「それでよ...
そんなくだらネー言いがかりつけやがったモンだから...
ここでヤキ入れてやったってワケよ。」
 
仲西組の事務所のソファーに座り、仲西は身振り手振り交えて話すと、その横で佐山はうんうんと頷きながらその話を聞く。
正面には正人も座って、身を乗り出す様に仲西の話を聞いていた。
 
「そんなコトがあったんスか!
いや〜〜〜俺も混じりたかったなァ。
 
あのヤローは前っからいけすかなくて。
ザマー見ろってんですよ!」
 
「まぁ...
氏家んトコの奴らはナ...
 
商売がチート上手く行ってるモンだからって上から下までそれを鼻にかけてやがるトコあるからヨォ。
 
でもなぁ....」
 
仲西の隣で聞いていた佐山は首を捻る。
 
「ん?
でも...?」
 
「あの野郎...
 
どーも丈二の家にシャブがねぇコト初めから分かってたんじゃネーかって思ったんだよ...」
 
「え?
どうしてっスか?」
 
「俺には福永の野郎は敢えてヤキ入れられてる様に見えてな...
 
実際、ナニされても呻き声一つ上げずに黙ってやられてたしヨ...」
 
「ふ〜〜〜ん...
あの福永の野郎がねェ...
アイツがそんなに根性座ってるようには見えねぇケドなぁ。
 
それにどうしてあのヤローがそんなゼニにならねぇコトに身体張るんスか?」
 
眉をひそめて話す佐山に、仲西もウンウンと頷いていた。
 
「ソーなんだよな。
俺もそれが分かんねぇのよ。
そもそも江原にしても福永にしても普段からナニ考えてっか分かんネー面してやがるしな。」
 
そんな2人のやりとりを聞いていた正人も間に入って来る。
 
「それにしても、丈二んトコからシャブが出なくて良かったっスね。
もし、出てきたら破門は避けらんなかったでしょうし。」
 
破門というワードに仲西は腕を組んで「ふぅ」と一つ息をついた。
 
「まぁ、出てきたからって...イキナリ破門っツー訳でもねーだろうケド...
丈二次第ではそーなってたかも知れネーわな。
少なくともエンコ(小指)落とすとか、なんらかの形で責任は取らされるだろうから、組での立場が相当悪くなるのは間違いネーわな。」
 
「破門もエンコもドッチも嫌だなぁ〜〜
まぁ、丈二に限ってそんな事するとは思えないっスけどね....
 
.....
 
にしても...当の丈二、来るの遅いっスねぇ。」
 
「ホントだよ。
ヤローが話があるって言うからこうして集まってんのによぉ。
ナニしてやがんだよ全く.....」
 
仲西が露骨にイライラした表情でそう吐き捨てると、ようやく玄関のドアが開いて丈二と洋一が事務所へと入って来た。
そして、ソファーに座る仲西達を見て、ニコリと愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
 
「いや〜〜〜
遅くなっちゃってスミマセン。
チト立て込んでて...」
 
そう言いながら丈二は正人の横に座って洋一を後ろに立たせる。
それを憮然とした表情で見ていた佐山はチクリと嫌味を言い放った。
 
「全く...テメーで人集めたクセに兄貴を待たせやがって...
何様のつもりだ? おぉ?」
 
仲西は鼻息荒く話す佐山を見ていると、自分は逆にイライラが収まって行く。
そして、なだめる様に佐山の肩に手を置いた。
 
「まぁ、いいよ久。
とりあえず丈二の話ってーのを聞いてみようじゃネーか。」
 
丈二はその言葉にニコリと微笑み、再び正面に座る兄貴分達に頭を下げるとゆっくりと口を開いた。
 
「兄さん方、今日はお忙しい所手間取らせチまってすみません。 
 
そんで...
 
実は折り入って相談というか、提案があるんですが...
 
.....
 
確実に儲かる良いシノギがあるんで、皆んなでやらないかなァと思って!」
 
丈二のその言葉に仲西と佐山は声を合わせる。
 
「確実に儲かるシノギぃ!??」
 
「はい。
コイツをやりゃあ、大当たり間違いなし!」
 
自信満々に話す丈二に、佐山は疑ってますと言わんばかりの視線を向けて口を開く。
 
「この世に確実なんてモンあるワキャねーだろうが!
テキトーなヨタ飛ばしてんじゃネーぞ?」
 
「ソー思うでしょ?
それがあるんだよねェ...」
 
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる丈二を、佐山は目を細めて更に疑いの視線を向ける。
 
「ほ〜〜〜
大した自信じゃネーか。
そこまで言うなら一応聞いてやるよ。
 
ソイツはどんなシノギなんだよ?」
 
その言葉を聞いた丈二は、前のめりになってソファーに座る3人の顔を1人1人見つめてからゆっくりと口を開く。
 
「いいっスか.....?
 
