インドネシアはテロリストにも太っ腹 | 日本のお姉さん

インドネシアはテロリストにも太っ腹

信じられないことだが、インドネシアは独立記念日の恩赦で、

バリ島のテロに関与した人を4ヶ月減刑した。


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インドネシアは17日、独立60周年を祝った。おめでたいことだが、隣国の豪州では思わぬ不満がわいている。

2003年10月のバリ島爆弾テロに関与したとされ、2年6カ月の禁固刑が確定していたテロ組織ジュマア・イスラミアの指導者バアシル被告が、独立記念の恩赦で4カ月余り減刑されたからだ。

同テロでは豪州人88人が犠牲になった。被害者の家族や友人は「あまりに無神経」「侮辱だ」と非難ごうごう。ハワード首相も駐インドネシア大使を通じて遺憾の意を表明したことを明らかにしたが、撤回されることはなさそうだ。

頭では理解できても納得いかない家族の気持ちはよく分かる。隣国の祝日は彼らに、新たな悲しみの種を植え付けてしまったようだ。(章)
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『あり得ない!』

     2002年のレギャン爆弾テロは日本に住む人達の中ではすでに遠い出
    来事だろう。バリでも爆弾テロの遺族や関係した人たちを除けば、そ
    ろそろ遠い出来事になりつつあるみたいだ。
     あの爆弾テロの影響により、「観光地としてのバリはもうダメだ」
    などと言われる程、深刻な状況が長く続いたバリはどこへやら。
    危険勧告を発令している国もあるのにも関らず、今では以前にもまし
    て観光客が押し寄せている。なにしろ景気のよいのは良いことだ。

     ここは爆弾の被害者が運び込まれたSanglah(サンラ)国立病院。
当時たくさんの死体が運び込まれた部屋。
黒焦げとなり、ただの肉塊となり、千切れた一片となったものが床に
所狭しと並べられ、熱さと腐敗臭でむわぁっとしていたのが嘘のよう
に今では人々が行き交っている。
当時は夜になるとすすり泣きや、「熱いよぉ、助けてぇ」と助けを
乞う声、誰かを探す声がしていたそうだが今でもそれは変らないそう
だ。不運にも命を落とした人達は未だにどこにも行けず、あの部屋を
彷徨っているのだろう。
爆弾テロ実行犯らが一向に裁かれないからだろうか。

先日インドネシア政府はこれら爆弾テロ実行犯らに対して刑期短縮
を決定した。この決定に「全くもって無礼な行為だ。全てのオースト
ラリア国民は激怒している」とオーストラリアハワード首相。
202名の内被害者の内、88名がオーストラリア人だった。

周囲のインドネシア人達も声を揃えて言う。
「実にあり得ない話」であると。

        http://balibooktree.com/now/index.htm バリは今