ママを思い出さないで。
あたしは、長い夏休みに入っていた。今日はパパが家を見つけてきたので
その下見に出かけたのだ。新しい家は、こじんまりした平屋で、ダイニング
ルームの他にベッドルームが5部屋あるアンティークで飾られた家だった。
ダイニングのテーブルはマホガニー。その上にリネンのスワトー刺繍の
やさしいベージュのテーブルクロスがかかっていた。
黒いピアノには、現地の民族衣装に似たカラフルな織物がかけられ、
ソファーは、もっと落ち着いた色合いの手織りの柄だった。
家の中はどこからか気持ちの良い風が通り、外の世界のむし暑さと、
Tシャツの上から刺すような日差しが想像できないぐらいの気持ちの良い
空間だった。エアコンなしにこれほどの風が通るとは、きっと腕の立つ
大工さんが、風の通り道も考えて設計したのだろう。
この家の前の持ち主は、日本人の婦人で現地の人と結婚していたが、
ご主人が死んでしまったので、日本に帰ってしまって今はこの家には
だれも住んでいない。この家の前には、広い庭があり、平屋の屋根の
向かって左に門がある。屋根は一体化しているので、一つの家に
見えるが、実はその奥に別の建物があって、そこにご主人の親戚が
うじゃうじゃと住んでいる。あたしと弟とパパが新しく日本人の婦人から
借りることになったこの家の炊事や掃除、洗濯は、全部別棟の人が
手分けして手伝ってくれることになっている。
パパや大人の話を聞いていると、どうやら、30人ぐらいの人が
この別棟に住んでいるらしい。
日本に帰った婦人は、いつでも帰って来れるように家は売るつもりはなく、
またご主人の親戚に留守中にいろいろと部屋を触られるのも嫌がって、
留守宅を預けるつもりで、格安の値段で貸すから、どなたか
一年借りてくれる人はいないかと大使館に打診にこられたのだそうだ。
パパの日本大使館での任期は、あと一年。
パパは、仕事の関係であたしとママと弟とは別の都市に一人で
住んでいた。土曜日の昼になるとパパは、あたしたちが住む
この国の首都に戻ってくる。日曜の夜は夕食後に出発し、パパだけは
違う街に出かける。日本人学校は首都にしか無いので、パパはずっと
単身赴任だった。
外国で生活する日本人の家庭はたいがいそんなものだ。
パパの会社は最近パパを首都勤務ができるように、変えてくれたので
日本人が住んでいた家を格安で借りることができるのは、
あたしたちにはラッキーだった。
ママのいなくなった家で過ごすことは、あたしたちには辛いことだった。
弟は、ちゃかりお気に入りの部屋を先に自分で決めてしまい、
「俺、この部屋だからね!」なんて言いながら置いてあったギターを
いじってコード練習をしている。この家の主である婦人のお気に入りの
メードさんが冷たくほんのり甘い紅茶を持ってきてくれた。
まさに日本人好みの味をわきまえたメードさんだった。
落ち着いた40代ぐらいの人で、無口だが笑顔が素敵な現地の人だ。
気品さえ感じられる。とてもメードさんとは思えない物腰のエレガントな
婦人だった。台所の仕事は、彼女がいつもしきっていたそうだ。
あたしは、パパがあいかわらず変な発音で、メードさんを相手にしゃべって
引っ越しの日にちを伝えているのを聞いていた。
パパは、明るく振る舞っている。だけど、少し痩せてしまった。弟もあたしも
自分の部屋を決めた。冷蔵庫もテーブルも何もかも揃った家だった。
無いのは子供部屋のベットと勉強机ぐらいだった。
あたしたちが帰ろうとすると、隣の別棟からぞろぞろこの家のご主人の
親戚が出てきた。みんな興味深げな目で、人なつっこい笑顔を見せて
こちらを見ている。彼らもあたしたちが引っ越ししてくると助かるのだ。
彼らは、メードさんや庭師の仕事をもらうと、その給料で生活ができるのだ。
現地では、なるべくメードさんを雇ってくださいと、大使館から言われている。
日本の主婦が買い物に行くと値段の交渉だけで半日が過ぎてしまう。
みんな背が低いが、上品な感じがした、子供たちも騒がずに黙って
あたしと弟を見つめている。慣れてくると勝手に家に入ってきそう。
始めが肝心だからちゃんとルールを作らなくちゃ!