そのシノギは.....
 
......
 
 
ノーパン喫茶!」
 
「ノーパン喫茶!???」
 
丈二の話を聞いた3人は声を合わせる。
そして直ぐに佐山が丈二に向けて話し出した。
 
「ナンだそりゃ?
そんなモン聞いたコトねーゾ?
そんな胡散臭そうなのが本当に儲かるのかよ?」
 
「そりゃソーでしょうよ。
まだこの時代じゃ誰もやってネーもん。」
 
「この時代だぁ?」
 
「あ、いや、それはまぁいいとして...
ともかくどんなモンか今から説明するんで...」
 
そして、丈二はノーパン喫茶のシステムについて語り出した。
当初は3人とも懐疑的な視線を丈二に向けて聞いていたが、次第にその話に引き込まれて行く。
そうして丈二の話が終わる頃には、仲西も佐山も腕を組んで眉をひそめ、真剣な表情で考え始めていた。
 
そして、仲西が「ウーン」と唸ってから話し出す。
 
「なる程ナ。
まぁ、確かにまだ誰もやってネーし、面白そうなシノギではある。
そんな店あったら俺もチョット行ってみてえしな。
 
でも.....
 
商売ってのはそんな思い通り行かねーぞ?
確実に儲かるかどうかはやって見ねえと何とも言えねぇな...
 
なにより...
 
店やるってコタァその為のゼニも必要になるんだぞ?
それと、俺たちは喫茶店なんてやったコトもねぇ。
それがイキナリやれって言われて出来るモンなのか?」
 
続いて隣の佐山も話し出す。
 
「兄貴の言う通りだよ。
こーゆーコトはなぁ、事前にもっとしっかりと
調べてから上に上げて来いよ?
オメーの言ってるコトはなぁ、穴だらけなんだよ!」
 
2人の厳しい言葉を聞いた丈二は、眉一つ動かさずに落ち着いた表情で話し出す。
 
「まぁ、まぁ、兄貴。
俺はまだ全部話しちゃいないっスよ。
 
ともかくお二人の意見は分かりました。
 
...まず、喫茶店の運営についてなんですケド...
実はここに来る前に俺が良く行く喫茶店でマスターと話してたんスよ。
こんな地味な店やってねぇで、ノーパン喫茶やってみないかってね。
 
したらあのヤロー、前の時より少し時期が早かったモンだからまだ喫茶店に未練があったみたいでゴネやがって...
そんで今日は来るの遅くなっチまったんですケド...」
 
丈二の言葉に、佐山が首を傾げて反応する。
 
「あ?前の時より時期...?」
 
「あ!
いや、そいつはコッチの話で...
 
まぁ、ともかくソコのマスターがノーパン喫茶やってくれるってなったんですよ。
だから、店の運営はソイツがノウハウ知ってるんで豆の仕入れとかコーヒー淹れたりとかはなんとかなります。
 
それに、ソコならチョット手を加えるだけであんまゼニかけずに店始められますよ。
 
でも、どうせなら.....
 
一気に3店舗位ドーンとやりましょうよ!」
 
丈二がそう言うや否や、佐山が眉間にシワを寄せる。
 
「だからそのゼニはどーすんだって話だろが!!」
 
荒々しく話す佐山を見据えて丈二はニヤリと笑みを見せた。
そして、後ろに立っている洋一の方へ視線を向ける。
 
「おい.....」
 
「はい。」
 
丈二が一言声を掛けると、洋一はテーブルの前に立ち、持っていたスポーツバッグを置いて中が見えるようにチャックを開けた。
 
その瞬間、仲西達は息を飲む。
 
「ーーーーー!!!」
 
スポーツバッグの中には大量の札束が入っていた。
そして、驚く3人を交互に見ながら丈二は再び口を開く。
 
「2000万程入ってます。
コイツを開業資金に使って下さい。」
 
その言葉に仲西と佐山は額に汗を滲ませながらお互いの顔を見合わせる。
そして仲西達は、ここまでお膳立てされた話を断る理由も無く、程なくして仲西組と佐山一派共同のシノギとしてノーパン喫茶は動き出すこととなった。
 
 
丈二はこの3度目の人生を送るにあたって、当初の頃からこの計画を練っていた。
1度目の人生と2度目の人生を振り返ると、そのいずれも海江田組の内部で氏家組が力を持ち過ぎていた。
それに対して仲西組と佐山は、それに対抗出来ずにいいようにされてしまう。
 
