ある夜。
カオリがベッドで横になっていると、不意に玄関のチャイムが鳴り響いた。
その音に重い身体をむくりと起こし、横に置かれたドレッサーの鏡で自分の顔を確認してからパジャマのままゆっくりと玄関へと向かう。

「こんな時間に...誰かしら...?」

ポツリと呟きながらドアの覗き穴(ドアアイ)から外を見ると、そこに丈二の姿があった。
カオリは急いで鍵を開けてドアを開け、丈二を玄関に招き入れる。

「丈二チャン、どうしたのこんな時間に...」

「カオリ、突然すまねぇ。
青い部屋に電話したら熱出して休んでるって聞いてな。
だから直接来させて貰ったワ。

...思ったより元気そうだな。

ホレ、これでも食えよ。」

丈二はそう言いながら左手に持っていた紙袋をカオリに差し出す。
カオリはそれを受け取って袋を開くと、中には果物やゼリーが入っていた。

「こんなに...ありがとう。
大したコトないのに。」

「大したコトないようなら良かったゼ。
でも、ちゃんと病院には行っておけよ?

オマエ、こないだも熱だしてただろ?」

「ウン....分かった。
明日行ってくるね。

それで...お見舞いに来てくれたの?
とりあえず上がって。お茶入れるから。」

「いや...熱もあるんだし、スグ帰るからよ。

そんで...今日来たのはモチロンお見舞いでもあるんだけど...

オマエに預かって欲しい物があって...」

「私に...?」

丈二は右手に持っていたスポーツバッグを廊下に置き、チャックを開けて中身をカオリに見せた。
それを見たカオリは思わず目を丸めて驚き、無意識に口に手を当てる。

「ちょっと...コレって...」

「2000万ほど入ってる。
やましいゼニじゃねえから安心してくれ。
コイツを何日か預かってて欲しいんだよ。

もちろんタダでなんて言わねぇ。
なんか欲しいモンあったらコレ使って買ってくれていいんだぜ。
バッグとか...時計とか。」

「預かるのは...全然構わないケド...
私なんかでいいの?」

「オマエがいいんだよ。」

「丈二チャン...ヤクザが女を信用なんかしちゃダメでしょう?」

「いいんだよ...例え裏切られたとしたって。
オマエだったら...」

丈二の言葉に、カオリは少し頬を赤らめる。

「どうして...そんなに...
私のコトを...?

でも、嬉しい。

分かったわ。

このお金、ちゃんと預かっておくね。」

その言葉に丈二は安堵の表情を浮かべ、にっこりと微笑む。

「そっか。
すまねえな。恩に着るゼ。」

「でも。
私、バッグも時計もいらないわ。」

「え?
でも、それじゃ...」

「このお金を預かることで、何かお礼してくれるって言うのなら...

また2人で飲みに行って欲しいナ。」

屈託なく微笑むカオリを見て、丈二は照れ臭そうに頬を染める。
そして、カオリと2人になることを少しだけ思い悩むが、以前カオリに自分の気持ちを打ち明けたことを思い出し、飲みに行く位ならと了承した。

「ああ.....
いいゼ。身体が良くなったらな。」

「やった!
楽しみにしてるね。」

その言葉に丈二は微笑みで応え、玄関を開けてカオリの家を後にした。


そしてその日の深夜。
丈二の住む古いアパートの窓が静かに開き、1人の男が慎重に丈二の部屋へと入り込んだ。
汚らしい手ぬぐいでほっかむりをした男は、闇に溶け込めるように黒い上下を纏って丈二の部屋を散策し始める。

そして、金目の物は無いかと押し入れを開けようとしたその時。

突如背後から強い衝撃を受け、押し入れに頭をゴツンとぶつけて倒れ込んだ。

「いででででで!」

その男が思わず声を上げた瞬間、部屋の電気が付き、目の前に立つ丈二の姿が見えた。
丈二はニタニタと笑いながらその男を見下ろしている。
男はその表情を見て背筋を凍らせた。

「前の人生では世話になったなぁ。
あんだけ衝撃的な事件は忘れようっても忘れられるモンじゃねえ。

このリベンジが出来るってだけでもまたこの時代に来れて良かったと思うワ。」

「ひぃぃぃ!!
す、すみません! つい、出来心で...」

「テメー...そんなほっかむりして出来心なワキャねーだろうが!
ナメやがって....ツラ見せやがれ!」

「ひぃぃ!
乱暴だけはやめて下さい〜〜!」

懇願する男の話など無視して丈二は頭に巻かれた手拭いを剥ぎ取る。
男は顎に大きなホクロがあるのが特徴だったが、それ以外はコレと言って特徴もない普通の中年男性だった。
しかし、丈二はその顔に見覚えがあった。

「アレ?
テメーどっかで会ったか??」

「い、いえ!
会ったことなんてございません!
初対面です!」

「いや.....
確かに見覚えがあるんだけどなぁ。

.....

ま、いいか。

とりあえずテメーはこれから身体中の関節逆に曲げて、ヤクザ者の家に盗みに入ったコトをタップリと後悔させてやるからナ♡」

「ひえええええ!
そ、そんな!
ゆゆゆゆるしてくださああああいいいい!!」

その後、しばらくの間警察を呼ばれなかったのが不思議な位の悲鳴が辺りに響き渡った。

そして。

その悲鳴が鳴り止むと、泥棒は顔をボコボコに腫らし、服もボロボロにされて息絶え絶えアパートからはいずるように外へと解放された。

「もう泥棒なんて辞めて真面目に働こう...ぐすん。」

そうしておぼつかない足を引きずり、夜の闇の中へとフラフラと消えて行った。