戒厳令の布かれた国で | 日本のお姉さん

戒厳令の布かれた国で

ハリッドは、北京で外交官として働いた経験がある、

スーダン政府の高官だった。


彼の家は、首都ハルツームの政府の要人が住む地域にあった。

アフリカの焼けるような日差しの中で、植民地時代からある、

由緒あるホテルの裏手の道に平屋のイギリス風コテージが、

深い緑色の木立が作る濃い影に覆われ、ひっそりと立っている。


その場所では、通りに人の影も無い。

静かで、風通しのいい場所である。

ナイル側の支流が、近くを流れているからだろう。

この国では、風はいつも、ナイルから吹いてくる。


ブーゲンベリアの目の覚めるような紅色の花の房が、

彼の家の白い塀の上から、こぼれている。

広い中庭には、木陰の下に、彼の老いた父親が、籐イスに

腰掛けている。


ハリッドは、見るともなくその姿を見て、顔を曇らせ、

「だめだよ。このままでは、、、。」と、つぶやいた。


彼の国は、突然のクーデターの勃発で、イスラムの原理主義者の

暴君に占領されてしまった。

新しい政府は、次々と、宗教と言論の規制を行い、穏健なイスラムの

指導者たちや、知識人たちを、恐怖と混乱の黒雲で被った。


南部のキリスト教徒たちは、突然現れたイスラムの独裁者を嫌い、

独立を求めて動き出したため、

夜は7時以降は戒厳令が布(し)かれ、外にでている者は、反対勢力と

みなされて銃殺された。たとえ、突然に病気になった者でも、

どんな用事があろうとも、夜の外出は許されなかった。


そのように、厳しい引き締めが実施されていたにもかかわらず、

不思議なことに、政府高官たちは、元の政府をそのまま引き続き、

以前のままの地位を与えられていた。

ハリッドは、あいかわらず政府高官であったし、彼らの秘書たちも、

同じ面々のままだった。


ハリッドは、深刻な面持ちで、彼の若い友人たちの方を向いて、

「このままでは、この国はダメだよ。」と、ため息をまたつくのだった。


彼の国は、人生を楽しむのが上手な人々が住む国だ。

男たちは、お互いに家々を訪問し合い、明るい笑顔で

挨拶をかわし、興が乗れば、リュートを鳴らして歌い、踊るのだった。

彼らは困った時は助け合い、満たされている時は分け合い、

自由な生活を当たり前のように、謳歌して暮らしていた。

女たちは、ぱっちりとした瞳と形のいい唇を持った器量良しが多く、

かいがいしく良く働き、良く笑う明るい性格だ。


ハリッドの妻もとても美しく聡明な女性だ。

夫の若い友人たちが、突然家に現れても、こころよく迎えて、

おいしい手料理と、甘酸っぱいハイビスカスの冷たいジュースで

もてなした。


ハリッドは、年の近い二人の子供を持つ父親でもあった。

ある日、ハリッドは英国に住む友人に電話をかけた。

自分の妻と、子供達が英国旅行をしたいと言うので、

よろしく頼むという内容だった。


17歳と15歳のほっそりとして背の高い、アーモンド型の瞳(ひとみ)の

美しい兄と妹の二人を連れて、彼の英国の友人が街を歩けば、

道を行く全ての英国人が二人の高貴な美しさに、ハッと驚き、

胸を打たれて、感嘆のため息をついたのだった。


妻と子供を英国に送ったハリッドは、有志の者を集めて綿密な

クーデターの計画を練った。会合は秘密裏に行われ、その日は

ついにやって来た。

しかし、ハリッドには、彼らの動きが全て独裁者側に漏れているとは、

知るはずもなかった。

彼らは部隊を整えて、政府の建物に静かに進んだが

あと一歩という所で、突然おびただしい数の政府軍に囲まれてしまった。


1時間半の間、彼らは勇敢に戦った。

激しい銃の乱射の音や叫び声が続き、そして止んだ。


夜が明けた時には、

かつて国を愛し、自由のために生きた、

崇高な魂が宿っていたハリッドと部下たちの体が、


今はただの冷たい骸(むくろ)となって、

紅い血の海の中に横たわるのが見えるだけであった。


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ハリッドは志(こころざし)を遂げること無く、逝ってしまった

実在の人物である。


日本のEXILE(エグザイル)という4人のパフォーマーと2人の

ボーカリストからなるアーティスト集団の、ボーカリストの

ATUSHI(あつし)に白いターバンとアラビア風の白いゆったりとした

チュニックを着せれば、正にハリッドそのものになる。

それほど似ている。

スーダンはアフリカの、独裁者による支配が延々と続く、イスラム

原理主義の国である。

ハリッドの夢がいつかかない、スーダンに法と秩序が回復し、

誰もが安全で幸せに過ごせる日が来ることを願いたい。

クーデターという形でなくとも、どんな方法でもかまわない。

自由と平和が当たり前のように

あった日々が、早くスーダンに戻るよう、神に祈りたい。