佐山からの呼び出しを受けた丈二は、海江田組の事務所へと戻って来た。
そして、ドアを開けて中へ入るとその瞬間に異様な空気が部屋中に漂っているのを感じる。

何故そうなっているのか、なぜ自分が呼び出されたのかは重々分かっていた。

石田の借金を何とかする為に、英和信金で恐喝を仕掛けた時に敢えて置いて来た海江田組の代紋。
それが前の歴史と同じように新宿署の広沢の手に渡り、経緯は不明だがそれが黒川組組長の息子、矢野欣也の手に渡っていたのだ。
前の人生での欣也は、名だたる親分達と肩を並べる器量の大きな男であり、丈二も数々のピンチをこの欣也に救われた。
しかし、この頃の欣也はまだチンピラ丸出しの子供だった。
そんな欣也が名親分と呼ばれるまでに成長するきっかけとなるのが今回の事件であった。

事の発端は数日前、海江田組組長である山崎忠義の元に、黒川組の若頭である武田毅(43)が、黒川組組長であり山崎忠義と兄弟分である矢野恵蔵の実子、矢野欣也を連れて武田組の若い衆として迎えた事を挨拶に来た事から始まる。
そしてその時、山崎は数年ぶりに再会した欣也に数々の無礼な態度を取られ、そして丈二の代紋をいくらで買うかと突きつけられる。
山崎は欣也に対して相当な怒りの感情を覚えるが、兄弟の息子である事と、欣也の幼さ、そして武田の顔を立ててその場は堪える。
そうして、その後山崎は代紋が黒川組に渡った経緯を調べ、丈二が英和信金で恐喝を掛けた時に失った事を突き止めて丈二を事務所に呼びつけたのだった。

組長のデスクに鎮座した山崎は異様とも言える空気を纏い、静かに丈二の顔を見据えている。
そして、その横には仲西と佐山がまるでその威圧感に押されて肩を窄めるように立っていた。
丈二はそんな面々を神妙な面持ちで1人ずつ見ながらゆっくりと山崎の前へと歩み寄る。
すると、山崎がその鋭い眼光をまるで丈二の身体を突き刺す様に向けて話し出した。

「テメー...
代紋どうした?」

まるで空気が震えるようなドスの効いた低い声で話す山崎の言葉を、丈二は正面で受け止めながら黙って山崎の目を見据える。
そんな丈二に山崎は更に睨みつけて声を荒げる。

「代紋はどーしたのかって聞いてんだよ!!」

その言葉に丈二は申し訳なさそうな表情で答える。

「代紋は...

失くしてしまいました...スミマセン。」

「失くしただと...?
テメー...代紋ってーモンが...
どんな物なのか...分かっててそんなヨタ飛ばしてんじゃねぇだろうな...?」

「はい...」

「テメー英和信金にタカリかけただろう...?」

「はい...」

「別にそのコト責めてんじゃねぇ...
しょせん俺達ゃヤクザ物だ...ユスリ、タカリも仕事のウチだろう...

だがなぁ...
テメー極道としてやっちゃいけねぇコトやったんだ!」

山崎がそう言うと、横にいた仲西も鋭い眼光を丈二に向けて続けて口を開く。

「オメー...
英和のオッサンにウチの代紋買わせたんだって?」

「はい...確かに...
恐喝の道具として代紋を使いました...」

丈二がそう言うや否や、山崎が荒々しくがなり出す。

「丈二...
テメーにとっての代紋ってェのはナンなんだ!
おう?

ただのバッジなのか?」

「いえ...決してそんなコトは...」

丈二は全てを受け入れ、言い訳する気など微塵もない。
そんな丈二を山崎は睨みつけていると、不意に事務所のドアが開いて江原が中へと入って来た。
しかし山崎は、江原が来たことなど全く気にもせずに変わらぬ口調で丈二に話し出す。

「確かに...
オメー等に配ってるヤツは一個5、600円。
安モンだ!
それを5万、10万で売りゃボロい儲けになる...

