1981年1月。
丈二の2回目のタイムスリップから約1年の時が過ぎていた。

山崎組の小さな抗争からしばしの時が流れ、賢治に刺客を差し向けた者の足取りも相変わらず掴めないまま、海江田組の面々は忙しさに追われながら日々を過ごしていた。

そして、そんなある日。
海江田の組事務所には幹部達が一斉に集まり、「月寄り」と呼ばれる幹部会が行われようとしていた。
事務所内にある、会議用に使われている和室の中へ続々と幹部の面々が集まり、並べられた座布団の上に座ってガヤガヤと世間話に花を咲かせている。
一方、飾り気の無い雑然とした給湯室の中、丈二は忙しそうに幹部達に配るお茶の準備をしていた。
給湯室の中は暖房もなく冷え冷えとしていたが、忙しなく働く丈二の額には汗が滲んでいる。そうしてシンクの上に置かれた沢山の湯呑みに一つづつお茶を注いでいると、不意に背後から洋一の声が聞こえて来た。

「アニキ〜〜〜買って来たゼ。」

その声に丈二が振り返ると、洋一は手にしていた買い物袋の中からお茶の缶や和菓子の入った袋を取り出して棚へとしまい出す。

「オウ!お茶間に合ったナ。今注いでるので最後だったから助かったゼ。
ったくよぉ…………ちゃんと在庫見ておけって他のモンにも言っておいたんだけどナ…………やっぱ男ばっかだとこーゆートコ気がまわんネーよなぁ……」

「そりゃ多少は仕方ネーよアニキ…………
こんな事務所でオンナなんて雇おうとしても誰もこねぇだろ?」

「まぁナ!…………そりゃそーだ…………
それにしても…………秘書がいた時はこういう細けぇコトなんざチートも気にしなくて良くて楽だったんだけどナァ…………」

「へ?秘書?………………アニキに?」

「あ!いや…………い、いたらいいナって…………ナ………………ハ、ハハ…………」

「はぁ………………?」

頭をかいて誤魔化す丈二。洋一はそんな丈二の言葉を話半分に聞き流しながらお茶汲みの手伝いを始めた。

「にしてもよう、アニキ…………
こんな仕事、アニキがやんなくたっていいだろ?アニキは忙しいんだからサァ…………って言うか、アニキは海江田ン中じゃもう幹部みてーなモンだろ?」

「はぁ?俺が幹部??そんなワキャねーだろ?」

「だってよぉ……こないだの山崎組の喧嘩でもさぁ……アニキは大活躍だったんだろ?……大体アニキはその辺の幹部なんかよりもよっぽど組のタメに役に立ってるだろ?」

「バカ!事務所ン中でそんなクチ聞いてんじゃネーよ!余計なコト言ってネーでサッサとお茶用意しろ!」

「あ……は、ハイ……」

丈二の言葉に洋一はいそいそと湯呑みをテーブルに並べる。丈二は手を止めてそんな洋一の様子を見つめながらつぶやく様にその口を開いた。

「まぁ…………オメーの言う通り俺も年始でテメーのシノギが忙しかったんだけどヨォ…………でも、今日はどうしても当番になりたくて無理して時間空けたんだヨ。」

「へ!?ナンでそこまでして当番やりたかったんスか?」

「オメー知ってるか?梅沢一家の西村茂吉親分が隠居したってハナシ…………」

「え…………?あ、ああ…………なんだか身体壊されたってコトは聞いてますケド…………引退ってハナシは………………で、それがアニキの事務所当番となんの関係が…………?」

「オメー、なんも分かってネーな…………西村親分が隠居したってコトは…………跡目は若頭である中山のきょ…………イヤ、中山の叔父さんが継ぐってコトだろ?」

「まぁ、普通そうなりますよネ。」

「ああ…………それで、ウチの親父はその中山の叔父さんと五分の兄弟だろ?……そんで梅沢一家の若頭補佐なんだぞ?だから……普通に考えたらオヤジは梅沢一家の若頭になる。でもナ…………中山の叔父さんも年が近くて五分の盃を交わしたオヤジを部下としては使いづらいだろ?」

