都内のとある場所にある小さな会社。
クレーンなどの重機が所狭しと並べられた敷地の奥に、プレハブで建てられた質素な事務所があった。
20坪ほどの室内には、学校にある机のような四角いテーブルが二列に並べられ、そこに20人程の男たちが向き合うようにして肩を並べて座っている。
そして、正面にはこの会社の社長と思わしき中年の男がシワシワになってくたびれた作業服を着て座っていた。社長はうなだれるようにして肩を落とし、神妙な表情でうつむいている。そして、その横には弁護士と思われる小奇麗なスーツを纏った中年男性が事務的な無表情で書類を見つめながら立っていた。
「――ここの社屋と社長宅の土地建物に関しては……銀行などが担保としており……それら約二億円の返済に充当されます……」
弁護士の男は眉一つ動かさずに書面を見ながら続けて話す。
「――で、残る負債が三億円ですが……クレーンやシャベル、ローダーなどのめぼしい資産を売却しましても三千万ほどにしかならないということでして……」
そこまで話した途端、債権者たちから悲鳴ともとれる悲痛な叫び声が部屋に鳴り響いた。
「は――――――あ?」
長テーブルの男たちは債権者であり、それぞれがこの会社へ貸し付けた金を少しでも多く返済してもらおうと思っている。倒産した会社であるから満額という訳にはいかないだろうとそれぞれが多少なりの覚悟はもっていたが、三億円の負債に対して用意出来る現金が10分の1の三千万となれば、債権者たちの顔色も一斉に変わる。
皆一様にして額に汗を浮かべ、弁護士から渡された資産状況の書類と自身の持つ請求書を交互に見渡しながら「冗談じゃない!」「こりゃ首吊りモンだよ……」などと悲痛な声を上げていた。
そして、そんな債権者たちの座るテーブルの一番奥に、他の者たちと同じように眉間にしわを寄せながら座る丈二の姿があった。
丈二も皆と同様に書類と前日仲西から受け取った100万円の手形に目を落としながら大きくため息をつく。
――ったく………………仲西のヤロー……この100万の手形……回収したら取り半だとか気前いいコト言ってやがったけどこういうコトかい…………テメーじゃ回収出来そうもねぇから俺におっ被せて来やがったんだナ……………………――
丈二はイライラしているのを隠そうともせず、椅子に浅く腰掛けて足を両足をガバッと開いていた。
そして、おもむろに胸ポケットへと手を突っ込んで、中から手帳を取り出すと、パラパラと無造作にページをめくった。
――こんなコトだろーと思って…………念のタメ債権者の情報調べておいたんだよネェ………………えっと………………
1番奥の偉そうなオッサンが多分〇〇銀行で……いくら貸してんだ?………………――
丈二はそのいかにもチンピラといった風体とは裏腹に、冷静にこの会社の債務状況を調べていく。すると、その中に書かれている1人の名前に目が止まった。
――アレ………………コイツはたしか…………――
丈二は顔を上げて周りをキョロキョロと見回す。すると、あい向かいの席に見覚えのある顔を見つけた。
その男はがっしりとした体躯でパンチパーマの頭に口髭を蓄えている。みるからにヤクザ者と分かるが、そんな雰囲気をできるだけ抑えるようにして大人しく座っていた。
――ああ…………コレは……………………
久しぶりの痛みと共に刻まれた記憶ってヤツだ…………確か…………俺はこの男にいいようにヤラれて…………後で仲西にツめられたんだっけか…………――
前の人生で丈二をいとも簡単にあしらった男。東海金竜寺一家・若頭補佐 山下組組長 山下耕作(42)
