Fさんの詩 | 日本のお姉さん

Fさんの詩

わたしの行っている教会のFさんが、天国に行った。


Fさんは、25年前から教会に来るようになった人で、生涯独身で生きて


こられた婦人だ。10年ぐらい前に、このFさんに、「ずっと独身で


さびしくなかった?」と聞いたことがある。


Fさんは、「なんで?さびしいなんて考えもつかないわ。むしろ、一人でも


ここまで元気にやってこれたことを、感謝しているわ。」と言っていた。


Fさんは、一人で車を運転して、東京でも広島でもどこでも行ってしまう人で、


車検だって、ひとりでやってしまうのだ。「車検の受け方なんか、簡単!


誰でもできるよ。わざわざ車屋さんに頼んでする必要なんかないのよ。」と


言って、わたしにひとりで車検を受けるやり方を教えてくれたが、わたしは


聞き流していた。ひとりで車検を受ける気なんて、元から無かった。


Fさんは、何でも自分でやってしまうやる気十分な人で、本当になんでも


できたから、どこの会社に行っても重宝がられているようだった。


そんなFさんが、5年前に、筋萎縮性側策硬化症(ALS)にかかってしまった


のだ。最初はなんとなく言葉が出にくくなって、ろれつが回らないような状態


になった。わたしは心配して、「脳の病気かもしれないよ。病院に行って精密


検査をしてもらったほうがいいよ。どうする?もしかしたら脳が溶けてきて


いる病気かもしれないよ。」と言ったことがある。


Fさんは、「神さまが、わたしに与えると決めた病気だったらいいよ。それも、


受け止める。」と、言っていた。Fさんはあちこちの病院に検査に行って、


ついに病気の名前がALSだということがわかった。独身なので、病院が


教会の牧師さんも連れてきてくださいと言っていたそうで、牧師さんも一緒に


病院に呼ばれ、検査結果を聞くことになった。さすがにFさんは、ショックを


受けて、涙が止まらなかったそうだ。その病気は神経が死んでいく病気で、


意識は最後まではっきりしているのに、どんどん体が不自由になり、最後


には呼吸器の神経もやられて息苦しくなるので、人工呼吸器を付けながら


生きることになるという難病中の難病なのだそうだ。


Fさんは、「人工呼吸器だけは、絶対付けたくない。そこまでして生きたくな


い。」と、はっきり言っていた。


「人に痰を取ってもらう状態になるのは嫌だ。」と、Fさんは、言っていた。


Fさんの言葉は、だんだん聞き取り辛くなっていったが、教会の近くに


アパートを見つけ、頑張って歩いて教会に礼拝に来ていた。


それでも2年もすると、人の手を借りなければ食事もできない状態になった。


教会の有志の人はFさんのために、介護士の資格を取り、Fさんが介護


保険を利用できるように、クリスチャンが経営する介護団体に所属し、


そこから派遣される看護士になってFさんを助けることにした。


Fさんは、もう座ることや、立っていることしかできなくて、24時間看護が


必要な状態だった。ご飯は全て、ミキサーでどろどろにして、ストローを


付けて飲んでいたし、風呂もトイレも歯磨きもうがいも、全部介護してもらわ


ねばいけなかった。自分の力で食べる量が少なくて、栄養が足りないので、


胃に穴を開ける手術をして、チューブで病院が支給する栄養を、流し込ま


ねばならなかった。なんでも自分の力でやってきたFさんは、胃に穴を


開ける手術をする時、少し泣いた。田舎から弟さんが来て手術の説明を


聞いて、病院が渡す承諾書にサインをした。Fさんにとっては、遠くの親戚


より、近くのクリスチャンの方が頼りがいがあって、家族より役に立つ存在


だったようだ。病状はどんどん悪くなって、しまいには目と足の指一本以外


動かなくなった。病院に入院し、教会の有志が順番にお見舞いに行って


Fさんを助けることになった。そんな風に一年がたったが、その病院から


政府の方針が変わったので、6月中に別の病院に移ってくださいと言われ、


転院することになった。その引越しの時、Fさんは、教会の人に目で


「てん」と、指し示したそうだ。


教会の人は「あかさたなはまやらわん」と、「あいうえお」と書いた穴がある


プレートを持っていて、そのプレートからFさんを覗くのだそうだ。


「た」でFさんがウインクしたら、こんどは「あいうえお」の穴から順番に覗く。


「え」の穴から覗いてFさんがウインクしたので、言いたい文字は「て」だ。


次に「ん」を指したので、その教会の人が「Fさん。天国に行きたいのね?」と


聞くと、Fさんは、そう。という意味でウインクしたのだそうだ。


それから、二、三日したある日、朝、7時に看護婦さんがFさんを見た時は、


元気でいたのだが、9時に観た時は、もう心臓が止まっていたそうだ。


ALSという病気は、普通、呼吸器が動かなくなって死んでしまうのだが、


Fさんは、呼吸器を付けるのだけは、本当に嫌がっておられた。神さまは、


Fさんが苦しまないですむように心臓死という方法で、Fさんを天国に迎えて


くださった。Fさんは69歳だった。年を聞いてわたしもびっくりした。


Fさんは、そんな年には全然見えなかった。いつも若々しくて元気な人


だった。そんなFさんが、ウインクをして、教会の人の助けを借りて書いた


詩が、昇天記念式のプログラムにはさんであった。


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   「私のすること」


ただ、息をするだけの者に何が残されているのか


まことの神さまのご臨在(りんざい)を伝える言葉も出なくなり、


主(しゅ)イエスさまの十字架のみ業(わざ)も伝えられず、


一日を人に助けられて終わる


ただ、それだけ、、、、、


首が据わらないので、聖書を読むこともできず、


わたしの魂は疲れ 励みを失ってしまったのです


そんな時に、聖書の学びの時間が始まった


教会の先生が来てくれて、


「あなたが救われたのは何のためですか?」と、


何度もわたしに問いかけられる、、、


「神さまに栄光を帰(き)し、礼拝するためではありませんか。」


わたしに、仕事が与えられた


わたしは神さまに礼拝をおささげいたします


み側(そば)に行くその日まで、、、、、、




   「げんちゃん」


げんちゃんとは、まばたきの詩人、水野源三さんのことです


四年生のとき高熱に犯され


言葉と手足が不自由になった人です


あかさたな、、、と言ってもらい、まばたきで文章を作られた人です


四冊のステキな詩集があり、賛美歌にもなりました


目が澄んでいて いつも ニコニコとしておられた人です


三色すみれの詩などは 励まされた一編です


お母様が召されたときの気持ちは


いかばかりであっただろうか


げんちゃんは 神さまの深い愛に包まれて


暮らしておられたのですね

弟さん家族と共に住み


イエスさまをあがめて平安な日々であったことでしょう


今は苦しみの無い 天のみ国で楽しみ


喜びに満ちておられるのですね


http://www2.famille.ne.jp/~smyrna/poem.html

http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/d/book_db.cgi?keys33=%90%85%96%EC%8C%B9%8EO

http://members2.jcom.home.ne.jp/kokoronimizuwo/poem.htm

http://www.hikoboshi.com/eba/inori/inori43MizunoGenzou.htm

http://gh-web.hp.infoseek.co.jp/mizuno/ikiru.htm
http://www.lovej3.com/

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Fさんも、今は天国の神さまの側で


喜んでおられるのでしょう。


遠くに住むクリスチャンの友達に電話して、Fさんのことを伝えたら、

 

「じゃ、Fさんは今、あなたのママにも会ってるのね。」と言っていた。


「そうだね。」とわたしは答えた。