「え、ええ…………そう言われると確かに!」

「だろ?それでナ…………こっからはオメーも知らネェだろうが…………この機会に海江田を連合の直系にってハナシが出てるんだヨ…………」

丈二の言葉に、洋一は思わず両手を顔まで上げて驚く。
 
「えええ!!?海江田組が関東八州田上連合会の直系組織に!?」

「ああ。」

「もしそんなコトになったら…………海江田組は今まで傘下だった梅沢一家と肩を並べるってコトじゃないですか!
……………………イヤ、それだけじゃない。直系組織になるってコトは…………オヤッさんが田上の総長になる可能性すらあるってコトなんじゃ…………」  

「まぁ、ホントに直系になったとして…………田上で跡目問題が起きたとなったら候補には選ばれるだろう。でも……流石にそれは現実的には厳しいだろうけどナ。」

「いやぁ~~~それでもスゲェっスよ!大出世じゃないですか!…………それで、その話が今日の月寄りで聞けるかも知れねェから……アニキは他のシノギ蹴ってまでして当番になったってワケっすか!」

「まぁ……そんなトコだけどヨ…………」 

丈二じゃそう言うと、お茶を注ぐ手を止めた。そして、眉間にしわを寄せ、厳しい目つきで宙を見つめる。

「でもなぁ………………そう上手いコト行ってくれてればいいんだけどナ………………」 

「へ…………?」


……………………………………………………

1度目の人生では……このタイミングで海江田組はすんなり田上の直系組織へと昇格していた。
しかし。2度目の人生ではそうはならなかった。
山崎組と氏家組の内部抗争が起こり、多数の死傷者を出してしまったコトが大きな原因だ。それによって、田上連合の執行部はオヤジの管理能力に疑問を持ち、オヤジは直系どころか梅沢一家の舎弟頭へと格下げされてしまう。

そしてそれが…………後々の大きな悲劇への幕開けとなる…………

今回は…………そこまでの抗争は起きてない。普通に考えれば1回目のようにすんなり直系になれるハズだ……………………
だが……………………しかし……………………

……………………………………………………


鉄筋コンクリートで建てられた海江田組のビルの中に、30畳ほどの広さの縦長な和室。その部屋の奥にある床框(とこがまち)の上には、金色の刺繍で描かれた海江田組の代紋が額縁に入れて飾られ、青々しい畳の香りと相まって厳粛な空気を醸しだしている。
その代紋を前にして山崎が真ん中に座り、左に若頭である大西、右に舎弟頭の大田原が並んで座っていた。
そして、幹部の組員達は部屋を囲うように壁際に並んで座り、大西の話に耳を傾けていた。

「………………と、言った事で………………皆さんも行動には充分注意してください!」

大西が幹部に向けてそう話すと、幹部たちは「月寄り」ももう終わりかと、張り詰めた気を少しだけ抜いてほっとした表情を浮かべた。
しかし、そんな幹部たちの顔を見ていた大西は少しだけ表情を曇らせ、眉間に深いしわを寄せる。そして、くつろぎ始める幹部達の様子など意に介さず、これからが本番だとばかりにゆっくりと重い口を開いた。

「…………では最後に………………
 本家、田上梅沢一家・西村茂吉総長が引退されるコトとなりました………………」

大西の話ぶりに幹部たちは何かを察し、我に返って反射的に襟を正した。大西が醸し出している空気は、何やら良からぬ言葉が出てくるであろうと思わせる雰囲気を醸しだしている。
事務所当番としてお茶のお代わりを配っていた丈二も、そんな空気を察して思わずその手を止めて大西の方へ身体を向けた。そうして一同は、それぞれ神妙な面持ちで額に汗を滲ませながら大西の次の言葉を待っていた。

「え~~~~~次期総長ですが……………………
………………………………………………………
本家・若頭、中山加津夫組長を五代目とし…………これに基づいて四月吉日に襲名を執り行い…………新体制が発足いたします。
……………………なお………………」 

大西はそこまで話すと更に眉間に深いしわを寄せ、思わず黙り込んだ。丈二はそんな大西を見て、全てを察して虚ろに天井を見上げた。

ーーそんな……………………やっぱり…………変わってねぇってのか………………ーー

丈二の2回目の人生での同じ場面と、目の前の出来事がシンクロして行く。その時に自分が何を考え、どう感じていたのかもハッキリと思い浮かんでいく。

「なお………………オヤッさんは中山組長との盃を改め……………………
…………………………
舎弟頭として新体制に寄与することとなります…………」

その言葉に一同はその目を丸め、思わず息を飲んだ。そして、大西の横に鎮座している山崎は、予想に難しくなかった幹部たち心境を察し、思わずその瞳を閉じてうつむいた。そんな山崎の沈黙が場の空気を更に重くし、幹部たちも申し合わせる様に押し黙る。若頭補佐から舎弟頭への降格とは海江田組にとってそれだけ重い人事だった。
すると、大西の傍に座っていた仲西が沈黙を破って大西へと恐る恐るその口を開く。