2度目の人生のこの時、まだ極道としては甘さの残っていた丈二にとって、目の前の男は少しばかり荷が重い相手であった。その時のことを今の丈二は山下の顔を見ながらまざまざと思い出して行く。屈辱的な気持ちが沸き上がり、感情が少しだけ昂るが、直ぐにそれを抑え込んで一つ大きく息を吐いた。
そして、再びメモ帳に目を落として読みかけの情報を一通り読み終えると、その顔を上げて説明を続ける弁護士へと視線を向けた。
「オイ! ちょっと待てヨ!!」
「はい…………おたくは?」
「海江田組の阿久津って者だがよ!」
「――――――海江田組!」
弁護士の男は組の名前に少しだけ委縮して額に汗を滲ませる。丈二は思い切り眉を顰め、鋭い眼光を男へと向けながらゆっくりとその口を開く。
「つまりサァ…………アンタの言ってるコトって…………100万の手形だったら10万しか貰えないってーコトだよナ?」
「はぁ…………そういうコトになりますねェ…………」
「冗談じゃねぇぞ…………コラ……!」
丈二はそう言いながら足を机の上に乗せる。机を叩くようにしてドン!と大きな音を部屋に響き渡らせると、周りの債権者たちは額に汗を滲ませながら無意識に丈二から距離を取ろうと身体をのけぞらせていた。そんな周りの空気など意に介さず丈二は続ける。
「たかが10万ポッチの銭もって…………この俺が組に帰れるとでも思ってんのか…………ああ?」
「いや…………これは債権者一同で決めたコトですし…………」
おどおどしながら弁護士が返すが、丈二は耳も貸さずに今度は社長へと声を荒げる。
「おい!社長ォ…………アンタホントにゼニ持ってネーのかよ?」
「は、はい…………」
「どっかに隠してるってコトは………………ないだろうねぇ!?」
「そッそんな…………滅相もない!」
「ホントだな?」
「ホ、ホントですヨ!」
「そんならアンタ…………体で払ってくれヨ!」
「え?………………か、体で?………………いや、私は男だし…………」
「関係ネーだろ!」
「でもこの歳からソッチの道に転向しても…………あんまり…………」
「は?」
もじもじしながら話す社長の顔をみて、丈二はようやく社長の勘違いに気付く。
「バ…………バーカ!ナニ考えてんだ!腎臓でも売れって言ってんだヨ!」
「え!?」
「俺の知り合いに医者がいるからヨ…………取って貰え!
…………そうすりゃ五百万位にはなるだろう!?」
丈二の言葉にその場の者達は額に汗を浮かべつつ固唾を飲む。丈二はそんな空気など微塵も気にせず、更に不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ!…………腎臓一個ぐらいなくなったって死にゃしねェヨ♡」
「ひィ~~~~~イッ!」
顔面蒼白になって叫ぶ社長に、丈二は更なる追い打ちをかける。
「あッ!目ん玉でもいいゼ♡
アイバンク!…………値段もちょうど100万ぐらいだしィ………………
…………ともかく…………ウチには全額払てもらうゼ♡」
部屋の空気は更に重くなり、しーんと静まり返る。その中で丈二だけのけ反って座りニタニタと笑みを浮かべていると、不意にドスの効いた低い声が部屋に響き渡った。
「そんな無茶いったらイカンなぁ!」
「はぁ!?」
声の主は丈二の目の前に座る山下だった。山下は目を細め、いかにも貫禄あるオーラを纏って丈二を見据えて続ける。
「アンタ取り立てッてーのを勘違いしてるんじゃないの!?」
「ナンだ…………テメーは?」
「金竜寺一家の……山下ちゅう者ですが…………」
「金竜寺一家ねェ…………オタクもヤクザ者なら分かるでショ?
俺ぁ海江田の金看板背負(しょ)って来てる以上…………目腐れ金貰っても帰れネーッてコトはよォ!」
「取り立てにヤクザも堅気も関係ないだろう?ここに来てる人達はみんな全額清算して貰いたいんだ!
