前の人生で四千万を盗んで行った泥棒に晴れてリベンジを果たした丈二は、晴々とした表情で海江田組の事務所のソファーに座っていた。
正面には佐山と仲西が座り、佐山がタバコを取り出して咥えようとする所を丈二がライターをサッと出して火を付ける。
そんなご機嫌な丈二の顔を見ながら佐山が口を開いた。
「どーしたんだ今日は?」
「いや、こないだの手形の件でちょっと若頭に相談がありまして。」
「ほう!
あの紙切れちったぁゼニになったか?」
「はぁ...お陰様で...」
「100万くらいか?」
「いや...もうちょっと...」
「ほ〜〜〜〜〜ッ
たいしたモンじゃねーか。
しかし500は超えてネーだろう?」
「へへっ...」
「ナンだよもったいつけんなよ。
いくらになったんだ?」
「四千万...」
「ん?
...ナンだって?」
「だからぁ...
こないだの手形四千万になったんスよ」
丈二の言葉を聞いた佐山は鼻で笑う。
「馬鹿コケッ!
なんであんな焦げついた手形が四千万になんだよ?
400万ッつーてもあり得ねぇハナシだぞ?
馬鹿にしてんのか?
なぁ。兄貴?」
隣の中西は太い眉毛をヒクヒクさせながら聞いていた。
「ま、まぁな。
フツーそう思うわなぁ.....」
「ん...?
ナンだよ兄貴?」
佐山が仲西を不審な表情で見ていると、奥から若頭の大西が近寄って来た。
「それがなっちまったんだなぁ」
そう言いながら丈二の横にどすんと座る。
「世の中わからんぞ佐山。」
「じ、じゃあホントに?」
大西の言葉を聞いて驚く佐山。
丈二はそんな佐山を見つめながら少し神妙な顔をして話し出した。
「まぁ.....
なんつーか...江原の兄さんに手伝って貰ったから...」
江原と言う名前を聞いたその瞬間、佐山は眉間に思い切りシワを寄せる。
「はぁ〜〜〜??
テメー俺じゃなくて江原の野郎と一緒にシノギ掛けてたってーのかよ?
どういう了見なんだコラ!」
「イヤ...そりゃあ筋で言えば兄貴に相談するのが普通だけどヨ?」
「普通じゃなきゃなんなんだコラ!
よりによって江原の野郎んトコなんぞ行きやがって!」
佐山が拳を握って立ち上がると、大西が穏やかな表情で佐山をなだめ出した。
「まぁ、落ち着け佐山。
オメーにも前に話したろうが。
あの手形は江原んトコでゼニ貸してた山倉印刷が振り出したモノだ。
あの手形の焦付き具合はオメーも分かってんだろ?
そしたら少しでも山倉の内部に詳しい江原んトコ頼るのはむしろ筋ってモンだ。」
「はぁ...
まぁ、そう言われればそーッスけど...」
大西野言葉を聞いても憮然とする佐山だったが、となりの仲西がその様子を見て口を開く。
「おい久。
カシラがそー言ってんだからもチット素直に聞いとけや。
実際丈二は良くやったじゃねえか。
オメーも兄貴分ならどんな手使おうと大仕事をやり遂げた弟分の手柄を認めてやったらどーなんだい!」
「はぁ〜〜〜?
やっぱりアンタ、なんかオカシイな...?
さては丈二から既になにか貰ってたりしてんじゃネーだろうな?」
その言葉に大西は思わず顔を赤らめ、人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら口を開く。
「んん?
ま、まぁ...確かに今朝丈二がウチ来たケド.....
それとこれとは別のハナシとしてな?
俺りゃ極道としての筋のハナシしてんだよ!」
「貰ってんじゃネーかよ!
まったくアンタって人は...」
2人のやり取りを丈二はニヤニヤしながら聞いていた。
ーー甘いぜ佐山。
江原の話したらこーなるの分かってたから先に仲西にはゼニ渡して一緒に事務所来て貰うようお願いしといたんだもんね。ーー
そして、丈二はゆっくりと懐から札束の入った封筒を取り出して佐山の前に置く。
「まぁ、まぁ、兄貴。
ちゃんと日頃からお世話になってる兄貴の分も持って来てますから。」
その瞬間、佐山は顔を真っ赤にして丈二に怒鳴り出す。
「テメー!!
なめとんのか?
俺がそんなゼニ一つでコロコロ意見変える様なおあ兄さんだと思ってやがんのかよ??
.......
.......
.......