だがな...
代紋ッてモンはなぁ...俺達が命懸けで守らなきゃならネーもんの象徴なんだ!!
縄張りや一家をあらわしてるんだ!!」

山崎の眼光は更に凄みを増して行く。

「それを安売りするてェコトは...

組を安売りするてェコトなんだよ!!」

山崎が重々しい口調でそう話すと、給湯室から江原が包丁とまな板を持って丈二の横へとやって来た。

「ささ、エンコ(指)詰めや...エンコ詰め!」

そんな江原を一同は呆れた表情で見つめ、仲西は思わず「はぁ?」と返す。
すると、江原はニコニコと表情を緩ませながら仲西に話し出した。

「兄さん...オヤッさんがこがいに怒ってはるんや...
そりゃ指の一本も飛ばさなほかの者にシメシがつきまへんで!

...ちゃいまっか?」

江原がそう言うと、佐山は思い切り眉間にシワを寄せて江原を睨みつけて恫喝する。

「コラッ!
慎吾ッ...!
屁コイたような面しやがって...!
テメーには関係ネーだろうがッ!!」

佐山の言葉に江原はその表情を思い切りしかめて口を開く。

「ナンやとォ...
コラッ!!
シバいたろか...お!!」

江原は荒々しく佐山に啖呵を切ると、自身を落ち着かせる様に一度息を吐く。
そして冷静な表情に戻ると仲西と佐山を交互に一瞥してから再びその口を開いた。

「そんなら佐山チャンこれどないすんねん?

...話は聞いとるで。 

丈二チャンがシノギで使うた代紋が黒川組に渡ってしもうたんやろ?
せやからオヤジもこんだけ怒ってはるんやろが。

こないなモン丈二チャン1人で手に負えるコッチャないやろ。
大人しくエンコの一つでも詰めてワビ入れた方が丸く収まるん違うか?」

淡々と話す江原に対して佐山はギリギリと奥歯を噛み締めて江原の胸ぐらを掴んだ。

「慎吾ッ!!このヤロー...!
聞いた風なクチ聞きやがってコラ...!!」

「ナンやこの手はコラ...!
おどれの舎弟のコトを人が気ィ効かせてゆーてやってんやろが?
終いにゃ本気でぶち殺すぞワレ...!!」

「上等だコラ...やれるモンならやって見ろよ...!!」

一触即発の空気が2人の間に漂う中、丈二が間に入る様に詰め寄って話し出した。

「やめて下さい兄貴、江原の兄さん。
俺は大丈夫ですから...

コイツは俺の手でなんとかしますんで。」

その言葉を聞いた佐山は江原から手を離して目を丸めて丈二を見る。

「ナンとかするって...オメーどうすんだよ?」

そして佐山に凄まじい殺気を送っていた江原も表情を一変させて丈二に視線を向ける。

「相手は武闘派で鳴らしとる黒川組やぞ...?

分かって言うてんのかいワレ...?」

「ハイ...!」

丈二は力強くそう答えると、山崎の方へ振り返って真剣な眼差しで訴える様に話し出す。

「オヤッさん...

この件は俺が責任持って黒川組から代紋を取り戻します。
それで...許して貰えないでしょうか...?」

丈二の言葉にその場の一同は目を丸める。
そして山崎はしばらくの間押し黙ってから丈二を見据えてゆっくりと口を開いた。

「丈二...

よく言った。

どんな手を使っても構わねェから代紋を取り戻して来い。」

その言葉に仲西が驚いて口を開く。

「オヤッさん...
そんなコトしたら黒川んトコと揉めるんじゃ...」

「構わんッ!!

丈二...テメーが殺られたら骨は拾ってやる!

いいか!?
必ず取り戻せ!!」

山崎の力強い言葉に丈二は真剣な表で応える。

「はい...!

必ず.....!!」