…………それを子供みたいに…………自分はヤクザだって自慢してェ…………ワガママの言いたい放だい…………そんなんじゃ渡世のいい笑い者だよ!」
その言葉に丈二は、更に鋭い眼光で山下を見据える。
「フーン…………そうやって偉そうな講釈タレるアンタは…………さぞかし立派な渡世人なんだろうねェ…………」
「こんな話は常識の範囲内だ!俺が偉いかどうかなんて関係ネーんだヨ…………」
「常識ねェ…………そんな聖人君子みてぇなアンタがどうしてヤクザで金貸しなんてやってんだい?」
「あん?何が言いたいんだ?」
「試してやろうか……………………」
次の瞬間、部屋中に「ガンッ!!」と鈍い音が鳴り響く。
丈二は自分の目の前のテーブルを蹴り飛ばすと同時に懐からドスを抜いて立ち上がった。
そして、思い切り山下を睨み付け、その刃の先端を山下の目の前に向ける。山下は、丈二の様な若造がいきり立って起こした、こんな荒事など屁でもないと言った顔で腕を組み涼しい表情で丈二を見据える。一方周りの債権者達は額から大粒の汗を流し、「ひぃぃ!」と悲鳴を上げて狭い部屋の中、丈二から少しでも距離を置こうと身体を背けていた。
「にいちゃん………………こういう民事の仕事じゃあ…………道具出してキバってもカッコ悪いだけだゼェ♡」
「別に…………カッコいいかどうかなんて俺にとっちゃどうでもいいんだヨ…………
そんなコトよりヨォ………………金竜寺一家、山下組の組長サンよ?アンタ、ここん家の社長サンに500百万も貸してんだろォ?
………………500百万ってーコトは…………アンタが回収出来るのは50万ってトコか!アンタ、それで納得してるってことなのかい?」
「………………」
山下は涼しい表情を崩しはしなかったが、少しだけその眉が動く。
「あんだけ俺に偉ソーな講釈タレたんだ………………立派な渡世人としてここの皆さんと一緒に銭ィ……分けあって帰るんだよナ?」
「……………………」
それでも何も言わない山下に対して、丈二はニタニタと不敵な笑みを浮かべて続ける。
「そんで…………自分は10分の1しか回収出来ませんでしたッて若い衆に報告して……今夜は麦飯でも食って我慢してくれとでも言うのかい?」
「なんだと………………コゾー…………」
「そんなワキャねェよなぁ!山下さん!
…………ヤクザが貸した銭ィ取り立てんのに、このまま野面カマして帰るなんてしやしネーだろ!なんたって組長自ら来てるんだもんなぁ!!」
「ククク…………」
山下の顔は少しだけ赤みを帯びて行く。それを丈二は舐めるように見ながら再び口を開く。
「なぁ…………山下さん、どうやってそんだけのゼニ回収するんだい?同じヤクザのよしみで教えてくれヨ…………………?」
「……………………」
若造の安い挑発になんぞ乗るものかと、山下は腕を組んだまま無言で丈二を睨みつける。それに対して丈二はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべつつまた話し出した。
「そう簡単にゃ教えちゃくれネーか!……………にしても……どう考えてもフツーにやってたらこの状況でマトモに回収なんか出来るはずネェよなァ……………………
あ!もしかして…………こん中の誰かの弱み握ってるとか?…………それとも…………あそこにいる弁護士のおっさんを抱き込んでる?
……………………じゃなきゃ……………………」
丈二はそう言うや否や、その目を見開き手にしていたドスをくるりと回し、刃を下に向けて握りしめる。
そして、山下へ向けてではなく、隣の男の座るテーブルにめがけて思い切り振りかぶった。
「こん中の誰かを!!
ブス~~~~~~~~~~~ッと!!!」
ガンッ!
