夜になって電気の消えた事務所の奥、ローンズエバラの店長室は灯りがともり、その中では江原と孝がソファーに座って話し込んでいた。

ヤレヤレと言った顔をした江原はタバコを咥え、火をつけると背もたれに寄りかかる。

「ったく.....
氏家のオヤジもゆーてくれるで。

山倉のような会社にあないな秘密があったなんて分かるワケあるかいな。」

向かいに座る孝も苦笑いを浮かべて口を開く。

「そりゃそーですよ。
丈二みたいに暇なヤツだから細かく調べる時間もあるってモンで、フツーは気が付きませんって。

当の山倉でさえ知らなかったんでしょ?」

「せやけどヤクザは結果言われたからな。
あんなん言われたらなんも言えんで。
少しでも組にゼニ入れられたからあの程度のおかんむりで済んだんやけど。

しかし、あの丈二っちゅー小僧...

いつからあないに目鼻効くよーなったんや...

ただの二十歳やそこらのガキとは違うで。
シノギのハナシしとっても末恐ろしいモン感じたわ。

アリャ...その内邪魔になるかもしれんなぁ...」

「丈二が...ですか?
そりゃ今回は俺も驚きましたケド...

アイツなんかにナニが出来るって言うんスか?」

「気に入らんのや...」

「え...?」

「ワシの嫌いな昔堅気の貧乏ヤクザの目をしとる癖にシノギに関しては如才がない。
ああいうタイプは調子に乗らせるとロクなことにならんとワシの勘がゆーとるんや。

.....

まぁ、早いうちに始末しといた方がエーかもなぁ...」

「エ...!?
殺る...んスか...?」

「アホか!」

江原はそう言うと立ち上がり、後ろにある金庫を開けて中を漁る。

「組内で殺し合いしてどーするんじゃ!」

そして、白い粉が詰められた小さなビニール袋をポンとテーブルに投げた。

「コレ使うて絵書いたらんかい!」

孝はそれを手に取ると思わず息を飲む。

「シャ、シャブじゃないスか!!」

「アレの部屋からこないなモン出てくりゃどーなる?」

「破門ですよねェ.....破門!!」

孝がそう言うと、江原はニンマリと、いかにも
腹黒そうな顔で笑う。
それを見た孝もニヤニヤと同様の笑みを浮かべていた。


数日後の夜、丈二のアパートには洋一が訪れ、2人で酒を飲もうとしていた。
丈二は冷蔵庫を漁り、ビールを取り出して洋一の前にぽんと置くと、洋一はぺこりと頭を下げてから話し出す。

「すみません、兄貴。

...それにしても、まさか兄貴が江原の兄さんと一緒にシノギをするなんてなぁ。
佐山の兄さん大丈夫だったんスか?」

「ん?
ああ。
別にどーってことネーよ。」

「でも兄貴たちはスゲーよなぁ。
四千万もの大金を数日で作っチまうんだもんな〜〜〜

おまけに俺にまで小遣い貰っちゃって...
大したコトしてネーのにすんません!」

「青い部屋任せてるし、傷薬も持ってきて貰っただろ?
それに...オメーにも少しはゼニ持たせてネーと世間の罪のないオネーチャンが酷い目に会っちまうからなぁ。」

「ナニ言ってんすか兄貴!
オリャ世間のオンナに幸せを運んでるんですよ!
言わば俺は天使みてーなモンですって!」

「ナニ言ってんのはオメーだよ。
どの面下げて天使とかブッこいてんだ。
ったくコイツだきゃあ...

ま、いいや、とにかく飲もうぜ。」

「はい! 頂きます!!」

2人は同時にプシュッと音を立ててプルタブを開けて軽く乾杯してから飲み始める。
すると、コンコンと玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。

「こんな時間に...誰だ?」

丈二は不審な表情で立ち上がり、小走りで玄関に向かいドアを開ける。
すると、そこには仲西と孝、その他にも氏家組の若い衆が数名立っていた。

「仲西の兄さん...それにタカシ...」

「いや〜〜〜ッ
夜分に申し訳ないッ.....!」

仲西は急な来訪を詫びると、横にいる孝を親指で指差しながら話を続ける。

「コレが『丈二はシャブいじってる』って事務所で大騒ぎするもんだからよ...」

「はぁ...俺がシャブを...

いや...俺はそんなモンいじっちゃいませんよ。」

「そうだろう!
俺もコイツに言ってやったんだ。『丈二がそんなことするワケねぇ』って。

それでもコイツが言い張るからヨ。
『なら家探しでもなんでもしたらいいじゃないか』っツーことになって...」

すると、黙って仲西の言葉を聞いていた孝がスッと丈二の前に立ってニヤリと笑う。

「丈二.....
もしこの部屋からシャブが出てきたらどーするつもりなんだ!?

破門の覚悟は出来てんだろうな!?」

「ああ.....
もしもシャブが出てきたら破門でもなんでも受けてやるヨ.....」

「オメー破門の意味判ってんのか?
ジョウ(破門状)が廻ったら日本中の極道はオメーと付き合ってくれねェんだぞ?

