梅雨真っ只中の生まり島でありますが、本日もどばっーと降ったのだが、日暮れにはピタッと止んだ。
カタツムリが、「えっ」とか言ったような。彼等からするとこの時期はすごく喜ばしいことで、農家さん含め天候が不安定だと、頭を抱える人も多いだろう。
暮らしの変化が求められる昨今は、どこかやりきれない気持ちがあったりするかと思います。
そんな時に町へ出て、散歩すると屋根や門柱にシーサーがいたりします。これは単なる島の風景ではなく、これまで暮らしてきた先人たちが繋いできたものを深く感じるとともに、シーサーの存在感にどこか安心することがある。シーサーは、その親しみやすさから自由な捉え方で、〜であるべきと言われることもあるようですが、冒頭にもあるように“自由”である為、力のあるなしではなくそこに存在することが全てであるとニャン山では考える。
何が言いたいのかと。
明日より東京にて“おきなわ島の装い。展”に向けて、東京入りします。
(話が変わりすぎてすんません)
是非、お近くの皆さまのお越しをお待ちしておりますね〜!
それでは、また明日!
ウエハラ