「あ………………あの………………
オヤッさんは総長との盃を直して…………連合の直系になるハズじゃ…………?」

その言葉に幹部達も一斉に大西へと視線を送る。その刺さるような視線に大西は耐えられず、思わずその瞳を閉じて黒縁のメガネをいじりながら仲西の問いへと答えだした。
  
「いや………………去年の抗争が………………山崎組と柳曾組との抗争で堅気の衆に怪我人を出したコトが………………いたく連合の執行部を刺激したらしくて…………
 ……………………その懸案については白紙となりました!」

大西は初め言いづらそうにしていたが、「白紙」という言葉をハッキリと言い切る。その様子に幹部達はざわめき出した。すると、仲西の真横に座っていた石田がその身を乗り出して大西へと問いかける。

「そ、それじゃ…………連合内で完全に傍系になれってコトじゃないですか?隠居しろってコトでしょう!?」

絶望感をその表情に滲ませながら話す石田に対して、大西は額に汗を浮かべながら取り繕うように答える。

「まぁ………………一概にそうは言えんだろう…………」 

大西がそう言った瞬間、今度は仲西が必死な形相で間髪入れずに声を荒げた。

「気休めは言わんで下さいよ!いったん成長が止まったヤクザ組織なんぞ後は痩せていくばかりなんだから!そりゃカシラだって充分ご存じでしょうも!?」

的を得た仲西の言葉に大西は何も言い返せない。弱った者は食い物にされる、そんな事は一般社会での企業競争などでもあることだ。例え百獣の王であるライオンであっても、病気や怪我で弱れば他の獣の食い物となる。そして、大西たちがいるこの裏社会はことさらそれが顕著に表れる世界なのだ。それを誰もが痛い程分かっているが故、再びその場の者たちは押し黙る。
 
すると、次の瞬間。

ドン!!! と、畳を殴りつける音が部屋中に響き渡った。部屋にいる者たちは頭で考える前にその音の方へと視線を向ける。そこには、大田原の前に座る賢治の姿があった。賢治はその頭から耳まで赤く染め、鼻息をふーふーと荒く吹きながら畳に拳を突き立てている。賢治は今にも誰かに襲い掛かりそうな殺気を振りまくように放ち、隣に座っていた氏家は思わず賢治から距離をおいて離れた。そして、賢治は拳を突き立てたままゆっくりとその顔を上げ、大西を睨みつける様にしてその口を開く。
 
「ナンでだよ………………堅気が怪我したっツったって…………アリャ向こうが仕掛けた爆弾のせいで起きたコトだろうが!!なのにナンでオヤッさんがこんな目にあってんだ!?おかしいだろうが!!」

「賢治………………コレはあくまで執行部が決めたコトであってな……」

激昂した賢治は、大西の言葉を聞くや否や立ち上がり、力いっぱいに拳を握りしめて更に声を荒げた。

「だ・か・らァ~~~!その執行部はナンで俺に言ってこねぇんだヨ!文句があんなら俺に言えばいいだろうが!!エンコ詰めでも破門でもなんでも受けてヤルよ!!」 

顔を真っ赤に染めた賢治は、怒りの矛先を大西へと向けていた。賢治も大西が悪いわけではないと分かっていても、止めどなく込み上げてくる衝動を向ける場所がそこしかない。そして、大西はそんな賢治とは対照的に冷静な表情で諭すようにその口を開いた。
 
「賢治…………もう…………決まったコトだ!」

「アァ!?…………ググ…………グググ…………!」

賢治は大西を睨みつけながらも、それ以上何も言えずにその肩を震わせていた。すると、賢治の横で大田原が口髭を人差し指でさすりながら大きなため息をつく。
 
「フゥ~~~………………ったく…………子の責任を親が取るのは当たり前じゃろうが……………………大体組に相談もせず、勝手にヨソの組と喧嘩なんぞしやがったからこんなコトになったってーのに…………ホントに…………いい迷惑なんじゃ…………!」

