課長、食べてください!」と怒ったように絶叫するし、みんな事務所の人は
もめているわたしたちの方を伺いながらプリンを食べているし、なんか
気まずくなっちゃったのよね。Nさんは、「いらないです!わたしの食べてく
ださい!」と言いながら足音も荒くプリンを冷蔵庫にしまいに行くし、
「え、やっぱり悪いからいいです。」とわたしが言っても、
「いらんわ!」と上司は怒っている。わたしもすっかりプリンなんか
いらない気分になったのでプリンを冷蔵庫にほうり込み、さっさと退社
することにした。
でも、なんだかむしゃくしゃしてきて、「くそっ!」「なんやねん!」などと
ひとり言をつぶやきながら、会社を出た。なんでこうなっちゃったの
だろう。プリンひとつで、わたしも入れて3人が不機嫌になったのだ。
Nさんの机の島のあの上司は、以前よく今は支店に行ったA子やわたし
のおやつを机の中から勝手に出して無断で食べていたし、冷蔵庫の中
に入れておいた誰でも食べてもいい頂き物を勝手に家に持って帰った
こともあるし、わりとワガママな人なのよね。
そのまま家に帰るのも嫌なので近所のお好み焼きやさんに入って、おば
ちゃんにその話しをしたら、「りんご殺人事件じゃんくて、プリン殺人事件
やな。」と、言う。ん?りんご殺人事件?きききりん?郷ひろみ?
おばちゃんは、「間が悪かったんやな。」と、言う。
「明日、プリン食べてくださいと言って返そうかな。わたしももう
いらないし。」と、言うと、おばちゃんは「そんな事を言ったらよけい変に
なるがな。知らん顔して食べてしもたらいいねん。
あんたは、過去にその上司におやつを食べられてしもた経験があるから
その思い出が、とっさに出てきてその上司のプリンを奪おうとしたわけ
やな。普段からそのNさんがみんなに会社のおやつをもらって家に
持って帰るのが嫌やったんやな。」と分析してくれた。
そうなのかもしれない。でも、男のメンツをみんなの前で潰したかなあ。
プリンが足らないと言っているのに、Nさんにあげたと勘違いしてむっと
して、そのままの勢いで上司にプリンをくれと言ってしまったのがよく
なかったな。そんな事を考えていると、心の中にひとつの言葉が
浮かんできた。「日頃の行いが悪いからだ。」
ああ、そんな事を言ったら、まるで中国人じゃないか。
日本大使館を自国民が壊したのに、「日本に責任がある。」と言った
中国人と同じじゃないか。いかん、いかん。
「日頃の行いが悪いからだ。」なんて、人を責める言葉を
思い出してはいかん。
お好み焼き屋さんのおばちゃんのアドバイス通り、プリンの話しは
なかったことのようにして、次の日はやりすごした。
あんなにもめていたのに、冷蔵庫の中には誰かが入れたプリンが
三つもある。すぐ食べないなら「いらないです。」と言えばいいのに。
配らないで、「冷蔵庫にプリンがあります。ご自由に食べてください。」
と、メモを台所に貼っておけばよかった。
そうしたら食べたい人が勝手に食べることができたのだ。
Nさんの机の島の上司のプリンを奪おうとしたわたしと、口が卑しい
と思われていると知って嫌な思いをした上司と、上司のメンツを
みんなの前で潰されて怒ったNさんの3人は、次の日一言もお互いに
しゃべることはなかった。Nさんもプリンを食べようとしないで冷蔵庫に
置いている。でも、わたしはプリンを食べた。
生クリームも混ざっているようなねっとりとしたおいしいプリンだった。
冷えたプリンは甘さもちょうど良く、スプーンですくうと、とろりと崩れた。
嫌な思いをして奪ったプリンなのに、すごくおいしいのが不思議だった。