山崎組に正面から喧嘩を売ってきた者がいる。
そんな事実よりも2度の人生で経験のない出来事が起きている。
その方が丈二にとっては脅威に感じていた。
そこからなし崩しに歴史が変わってしまうのではないか。
コツコツと積み上げてきた物を根底から壊されるのではないか。
額に汗を滲ませ宙を見つめる丈二だったが、はっと我を取り戻して賢治の方へと視線を向ける。
賢治は眉間にきつくシワを寄せてはいたが、丈二が思ったより冷静だった。
その姿を見て丈二も次第に冷静さを取り戻して行く。
「アニキ...
どこのどいつが喧嘩売ってきてんのか...
心当たりはあるんスか?」
「あ!?
心当たりだァ?
まぁ、そ〜〜〜だねェ...」
丈二の問いに賢治は腕を組み、目をつぶって考え出す。
そして、ソファーに勢いよく腰を下ろすとニヤリと不敵な笑みを浮かべながら両手の掌を上に向けた。
「いっぱいありすぎて分かんナァ〜〜〜イ♡」
賢治の言葉を聞いた丈二は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ダメだコリャ...」
丈二は半ば呆れ気味にため息を吐くと、賢治の正面に座っていた宮下が口を開く。
「それにしてもオヤジ...
コイツはちょっと妙ですよネ...
タダシの奴がヤラれてから随分時間が経つってーのに向こうからなんの動きもないなんて。
それに...イマドキいきなり喧嘩売ってくるなんて...
普通は何らかしらの手順を踏んでくるモンでしょ?
ウチが一本でやってるならまだしも...
今やウチは海江田の枝なんだし...」
宮下の冷静な言葉を、賢治は耳の穴に小指を突っ込んでぐりぐりとほじくりながら聞いていた。
そしてその指に付いたカスに「ふっ」と息を吹きかける。
「タダシやった奴らが何考えてんのかは分かんネーけど...
ウチに喧嘩売ったからには半端な追い込みじゃ済まないってコトは知ってるだろうしナ...
それに...ウチだけじゃなく海江田から田上まで向こうに回す覚悟で来てるってコトだよネ。
それってサァ...
余程俺達に恨みがあって...
自殺願望のあるイカれたバカ野郎なんだろうねェ!!」
呆れたように話す賢治の言葉を聞きながら丈二は宮下の横に座る。
「確かに...
タダシさんをヤッた奴らはアトのことなんざ考えちゃいねぇのかも知れませんね...
そして...
まるで事件が発覚するのを待ってるかの様に音沙汰ないってトコ見ると...
恐らく相手の野郎どもは少人数で...
俺たちと差し違える覚悟でゲリラ戦でもやろうとしてるんじゃないですかネ...?」
丈二の言葉を聞いた事務所内の組員達も、一斉に丈二へと視線を送る。
そんな組員達の顔を丈二は一回り見て、もう一度賢治へと口を開いた。
「まぁ...
あくまで俺の想像ですケドね。
恐らく...事件が発覚して俺たちが犯人を探そうと手分けして動き出したトコを...
奴らは狙ってんじゃネーですかね...?」
丈二の話を黙って聞いていた賢治は、両手をソファーの背もたれに広げて深く座り直す。
そして、眉間にシワを寄せながら丈二を見据えて話し出した。
「ふーーーん...
マッ、その可能性もあるだろうネェ...
.....で。
丈二。
仮にそうだとして、オメーならどうするってんだい?」
賢治の問いに、丈二は少しの間賢治を見つめながら黙り込む。
そして、意を決して重々しくその口を開いた。
「俺が.....
囮になります。」
「アァ!?
テメーが囮になるだァ?」
「はい。
敵がどんな奴らかも分からない今、皆んなで動くのはリスクが高いでしょう?
俺が必ず...タダシさんヤッた奴らのシッポ掴んで来ますヨ...!」
ーー下手に賢治が動いてオオゴトにでもなったら目も当てられねぇからな...
それに相手は少人数である可能性は高いはず。
大義も無しにイキナリ山崎組の人間を襲うなんてヤクザじゃない可能性もある。
だとすれば...これ以上火種を大きくせずにコトを収めることが出来るかも知れない。ーー
丈二が賢治を見つめながらそう思っていると、不意に横に座る宮下の声が聞こえてきた。
「丈二、オメー...
1人で探そうってのかヨ?」
「え?
は、はい。
ここじゃ俺が1番下っ端なんだしトーゼンじゃないですか?」
「フ〜〜〜ン...
流石、羅刹とか言われてるだけあって丈二は度胸があるネェ!
.....
ケドよ?
オメー...ここに出入りするようになってからまだ日が浅ェだろ?
果たして奴さんらは...オメーが山崎組のモンだって知ってるのかネェ...」
「いや、それは、確かにソー言われてみると....ソーかも知れねぇですケド...」
あたふたと返す丈二の姿を見て、宮下はクスリと笑う。
そして、何やら勢いをつけるかの様にパンッと両手で膝を叩き、賢治に向けてその口を開いた。
「オヤジ!
俺も丈二と一緒に行きますヨ。
俺の面なら十分過ぎるほど割れてるでしょうからネ!」
その言葉に丈二は目を丸める。
「へ!?
いや...宮下の兄さんが...?
若頭が直接出ていかなくっても...」
「ナンだよ?
俺じゃ役不足だってーのかい?」
「いや、そーゆー訳じゃ...」
「それに、ナンかあっても『羅刹様』が守ってくれんだろ!
ナ!!」
「イヤ、まぁ、そりゃあ...
ハハハ...」
丈二は額に汗を浮かべてしどろもどろに答えると、賢治が訝しそうな表情で話し出す。
「フン...
まぁ....いいだろ。
俺も街ウロウロすんの面倒くさいしネ。
丈二がそこまで言うなら任せてもいいヨ!
俺たちゃ喧嘩の準備してっから、何か分かったらスグ連絡しろヨ?」
「ハイ...!
任せといて下さい...!」
丈二は賢治の目を見据えながら低い声で返事をすると、ソファーから立ち上がった。
そして横の宮下も呼応するように立ち上がる。
「そんじゃ...ちょっくら行って来ますヨ。
オヤジ!
丈二!
...ヨロシク頼むぜ?」
「ハイ...
ナメた野郎どものツラ拝みに行きましょう。
...宮下の兄さん!」