大田原は賢治から顔を背けて独り言の様にそう呟くと、賢治はその目を血ばらせて大田原へと身体を向ける。
 
「ナ………………ナニィ…………!?」

賢治は今にも大田原へと襲い掛かりそうな程に敵意を向けていた。その様子を部屋の隅で見ていた丈二は額から大粒の汗をこぼす。

――ま、マズイ………………賢治の奴をこれ以上キレさせたら……見境がなくなっちまう……!――
 
丈二は最悪の事態を想定して賢治の傍へと歩き出したその時。不意に仲西の声が聞こえてきた。

「叔父さん!そりゃあ言い過ぎってモンですよ!真正面から名指しで喧嘩なんぞ売られたら…………ここにいる誰だって抑えなんて効くワケないでしょう?…………組の看板に直接泥塗って来るような輩がいたら…………そりゃあ自分でケジメ取り行くに決まってるじゃないですか!…………ましてや賢治は…………オヤッさんの……山崎組の2代目なんですヨ!?」 

感情を込めて身振り手振り話す大西に対して、大田原は「フン!」と荒々しく鼻息を出しながら腕を組んでそっぽを向く。

「ワ、ワシは別に………………」

意外な仲西の言葉に、賢治は少しだけその肩の震えが収まっていた。それを見ていた丈二は、今だと幹部達の後ろから走り出し、大田原と賢治の間に割って入る様にして座り込んだ。そして、両手を畳に置いて土下座のような格好で幹部一同へと声を荒げる。

「こんな時に…………!身内同士で揉めたりなんてしたら絶対にダメですヨ!!それこそオヤッさんの……海江田組の立場がもっと悪くなっちまう…………だから…………だからこそ、こんなコトになっちまったからこそ!今まで以上にみんなで組の結束を固めましょうヨ…………!お願いします!!」 

誰もが思いもよらなかった懇願する丈二の姿に、幹部達は思ずその口を閉じた。だが、大田原だけは不服そうに丈二へと声を荒げる。

「丈二!!…………テメー……最近調子コイて跳ねてるらしいがな…………テメーなんぞあくまで三下なんじゃ!…………なのに……ナニを偉そうにペラ回しとるんだ?(喋ってる)ここはテメーみてぇな小僧が口きいていい場所じゃねぇんだヨ!」

丈二へと迷惑そうに話す大田原の言葉に、賢治は再びその拳を握り、目を血ばらせて大田原を睨み付けた。

「アァ!?ナンだとテメー………………俺の舎弟を三下だと抜かしやがったナ…………!?」 

「三下奴(さんしたやっこ)に三下言うてナニが悪いんじゃ…………!大体……事務所当番してるような若いモンが三下じゃなければナンだと言うんじゃい!」

「ナニィ…………?グググ…………殺すゾ……このヤロー…………!!」
 
賢治の怒りは頂点に達しようとしていた。その様子に丈二は思わず息を飲む。そして、諦めにも似た感情に茫然自失とさせられながら賢治を見ていた。

――ダメだ………………コレはもう止められねェ…………俺が身体張って賢治を止める以外…………この場を収める方法は…………――  

丈二がそう思って覚悟を決めようとしたその時だった。それまで沈黙を保っていた山崎がついに重かったその口を開く。

「ヤメろ………………賢治………………」

「オヤッさん…………?」

山崎は神妙な表情で賢治に一言だけそう言うと、続けて幹部の方へと顔を向けて再び話し出した。

「組の金看板には…………沢山の仲間達の血と涙が沁み込んでおる。それに仇名すような野郎がいたとしたら…………例えどんなコトをしたとしても……血を分けたも同然の家族のタメに組の面子を守る。それが……極道としてのあるべき姿だ。…………………………賢治はワシが作った山崎組の面子を守るため、その身を削って柳曾組と喧嘩をした。それを…………そんな賢治のしたコトを…………親としてどうして責められようか。
…………………………
だから…………こんなコトになったのは………………それは儂の力が足らなかったと言うコトだ。…………儂の力が足らんばかりに皆に迷惑をかける……………………すまん!」

真っ直ぐに前を向いて語る山崎の言葉は、この場にいる者たちの胸の奥へと染みこむ様に入って行く。そしてそんな山崎の心根を痛いほど理解している賢治は、いたたまれなくなって犬の様に四つん這いになって山崎の元へと駆け寄った。

「オヤッさん…………ヤメてくれヨォ……!オヤッさんは何にも悪くなんかないんだからサァ…………!」

賢治は山崎より頭を低く下げ、見上げるようにして山崎に対して訴えかけるが、山崎は何も答えずに幹部達全員を見つめたまま眉一つ動かさずにいた。そして、胡坐をかいて座っているその膝の上に、ゆっくりと両手置いて幹部達に向けてその頭を下げる。