鈍い音と共に、隣の男のテーブルの上に丈二のドスが突き刺さった。
「殺っちまう………………のかナァ…………?」
「ヒ!………………ヒィィィィイイィ~~!!!」
丈二の瞳は殺意を宿らせ、不気味な笑みを浮かべつつ隣の男の目を睨み付ける。すると、男は思わず椅子から転げ落ちて仰向けのまま、手足をバタバタと動かして丈二から逃げ出した。
そして、丈二は狂気を感じさせる程に殺意のこもったオーラを放ちながら、債権者を一人ひとり舐めまわすようにして見回す。その鋭すぎる眼光は、まるで殺人鬼のように債権者達の目には写っていた。まさかそのドスで手当たり次第暴れたりはしないだろうとは思うが、あまりの威圧感に山下以外の者たちは身震いして固唾を飲む。
そんな中山下は、目の前の若造に好き勝手言われ、場の空気を滅茶苦茶にされたことによってその口を開かずにはいられなかった。
「コラ!!! このチンピラ…………いい加減にしとけよ!?コッチが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって………………」
山下は声を荒げて丈二を睨み付けながら立ち上がる。すると、丈二は机に刺さったドスを抜き、山下のテーブルに手をかけて手前に投げるようにして倒す。
ガチャン!!と大きな音が室内に響き渡り、一同は更に重くなる空気に息をひそめる中、丈二は山下の目の前に立ち、鼻と鼻を突き合わせるように近づけて口を開いた。
「テメーがサッサと教えねェからこうなってんだろ………………」
「んだとコラ!…………ドーグ振り回していい気になりやがって………………」
山下はつい先刻までの冷静な表情など完全に消え失せ、鬼のような形相で顔を真っ赤に染めながら再び怒鳴りつける。
「表ェ出ろ!このドチンピラが…………!!」
「いいゼ…………その方がオッサンも話しやすいってモンだよなぁ!
……………………オイ弁護士!」
「はっはいぃ?」
「チット席外してこのオッサンとナシ付けてくるからヨ?
そのまま待っとけ!…………もし俺ら抜きで話進めたりしたら…………分かってんだろうナ?」
「は、はい…………!」
そうして丈二と山下は部屋を出ると、会社の敷地を歩き出した。敷地にはクレーンなどの重機が所狭しと並べられ、重機と重機の間に無理やり作られた通路が出口である門へと続いている。丈二は辺りをきょろきょろと見回しながらゆっくり山下の前を歩いていると、不意に山下の声が聞こえてきた。
「オイ!コゾー…………どこまで行くんだヨ?」
その声に丈二は立ち止まり、振り返って自分がいた建物の場所を確認する。
――まぁ…………ここなら向こうから見えねぇか…………――
先ほどまでいた社屋からは、重機の群れによってこちらが見えないことを確認すると、丈二は大きく息を吐いてゆっくりと山下の方へと振り返った。
そして、両足を肩幅よりも少し広げ、両膝に手をつくと、山下の顔を真剣な表情で見つめた。その様は少し前とは打って変わり、殺気も怒りも感じられない。丈二はそうしてゆっくりと、そして深々と山下に対してその頭を下げた。その様子に山下は目を丸めて声を荒げる。
「オイ!一体なんのマネ………………」
「大変…………申し訳ありませんでした!」
「はぁ?」
突然の謝罪に困惑する山下をよそに、丈二は姿勢をそのままに頭だけを上に傾け、山下の視線を見据えた。その表情は先ほどまでの荒くれたチンピラの物ではなく、凛としていて真っ直ぐな瞳は一点の曇りもない。
「テメー…………あんだけのコトしといて今更謝ったって………………」
「自分のような若輩と比べ、渡世の先達である組長さんに対して失礼の数々…………本当に申し訳ありません!」
「コラ!!
カタギの前であんだけ恥ィかかされて…………すみませんで済むかッてーんだよ!!