しかし、この件をきっかけに仲西組と佐山に財力を付けさせ、それにより海江田組内での力を付けさせることによって、今後仲西と佐山を氏家組に対しての抑止力として台頭させようと言う狙いがあった。
 
それともう一つ。
 
丈二がこうして私財を投げ出し、兄貴分達に義理を見せることで得られる利点がある。
 
その日の夜。
丈二は自宅で1人、受話器を手にして電話をかけていた。
 
トゥルルルルル...ガチャ
 
「もしもし...石田の兄さんスか。」
 
「おう...丈二か。」
 
「夜分スミマセン。お疲れ様です。」
 
「おう。
オメーがこの時分に電話かけて寄越すなんて、理由は分かってるヨ。
 
.....
 
シャブのコトだろ?」
 
「はい。
どーなったのかと思って。」
 
「ああ...
ちゃんと突っ返してきたヨ。
なんか...
大根おろしたのをいらなくなったからって返すのかみてーなコト言われて...
余計にゼニふんだくられたケドよ...」
 
「マジですか?
ったく江原もセコいヤローだな...
 
そんで...
 
こないだお願いした通り、江原に俺の名前...
出して貰えたんスか?」
 
「ああ。
ゼニ用意したのは誰だって聞かれたからな。
ちゃんとオメーの名前言っといたよ。
それと、オメーの言った通り、江原がシャブいじってんのをオメーも知ってるって話しといたゼ。」
 
「ありがとうございます!
変なコトたのんじまってすみません。
 
そんで江原の奴...俺のコトなんか言ってましたか?」
 
「イヤ...
別に何も言ってなかったゼ...
それに、そんなに驚いた様子でもなかったな。
 
まぁ、俺とオメーでゼニ作ってっからシャブのコトも筒抜けになってて不思議じゃねーしな。
 
そんで...
 
オメーこれからどうすんだよ?
俺はともかく、オメーまで氏家組がシャブいじってんの知ったとなりゃあ...
下手したらヤローからオメーんトコに何か仕掛けてくるかも知れねーぞ?
 
流石にイキナリ殺すとかは俺との手前もあるからねーとは思うが...」
 
「大丈夫です。
奴が動くにしても、その前に俺の方から仕掛けますから。」
 
「仕掛けるって...
オメー...まさか...」
 
「イヤ.....
別に喧嘩しようってワケじゃないっスよ。
とりあえず面と向かって話すだけです。
 
でも、まぁ...
成り行きでどーなるかは分かんねぇっすケド...
 
.....
 
要はアイツがシャブをいじらなくなってくれさえすりゃいいんで...」
 
「だからって...
アイツが人の話なんて聞くようなタマか?」
 
「まぁ、やってみなけりゃ分かんないっスよ。
俺なりのやり方で奴からシャブを引き離せるかやってみます。」
 
「丈二...
俺に対してもそうだったが、どうしてオメーはそこまで...」
 
「どーしてなんでしょうね。
ただ...俺は江原のヤローも嫌いだけど、シャブはもっと嫌いってだけですよ。」
 
「.....そうか...
 
...丈二。
 
オメーが江原に会いに行くなら俺も行くぞ?
オメー1人じゃ危ねぇだろ。」
 
「いえ...俺一人で行きます。
兄さんも一緒だとヤローの本心引き出せないと思うんで...」
 
「そうか...分かったヨ。
でも、江原と会うことになったら日時と場所は教えておけよ?
そん時は一応近くで待機してるからヨ。」
 
「兄さん...
なんか俺の勝手に付き合わせちまってる様で申し訳ないっス。」
 
「オメーが勝手なモンかよ。
それにこんくれぇじゃまだまだオメーに対しての義理は果たせねぇ。
 
とにかく、くれぐれも気をつけて慎重にな。
 
また連絡まってるゼ。」
 
「はい。
また...連絡します。」
 
電話を切ると丈二は天井を見上げて大きく息を吐いた。
 
ーー前の人生と同じ様に...
石田は俺の味方になってくれたな。
 
そして、今回の人生では江原がシャブをいじるのを俺が止めようとしてるのを知っていてくれている。
 
だから...
 
もし、俺に何かあったとしても石田が動いてくれるかも知れないな。
 
俺が失敗しても前の歴史とは変わるかもしれない。
 
何にしても俺は...俺が出来るコト、俺しか出来ないことをやるだけだ...ーー
 
丈二は眉間にぐっと力を込めて目を見開いた。
そうして再び受話器を取り、ダイアルを回す。
 
 
 
トゥルルルルル...ガチャ
 
 
 
「お疲れ様です。
 
江原の...兄さん...」