「この通りだ!」   

山崎のその真摯な姿に、その場にいる者たちは皆一様にして額に汗を浮かべて固唾を飲んだ。それは丈二も同様だった。2回目の人生と全く同じ場面であるこの記憶を忘れてはいなかったが、山崎が心から謝罪するその姿は、例え2回目とは言え衝撃を受けて息を飲む。そして、そんな山崎の姿を目の前で見ていた賢治は、その胸の痛みから今にも泣きだしそうな表情で呆然としていた。

「オ…………オヤッさあん………………」 

賢治は山崎に対してなんとも言い難い程のいたたまれない気持ちが溢れ、その胸を押しつぶされながら弱弱しい声を上げた。そして、そんな山崎と賢治の様子が部屋の空気を更に重く変えていく。誰もがその雰囲気に呑まれ、言葉も発せずに二人を見つめていた。
 
その時だった。そんな空気を払いのけるようにして石田が幹部達の前へと出ると、まるで土下座をするように握りしめた両拳を畳に突き立てて山崎へと顔を向けた。

「顔…………上げて下さいよ。オヤッさん!例え本家がなんて言って来ようと俺たちは変わらないですから。……丈二が言ってたように皆で力を合わせて……これからもずっとオヤッさんについて行きますヨ…………!」  

「石田…………」 

石田の言葉に山崎は少しだけ目を細めると、今度は仲西が両手を組んで目を閉じ、「う~~~ん」と呟いた。その様子に一同は仲西へと視線を送ると、仲西はゆっくりとその口を開いた。

「まぁ、考えて見れば…………ウチは今……俺達独自で始めた色んなシノギも驚くほど順調だし……それによって最近は組員も随分と増えてる。本家の力ぁ借りなくたってウチは大きくなってますよネェ………………」 

仲西はそこまで話すと、わざとらしくも何かに気付いたかのように左手の掌を右こぶしでぽんと叩く。

「そうですよ、オヤッさん!俺達で力ぁ合わせて海江田組を今以上に大きくして…………こんな人事をした執行部の奴らを見返してやりましょうよ!………………なぁ…………みんな!!」

仲西は拳を顔まで突き上げて幹部達へとアピールするかの様にそう話すと、幹部達は互いに顔を見合わせた。丈二によって始められたノーパン喫茶や金融業は確かに絶好調だった。そしてそれが相乗効果を呼び、他の幹部達もそこからシノギのやり方を学んだり、アイデアを見習ったりして少なからず良い影響を受けていた。それによって更に、石田のようなそれまで組に対して稼ぎを入れられなかった者たちにまでも影響を及ぼしていた。
仲西の言葉はその事実を幹部達に思い起こさせ、組長の降格と言う暗い現実を吹き飛ばす程の高揚感を胸に湧き上がらせる。
そうして。幹部達は一斉に立ち上がり、それぞれが声を上げ始めた。

「そうだヨ!!俺たちはヨソの組より勢いがあるんだ!」
「ウチよりシノギが順調な組を探す方が大変ってモンだよナ!」
「田上梅沢がなんだってんだよ!」
「オヤッさん!やってやりましょうヨ!」

幹部達は拳を握りしめて互いを鼓舞する。先ほどまであれ程重かった部屋の空気は一変し、それはまるで熱気を感じる程だった。
山崎は予想もしてなかった幹部達の前向きな言動にその目を丸めるが、穏やかな表情になって一人一人の顔を見渡す。

「お前たち………………」 

そう呟く山崎の傍で、丈二も幹部達の様子を驚いた表情で見つめていた。
2度目の人生での同じ場面と比べると、全く予想もしてなかった光景が丈二の目の前に広がっていたからだ。
まるでお通夜のように終わった2度目の人生での月寄り。それが今回の人生では、重い裁定が起こったにも関わらず皆がそれを受け止め、それに負けじと団結して立ち向かおうとしている。 

丈二がそうなるように導いて来た訳ではない。これまでの丈二の行動が少しずつ周りに影響を及ぼし、丈二の理解を超え、その変化はまるで大きなうねりとなって今目の前に現れていた。

これがこの先どんな結末を迎えるのか、それは分からない。
だが、丈二は胸の奥に湧き上がる熱い何かを感じながら、静かにその瞳を細めるのだった。