………………テメー…………確か海江田っツーてたよナ?」
「はい。」
「海江田の山崎親分っツーたら…………この辺りじゃ……漢気があって仁義に厚いって評判じゃネーか。
………………テメーがやってるコトはナァ…………その親分のツラに泥塗ってるよーなモンだゾ?オォ?」
「そうかも…………知れませんネ。」
「アァ!?」
淡々と答える丈二に対して、山下は声を荒げながら丈二を睨み付けるが、目の前の男の豹変ぶりに、何やら心の奥底に蠢くような違和感じていた。会議室で暴れていた男と目の前にいる男。その立ち振る舞い、雰囲気、何より纏っているオーラが全然違う。
そして、丈二の持つそのオーラが山下の額に汗を滲ませた。山下にとって目の前の男は子供のように年が離れていると言うのに、丈二の持つオーラは自分より貫目が重いのではないかと感じさせられる程だった。まるで山下の組の総長の前にいるかのように。
そうして山下は最早全く悪意を見せない丈二に対してすっかり拍子抜けし、少しだけ落ち着きを取り戻して「ふぅ」と息を吐いた。
「そういえばテメー…………名前はなんツッたっけ…………」
「海江田組の…………阿久津丈二と申します……」
「阿久津………………?」
山下は眉を顰めて宙を見つめながら首を傾げる。
「なんか聞いたコトあるよーな………………
…………………………
確か…………海江田組で最近売り出してるいい極道がいるって…………そいつの名が確か…………」
山下はそう言いつつ目の前の丈二へと視線を戻すと、丈二は姿勢を正し、真っ直ぐに立って山下の目を真正面から見据えていた。その堂々たる出立ちに、山下はある言葉を思い出し、その額から大粒の汗を流しながら話し出す。
「ま、まさか…………
まさかテメーみてェなチンピラが…………
……………………海江田の羅刹?」
その言葉に丈二はにこりと微笑むと、照れ臭そうに頭をかいた。
「イヤ〜〜〜…………ナンだか最近そんな風に言うヒトもいるみたいで………………身の丈に合ってなくて照れ臭いンですけどネ…………ハハハ……」
そして、その後。山下はつい先ほどまで沸々と湧いていた怒りを鎮めて平常心に戻っていた。
元々荒事を望んではいなかった上、目の前の若者が見た目と反して貫禄のある名うてのヤクザであること。それによって、目の前のチンピラに何か思惑があるのではないかと感じ、この男の話を聞いてみたいと感じていた。
丈二も山下の雰囲気が変わったことを察し、物腰穏やかに山下へとその口を開く。
「あの…………俺が変に暴れチまって……山下さんがやろうとされているコトに支障をきたしたりしちゃってませんかネ…………?」
「イヤ…………別に…………そもそもあの状況じゃ打つ手もねェーしナ…………俺もどうしようかと考えてたトコだったんだヨ…………
でもよぉ………………本当にマイったよなァ…………
オメーさんがさっき…………債権者を何人か殺っチまうって言ってたケドよォ…………極端なハナシ、そんぐれぇしか回収の見込みネーもんな…………」
「ですよネェ…………なにせ10分の1しか貰えネーんですもんネェ…………」
困った表情で空笑いを浮かべる丈二だったが、山下はそんな丈二の顔をまじまじと見つめながら話し出す。
「そんで…………オメーさんはなんか考えがあるんじゃネーのかい?
じゃなきゃここにきて俺に頭ァ下げたりしねーモンな?
俺ァてっきり腕づくで俺を排除して…………その分を掠め取ろうとしてんだと思ったンだけどナ…………」
「イヤイヤ…………そんなコトしませんて!
