「ヨシッ! ロンッ!!
リーチ一発タンピンドラドラ...」
とある雀荘で威勢のいい声が上がっていた。
いくつもある卓の中の一つに丈二も座り、眉間にシワを寄せて真剣な表情で牌を見つめている。
すると、同じ卓を囲む、正面の対戦相手の中年男性が話しかけて来た。
「丈二チャン、悪いねェ。
また上がっちゃったヨ。
今日はなんだかツイてるな〜〜〜」
その言葉を聞いて丈二はため息をつく。
ーーハァ〜〜〜
また振り込んじまった。
やっぱしばらくやってねぇとダメだなぁ。
前はこれでメシ食ってたんだけどなぁ。ーー
丈二はおもむろに点棒を取り出して払い、再び牌をかき混ぜ出すと、他の対戦相手が丈二を慰める様に口を開く。
「まぁ、丈二チャンはまだ覚えたばっかりだから仕方ないよネ!
俺たちも最初はカモられながら覚えて行ったんだし!」
その言葉に丈二はイライラするが、ぐっと飲み込んで引きつった顔で笑う。
「ま、まぁネ。
俺も早く強くなりてーなぁ。
ハ、ハハハ。」
ーーぐぬぬぬぬ、チクショー!
めちゃくちゃ腹立つわ。
まぁ、こんなモンは年中やってネーと腕が錆びつくのは仕方ねぇよな。
そんなコトより...
痛みと共に刻まれた記憶は辿り易くて助かるゼ。
前の人生では...
ここで兄貴から電話を受けて石田の家に組内の回覧板を持って行く様に頼まれるんだ。
だからっツって毎日麻雀しに来なくても良かったかもしんねーケド...
一応分かってることはなるべく前の人生と同じようにしとかねえとな...
些細なことで結果が変化する場合もあるし...
変化...か...
そうだよ。
江原の野郎と俺の未来もまだ何も決まってねぇ。
今回の人生で俺がやろうとしてるコトはまだまだある。
江原のことは...それらを試してからまた考えたらいい。
今は...石田の件に集中しよう。ーー
「ロン!
ホンイツ、ヤクハイ、ドラドラ...!
丈二チャン、悪いねぇ。」
「ククク...
ハコだよもぉ〜〜〜〜〜」
丈二は涙目で点棒の入ったハコを相手の前で逆さまにした。
ーークッソ〜〜!
麻雀も集中しねぇと好きなだけ踏んだくられるなコリャ...ーー
丈二は大きくため息をついて空っぽの箱を見つめていると、不意に奥にいた店員から声をかけられた。
「丈二さん、電話ですよ〜〜」
「おう!」
ーーそう言えば.....
前のトキはこの場面で恥かいた記憶があるわ。
そーゆーのってちゃんと覚えてるか、その直前に思い出すんだよネェ。ーー
丈二は待ってましたとばかりに立ち上がってカウンターにある電話の受話器を取った。
「はい丈二!
兄貴、お疲れ様っス。
えっ? ああ。
......
石田んトコに...ね。
ああ、いいっスよ。
はいはい。
え....?
イヤ...いつも素直でしょーが!?
あ.....?
だから行くっツってんでしょ?
はい??
はいはい、分かりましたよっ!」
ガチャン!
丈二は不機嫌そうに受話器を投げつけて電話を切った。
「ったく...雑用押し付けてるクセにエラソーにしやがって...
危うくテメーでハンコくらい取り行けって言いそうになったワ...
コッチはこれから死ぬ思いするってーのによ!
全く!」
そして数時間後。
都内のとある場所、古めかしい賃貸の一軒家が並ぶ一画に、石田の住む家があった。
丈二は慎重に辺りを見回しながら家へと近づいて行く。
ーー石田と鉢合わせる様なコトがあっちゃいけねぇ。
アイツん家に忍び込んでシャブに手を出してねーか確認しねーとな。
それで...シャブをイジってなけりゃいいんだが...
恐らくは...江原にそそのかされて手ェ出してるだろうな。
前の時もその前でもそうだった。
でも.....
前の人生をトレースしてここまでは辿り着いた。
少なくとも石田からはシャブを切り離せる。
それだけはキッチリやっておかねーとな...ーー
丈二は石田の家を見つけると、玄関には向かわずに迷いなく裏へと回る。
リビングがあるであろう大きな窓がついた部屋を見つけ、中を覗こうとするがカーテンが掛かって外から見えない様になっていた。
そして、慎重に壁に耳を近づけて中の様子を探る。
ーーやってるコトは、まるで泥棒だネ。
まぁ、これから忍び込むワケだけど。
.....よし。
中には誰もいねーみてえだな。
確かこの窓が開いてたハズ。ーー
丈二の記憶通り窓には鍵が掛かっておらず、容易に中へと侵入出来た。
そして。
足早に寝室へと移動して押し入れを開け、中の布団を外へと引っ張り出す。
すると、そこに隠す様に置いてあった、無機質な紙箱を見つける。
一斗缶程度の大きさのその箱を丈二は恐る恐る開けると、予想通り天秤測りと一緒に覚醒剤が入っていた。
ーーやっぱり...
