お勧めのブログです。
あんまり、人のブログを読まないわたしだが、
この人のブログはいつも読む。
この日の記事はすばらしいと思った。
差別という問題を、読んだ後も
いろいろ考えさせられた。
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いざというときに差別をしないでいられるか 「海外生活(19925)」 [ 極道★英国らいふ ]
皆さんのイメージのなかで、英国は(或いは欧米)は差別や偏見がないと思いますか。
日本よりも自由で住みやすいと思いますか?
確かに「他人が他人に無関心である」という点で、
つまり、人は私達のことを見ちゃいませんから、
「こうしたら、こう思われるから、やりたいことできないかも」
ということは少ないけれど......
今でも日本で学生が就職活動するときに、あるいは中途採用の試験を受けるときに、
「外資系は女性にもチャンスがあるから。それに年功序列じゃないし、能力主義だから、やればやっただけ評価される」
などと、発言して外資系企業を望む人が多いと思います。
近年は日本企業でも「能力主義」をうたう会社が増えてきましたが。
外資系には女性差別もなく、トシによる差別、ありとあらゆる差別がないという幻想。
ある国は他民族国家で、またある多国籍企業では、個人の宗教を許し、肌の色に関係なく、平等に雇用機会が与えられ、差別心なく、皆が平和に混在して生きているという理想。
理想であって、そして今のところ、幻想。
差別意識というのは、「隠すこと」ができるのです。
つまり外国人も、「タテマエ」があるのです。
これは外国人だとか、日本人だとか、そういうことではなくて
人間の性質のことだと私は思っています。
私の会社のことを例に出しましょう。
・ある分野で世界一と言われています
・世界中に拠点があり、いわゆる多国籍企業です
・世界に30000人以上の従業員、そして英国には3000人以上。
・金融、でした
ありとあらゆる国籍の、そして肌の色の男女の労働力で会社の利益が作られるのですが、
そして英国は南北アメリカ・カナダを除くエリアのヘッドクォーターとして機能していた、つまり、差別うんぬんなどしている暇などない、
あらゆる人種で構成された会社を取りまとめなければならない、
そんな役割があるのですが。
その実情は、どういう暗い部分があったでしょうか。
・ 何十人という部下を抱えた女性の営業部長がいた。
彼女が妊娠をするなり、新しい部署をわざと作ってそこに配置した。
(いわゆる左遷)
同意する意思がないなら、明日から来なくて良いと伝えた。
彼女はオックスフォード卒、MBAも保有、しかも弁護士資格ももつ勉強家のエリート。業績も上げていました。
このような扱いをされつつも、退職せずに頑張った彼女。当初彼女を含め2人しかいなかった新しい部署は、人も増え、時代の流れか、いまや脚光を浴びています。
しかし、彼女は「会社の冷酷さを知り、それを忘れない」と語ります。
・ 黒人の女性課長。部下が4人から10人を越し、そして役職も2度も上がった
のにも関わらず、給料は据え置き。しかも給料は、他の部署の同じ課長
レベルの人達に比べて低かった。
会社に苦情をいうと「君(みたいな黒人で、女性)が、今そのポジション
についていることをありがたく思いなさい。」と何の対策もなし。
その後、訴訟の準備を進め、会社と示談。慰謝料を獲得、退社。
彼女は現在、大学で幼児心理学の勉強をしたがら、校内でアルバイトをしています。激務で何のプライベートな時間もなかったのですが、会社を辞めたと同時にボーイフレンドができました。彼ととてもうまくいっています。自分のペースで暮らしていける、そんな生活に満足しています。
・ マレーシア系中国人女性。
同じ部署に2名の求人があった。残ったのは彼女と白人男性。
彼女も彼も、入社する際に「派遣」ではなくて「社員」を希望。
双方に学歴の差はなかった。むしろ彼女には金融での経験があったが
彼にはなかった。
白人男性は、即「社員」として採用され、彼女は「派遣」として
一年以上社員にさせてもらえなかった。
「白人男性」の方が「黄色東洋人」より信用できるという深層か。
結局、派遣だろうと、彼女の方が大変有能で功績を残しました。その後社員にはなったものの、会社の扱いに不服。苦情を申し立てようと思っていたところ他の会社から良いオファーがあったので、退社。
その後、1年半に渡り約20000ポンド(400万)の昇給。優秀な彼女を引き止めることができない会社、残念だと思いました。
などなど、女性だからなのか、外国人なのか、あきらかに「機会均等」でもなければ、「男女平等」でもありません。
以前、日記にも書きましたか、他の拠点とのコンファランスコールでは、香港の広東語アクセントのついた英語を笑うなど、ひどいものです。
それでは、男性はどうでしょう?
男性にはこうした不公平がなかったわけではありません。
能力主義。
実は、これを証明するのは大変難しいことなのです。
結局、上司、或いは、どの「お偉いさん」と、より仲がよいか、
どれくらい「社会的にみてくれがいい」か。学歴、つまり学校。
どういった育ちのバックグランドか。
金持ち(或いは家柄がよい)であれば、人間はより信用できる、ということでしょうか。
それがよりよいポジションへの近道になってきます。
社内応募があったとき、候補者は他の候補者を探ります。
業績や経験が自分より下と思われる人が採用されそうになった場合や、
応募以前に、「君はふさわしくない」と応募自体を却下されたとき、
(つまり、好き嫌いで却下されているわけですね)
彼らは戦います。
「どうして、経験的にもより会社に利益をもたらす可能性のある僕を落としたのか(或いは採用候補者にいれなかったのか)。きちんと説明してくれないと、僕は出るところにでます」
会社はこういった際に、きちんとその理由を説明しなければなりません。
説明できないと「負け」です。
公的機関から「警告」されるか、或いは訴訟を起こされるか。
でも、大抵は、「社員」がそこまでいってこないと踏んで「不当」な人事採用をしているのですね。
言って来たときに、示談で済ます場合が多い。
今日書いたこと、通常私達には知らされませんから、
平常に、平穏に、みんな仲良く仕事していると思う。
あの「お偉いさん」は尊敬できる素敵な人だと思っている。
こういう差別心、上にいけばいくほど、隠すのがうまい。
また、上にいけばいくほど、どうでもいいことになる。
自分が人より上にいれば、多少、心持ちも大きくなるというもの。
でも、差別心という心は誰もが持っているもの。
それは自分を守るという、心理的な手段なのだな、と思う。
皆さんは、自分の心に差別する気持ちがないと思いますか?
もし...どうでしょう。
あなたのオフィスで、例えばパキスタン人でも入ってきて、
日本語が同じように話せて、
そこそこ有能だった。
彼が自分より出世していきそうだ.....
「彼の出世に納得できますか?」
或いは、あなたはそのグループの上司だ。
きちんと能力で評価することができますか?
「同胞の日本人に、責任のある仕事を渡したいな、と思いませんか?」
いざ、というときに、本当に平等でいられる。
これが実はとても難しいことなのです。