…………ただ…………今日、ここへ来る前に色々と調べさせて貰ったんですヨ…………」
「だろうナ。俺んトコの金額も知ってたようだし。」
「ええ………………それで………………
ここの社長さん…………随分と顔が広いらしくて…………人望もそれなりにあるらしいんスよね…………」
「ほう…………」
「だから………………銀行や俺たちみてェな金貸しだけじゃなくって…………一般人である親戚とか友人…………んで、それなりにりゼニ持ってる他の会社の社長とかからも結構借りてるみたいで………………」
丈二はそう言うと、会議室の方へと重機の群れの中を歩き出した。それに付き従うように山下も穂を進める。
「それで…………?まだ話は終わってネーだろ?…………」
早く続きを話せとばかりに山下は丈二の顔を覗き込むようしてそう言うと、丈二は歩きながらにっこりと微笑んでその口を開いた。
「イャ………………まぁ…………コイツは賭けですケドね………………」
そうして会議室の前までたどり着くと、丈二はドアに手をかけてゆっくりと開ける。
そして、山下を先に招き入れると、山下は部屋の中を見回して、額から大粒の汗を流しながらその目を丸めた。
部屋の中は2人が外へ出る前と打って変わっていた。
狭い室内に所狭しと肩をつきあい並び座っていた債権者たち、その債権者たちが以前と比べて明らかに少ない。
20人からいたはずが、ざっと見ても12、3人程度しかおらず、閑散とした空気が流れていた。
そして、それを見た瞬間、山下はそれまでと丈二の行動と言動の意味を理解してぽかんとその口を開ける。
「うまいコト行ってたみたいッスね…………」
丈二はポツリと山下の耳元で呟くと、山下の横をすり抜けて部屋へと入って行く。
「イヤ〜〜〜スンマセン、お待たせしました!
にしても…………ゴメンなさいね!ナンだか散らかしちゃってェ…………」
丈二は部屋を出る前とは打って変わってニコニコしながら自分が倒した二つのテーブルを元の場所へと片付けると、そそくさと椅子に座って弁護士へと話し出す。
「アレ………………なんかヒト少なくなっちゃいましたけど…………皆さんどうかされたんですか?」
「い、イヤ…………あの後何人かの方が…………体調不良や急なご用事で…………出て行かれたんですよ…………」
「ありゃ〜〜〜そうでしたか!そいつは仕方ないなァ………………
でも…………社長サン、これから大変でしょうし…………こんなハナシ……早いとこ片付けないとでショ?
…………だから…………ここにいる方々だけで……お話進めちゃいましょうかぁ………………!」
「え?…………あ、いや………………はい………………」
丈二はそう言うと、にっこりと微笑みを浮かべて山下の方へと視線を向ける。
すると山下は、相変わらずその目を丸め、額に汗を浮かべながら丈二の顔を見つめていた。
翌日。
丈二は洋一と一緒に仲西組へと訪れていた。
「おつかれェ〜〜〜ッス!」
丈二が事務所の中へと挨拶しながら入っていくと、応客用のソファーに1人座る仲西の姿があった。
仲西の前にあるガラステーブルの上には、明らかに誰かに貰ったであろう和紙で包装された日本酒が置かれ、仲西は腕を組んでそれを眺めている。
「アレ…………誰か来てたんスか?」
丈二の言葉に仲西は反応してその顔を上げて丈二へ視線を向けた。
「オウ………………
東海金竜寺一家のナ、山下サンってヒトがさっきまでいたんだヨ……」
「へ!?そのヒト……………………兄さんから頼まれた昨日のキリトリんトキ一緒にいたヒトっスよ?」
「ああ…………さっき聞いたヨ!なにせオメーの話しにココ来たんだからナ…………
そんで山下サンから話は聞いたゾ?…………オメー…………昨日は随分ハデに暴れたみてぇだナ!」
「イヤ〜〜〜それ程でもないッスよ…………兄さんから預かった手形の会社……随分とヒドイことなってましたからネ。だから多少の力ワザは使いましたケド…………
それで…………山下サンなんて言ってたんですゥ?」
「ナンだか奴さん……随分とオメーのコト気に入ったみてェでナ…………大したモンだってホメてたヨ」
「ホントっスかぁ…………?」
「ウソついてもしょーがねェだろ。
若いのに肝が座ってるとか…………如才がなくて驚いたっツーてたワ。
なにせ…………山下サンとこも今回のキヒリトリは随分難しいと思ってたらしくてな…………元本の二割も回収出来たら御の字って考えてたらしいんだが…………オメーのお陰で全額回収出来たッツーて喜んでたゾ?またなんかあったら宜しくってサ。」
「そうですか。そいつはヨカッタ!」
「で…………オメーの方も無事回収出来たのか?」
「ええ。モチロンっスよ!
