台湾人の外国人登録証
台湾人と外国人登録証明書 |
国籍表記を中国から台湾に改めよ |
台湾研究フォーラム代表 柚原正敬 |
◆外国人登録証明書の内容
日本人で外国人登録証明書(外登証)について知る人はそう多くはない。 この外登証は住民票に譬えられることがあるが、世帯主の氏名や その続柄が記載されていたり、申請者が世帯主である場合、世帯を構成 する者の氏名や出生の年月日、国籍および世帯主との続柄が記されて いるので、そのように譬えられやすいのかもしれない。 しかし、住民票よりはるかに詳しい二十項目にもわたる個人情報、 すなわち、氏名、出生の年月日、男女の別、国籍、国籍の属する国に おける住所または居所、出生地、職業、旅券番号、在留の資格、 居住地、勤務所または事務所の名称及び所在地などが記載されていて、 住民票というよりは戸籍謄本に近い記載内容なのである。 もちろん、本人の写真入りである。 日本に長期滞在する十六歳以上の外国人には「常にこれを携帯して いなければならない」と、外国人登録法で外登証の常時携帯が定め られている。また、警察官などから外登証の提示を求められた場合、 どんな状況でも見せなければならず、もし提示を拒めば 「一年以下の懲役若しくは禁錮又は二十万円以下の罰金」に処せら れることも同法で定められている。 日本国籍を有しない外国人に対するこのような措置は、いささか 厳しいような感じを抱く向きもあるやもしれないが、もちろん諸外国と 同様であり、近年、東アジア出身者による犯罪が激増したり、 密入国者が後を断たない現状に鑑みれば当然の対応であろう。 ◆不快な思いをしている台湾人 ところで、日本に暮らす台湾人の場合、この外登証の国籍欄は、 「台湾」ではなく「中国」となっている。 即ち、中華人民共和国の国民と同じ表記なのである。 このため、台湾人はしばしば中華人民共和国の国民と誤解され、 台湾が中華人民共和国の一部とみなされることで祖国を否定された かのような不快感や屈辱感を味わっている人が少なくない。 日常生活に不必要な障害がもたらされることも結構多いという。 これは、台湾の宜蘭出身で、現在、杏林大学教授の伊藤潔氏 からお聞きしたことだが、伊藤教授がまだアルバイトでパチンコ屋の 景品運搬をされていた東大の大学院生だったころの体験談である。 景品は真夜中に車で搬送するのだそうだが、よく検問で引っ掛か かるたびに外登証の提示を求められたという。 すると、国籍欄が中国となっているため、警察官は根掘り葉掘り 尋問してくる。 「外国人、それも中国人が真夜中に煙草などの品物を車に 積んで走っているのだから、これは疑われても仕方がないが……」 伊藤教授は苦笑いしつつも、尋問がやたらしつこいのには辟易した という。時間通りに届けなければならず、非常に不快な思いを味わった という。 伊藤教授は「これがアメリカ人やヨーロッパ出身者だったら、 あっさり通してくれたのだろうが、警察官も職務意識に駆られ、中国人 だからということでくどいほどに聞いてきたのだろう」と、当時を 振り返って感想を述べられたが、最近の中国出身者による犯罪の 激増ぶりを背景に、台湾人にはさらに住みにくい状況となっている ことは想像に難くない。 事実、道路で検問された場合、必ず「後を開けなさい」といって車の トランクを調べられるという。また、留学生が部屋を借りるにも、 外登証の国籍欄が「中国」となっているため入居を拒否されるという 事例が相次いでいるのである。 ◆法務省のダブルスタンダード このようなことから、法務省や同省がその交付を委託している 市区町村に対し、多くの在日台湾人が国籍表記を中国から「台湾」 等へ改めるよう求めているが、まったく無視されているのが現状である。 この問題についての法務省見解は、中国の表記は中華人民 共和国という国名を意味するものではなく、政府が国家承認する ところの中国であり、そこには台湾も含まれるというものである。 ただし、その所持者が中華人民共和国の国民の場合は中華人民 共和国も同時に意味する、と説明している。 つまり、外国人登録の際、在留申請書とともに旅券を提出するの だが、申請者が中華人民共和国の旅券を提出した場合は 「中華人民共和国の略称」とみなし、国籍欄を中国にする。 