テレビを観ていて吐いたことがある。
テレビをつけたら、スペインの鮫の研究船が撮った
ドキュメント番組をやっていた。
鮫をエサでおびき寄せて、檻に入った人がその様子を
撮影していた。面白そうなのでぼお~っと観ていたら、
スペイン船に雇われていた人が、貝取りの
ために、
海にもぐったんだ。
そしたら、突然「ぎゃあ~っ!!」と叫んでるの。
鮫が来て、その人の足をくいちぎっているのに、誰も助けないで、
カメラはじっと、その様子を撮っているの。
その人は必死で船にはい上がろうとしているのに、
誰も動かない。カメラマンは、カメラをおろさない。
場面は変わって、
ナレーターは、「残念ながら、彼は病院に運ばれましたが
亡くなりました。」と言い、鮫の研究は何事もなかったかのように、
続けられた。
お姉さんは高校生だった。洗面所に走って行って、
おえ~っと吐いた。
後から、その番組は、他の国から叩かれたスペインの
問題のある番組だったと分かった。
なんで日本のテレビがそのまま流したのか謎だが、
番組を面白くするために、人が死んでもそのまま流すのが
人間なんだと思った。
外国では新聞でも、テレビでも、血みどろのエグい写真を
そのまま載せる。
そういう写真に慣れていた方がいいのか、一生見ないで
済んだ方がいいのか、どちらがいいのか分からない。
でもその時は、テレビで人が鮫に食われる姿を見てしまって、
損をした気分になったのは確かだ。
お姉さんのおじいさんや、ひいおじいさん達は、自分の家の
にわとりや、うさぎや、やぎを、自分で殺して食べたのだろう。
日常に動物の死があり、その肉で生きることを、当たり前の
こととして体験してきたのだろう。
人間が生きるとは、他のものの命を奪って自分のからだに
取り入れて、自分の命に代えることだ。
野菜もくだものも、肉も貝も魚も生きていたのだ。
そうして、人間は命をつないできた。
スーパーで買い物していては、他の生き物を殺している
実感は無い。人間が生きるとき、必ず他の生きものが死ぬ。
時には人間が他の生きものに殺されることもある。
本当は厳しい世界に生きているんだと思った。
そして、人が鮫に食われているのに直ぐに助けないで
カネラを回し続ける無情な人々がいる事も知った。
海に広がったその人の血と苦しむ顔と、助けを求める声が
いつまでもこころから離れることはなかった。
人が助けを求める時、直ぐに動ける人でいたいと思った。
今までそうしてこれたかどうかについては、偉そうなことは
言えないが、少なくとも努力はしてきたつもりだ。