………………で、トリハンってハナシだったんで…………その分の50万、今日は持って来ました。」
「そっか。よく全額回収できたナ。ごくろうさん!」
丈二はジャケットの内ポケットから封筒を取り出すと、仲西の横へと近づいて差し出した。
すると、山下が持って来たであろう酒の陰に、見るからに現金が入ってそうな封筒が置かれていることに気づく。
「この酒…………山下サンが気ィ使って持って来たんスか?」
「あ?ああ…………まぁ、そんなトコロだ。」
「その封筒も?」
「ソ、ソーだけど…………オメーにゃ関係ネーだろうが?コリャ俺が貰ったんだからナ!」
「エ〜〜〜!でも~……山下サン、俺のコト気に入ってソレ持って来たんでショ?」
「ま、まぁ…………そう言われればナ………………」
「したら俺も関係あるじゃネーっスか!それで……中身見たんスか?」
「あぁ!?これから見るトコロだよ!
俺はいらねぇツーたんだけど…………どうしてもって言うんでナ………………」
「ヘェ〜〜〜あのヒトそんな律儀なヒトだったんだ。
………………で、いくら入ってるんだろうナァ?」
「ウルセェな!せかすんじゃネーよ!
…………ったく……しょうがネーな……今見てやるからチョット待ってろ!」
丈二にせかされて、仲西は渋々封筒の中を確認する。
「ひい、ふう、みい……………………おお、思ったより結構入ってるナ…………」
すると、丈二はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、仲西の横に腰を下ろす。
「ヘェ〜〜〜!
確か山下サンは金竜寺一家の若頭補佐だったっけか…………流石、エラいヒトは気前がいいなぁ………………」
「あん?なんだテメー…………?」
「イヤ…………兄さんも俺なんかに取り半なんて気前がいいシノギくれて…………いい兄貴分持って幸せだなぁってつくづく思いますヨ…………
…………洋一、オメーもソー思うだろ?」
突然話を振られた洋一はその目を丸めるが、直ぐに話を合わせてその口を開く。
「は…………はい!流石仲西の兄さんッスよ!」
「な、なんだテメーら…………急に気持ち悪りぃな…………」
仲西は何やら不穏な空気を感じて丈二から距離を置こうと少しだけ身体を反らすが、丈二はそんなことお構いなしに続ける。
「兄さんも臨時収入入ったし…………今夜はなんか旨いもん食いてェなぁ………………洋一もハラぁ減っただろ?」
「はい!」
洋一は瞬時に丈二の意図を汲み、仲西を囲うようしてソファーへと座ると、まるで猫のように仲西の肩へと頬擦りする。
「たまには美味しいお肉が食べたいナァ〜〜〜
あ、それかスシなんかもいいナァ………………
………………………………
………………………………
………………………………
あと、オネーチャンのいるお店も………………」
その様に仲西は鼻から思い切り息を吐き出して声を荒げた。
「て、テメーら!ふざけんなヨ!?
この俺にタカリかけやがってェ〜〜〜!!」
……………………………………………………
こうして俺はまた自分の都合のいいように歴史を書き換えた。
変わるモノ、変わらないモノ。
3度も人生を繰り返しても、その全てが思うままに行くわけではないが、自分が思い描く未来を創ることは決して夢物語なんかではない。
今日のように、自分の描くとおり事を運べると特にそう感じるものだ。
そして、そんな夢物語を現実にするタメのスキルも、今の俺は2度目の人生とは比べものにならない程この手に持っている。
木の葉のように揺れ動く歴史の中で、俺は自分が踏みしめた足跡を見つめ、更に先を見据えてまた1歩ずつ進んで行くのだった。
俺は阿久津丈二。
ヤクザである難しさを……既にイヤと言う程味わった……………………
タイムスリッパ―だ。