今のところ歴史は変わっちゃいねーな.....ーー
そしてその後。
丈二は2度目の人生と同じ事を繰り返す。
家に帰って来た石田達に拉致され、危うく殺されてドラム缶に詰められそうになるが、保身でも憎しみでもない真っ直ぐな丈二の言葉がついに石田の心に届く。
ギリギリの所で解放された丈二は、石田に高級中国料理店に連れて行かれ、そこで石田の想いを聞く。
暴力に生きて来た石田にとって、なるべく抗争を避けようとする今の風潮がヤクザとして生き辛くなっていること、ノミ屋(競馬などの公営競技を利用した違法賭博所)を潰して五千万程の借金を背負ってしまったこと。
昔堅気で不器用な哀しいヤクザ者の成れの果ての姿がそこにあった。
本来は組への忠義も厚く、義理人情を弁えた男である石田は、一回り以上年下の自分に、プライドを捨てて全てを話す。
そしてそんな石田の姿を見て、丈二は再び奮起する。
丈二は石田に借金をなんとかする代わりに覚醒剤から手を引く事を約束させ、未来の知識を利用して、不正融資をしていた英和信用金庫の理事長、山本に石田と共に恐喝を仕掛ける。
その途中、行員が呼んだ新宿署のマル暴、広沢と大野に邪魔をされ、丈二と石田が暴行を受ける一幕もあったが、恐喝の被害者である山本が自身の不正融資発覚を恐れた為に丈二達を庇い、事なきを得た。
そして。
丈二と石田は六千万と言う大金を得るのに成功した。
丈二はシノギの殆どをこなしたにも関わらず、自身の報酬は一千万に留め、石田の借金返済に当てさせた。
これにより、今後石田は丈二に対して厚い信頼を置く様になる。
こうして3度目の人生でも当初から予定していた、石田を救うと言う目標は無事にやり仰せたのだった。
殆どは前の人生とほぼ同じ様に。
前の人生との違いは、石田に自身のタイムスリップを話していないこと。
そして、もう一つ。
少し前。
理事長室に入ってきた新宿署のマル暴、広沢と大野。
2人ともマル暴なだけあって、まるでプロレスラーの様な体つきをしている。
上司の広沢は角刈りで鼻の下に薄らと髭を生やし、部下の大野は色付きのワイシャツに黒いスーツでオールバックの髪型をして、2人とも眼光鋭くまるでどっちがヤクザ者か見分けがつかなかった。
その大野に丈二は部屋の中で投げ飛ばされ、更に悪態をついた事によって馬乗りになられて殴り続けられる。
グシャ!
ドガッ!
ゴッ!
丈二の顔は殴られる度に左右に揺れ、鈍い音だけが部屋の中に響き渡った。
「コラ!!
この街じゃ俺達が法律なんだよ!!
やろうと思えば住居侵入、不退去強要...
どれでもテメー等を逮捕できんだ!!」
大野は部屋どころかフロアに響き渡る程の声で叫びながら丈二を殴りつける。
すると、床に正座させられていた石田が、その姿を見ていられずに声を捻り出した。
「...や.....
やめろよ......」
「黙って見てろッ!!」
隣でニヤニヤと石田を見下す広沢の声を無視して、石田の声は大きくなる。
「やめろ.....!」
その声を聞いた大野は手を止めて石田の方へ振り返る。
「ナンだとォ...」
そして立ち上がり、石田の目の前に歩み寄った。
石田はそんな大野を睨み続けながら口を開く。
「やめろって言ってんだよ...」
ドスッ!!
その瞬間、大野の前蹴りが石田の腹にめり込み、石田はそのまま背後に倒れ込んだ。
その時、丈二は身体を起こしてその様子を見ていたが、その視線にある物が目に入る。
テーブルに置かれた自分の代紋だ。
丈二以外の全員が石田に視線を向けている中、丈二は音を立てずに近寄り、自分の代紋を手に取った。
そして、腫れた目を開けてその代紋を見つめる。
ーーコイツをここで仕舞っちまえば...
この後に起こる黒川組との揉め事は回避出来る。
欣也とモメなくて済むんだよなぁ...
.......
.......ーー
そして、その後。
新宿の街を丈二と石田は並んで歩いていた。
「兄さんこのアト時間あるんスか?
良かったらお祝いに飲みにでも行きましょうよ!」
「おう...そうだナ。
どっかでメシ食って行くかぁ!」
借金からの解放からか、組への不義理からの解放からか。
石田は満面の笑みを浮かべて丈二に答えた。
前の人生では舎弟であった石田を、予定通りとは言え覚醒剤から守り、更には親である山崎殺害させる事を防いだ事で丈二も心から安堵していた。
そうして、これまでの関係がまるで嘘の様に。
2人は和気あいあいと笑顔で語らいなが夕闇迫った街の人混みの中を歩いて行くのだった。
..........
変わるモノ、変わらないモノ。
ヒトの心を自由に操れるとしたら、どんなに人生は楽なんだろうか。
俺はテーブルの代紋をあえて戻した。
俺の人生にとって欣也と向き合うコトは、避けてはいけないと思ったからだ。
あえて火中の栗を拾うなんて馬鹿がするコトだと人が見たら言うだろう。
しかし俺は...どんなにトシを重ねても、器用で要領がいい男にはなれないらしい。
俺は阿久津丈二。
敢えて再び因縁の男と向き合う覚悟を決めた、
見た目はチンピラの侠客(オトコ)だ。