.....いやぁ、それどころか全員を敵に回すことになる!
普通の会社の『解雇』とはワケが違うんだぜェ
♡」

「そんなこたぁオメーに言われなくても分かってるよ!
いいからサッサと家探しでもナンでも始めてくれヨ」

「上等だ...!」

孝は後ろにいる若い衆の方を向いて指示を出す。

「おい、探せ!!」

その言葉と共に氏家組の若い衆たち丈二の家の中を漁り始める。
丈二は部屋の隅に移動してその様子を見つめていた。

ーーこんな茶番...前の人生でもあったな。

タカシの余裕たっぷりな表情から察するに、この騒動は完全に仕組まれたモノだ。

なのに前の時は...シャブは出てこなかったんだよな。

果たして...今回はどうか...ーー

見る見る内に、床は服や雑誌で溢れ、キッチンの皿や調味料も外に出される。
果てには冷蔵庫の中身も全て荒らされ、押し入れやトイレ、あらゆる所を調べ上げられた。

そうして暫く捜索が行われたが中々見つからず、探索している氏家組の若い衆の動きが疲れからか緩慢になって来た頃、指揮を執る孝の背後に丈二は歩み寄って声をかけた。

「タカシ。

それで...
シャブは見つかったのかヨ...?」

孝はその言葉を聞くと、しばらくの間押し黙ってからゆっくりと口を開いた。

「......無い....みてえだな......」

「.......」

振り返らず呟く孝の背中を、丈二は険しい表情で見つめていた。
すると、突然仲西が孝の脇腹に蹴りを放つ。

「コラッ福永!!」

ドガッ!!

「ぐあっっ!!」

孝はバランスを崩して床に倒れ込むと、仲西は鬼の形相で睨みつけながら口を開いた。

「帰ったらゆっくりと身の振り方相談しようか。
おッ!!」

そこで捜索は終了となり、丈二の疑惑は無事に晴れた。
仲西と孝たちは丈二のアパートから去り、まるで台風が直撃して過ぎ去ったかの様な、荒らしに荒らされた部屋の中で丈二と洋一はポツンと立ちすくむ。

「あ...あの...良かったっスね。疑い晴れて。
兄貴、俺...部屋片付けんの手伝いますよ。」

「あ、ああ。
すまねえな、洋一。」

そうして2人は口数も少なく、黙々と部屋を片付け始めた。
丈二は無心で持ち物を整理し、洋一も丈二の指示に従いテキパキと動く。
そんな作業をしばらく続け、ようやく終わりが見え始めた頃、丈二は疲れを感じておもむろにタバコを咥えて床に座り込んだ。

ーーそれにしても...
なんで...シャブは出てこなかったんだろう.....?

間違いなく江原が裏で絵を描いていて、俺をハメようとしていたハズなのに.....

江原.....

俺はこの3回目の人生でお前と敵対しないようにして来たってのに...

お前はこうして前の時と同じように俺に仕掛けて来るのか。

それはつまり.....

前の人生となんも変わっちゃいねえってコトじゃネーかよ!!

結局ナニしたって俺と奴は敵対して...

周りを巻き込んで...

挙げ句の果てにはカオリを.....!!ーー

丈二はカオリの顔を思い浮かべた瞬間、喉が掻きむしられるような不快感を覚え、思わず手を当てる。

「ウオオォォォォ!!!!」

「あ、兄貴!??」

丈二はその感覚に耐えきれず、叫びながら立ち上がって拳を握りしめ、思い切り壁の柱に向かって殴りつけた。

ゴツッッ!!

木と骨がぶつかる鈍い音と共に、拳に激痛が走る。

「俺がなにしたって...

何も変わらねぇって言うのか!!!」


その頃。
丈二にあらぬ疑いを掛けた罪で、孝は仲西組の事務所で暴行を受けていた。
仲西を始め、組員たちにひとしきり殴られ、蹴られ、木刀で打ち据えられた。

そうしてようやく解放され、人通りの少ない暗い路地を、足を引きずりながら歩いて帰宅の途に着く。

すると、目の前に小さな公園を見つけ、ふらりとその中にある小さな公衆便所へと入って行った。
そして、薄汚れた鏡の付いた洗面所の前に立ち、水で顔を洗い始める。

見辛い鏡に腹を立てながら、血を流した口元に付いた乾いた血をこすり落とすと、おもむろにポケットからハンカチを取り出して濡れた顔を一通り拭く。

そして。

ハンカチを雑に畳んでポケットに戻すと、そのポケットにあった別のモノを取り出して目の前で見つめる。

それは、江原から渡された、ビニール袋に詰められた覚醒剤だった。

孝はその袋をおもむろに破いて流しへと撒く。
そして蛇口を捻り、その全てを水に流した。

「フン...」

覚醒剤が流れ消え行く様を見ながらそう呟くと、再び足を引きずって夜の街へと歩き出した。