「勝手にしろヨ!」

怒鳴り声と共にガチャンと受話器を叩きつける音が耳に刺さり、丈二は受話器を持つ手を無意識に耳から遠ざける。

そして、ニヤリとほくそ笑むと自室のリビングに座ってタバコに火を付けた。

ーー佐山の奴...案の定怒ってたなぁ。
そりゃソーだよな。
俺が江原んトコで働くなんて言ったらな。

でも...

事前にノーパン喫茶の話しといて良かったゼ。
なにせ俺はここ最近で奴に都合3000万も使ってるからなァ...

だから多少のワガママ言っても何とかなるぜ。

何にしてもこれで江原んトコに行くのも佐山公認になったワケだ。

それにしても...
しばらくはノーパンと金貸しで忙しくなるなぁ。
余計なコトはあんま考えねえようにして、いっちょ頑張らねえと!ーー

とりあえず思い通りに事が運んでいたことで丈二安堵の笑みを浮かべながらタバコの煙を天井へ向けて大きく吐くと、気合を入れ直すように軽く自分の頬を叩き、ローンズエハラへと向かうのだった。


「うぃ〜〜〜っす...
新人の阿久津丈二でーす。」

丈二は愛想良く笑顔を浮かべながらローンズエハラの入り口のドアを開けて中に入ると、店の奥でデスクに座っていた孝が丈二の姿を見るや否や「バン!」とデスクを両手で叩いてから立ち上がって駆け寄って来る。

「チョットこい!」

孝はそう言うや否や丈二の袖を掴んで店長室へと引っ張って行った。

「ナンだよタカシ...?
俺は江原の兄さんに言われてココに来てるんだゼ...?」

怪訝な表情で話す丈二の正面で孝は、眉間にシワを寄せながら顔を近づけて来る。

「ナンだじゃねーゾ?
テメーこそなんだその格好はよ?
紫のスーツなんて着て来やがって...
おまけに頭にグルグル包帯巻いてよう...

どの角度から見てもチンピラヤクザにしか見えねぇだろうが!

.....

もチットなんか他に服はネーのかよ?」

「ああ...

だって昨日着てた奴は血が付いちまったからよォ...
クリーニングに出しちまったよ。」

「テメー...
昨日着てたのは派手な赤のストライプだったろうが!
今のとそんなに変わんねーだろ!
ナメてんのか?コラ!?」

「まぁ、来てソーソーそんなに怒るなよォ...

それに...いいんだよ服なんざ。
俺は店に立って客の相手とかしネーから。」

「はぁ?
そんじゃテメー何しに来たってんだよ?」

「そりゃおいおい...な。」

丈二はニコリと笑ってソファーにどすんと腰を降ろす。

「取り敢えずタカシさぁ...
売り上げ帳と顧客名簿をココに持って来て貰えネーかな?」

その言葉に孝は顔を真っ赤に染め上げて拳を握りしめる。

「テメー...
俺をコピー取りのOLか何かと勘違いしてんじゃネーか?
見たきゃテメーで取りに行けよボケ!」

「分かったよぉ。
んじゃ、取りに行くから場所教えろよ。」

「事務所の右奥の棚だよ!
見たらちゃんと元に戻しておけよ!
アト内容を外に漏らしたら殺すからな?」

「はいはい、分かったヨ。」

丈二は立ち上がって部屋のドアに手を掛ける。すると何かを思い出して、ドアノブを握ったまま孝の方へ振り返った。

「そういや来て早々オメーが怒鳴るから言い忘れちまってたケド...

これからヨロシクな。

タカシ...」

丈二の言葉を聞いて孝は無意識に視線を横に逸らす。

「フン....」

丈二が部屋を出てドアを閉めると、孝はそのドアを少しの間睨みつけていた。
そして大きく一つ息を吐くと、その表情は穏やかに戻って丈二の閉めたドアをしばらくの間見つめていた。


そして数時間後。

丈二はローンズエハラでの初日の仕事は軽めに終わらせ、ノーパン喫茶に改装する喫茶店のカウンターに座っていた。
横には洋一も座り、目の前に置かれたホットコーヒーにナポリタン、サンドイッチを2人で食べ出す。

「おお...
コリャうめぇなぁ...
特にこのナポリタン...ホントにオメーが作ったのかよ正人?」

カウンターを挟んだ奥にはエプロンを付けた正人が照れ臭そうに立っていた。
そして、丈二の言葉を聞いて鼻息荒く顔を突き出して来る。

「ホントか?
ウメェか??

イヤーそう言われるとなんだか照れ臭えなぁ...
マスターの教え方がいいからだよ!」

「イヤ、オメーは才能あるんだよ。
コーヒーも旨いしな!
流石コーヒーショップで一財産稼ぐだけのコトはあるなァ...」

「あ?
ナンだ?
コーヒーショップって...?」

「ん?
イヤ...えっと、普通に喫茶店やってもオメーなら通用するってコトだよ。」

「そうか?
あんま人から褒められるコトってネーからそんなに言われっとウレシイもんだねェ...」

「やっぱ正人にやらせてみて正解だったゼ。
これならスグにでももう一店舗行けるな。

アトは...肝心のウェイトレスか...

洋一、オネーちゃんの手配はどーなんだ?」

丈二は横にいる洋一に視線を向けると、洋一はガツガツと頬一杯にパスタを詰め込んでいた。

「ふぁい!...ってふぁす...」

「キタネーなぁ...
ちゃんと飲み込んでから喋れよ。」

丈二が顔をしかめると、洋一はコーヒーカップを掴んでグイッと飲み込む。

「んぐっ、んぐっ!
ぷは〜〜〜!

スンマセン。
あんまり旨いんで夢中で食ってました。

えっと...既に何人か良い感じで考えて貰ってますヨ!
なにせルートコとかとは違ってソフトな仕事で給料もいいし。
逆にソッチの女がやりたいって言ってくる位っスよ。
仲西組の若い衆らも動いてくれてるし、コッチは任せといて下さい!」

「そっか!

ヨーシ...アトは兄貴と仲西の兄さんがいい場所見つけてくれりゃ何とかなりそうだな!」

丈二はノーパン喫茶に確かな手応えを感じで思わず拳を握ると、不意に店の電話が鳴り響いた。
そして、店の奥にいたマスターがその電話に出ると、程なくして丈二のへと声を掛けて来た。

「丈二チャン、電話だよ!
佐山サンから。」

「兄貴から?」

丈二は立ち上がってその電話に出ると、佐山の荒々しい声が聞こえて来る。

「丈二か?
オメー何やってんだよ!」

「え...?
何って...?」

「オヤジがカンカンに怒ってるぞ?
スグに丈二を連れてこいって...」

その言葉を聞いた瞬間に丈二は察する。

ーーあの件か...
自分で選んだ道だけど...
今は商売で頭が一杯だったからめんどくせえなぁ。

まぁ、そうも言ってられねぇケドね...ーー

「分かりましたヨ。
これからスグに事務所戻ります。」

「オウ。急げよ!」

佐山はそう言うなり受話器を「ガチャン!」と叩きつけて電話を切る。

ーーったく...

アッチもコッチも忙しいなァ...

でも...これはこれでキッチリやんねーとな...

.....

ヨッシャ!

そんじゃ気合い入れて行きますか!ーー

丈二は無理矢理気持ちを切り替えると、同時にその表情も険しくなる。
そうして店のドアを開け、足早に海江田組の事務所へと歩き出すのだった。