パパは、あたしと弟に家に帰る前に寄るところがあると言った。
パパはいつも車の修理をしてくれるユアン・コッさんの修理工場に寄った。
工場と言っても、普通の家と変わらないような雰囲気だ。でも腕はいい。
パンクなども直ぐに直してくれる。
あたしと弟は車の中でパパを待つことにした。ユアンさんは、笑顔でパパと
しゃべっている。ユアンさんと一緒に家族や居候の親戚が15人ばかり
ぞろぞろと家から出てきた。みんな小柄で丸顔でユアンさんに似ている。
21ユアンさんが家に戻り、塗装のカンを持ってきた。
ユアンさんは、何かをパパとしゃべっている。いきなりカンを開けて
はけに少し塗料を付けて、あたしが乗っている側の角にそれを少し
塗りつけた。あたしは、そっと車のドアを開けてそれを覗いてみた。
ベージュの塗料だった。
パパ。それはママが車の事故で死ぬ少し前に、ママが自分の車を塗り
替えてもらった塗料だわ。パパは、ママの思い出に自分の車をママの
車に塗った塗料を塗ろうとしている。パパ。止めて。
ママを思い出さないで。
だってママはね、パパが家にいなくても寂びしくなんてなかったの。
ママはいつも、21歳の運転手と一緒だった。友達の家に行くときも
街にお買い物に行くときも、あたしと弟の学校まで迎えに来てくれる
ときも、メードさんに誘われてとなりの街のお祭りに行くときも。
ママが交通事故で死んだときに、彼は急にいなくなった。
でもあたしは見たの。ママのお葬式の夜に彼が教会の庭で
泣いているのを。
彼はいつもママしか見ていなかった。ちょっぴり垂れ目でまつげが
長くてきれいな唇の人だった。首筋に細くてつやつやした小さな
巻き毛が二房あった。特別ハンサムでもなかったけれど、セクシーな
人だった。ハンドルを持つ指が長くて美しかった。いつも朝はあたしと
弟は彼の運転する車に乗って学校まで行った。
途中で、弟の同級生の悪ガキを拾って行ったから、車の中はうるさかった。
あたしは本を読むふりをしながら彼のきれいな首筋や指に見とれた。
でも、あたしはママにはかなわなかった。17歳のあたしには、決定的な
ものが欠けていた。大人の魅力が欠けていたのだ。
いつも明るくて、元気なママ。優しくて、誰にも分け隔て無く親切なママ。
そしていつもあたしのママを目で追っていたきれいな運転手。
41歳の素敵なママ。どうしてそんな年なのに、21歳の人が
ママを好きになれるの?ママが死んでからあたしはずっと泣いている
けど、彼が急にいなくなった悲しみとごちゃごちゃになっているのが
自分でも分かる。ママのためだけに泣いているのではない自分が
嫌い。ママはきっと彼がママを好きだって、知っていた。知っていたけど
知らないふりをしていたんだ。ママはまじめな人だから運転手とデート
なんてしていないと思うけど、あたしと弟と運転手と4人でお出かけする
のが、ママの密かな楽しみだったんだ。なんとなくママが楽しそうで、
目がきらきらしているように見えた。ママは、あたしでもはっとするほど
きれいだった。だけど、こんな風にママにやきもちを焼いてる自分が嫌い。
あたしは、車から降りてパパに行った。
「パパ。もうその塗料、ドロドロだよ。あたしパパの車の色、好きだよ。」
「そうか?」とパパは寂しそうに笑った。そしてユアンさんに
「どうも娘が気に入らないようだから、今回は塗り替えは止めておくよ。」
と、いつもの変な発音で言った。弟は、エアコンが効いた車の中でいつの
まにか寝ていた。
あたしたちは、家に帰る途中で、ママとピクニックにきたことがある川辺に
立ち寄った。大きな川を渡ってきた涼しい風で、日本で買ったスカートが
まくれそうになるのを押さえながら、あたしはパパに聞いたんだ。
「パパ。あたし、大人になったらママみたいにきれいになれるかな。」
「なれるさ!お前はママの小さいときにそっくりだよ!」
弟が横からちゃちゃを入れた。「お姉ちゃん、ブスだからママみたいに
なれないよ!」あたしは、何だか急にどっと疲れたような気分になって
泣き出してしまった。パパはあたしの頭をなでて「パパは、ママと
おさなじみだったからね。ママもお前みたいにぷりぷりして
可愛かったよ!」と言ってぎゅっとハグしてくれた。
涙が止めようとしても止まらない。弟もママを思い出したのか下を
向いてぐしゅぐしゅと鼻をすすっている。ママのお葬式を日本で済ませ
そのまま子供だけは東京に帰るという話しもでたが、あたしも弟もあと
一年はここにいることにした。親戚の家から日本の高校に通うなんて
まっぴらだ。ママはみんなと仲良しだった。みんなママが好きだった。
「ママは、17年間、いっしょに いてくれた。」あたしが泣きながら言うと
「ちぇ、損したな。俺は13年間だよ。」と弟が言った。パパは弟もぎゅっと
引き寄せてハグした。川辺に渡る風に吹かれながら、地面の上に伸びる
3人の影をあたしは見ていた。
そしてふいにママが側にいるような気がした。ママの気配がしたのだ。
ママが泣いているあたしを慰めていてくれるために天国からちょっとだけ
来てくれたような気がしたのだ。
あたしは、神さまがそんな気分にさせてくれたと思うことにした。
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これは作り話です。でも、こんな夢を見たのでおもしろかった
から、どこかに夢の記録をしておきたかった。家の中の様子も
起きてからも鮮明に覚えていた。メードさんの顔も。
場所はミャンマーかタイかどこかアジアの国です。
車から降りたところからは話しを作って足しました。