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そしてその後、場所を移して山崎の放免祝いが料亭を貸し切って行われた。
この当時の大物ヤクザの放免祝いは、料亭であったり、旅館などを貸し切り、一般のお客を入れさせないようにして盛大に行われる事が一般的であった。
長い勤めから戻って来ても、本人も組織も衰えず、なお繁栄し続けているのだと世間に力を誇示する目的もあったのだろう。

広間では左右に座卓が一列に並べられ、末席の組員まで一同がずらりと並び座っていた。
組員100人を超える海江田組の構成員が並ぶ会場は広々として、上座に座る山崎からは一番隅の人間の顔は見えない程離れていた。

そしてその山崎の左右には幹部の組員が座っている。
向かって左が、舎弟頭の大田原征蔵(49)
坊主頭にちょび髭、中年太りの体型からはさして威圧感を感じない。
気骨ある山崎の舎弟でありながら、金の無心に心頭している男でずる賢い。
その逆側に鎮座する男は大田原とは全く異なる空気を醸し出している。
海江田組員 若衆頭 大西組組長 大西康雄(44)
見た目は他の組員と比べ、髪型もパンチパーマやオールバック等の如何にもと言ったスタイルではなく、一見サラリーマンのように普通の髪型。
更に黒縁の眼鏡がそれに手を貸すように他の者達との違いを演出していた。
だが、異なる空気とは大西がパッと見一般人に見えるからではなく、ヤクザとしての肚のすわり方が普通のヤクザとは違うからであろう。
つまり、大物ヤクザのオーラと言うべきか、静かだが荒々しい空気感がそこにはあった。

丈二はタイムスリップしてから若頭の大西ともすれ違いで行き合っていなかった。
前回の人生では菊水会との抗争で命を落とした大西。
丈二にとって守ると誓った人間の一人だ。

ーカシラ...。
ホント生きててくれて嬉しいぜ。
カシラがいなくなっちまってから、どれだけアンタの存在がこの組にとって大きなモンだったかって思い知ったよ。

菊水との時はオヤジとカシラがいっぺんに死んじまったんだもんな。
そりゃあ組もボロボロになるよ。

.....

二度と同じ事は繰り返させねえ...。ー

同期の正人や中山が隣の席でたわいのない話でぎゃあぎゃあ騒ぐ中、丈二は決意新たに眉をひそめて山崎達を見つめていた。

ーそしてこの宴席ではやらなきゃならねーコトがある。

よーく覚えてるぜ。

兄弟、アンタに喧嘩を売ったんだったな。ー

丈二がそう思って視線を動かした先。
対面の座席に座り、他の者たちと楽しそうに話す一人の男がいた。

海江田組 幹部 石田一成(33)
プロレスラーのような体躯に鋭い眼光は他者を圧倒する威圧感に溢れている。
それもそのはず、組内での役割は「殺し」なのだから。
『念仏の石田』の異名を持ち、組外でもその名を轟かせる昔ながらの暴力を売りにしたヤクザだ。

しかし、時代の流れについて行けず、暴力団の取り締まりがキツくなるにつれてその活躍の場を失って行き、借金を多く抱えるようになりやがて覚醒剤に手を出してしまう。
覚醒剤については江原達の画策でもあったが、それによって自我を失い、山崎を拳銃で撃ち殺してしまった。

丈二の2度目の人生では、丈二の活躍によって覚醒剤から手を引き、山崎を殺す事もなくゆくゆくは丈二の舎弟となった。
10歳以上年下の丈二に惚れ込み、厚い忠誠心と侠気で他の組員からも一目置かれ、最後まで丈二と共に戦い続けた主要人物である。

3度目の人生の丈二も、この石田に覚醒剤を掴ませる訳にはいかないと思っていた。
よって2回目の人生の時と同じやり方をすれば覚醒剤から確実に引き離せる。
違う方法もあるかもしれないが、歴史をトレースする方が確実でイレギュラーも無く、その後に起こるとことも知っているから対処しやすいと判断したのだった。

ーでもなぁ。
気に入らない相手ならまだしも、散々世話ンなった石田の兄弟にガン飛ばすのも中々イヤなもんだぜ。  

だけど、やらねーワケにもいかねえぜ!

よし、気合い入れていくかぁ!ー

丈二はぐっと前屈みに力を込めて座り直し、思いっきり石田の方を睨みつける。
すると、次第に石田も丈二の視線に気づき、二人は何度も目を合わせるようになって行った。

そうして宴会も賑やかに進行していき、記憶に残っていた山崎の怒鳴り声も聞こえて来る。
孝が山崎に江原がこの放免祝いに来れない事を話し、代わりに包んできた金を山崎から投げ返されていた。

ーだから言ったのに。
まぁ、今のタカシが俺の話なんざ聞くワケねーのはわかってたケド。
ご愁傷様。ー

丈二は少しだけタカシに視線を移し、クスッと笑うと再び石田を睨みつける。

そして、痺れを切らした石田は立ち上がり丈二の目の前にどすどすと音を立てるようにイラついている感情を隠さず歩いて来た。

「さっきからナニにらみつけてんだぁ? オゥ!!
なんか俺に文句あるのか?」

丈二を見下ろし、音が出そうな程歯を噛み締めて石田は睨んでいた。

そんな石田に丈二も負けじと眉間にしわを寄せて口を開く。

「テメー..... 

殺すぞ...!!!」

丈二がそう言った瞬間、石田は大西から呼ばれて振り返り、それ以上何も言わずにその場を去って行った。
その後ろ姿を見つめていた丈二は石田の背中を見ながらぶわぁーーーーっと大きく息を吐いた。
そして、すっと穏やかな表情に戻ってぐいっとビールをあおる。

ーはあーーあ。

全く...ムカついてもいねーのに演技するのも疲れるよなぁ。

まっ、でもこれでオッケーだな。

やれやれ。

未来を知ってるタイムスリッパーってのも

.....楽じゃないぜ。ー


.....

この件をきっかけに、本格的に俺の目標へ向けた人生が始まろうとしていた。
そしてそれによって意外な歴史に少しずつ変わっていく事を、この時の俺はまだ知らなかった。

俺は阿久津丈二。

例えこの先に何が待っていようとも、信じた道を突き進む....

タイムスリッパーだ。