コイツは貰っておくケド.....」
そして、その様子をニコニコしながら見ていた大西がゆっくりと話し出した。
「話は済んだみたいだな?
佐山もイイ舎弟持って良かったナ!
そんで丈二。
オメーは江原んトコから1500万貰ってんだろ?
組へのゼニは江原んトコから貰ったから、今回は特別にご祝儀ってコトでそのゼニは残った分全額オメーのポッケに入れていいぞ。」
大西の言葉に丈二は深々と頭を下げる。
「ホントですかカシラ!
ありがとうございます!!」
ーー前の時は八千万稼いで三千万持っていかれたんだよなぁ。
今回は金額が小さくて全額くれるって言われてもあんま嬉しくネーけど、まぁ、金が欲しいだけでやったワケじゃネーし、一応思い通りにやり遂げられたからヨシとしておこう!ーー
金額の大小より、今の丈二にとってはコトが思いのまま進む方がなにより大切だった。
そしてもう一つ、人生も3度目となり、少しだけ大人になった丈二にとって気になっている事があった。
その日の夕方、都内のある住宅地。
古い安アパートの一室で山倉はダイニングテーブルに座って就職情報誌を読んでいた。
その横に妻も座ってイライラした表情で山倉に話しかける。
「もうアタシはパート決まって明日から働くんだよ?
お父ちゃんも早く仕事決めてくれないと...
ここだっていつまでいられるか分かんないだから...」
その言葉を聞いた山倉は憮然とした表情で眉間にシワを寄せる。
「分かってるよ!
でも江原さんトコのローンは金利が高えから、少しでも実入りのいいトコ見つけないとスグに首が回らなくなるだろ?」
「仕事選ばなきゃ実入りのいいトコなんていくらでもあるでしょうが!
アンタが夜は働きたくないとか重いもの持つのはヤダとか言ってるからいつまで経っても見つからないんでしょ?」
「ああ、もう、いちいちうるせぇなあ!」
2人がそんなやりとりをしていると、不意に玄関のドアに備え付けられた郵便受けから「ゴトッ」と鈍い音が聞こえて来た。
「な...ナンだ...?」
山倉は警戒し、額にうっすらと汗を滲ませて恐る恐る郵便受けに手を突っ込むと、そこには厚い封筒があった。
「こ、コレは...」
「お父ちゃん? ナンだったの?」
山倉は慌てて妻の元に駆け寄り封筒を開ける。
すると、そこには札束が一つ丸々入っていた。
「ーーーー!!」
2人はその札束を見て、思わず息を飲んで顔を見合わせた。
アパートの外はすっかり陽が傾き、西日にあたって紅く染まっていた。
丈二はアパートの外に付いた、塗装の剥げかかった鉄製の階段をトントンと降りると、立ち止まって山倉の部屋を見上げる。
すると、路地の方から子供が遊ぶ声が聞こえてきた。
丈二はその方向へと視線を向けると、年端も行かぬ、小さな女の子と更に小さい男の子が仲睦まじそうにキャッキャと戯れているのが見えた。
丈二はその2人の側に歩み寄り、両手でぽんと2人の頭を撫でる。
「クルマに気をつけろヨ...?」
「うんー!」
「う、うん!」
丈二は元気よく返事をする2人にニコリと微笑み、2人を撫でた手をポケットに突っ込むと、夕日を背にして人通りの少ない路地を歩き出した。
ーーこんなコトやってちゃ...ヤクザ失格だな.....
でも...
俺が江原の懐に入る選択をしたから山倉には前の人生の時には背負わなかったはずの借金をさせちまったしな...
そのお陰で俺は江原と敵対せずに一緒にシノギを掛けられた。
ヒヤヒヤもしたが結果的には上手いトコロで決着をつけられ、江原もあれからズット上機嫌で金もスグに払ってくれた。
でも.....
アイツとは近いウチにまた向き合わなければならない。
そこが本当の勝負所だ。
その時.....
これまでの選択がどう影響してくるのか。
......
俺はタイムスリップして未来を知っている。
だけど...
俺が望む、俺の知らない未来へ辿り着けるのか。
...今の時点ではまだまだ分からない...ーー
強い北風が丈二の身体を叩くように吹きつけた。
その冷たさに思わず肩をすぼめ、無意識に眉間に力が入る。
そして。
丈二はその風を睨みつけながら、逆らうようにゆっくりと歩くのだった。
........
俺は阿久津丈二。
ただひたすら己の信念に従い、それに殉じて全てに抗う。
孤独なタイムスリッパーだ。