一方、台湾人が中華民国の旅券を提出した場合は「中華人民共和国 の略称ではなく、より広い概念の中国」を意味するので、これも 国籍欄を中国にするというのである。 しかし、政府が、台湾をも含む中国という国家を承認したという根拠は、 歴史的事実としてはなはだ曖昧なのである。 実際、法務省の担当者と交渉した東大医学部への留学経験を持つ 医師で(医学博士)、在日台湾同郷会会長の林建良氏は次のように 舌鋒鋭く指摘している。 「それだったら私の外登証に『この場合の〈中国〉は 中華人民共和国ではない。概念的な〈中国〉です』という説明を書いて くださいと言った。 そしたら『それは書けない』と。それはそうでしょうけれども、同じ〈中国〉 という二文字にわざわざ説明が必要なら、〈台湾〉と表記した方が 余程合理的です」(「明日への選択」平成十三年九月号) 法務省は また、中国という表記は、中華人民共和国という国名を意味していない というが、その説明はまるで当を射ていない。 なぜなら、台湾の台北市出身者の場合、外登証の国籍欄に併記 される住所や出生地の欄は「台湾省台北市」となっているが、実際、 台北市は台湾政府の直轄市ゆえに台湾省に含まれていない。 台湾には「台湾省台中市」という行政単位はあるが、「台湾省台北市」 という行政単位は存在しない。 そのような架空のものは、まさに中華人民共和国が規定する行政単位と 一致しているからに他ならないからである。つまり、敢えていうなら、 法務省は無知に基づくダブルスタンダードに陥っているのである。 いずれにしても、外登証における台湾人の国籍表記が中華人民 共和国のそれとまったく区別がつかない以上、こうした日本の措置は 不合理といわなければならない。 ◆世界の表記は「台湾」 それでは、日本以外の各国では外登証の台湾国籍がどのような 表記になっているかというと、アメリカ、カナダ、ドイツ、フランスなど 先進主要国は「TAIWAN」となっている。 イギリスも「TAIWAN-ROC」で中国の「CHINA-POC」と完全に区別 している。 シンガポール、ニュージーランド、南アフリカ、韓国も同様で、中国と 表記している国はないのである。 わが国もこれらに習って実際に即した表記に改めるべきことは、国際 社会の一員として当り前のことであろう。 なにもベルギーのように「台湾共和国」とまで表記する必要はさらさら ない。あくまでも、中華人民共和国出身者と台湾出身者がきちんと区別 できることで、法務省の外国人管理事務が合理的に運営されれば よいことなのである。混乱をもたらさないよう、 区別できればよいのである。 ◆日中共同声明と台湾人の人権 また、留意しなければならないのは、日中共同声明にも明らか なように、日本は台湾を中華人民共和国の一部と認めていない ことである。 昭和四十七年(一九七二年)九月二十九日、田中角栄総理と 周恩来総理が北京で署名した「日中共同声明」には、日本は中華人民 共和国の「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」と いう立場を「十分理解し尊重」するとのみあり、けっして台湾を 中華人民共和国の一部と承認しているわけではない。 それがこれまでの日本政府の一貫した立場なのである。 それ故、一省庁が政府の立場以上に踏み込んだ措置をとることは 許されまい。 もちろん、日本が中華人民共和国と国交を結び、逆に中華民国 とは国交を断絶するという歴史的な背景を基に、戦後、長らく台湾人 の国籍が中国とされてきたので、その変更は 「混乱を招くという事務上の理由」は理解できる。 しかし、台湾の状況は以前と明らかに変ってきているのである。 去る一月十三日、台湾の陳水扁総統が旅券に「TAIWAN」を併記すると 発表した象徴的な事例を想起すれば十分であろう。 繰り返しになるが、諸外国と同様、外登証において台湾と中華人民 共和国の出身者を明確に区別することは、主権国家として当然の 合理的な措置なのである。 ましてや、現行表記が著しく台湾人の人権を損なっている事実に 鑑みれば、早急に外登証の国籍欄を中国から台湾に改正すべき は火を見るより明らかなことである。 この改正は、もちろん台湾からの要望でもあるが、国内法故に 改正すべき主体が日本側にある以上、日本人こそ積極的に取り組む べき問題であり、日台の更なる交流を推し進めるためにも、早急に 解決すべき問題なのである。 |